2011年12月27日

電子書籍化

 昨日、集英社の電子書籍版で「腰痛はアタマで治す」がリリースされました。
新書にしてはビジュアルが多いので、電子書籍に向いているかと思います。
新たな層に響いてくれることを願っています。

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ニックネーム    at 17:46 | 今週のぼやき

2011年12月27日

大事なお知らせ

 今月中旬より、(株)セントフォースゾーンに所属することになりました。
特に活動内容が変わることはありませんが、新しい窓口が増えたことによって新たな御縁が生まれることを期待しています。

尚、マロッズのブログはアメブロで継続してきます。
http://ameblo.jp/matsuume1976/

セントフォースゾーン HP
http://www.centforce.com/profilezone.html

1月中旬より、マロッズのホームページも完全リニューアル致します。
2年後を目標にして、運動療法(理学療法も含む)に特化したクリニック(整形外科医と組む可能性有り)の開業に向けて、徐々に準備を進めていきます。

今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。

伊藤和磨
ニックネーム    at 09:04 | 今週のぼやき

2011年12月10日

餅つき

 昨日、代官山のハリウッドランチマーケットで恒例の餅つきに参加してきた。
いつも昼休みをうまく利用して参加するので、30分程度しか居られないが、それでも年の瀬を感じられる大事なイベントである。

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右端は、ハリウッドランチマーケットの創始者「ボス」、スタイリストの大久保篤さん、ヒデ。

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2011年12月06日

よい報告

 先週日曜日の夜、宮本恒靖と食事をした。
彼は仙台で被災した子供を対象にしたサッカー教室の帰りだったが、
大事な話があるとのことで急遽会うことになった。
そして、帰り際に素晴らしい報告を聞けた。

 彼のセカンドキャリアには、とても大きな期待をしている。
いずれ日本サッカー界を牽引していく人物になるはずだ。
写真の中央に写っているのは、大将のかねさかさん。
カウンター越に、それぞれの専門について語り合った。

自分の格好がマタギにしか見えない。

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ニックネーム    at 08:06 | 今週のぼやき

2011年11月16日

消化不良

 魚の骨が喉に引っ掛かっているように、未だに昨日の敗戦が飲み込めていない。
「絶対に負けられない闘いがそこにはある」というコピーは、昨日の試合のためにあるようなものだ。

 1986年にイングランドとアルゼンチンで生じたフォークランド紛争の時のように、サッカーは国家間の代理戦争になることがある。
経済力、武力では勝てない相手を、サッカーで叩きのめして国民の憂さを晴らす。
サッカーの国際試合には、そんな意味があるのだ。
サッカーが国技ではない日本人には、「たかだかサッカーくらいで」と思うかも知れないが、他の国ではサッカーの重要性は日本と大きく異なる。
 北と国交を断絶している日本にとって、北との一戦はただの試合ではなく、まさに「代理戦争」であった。
私の感覚では日本代表は「爆撃機」であり、中国と共に傍若無人に振る舞う「狂国」に強烈な一撃を見舞ってから帰還してほしかった。少なくとも、自国の国歌をブーイングで掻き消す観衆に圧倒的な実力差を見せつけて、沈黙させてもらいたかったのだ。
 22年越のリベンジどころか返り討ちにされ、スタジアムをお祭り騒ぎにさせてしまった事が、誠に悔しいし残念。
 
 それにしても、北は日本に強い。
2試合とも1点差しかついておらず、個人のスキルは日本が上だが、チームの勝負力は拮抗しているようにもみえてしまう。彼らのほとんどは軍人であり、ろくに給料をもらっていないはずだ。
 海外組の年俸だけで、北の選手を何人雇えるのだろうか。チームの待遇に至っては雲泥の差だろう。それにも関わらず、ここまで日本を苦しめる北には、なにか学ぶべき点があるはず。日本の技術や戦術ぐらいでは、死にものぐるいで向ってくる相手を抑えられない事が明らかになったのは、今後のために良いことだ。これはサッカー界に限ったはなしではなく、他の分野(自衛隊など)にも当てはまることだろう。
 今日の敗戦はどうにも消化できないが、金の為よりも国家の名誉と国民のために闘い勝利した、彼らの「闘志」と「根性」を観て、日本人が豊かになって失ったものが何であるかを、示された気がする。
 でも、悔しい。
ニックネーム    at 17:37 | 今週のぼやき

2011年10月31日

嬉しい事

 本日、打ち合わせの合間に、東急本店にあるジュンク堂へ立ち寄ったら、昨年夏に出した新書が平積みされていた。
本を出す度に「こんなレベルですいません」と申し訳なくなるが、1人でも多くの方に著書が渡るのは嬉しい事。
「もっと中身の濃い本を書きたい」というモチベーションになった。

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ニックネーム    at 19:04 | 今週のぼやき

2011年10月28日

水面下では

大宅さんとは、雑誌の取材などで何度か対談させてもらったが、毎度、同じ質問をされている。
「どうやったら、そのスタイルを維持できるんですか?是非、読者にアドバイスをお願いします」
「そんなの喰っちゃ寝て、喰っちゃ寝てしてたら無理よ。みんな表では涼しい顔しているけれど、水面下では白鳥と同じようにバタバタともがいて頑張っているのよ。ただ、それを「私やってます!」って言ったら野暮ったいでしょ。私は体重を2キロの範囲で抑えているんです」


そりゃ、そうだ。
普通に食べていたら、加齢と共に太っていくのが自然の摂理といえる。
どこかで、何かを我慢するしかない。
その我慢(犠牲)をしている自分に陶酔しなければ、努力は長続きしない。

歳をとると誰も褒めてくれなくなるから、なにかを一つ我慢をしたら「私、偉い!」と、いちいち褒めてあげること。

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ニックネーム    at 21:25 | 今週のぼやき

2011年10月24日

撮影

 今夜は白金にあるスタジオで、ジャーナリスト(評論家)の大宅映子さんと対談形式の撮影があった。
対談の内容は12月に発売される実用書に掲載される。
大宅さんがMaro'sに通われてから9年だが、いつも厳しく叱ってくれる大事な「おばちゃま」である。
御歳70だが、本当にバイタリティーに満ちあふれている。
この9年間で、その勢いに変わりはない。

 この世代より上の「大物」たちが、この世を「引退」してしまったら、日本に「大物」が残っているのか、、、それが気掛かりである。

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ニックネーム    at 21:56 | 今週のぼやき

2011年10月19日

お気に入り

今年の7月にヴェネチアで撮った一枚。
船の上から、風に揺らめく洗濯物を眺めていた。

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ニックネーム    at 22:15 | 今週のぼやき

2011年10月14日

帰国

 今朝、6時前に羽田に戻ってきた。
イスタンブールからパリに移動する午前7時の便に、寝坊して乗りそこない一騒動だった。
トリップアドバイザーの口コミを信じて選んだホテルが、到着してみたらボロホテルで写真と全然違うものだった。
 部屋に目覚まし時計もなかったので、フロントに朝5時に起こしてくれるように頼んでおいたら、見事に忘れられていた。しかも、目覚まし代わりにしていた携帯の電源が勝手に落ちる不運(ギャラクシーはよくある)も重なって万事休す。目覚めたら6時35分だった。
猛烈に慌ててタクシーで向ったが間に合わなかった。しかも、部屋に2つも忘れ物をしてきた。
珍しく前夜に完璧に出発準備をしておいたのだが、普段やり慣れていない事をするとこうなるのか。。。

 三時間遅れの便でパリに到着した。
パリはすっかり秋の装いだった。
今回のような旅順だと、改めてパリが特別な街だと実感する。

ポンピドゥー美術館の最上階から望む、夕暮れの景色は抜群だった。
そうそう、草間彌生さんの展示会をやっていた。あの人と樹木希林さんがかぶってしまう。

最後の食事に気合いをいれて臨んだが、メインを間違えて注文し、苦手なレバーのソテーが出てきて凹んだ。

欲を言えば、もう一泊したかったな。
そして、今日も9時から21時までぶっ通しでお仕事が待っている。
ニックネーム    at 08:31 | 今週のぼやき

2011年10月12日

有り難み

 イスタンブール最終日もすっきりと晴れなかった。
それでも、ほんの一時だけアヤソフィアの窓に日が射した。
これだけお日様から遠ざかると、その有り難みを再認識させられる。

 どこの国へ行ってもランニングすることが、この上ない楽しみになっている。
自分でも言うのもなんだが、体内にGPSが埋まっているのではと関心するくらい、どの方向に向かっているかが直感的に分かるので道に迷う事がない。だから、初日でも裏路地をバンバン通り抜けて近道もする。
唯一ともいえるこの才能を、他に活かせないものか。。。正直、トレーナーとしての才能を感じたことは無いが、ナビゲーターとしての才能は頻繁に感じる。いずれ転職するかな。

 今回の目標今朝は海岸沿いを1時間かけて8キロ走った。
かなり冷え込んでいるのに、テトラポットに肩を寄せ合って海を眺めているカップルや、同じくテトラポットで一杯やりながら、小魚をソテーしながら談笑しているおじさんたちもいた。

 35歳になり、今まで不得意で放置していた事を、少しずつクリアしていきたいと考えている。
「苦手を苦手のままにして、爺に成りたくはない」、という思いが強く働いて、積極的に苦手克服にトライしている。
 今回はの目標は、使用したトレーニングウェアとパンツを直ぐに手荒いして干す事と、その日に着た服を丁寧に畳む事。「なんて小さな目標なの」と笑うこと勿れ。
この2つは、私にとってダンクショットを決めるぐらい難しく感じる行為なのである。
コツコツとやっていると、洗面台での手洗いが楽しくなってくる。ただ、畳むのが上手くいかない。色々と工夫しているのだが、出来上がりは全部カタチが不揃いになってしまう。
 子供っぽい話だが、この数年で鰻の蒲焼き以外は食べられない物をなくした。(穴子はいける)
昔はブロッコリー(あれは森)、カリフラワー(これは羊の脳ミソ)、春菊(鉄臭い)、しゃこ(色がおかしい)、セロリ(少しなら)、アスパラガス(細いの1本まで)など、苦手な食材が沢山あった。

 先日、私が尊敬している年配のクライアントさんが、「最近はもっぱら籠って、仏教について最学習しているんですよ。なんでも知っていると思っていたのに、こんなに自分が知らなかったんだって驚いています。でも、仏教の教えについて深めていくと、仕事と全部繋がっているのが実感できる。最後に自分の完成度を高めておきたいんですよね」

 自己の完成か。。。経済にゆとりがある人は周囲に沢山いるけど、そんな事を言う人に、最近会っていなかった。
 以前にも茶道の先生(お婆ちゃん)が、「最後にこれを勉強して自分の人生を終えたいと思います」と仰っていたのを覚えている。あの言葉も響いた。

 人生100年足らずでは、人間を完成させることなど不可能だろう。
還暦を過ぎて暇を持て余し、余興に勤しむのも大変良いことだが、同時に内観(内省)にあてる時間も用意しておかないと、最後に少々慌ててしまうのではないかと思う。

 毎日のセッションで、生き字引のような方々とお話させてもらう事によって、私は毎日軌道修正をさせてもらっている。私の場合、完成どころか人並みに近づいて最後を迎えられるかどうかである。。。まだ道のりは遠い。

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船上からのブルーモスク

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ボズポラス海峡クルーズの船内

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アヤソフィアのドーム

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3世紀にこのような建築技術があったことが信じられない

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アヤソフィアの壁画。何千、何万の人を殺害した王でも、厚い信仰心をもっている。米国映画を観ても、極悪のボスが一生懸命神に祈っていたりする。米国も他人の土地に爆弾を落とし、兵士をバラまいて数えきれない程の人間を殺害してきたが、若者を戦地へと送り込んでいる連中の多くが敬虔なクリスチャンであり、日曜日にはちゃんと礼拝にも通っている。彼らは家族の幸せと自分の身の安全を祈っているが、対峙している国の人々の幸せと安全はどうなのだろう?敵の事など知ったことではないのか。信仰とは、そんな手前勝手なものではないはず。決して、宗教を否定したり非難したりしているのではない。私も「somthing great」の存在を信じているし、それは間違いなく在る。ただ、一部の人間が神の存在を利用して作り上げた、「宗教」という巨大なビジネスの仕組みに圧倒されるのと同時に、そこに潜んでいる沢山の矛盾に可笑しさを感じてしまう。人間が作り上げた宗教のシステムを、天はどうご覧になっているのだろうか。(宗教戦争は、人間が作り上げた宗派の対立によって生じている。どの神も僧侶が着飾ったり、巨大な教会や組織をつくることなど説いていなかった。人間は神が望んだ正反対の事をやっている)
ニックネーム    at 01:31 | 今週のぼやき

2011年10月11日

雨にやられる

 やはりイスタンブールは観光客で溢れかえっていて、全然気持ちが落ち着けない。
加えて連日の雨。しかも、今日の午後は嵐で、突風が吹く度に通行人の傘が壊されていた。
革のバッグも濡らしたくないし、傘も壊したくないとあって、妙に縮こまった姿勢で歩いていたら猛烈に肩が凝った。

 それにしてもトルコ人は日本が上手い。
もちろん、商売で覚えているんだろうが、流暢な言葉で話しかけてくる。
「ジャスコより安いよ。バザールでゴザール!」
どこで覚えたのだろうか。
 旅先で日本語や英語で話しかけてくる輩を、相手にしてはいけないのは「鉄則」だから、相手にしないで適当にあしらっていると「誤解しないで!私はガイドではないんだから!」などと、悲しげな顔で言われる。
「OK、Ok!わかっているよ。」と答えたら、『なにがOKなの?なんで話さないの!?』さらに悲しげな表情になる。
昼に無視した男と、夕方に再び遭遇したら「さっき相手にしてくれなかったよね。それおかしいよ」と文句を言っていた。
ちょっと悪い事をしたなと思う気持ちもあるが、それ以上に気安く話しかけれる事がうっとおしい。
いちいち怪しい奴か、それとも親切な奴かなどと判別している暇はないし、そこまで興味もない。
東南アジアもそうだが、こういう国に来るとやたらと日本語で話しかけられるのが嫌なのだ。

 ネガティブな事を書いたが、基本的に大半のトルコ人は好奇心旺盛で明るく、親切な人が多いという事をここに記しておく。

 旅した国が好きになるか否かは、その時の天気も大きく影響する。
この土地を好きになろうと、努めて晴天時の風景を想像しているが、現実の天気がひどいので難しい。
こういう天候の時こそ、どれだけ地下鉄やトラムを駆使して縦横に移動できるか、移動の能力を高めるには良い機会だと思うようにしている。

 いい加減、明日くらいは晴れてほしいが。

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路上でスーツの上下を売っている。これが結構売れているのだ。

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スパイスバザール

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トプカプ宮殿の中の王子の部屋

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ハーレムに住む位の高い女性と高官たちが住んでいた建物

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ハーレムで最も位が高かった女性たちのイメージ風景

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約1400年前に作られた地下の貯水場

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川から入り込んでくる魚たち

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地下の貯水場で見つかったメデューサの像

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イスタンブールのランドマークとなっている通称ブルーモスク

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ブルーモスク内の天井


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グランドバザール

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メトロバスを利用してアジア側に移動。嵐と夕方のラッシュが重なってごった返していた。

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通勤の混雑は日本と変わらない。
ニックネーム    at 03:12 | 今週のぼやき

2011年10月09日

一人旅

  独りで旅をしていると、色々な人たちから「ビジネスで来ているのならば分かるけど、なぜ君は独りで旅をするの?」と尋ねられる機会が多い。
 今回もホテルのドライバーに同様の事を言われた。
「失礼ですが、独りで旅をするなんて貴方はとても変わった方ですね」
運転手に言わせれば、折角の休みは家族と過ごしたり、一緒に旅行に行くのが当たり前で、独りで旅行に行くなど有り得ないらしい。
 「週6日、毎日12時間もクライアントと1対1で向かい合っていたら、そりゃ独りにもなりたくなるさ」と答えたが、その後に一人旅に出る目的を考えてみた。

 複数浮かんだ答えの1つは、バラバラになっている思い出の整理と清算だった。

 私は20歳の時から、一切過去を振り返らないようにしてきた。
それまでは病的なほど、その日にあった出来事を頭の中で何度何度もリバースし、バックミラーを見ながら進んでいるようだった。そんな後ろ向きな自分に嫌気がさしていたし、何とかしなければと思っていた。
 誰に言われたわけでもなく、15歳〜20歳までの5年間は毎日欠かさず日記を書き、その日にあった出来事をノートに置き去りにする訓練をした。20歳を越えた頃には、日記を付けなくても記憶をリバースすることがなくなっていたので、それ以降は日記も止めた。

 昔の自分と同じように苦しんでいる人が、私の周りには結構いる。
実に気の毒だ。(大人に日記を勧めるのも微妙で。。。)
 人は過去にも未来にも耐える必要はなく、今この瞬間だけを生きて耐えればよい。
過去はもうやって来ないし、未来は未だ来ていないのだから。
 多くの日本人は将来を過剰に不安視し、過去の失敗を振り返って何度も苦しんでいるようだ。
しかし、過去を振り返れば、すべて問題をクリアして今日の自分がある。想像していた程の惨事などやってこなかったはずだ。
 将来の自分を知りたければ、今この瞬間を出来る限り頑張るだけ。そうすれば自ずと見えてくる。
例えば、今の自分は5年前の自分の延長線上にいるわけだし、10年後、20年後の自分も今の自分の延長線上にいる。時空を超えて先回りすることは出来ないし、他人の線路に乗り換えるわけにもいかない。
 
 人生や命を点で捉えてしまうと大事なことを見落としてしまう。
生まれてから死ぬまでを、一本の線で捉えるように意識すると色々な事に気づける。
 
 自分は子供の頃から、「今サボったら未来の自分に『なんでサボったんだよ!お陰で大変だよ!』」と文句を言われたり、『こんなに頑張ってたのに、お前がそれをぶち壊した!』と過去の自分から責められるのが嫌で、とにかく止まらないで頑張ってきた。
(先祖から受け継いでいる経験と智慧を無駄にしたくなかったのもある)
そして今は、自分の延長線上にある事よりも、身の回りの人たちの「線」に触れることに関心がある。

 と、えらく話が脱線してしまったが、海外にいる時だけは想いでに浸ったり、過去の出来事を清算する時間を設けている。短時間ではあるが、先へ進むための大事な作業。
だから、これからも独りの旅を続けようと思っている。

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統一広場の見事な噴水

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1989年の12月22日に、故チャウシェスクがこの建物の屋上で演説をしてヘリで逃亡した。その2日後のクリスマスにチャウチェスク夫婦は処刑された。この革命広場では、地下道から上がってくる治安部隊の銃弾に多くの市民が倒れた。どこの国に行っても、革命の様子や国民が自由を勝ち取った記念碑、そして犠牲者たちを讃える慰霊碑があるものだが、それが日本には無いことを気づいた(何処かにはあるのかも知れないが)他国に支配されていないのもあるが(米国の支配下ではある)、昔から日本人は御上の決めた事に従って生きるのが上手で、自由を勝ち取る為に命を賭してまで闘うような民族ではなかったのだろう。(百姓一揆のレベルは含まない)これまで建国のために国民が闘った事がないから政治に対しても無関心なのかも知れない。日本人が政治に無関心なのは、政治家たちのせいだけではなく、自分たちの手で民主主義を勝ち取った経験が無い事も影響しているのではないか。

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活気ある市場

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市場の外には、恐らく移民であろう老婆たちが、路上で花や唐辛子、にんにくを売っている。彼女たちの顔はどす黒かった。

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中心地を少し離れると、こういう所もある。

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故チャウシェスクが建てた「国民の館」ペンタゴンに次ぐ大きさらしい。

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物置の中には古本がぎっしりと詰まっていて、老人たちが古本を売っている。東欧でも他に見掛けたことがない。

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ブカレストにはお洒落なカフェや、味のあるビストロが沢山ある。

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今滞在しているヒルトンホテルには、沢山の盲目者と盲導犬が来ている。ストレスで盲導犬の寿命は短いらしい。わんこ達の健気に任務を果たしている姿を見ると胸がつまる。
ニックネーム    at 00:56 | 今週のぼやき

2011年10月07日

スローライフ

ブルゲリア(発音はゲリアが正しい)に来た当初、この国に対するイメージは「貧乏」で「遅れてる」だった。観光スポットが少ないお陰で、直ぐに目先が現地の人たちの暮らしぶりに移行した。
旅先では、地元の人々と同じ目線で景色を見る様に心掛けているが、2日目にして自分が抱いていたイメージが簡単に覆った。覆ったというよりも、自分の価値観が下らないものに縛られて、如何に感性が貧しくなっていたかを思い知らされた。
 どれだけ国が貧しかろうと、店頭に有り得ないセンスの服が並んでいようとも、彼らは貧しくなんかない。
人生をより良く生きるためには、何が大切かをよく理解していて、それを大事に守っている。その大事なものとは、かつての日本人がもっていて、今を生きる日本人が無くしたものかも知れない。
 夕暮れ時の公園には、何処からともなく人がワラワラと集まってきて、それぞれが思い思いに喋りまくっている。老若男女問わず、みんなお喋りが大好き。
チェス用の石台には中高年の人だかりができ、薄闇の中で熱心に目を凝らしてチェスを見入っている。
何がなくとも皆が愉しそうにゆっくりと過ごしている。

「気のおけない連中や恋人が傍にいれば、それだけで愉しいじゃん。他に何か必要?」そんな問い掛けをされた気がした。 

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誰も急いでいない。この親子も何時間も葉っぱで遊んでいた。

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犬と親子3人。画に書いたようなファミリー。

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1人ポチッとベンチで参照文献を読み漁る。ベンチで30分程横になって昼寝をした。何年ぶりか?
久々に「退屈」を満喫した。

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公園は幼児と老人であふれかえっている。孫を連れた老人が延々と子守りをしていた。核家族化が進みきった日本では、見られなくなってしまった風景がここにある。昔は爺ちゃんと婆ちゃんの存在が、子供のセーフティーネットそのものだったはず。親が叱られている様子を目の当たりにすることで、家族の繋がりやルーツを実感できた。

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毎朝、こんな道を走っている。道路の舗装状態が悪いので、ボケっとしていると足首をもっていかれる。

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世界遺産に登録されているボヤナ教会。ソフィアから8キロのところにある。宗教心のない私には、宗教画の有り難みが今ひとつ分からなくて残念。

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全て鉄板で作られた卓球台。球が跳ねる!跳ねる!

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ある子供は母親に連れられて、ある子供は婆ちゃんに連れられてクラブにやってくる。かつての自分がそうだったように、親子でプロのサッカー選手になることを夢見て、二人三脚で頑張っているのだろう。塾通いの子供たちとの違いは、親がお金を出して終わりではなく、一緒に練習場や試合会場に足を運び、共にエキサイトすることだろう。それは子供にとって生涯の想い出となる。
ニックネーム    at 21:04 | 今週のぼやき

2011年10月07日

新書重版

集英社新書の重版が決まりました。現在計42000部(7刷)
秋の新書フェアでコーナーに並ぶそうです。
ニックネーム    at 08:08 | 今週のぼやき

2011年10月05日

リラ僧院

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 本日は朝、1時間ソフィアの街を走った後、9時からドライバーとガイドと3人で、リラ山脈の麓にあるリラ僧院まで足をのばしてきた。
リラ僧院は14世紀に建てられた世界遺産。
1833年の大火事によって大半が焼失したが、多くの人々の尽力によって見事に復旧されている。

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こんな景色の中を2時間半走った

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天井はフラスコ画で埋め尽くされている

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トルコの支配下では、ブルガリア語の書物を読む事さえ禁じられていたが、この僧院だけは特別だった。全国から僧侶たちが集まり、往時には360もの房があったそうだ。写真は僧侶の房。

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リラの村。この村を訪れた時にブルガリアに来て良かったと感じた。まるで時が止まったかのように静かな通りだった。周囲は老人ばかりで、滅多に日本人を見る機会がないせいか物珍しそうに見つめられる。

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各家の玄関先の屋根には、ブドウがたわわに実っている。日本ではちょっと見掛けない景色。


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こんな場所でランチ。犬と猫が寄ってくる。

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ブルガリア人がよく食べるブルガリア式ハンバーグ。美味しいかって?普通です。。。

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ブルガリアサラダ。

 そして、現在17時半。
さて、ソフィアの街で何して過ごそうか。
ニックネーム    at 23:29 | 今週のぼやき

2011年10月05日

ソフィア

今朝の午前6時過ぎにパリのCDG空港に到着した後、シェラトンホテルで3時間休憩をとり、そのうち1時間をジムで走った。

同日の午後16時過ぎにブルガリアのソフィアに到着。
17時からひたすら歩き回ったが、既にソフィアの観光スポットを回ってしまった。
予想通り、かなり地味な旅になっている。
 
明日はリラ僧院に半日かけて行ってくる。

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ソフィアの観光名所 アレクサンダルネフスキー寺院

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ここがメインストリート 地味です。

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車椅子用のレール。この辺がいかにも東欧っぽい。


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ゴミ箱の上にあったヒール

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市内のトラム

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古いアパートと都市化推進の工事

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こんな風景が街の至ところで見られる。
ニックネーム    at 22:41 | 今週のぼやき

2011年10月03日

やらかした

 本日、羽田発午前1時の便でパリに飛ぶつもりでいたら、自分が予約した便が昨晩の午前1時便であった事に今朝気がついた。慌ててJALに電話したところ、1席だけ残っていたので予定通り今夜の便で行けることになった。パリで1日のんびり過ごそうと思っていたが、それが飛んでしまった。
 それにしても、羽田発の午前1時の便は日付が紛らわしい。25時とか26時と表示した方が良いのではないだろうか。やはり間違える俺が馬鹿なのか。。。

 今日は午前10から、年末に発売される本の撮影が有明であった。
この本のテーマは「脚」
生涯自分の脚で歩き通すために、今から準備しておくべき事を紹介している。

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写真のアングルに拘っている
 
ニックネーム    at 16:17 | 今週のぼやき

2011年09月28日

休業のお知らせ

 誠に勝手ながら、10月3日(月)〜13日(木)までお休みとさせて頂きます。
今回訪れるのは、ブルガリア、ルーマニア、トルコ。

 旅先で、25ページくらい原稿が進んでくれることを期待しています。
ニックネーム    at 00:47 | 今週のぼやき

2011年09月20日

CPR

 今日は朝8時半から17時までCPR(心肺蘇生)の講習に参加した。

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毎年、資格更新の期限を忘れて初心者講習を10年近く受けているので、心臓マッサージのスキルは職人並みになったかもしれない。
 心肺停止から3分間が経過すると、蘇生する確立が半分まで下がり、6分間経過するとほぼ蘇生する可能性がなくなる。しかし、119番通報から救急車が到着するまで平均7分近くかかる(病院に搬送されるのは31分)。つまり、CPRのスキルと知識を持たなければ、いざという時に誰かを守れないという事。

 2002年のフランスW杯では、カメルーンの選手が試合中に心筋梗塞で倒れて亡くなった。
当時のフランスは、なぜかAEDが普及していなかったので、周囲には何万人もの人がいたのに誰も彼を救う事ができなかったのだ。VF(心室細動)は、電気ショックを与えないと回復が難しい。
 松田直樹が倒れた時もAEDがなかったようだが、あの事故から10年近く経過して、AEDが爆発的に普及しているにも関わらず、チームがAEDを保有していなかった事は理解し難い。

 世界で一番CPRの資格が普及しているのはシアトルで、「公園のベンチでうっかり昼寝していると、直ぐに心臓マッサージをされてしまう」という馬鹿話まである。だが、客が喉に物を詰まらせた時に、異物を除去する講習を店員が受けていないと、飲食店を営業できないのは本当らしい。
 
 今日の講習では、ある高校球児が地域の選抜大会で倒れ、AEDの処置を受けている時の生の音声が流された。「上田〜!死ぬな!起きてくれ!」倒れた選手の名前を泣きながら絶叫するチームメイトと母親の声で、機械の音声ガイダンスが掻き消されてしまっていた。
訓練されている救急救命士が、電気ショックのボタンを押すタイミングを2度も逸していた。
 実際の状況はまさに修羅場であり、CPRを行おうとしている人(救急隊員も)が動揺した家族や仲間に殴られて怪我するケースも多数あるという。

 また、傷病者が女性の場合、AEDを行おうとして衣服を脱がそうとした時に、後ろから頭を殴られた人もいるという。倒れた瞬間を目撃していた人がいないと、心臓マッサージも痴漢行為と勘違いされてしまうケースもあるのだ。
 私も何度か交通事故の現場に居合わせたことがあるが、傷病者の手当をしているとワケのわからない通行人が「あんた、一体何者なんだよ」とケチをつけてきた。偶然、医師が傍にいて、医師免許を提示しながら「私は医師です」と説明しても、「こんなヤブ医者あてにならないよ!信用できない!」と収まらなかった。こういう事は、決して珍しいことではない。

 CPRを行う際は相当の覚悟をもって実施しないと、逆に面倒な事に巻き込まれるので、有事にでくわしたら皆さんもそのつもりで事にあたって頂きたいと思う。
ニックネーム    at 10:36 | 今週のぼやき

2011年09月08日

facebookはじめました

 Maro'sのFaceBookを始めました。

 Maro'sで検索して下さい。

 ブログにアップしにくい事や、ちょっとした出来事や活動などをアップして参ります。
ご意見やご要望などのコメントを御寄せ下さいませ。
ニックネーム    at 17:19 | 今週のぼやき

2011年09月02日

台湾で翻訳決定

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 この度「腰痛を治すからだの使い方」が台湾で翻訳される事が決定しました。
本書のベースとなっている科学的な根拠は、殆どが米国の研究機関が公表しているものですが、私としては米国で翻訳される事を期待してつくったので、そうなってくれる事を密かに願っています。

先人たちの暮らしに染み付いていた、日本人にしか出来ない美しくて無駄のない立ち居振る舞いと所作から、腰痛予防改善のヒントを抽出して、日本発の腰痛改善のメソッド(あまり好きな言葉ではない)を世界に輸出したい。
それが今もっている夢の一つかな。
ニックネーム    at 10:02 | 今週のぼやき

2011年08月13日

悲し過ぎる事件

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右が菅井さん 

 去る8月7日の午前1時、東北自動車道でバスの運転手に腹を立てたワンボックスカーの運転手が、バスを車道に停車させ、そのバスに追突した貨物トラックの運転手が死亡するという事故が起きた。(バスの乗客12人は軽傷)

ワンボックスカーの運転手は即逮捕されたが、その運転手が亘理町と山元町を案内してもらった菅井氏だった事を知り、大きなショックを受けている。

立ち入り禁止区域を運転しながら、「被災者を支援する人たちを支援しないと、経済的にも精神的にも限界に達しています」と言っていた。
菅井氏は東北自動車が復旧したその日から、ほぼ不眠不休で支援物資を千葉から宮城県に運び、被災者を励ます為に知人のタレントやプロレスラーに頼み込んで、避難所でレクリエーションを行っていた。
 彼が亘理や山元町に足を踏み入れた頃は、そこら中に腐敗した遺体が放置されていたそうで、強烈な異臭に何度も吐きながら活動していたそうだ。
 彼の行動力は半端なものではなく、市原市の市長に頼み込んでヘリをチャーターしてもらい、絵本1tを避難所の子供たちに配給するなど、「どこからあのエネルギーが湧いてくるのか。頭が下がります」と、現地の人たちに言わせる程の頑張りようだった。

「とにかく現地を見て下さい。全てはそこから始まります。復興までは気が遠くなるほど時間が掛かるので、何が必要か、自分が何をすべきかを感じてもらえればいいんです」と繰り返し言っていた。
東北出身の菅井氏は、市原でイベント会社を経営していたが、震災後は会社も放ったらかしで支援活動に邁進していたが、あまりの入れ込みように奥様(お子さんもいる)から離婚を切り出されていたそうだ。

その奥様を被災地に連れて行き、凄惨な光景を見せたところ活動への理解が得られ、奥様のご両親も活動費を援助してくれたらしい。

菅井さんの印象は、いつも目の下に大きなクマをつくっていた事。
「休まないと死にますよ」と、私が心配すると「とにかく後悔したくないんです。今できる事を全てやりたい」と力強く答えていた。

その彼が重大な事故を起こしてしまった。
恐らく、経済も心身も限界で思考力がなくなっていたのだろう。

ネットには、「人殺し」「人を殺して何がボランティアだ」「クズ野郎」「いんちきなボランティア活動」など、菅井さんを誹謗中傷するコメントが多数寄せられている。
菅井さんに協力したタレントにも火の粉が飛んでいる。
テレビのニュースでも、彼のこれまでの頑張りなど全く触れられる事なく、ただの容疑者として扱われていた。

確かに、彼が起こした事故は弁解の余地がないし、事故を起こした時の行動だけを取り上げれば、完全に常軌を逸している。
遺族の方々からすれば憎くて堪らない男だろう。

 私が残念でならないのは、彼が3.11以降積み重ねてきた功績が、世間に全く知られる事がないまま、重大な事故を起こした容疑者としての側面だけが、日本中に広がってしまった事である。

何も考えずにニュースを見ていると、報道された通り鵜呑みにしてしまう。
誰も容疑者の生い立ちや背景に思いを馳せたりしないだろう。
私自身もいちいちそんな事は考えないが、今回の一件で少し考え方が変わった気がする。

 曇りの一点もなく、東北復興に命をかけてきた男の末路が、こんなかたちで絶たれてしまった事が悲し過ぎる。
菅井さんが100%悪いのは分かっているが、なぜこんな事になってしまったのか、考えれば考える程わからなくなる。
激情型だからこそ、今回のような事になってしまったのだろうが、裏返せば激情型だからこそ、復興支援活動にあれ程の熱を燃やす事ができたのだろう。

 一瞬の過ちで人生が台無しになってしまう怖さを思い知らされた。

ブログに菅井さんの事を書いたのは、彼を庇うことが目的ではなく、純粋に事故以前の菅井さんの活動を一人でも多くの人に知っておいて欲しかったからである。
もちろん、それで彼の罪を差し引いてもらいたいなどと思っているわけではない。

 時々、拘置所で彼が今なにを思っているのか考えてしまう。

最後に、亡くなられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
ニックネーム    at 20:25 | 今週のぼやき

2011年08月06日

穴があく

 同じ歳の仲間が亡くなると非常にこたえる。

松は多くの人に命の儚さを再認識させた。

彼とはU-17で何度か対戦しているが、やんちゃで無骨な男だという事を聞かされていた。

彼の死は寿命だったと考えたい。

亡くなる1日前に、宮本恒靖と電話で話をしたが、あんなに落ち込んでいる声は初めてだった。

中3の頃から知っているので、ある意味同級生的な感覚も持っている。

今朝、病院で松に対面した恒から、眠っているように安らかな顔だったとメールが届いた。

そのメールを見て、少し気持ちが救われた。

若くして亡くなった分、彼の存在は人々の記憶に強烈に刻まれ、伝説の人となった。

本当にお疲れさま。
ニックネーム    at 01:05 | 今週のぼやき

2011年08月01日

奇跡のヒント

 このところ、原稿に追われてプログにまで手がまわらない。
とはいえ、目を通してくれる方達に有益な情報を届けられているわけではないので、たとえブログが数ヶ月途絶えても特に影響はないだろう。

 話題が古くなってしまったが、今回のなでしこジャパンが出した結果は、これまで日本が世界を驚かせたトピックの中でもベスト3に入るだろう。
 多くの日本人が思っているよりも、世界各国に与えたインパクトは大きいはずだ。

 政府が、彼女たちに国民栄誉賞を与えるのか非常に関心がある。

 しかし、世界のホームラン王(野球が世界のスポーツだとは私は思っていない)王貞治氏よりも、遥かに凄い事をやってのけたのだから、国民栄誉賞を授けてもおかしくないと思う。(団体であるから難しい面はあるが)

 今大会を通じて、日本の女子サッカーにやっと光が射したことは本当に良かった。

 読売クラブのJrユースだった頃に、よくベレーザと練習試合をやらされた。
そう、まさに「やらされた」のだ。
 当時の女性サッカーは、今よりずっといかつい人たちがやっていた。
男勝りというよりも、男よりも男らしい連中と試合するのが本当に嫌だった。

 球際は脚を振り回してくるし、激しくぶつかれば「てめー!」と罵られる。
普通、サッカーボールが顔や胸に飛んできたら女子は逃げるものだが、彼女達は頭を突き出してヘディングし、胸を張り出してトラップする。

 サッカーをやっているのだから、今では当たり前に思うだろうが、当時は「いかれた集団」だと思っていた。

 澤は注目されていたが、先輩にもっと凄い選手が沢山いたので、まだそれ程目立つ存在ではなかった。
女子サッカーの基盤を築いてきた人たちは、今よりもずっと劣悪な環境で頑張っていたわけだが、現なでしこジャパンの活躍をどのように心持ちで観ていたのだろう。

 荒川の河川敷で試合をしているアマチュアチームが、読売ジャイアンツに勝ってしまうような奇跡を起こしたなでしこ。
 人材教育に携わる人々は、なでしこジャパンの取り組み方やメンタリティーを真剣に研究し、環境で圧倒的に上回っている組織に打ち克つためのヒントを見つけ出してもらいたいと思う。
ニックネーム    at 22:25 | 今週のぼやき

2011年07月15日

ネジ

 自分にとって旅をすることは、ゼンマイのネジを巻く事に等しい。
知らない土地を歩く時の緊張感と開放感が、自分のネジを巻いてくれる。

 旅と旅の間が空くとエナジーがなくなってくる。
そして、狭い世界で満足してしまう危うさも生じてくる。

 旅をすることで、生きる目的や向かうべき方向を再確認できるのが嬉しい。
自分が元気でフレッシュな気持ちでいないと、他人に元気を与えることなど出来ない。

 だから自分を喜ばせたり、楽しませたりすることに本気で取り組む。
生きているうちに、あと何カ国行けるだろうか。

 しかし最近どこへ行っても、感動の振り幅が小さくなってきていることに焦りを感じている。
経験のせいなのか、歳をとったせいなのか分からないが、以前程感じなくなってきているのだ。

 まあ、その代わりに若い頃に比べて、余裕をもって現地の人々と接する事ができるようになってきた。

 これまで30カ国を訪れたが、ひとつ思う事がある。
それは世界の何処へ行こうとも、楽園なんて存在しないという事。

 耳の痛い話だけれど、もし楽園を求めるのならば、闘い続けて自分の中に楽園を築くしかないのだろう。
 どんな環境に身をおいても、その中で最大限楽しめる賢さとユーモアのセンスを身につけていきたい。

 次回の旅は10月。

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ニックネーム    at 08:01 | 今週のぼやき

2011年07月15日

プレゼント

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ヴェネチアのサンマルコ

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リアルト橋から


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ムラノ島にある土田氏の工房


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「ビューティフルオブシャドー」製作途中の部屋


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白い自転車が気に入った


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リド島のエクセシオールホテル
ヴェネチア国際映画祭では、ここのビーチとプールサイドで監督達のインタービューやレセプションパーティーが開催される

ヴェネチアンガラスのデザイナーとしても著名な麹谷先生の紹介で、ヴェネチアンガラスのアーティストである土田康彦にお会いしてきた。

 35歳の誕生日当日と翌日は、土田ファミリーと食事をした。

 土田氏はイタリアに住んで20年になるが、まさに波瀾万丈の人生を送られてきている。
欧州でも多数の賞を受賞されているアーティスで、彼の作品のコレクターには誰でも知っているような超有名どころが揃っている。(シラク元大統領をはじめエルトンジョン、プリンスなど、名前を挙げたらきりがない)

 人生の折り返し地点である35歳で、土田氏と出会えたことは非常に大きな意味があった。

 「僕は一寸先は光だと思っているんです。光が当たる瞬間なんて長く続くわけがない。陽の当たる場所にずっと居ようとなんて思う方が間違っている。僕は闇の中から光を目指して進んでいるときが、人間は一番幸せだと思っているんです。影があるからこそ光が活きる。影の良さを知らなければいけない。人は独りでいる事も大事。それを独りでいることは、孤独で良くない事のように捉えるからいけないんだ。人は影に身を置く時間も必要なんだ。」
 上記のようなニュアンスの話をされていたのが印象に残った。

 全く同感だ。
影を知り、影を好み、影に身を置けない人は、晩年に辛くなっていくだろう。
 
 土田氏は「人の良いところしか僕はフォーカスしない。嫌な部分は見ないようにしている。日本に対しても同じです。日本の文化の素晴らしいところ、日本人の文化度、民度の高いところしか見ようとしていません。もっと多くの人に日本人と日本の素晴らしさに気づいてほしい。そのための活動もしていきます」とも言っていた。

 日本にいると、どうしてもネガティブな部分に目がいってしまうが、これからは考え方を変えていこうと思った。

 彼との出会いが最高のプレゼントだった。
ニックネーム    at 07:31 | 今週のぼやき

2011年07月14日

欧州滞在中

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 9日から20日まで欧州に滞在する。
旅の目的の半分は原稿を書くため。

 当然、機内ではひたすら執筆し続けるのだが、途中で酒を入れるので後半ははかどらない。

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 異常なほど、ロンドンの中心地は人でごった返している。
6年ぶりにロンドンを訪れたが、この街はオイルマネーによって様変わりをしていた。
 噂には聞いていたが、ここまでアラブ系の連中がブイブイいわせているとは思わなかった。

 石を投げれば眉毛が一文字に繋がった連中に当たるくらい、アラブ系がそこらで肩で風をきって歩いている。
白人系で調子がいいのは、イギリス人ではなくロシア人。

 文化度0の3代目、4代目のバカボンが、これでもかというほど超高価な物を買い漁っている。
来年、ロンドンオリンピックが開催されるが、自分はこの街が嫌いになってしまった。

 当分、この街には近づかない。



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 ピープルツリーの代表で世界中を駆け回っているソフィアミリーさんとそのご家族。
彼女は不当な労働環境で酷使される労働者を守る団体、フェアトレードでも尽力されている。
ニックネーム    at 04:49 | 今週のぼやき

2011年07月06日

御礼

 御蔭さまで本日、「腰痛を治す からだの使い方」の重版が決まりました。

 これからも、役に立つセルフマネージメントの本を書き続けて参りますので、ご支援のほど宜しくお願い申し上げます。

 伊藤和磨
ニックネーム    at 15:53 | 今週のぼやき

2011年06月30日

何気ない存在

 築34年のこのビルが立つ前から、掃除夫として働いてきた爺さんが4月で辞めた。
お歳は74歳。

 いつ何処で擦れ違ってもムスッとした感じで、エレベーターでドアを開けて待っていても、会釈ひとつしない変わった人だった。

 2年程前に玄関のドアがキーキー鳴くので、管理室に修理を依頼したら彼がやってきた。
ねじの絞め具合を調整すると音は鳴らなくなった。

 丁寧に御礼を言うと表情が柔和になり、ちょっとハニカミながら音鳴りの原因を詳しく教えてくれた。
彼の嬉しそうな顔を見たのは、それが最初で最後。

 翌日からは、いつものムッツリ顔に戻っていた。

 正直、彼の存在は景色の如く、普段は気にも留めていなかったが、いざ居なくなってみると急に寂しい気がする。
ときどき、彼が掃除機をかけていた姿や、床にこびり付いる汚れを、ハケで刮げ取っていた姿が脳裏に甦る。

 同じ歳の雇い主に彼の事を尋ねたら、新潟から上京して千葉の女性と知り合って結婚し、娘1人を授かったらしい。

「へえー、あの爺さんに娘がいるんだ」ちょっと驚いた。
(住まいは江東区の団地)

「ずっと掃除だけやってもらっていたんだけど、もう歳だから辞めたんだ。40年以上いたんだよ」と雇い主。

 かつて自分も経験したが、清掃の仕事は滅多に他人から褒められる事も、感謝される事もない日陰の仕事である。
 通行人に触れるな、商品に触れるなと注意され続けると、自分が汚物になったような感覚になる。
彼はそんな仕事を生涯の生業とした。

 平凡な人生と言ったら大変失礼だが、無愛想な爺さんの生涯で起きた事を、あれこれ想像してしまう。
なにを喜び、何に対して怒り、なにを悲んでいたのか、そんなことを考えてしまう。

最後のお勤めの日に「 長い間、お疲れ様でした」と声を掛けてあげたかった。
もう、頭に手拭いを巻いて作業する姿を見ることはできない。
それが何故か淋しい。

 これ程までに、爺さんの存在が心に留まっていたとは考えもしなかった。
とはいえ、住所を調べて江東区の団地まで訪ねていく勇気もない。

 普段意識しない、何気ない存在の大きさに気づかされるこの頃である。
ニックネーム    at 17:33 | 今週のぼやき

2011年06月28日

1日2食のススメ

 明治、大正、昭和の暮らしをおさめた写真を眺めているのが好きで、ときどき関連した写真集を購入している。

 当時の写真を見ていると、ほとんど太っている人などいない。
肉体労働によってついた自然な筋肉で、とても引き締まった美しい身体をしている。

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ナショナルジオグラフィック ひたむきな日本人より

 「1日3食しっかりと食べましょう」
誰もが1度は耳にしたことがあるスローガンだが、最近このスローガンこそが、肥満を増やすのに一役かっている事に気がついた。

 昔の食事は質素でカロリーが低かったし、みんな肉体労働で十分にカロリーを消費していたので、1日に3回しっかりと食べる必要があった。
 しかし、日々の身体活動量が激減した上に、1食のカロリーが数倍になった今の時代に、1日に3度も食べていたら、間違いなくカロリー過多でデブになる。

 私たちは昔の日本人よりも、確実に運動量が減っているのに、確実に沢山食べている。
はやい話、昔の日本人よりも沢山食べていいはずがない。

 これまで運動で痩せようと色々と試みてきたが、普通に3度食べていたら思うように絞ることはできなかった。
 1日に消費するカロリーなんてたかが知れているわけで、朝食を抜いたとしても昼と夜をしっかりと食べてしまったら、当然1日の消費カロリーを上回る。 

 サラリーマンやOLの人たちは、1日に必要なカロリーを昼のランチだけで摂取していると考えた方がよいと思う。

 2ヶ月前から昼食をしっかりと食べたら、夕食(17時半ころ)はスープだけにしている。
セッションの合間だから、3分くらいしか食べる時間がないのでスープで丁度良い。

 結果、順調に体脂肪率が減っている。

 他人に話すと「お腹が空いて眠れないでしょ?」と尋ねられるが、むしろ胃に食物が入ったまま床に入るよりも、ずっと気が楽だし良く眠れる。
 朝起きて、食べることが楽しみになる。

 だんだん胃袋が小さくなってきて、そんなに量が入らなくなるので、ひもじい気持ちにもならない。

 以前、中田英寿に「どうやってその体型を維持しているの?」と尋ねたら、「俺は昼はおにぎり1個かパンしか食べない。みんな腹が減ってないのに習慣で食べてるから太るんだよ」と答えていた。

 「やっぱりナルシストは違うな」と感心する反面、「そんなことしたら腹が減って死んじまうわ」と本気にしなかったが、今では彼が言った意味がよく理解できる。

 「1日2食で十分」なんて言ったら、栄養士に言ったら反論されるだろうが、完璧にカロリー計算された食事を摂れている人など、全国探したって滅多にいないはずだ。

 1日の仕事を終えて、溜まったフラストレーションを飲食で発散したい気持ちを抑えることは容易ではない。
しかし、胴についた脂肪を摘んでため息をつくよりも、少しずつウェストがすっきりとしていく喜びを、これからは積み重ねていきたい。
 
 極端と思われるかも知れないが、本当に心身ともに調子がよくなるので、「そうか」と思われた方は一度試して頂きたい。

 栄養バランスが気になる人は、マルチビタミンだけでも摂取することをお勧めする。
 

 

 
 
ニックネーム    at 00:38 | 今週のぼやき

2011年06月20日

ヒップヒンジの輪

 6冊目の著書が無事にリリースされてホッとしている。
 企画を出した当初は「腰痛の絵本」を作ろうと考えていたが、「腰痛で困っている人たちからすると、絵本では物足りないのでは」という意見が多数を占め、結果的に「腰痛の教科書」に近い内容になった。
 それでも実用書側に偏って本の世界観を壊さないように、最後の最後まで製作スタッフと苦心しながら進めた。

 腰痛本としては、かなり個性を打ち出した作品となった為、出版社としては売れ行きを憂慮しているそうだ。
 気持ちはよく分かる。

 しかし、ベストセラーになっている本が、必ずしも作品として優れているとは限らない。(タレント本など)
 むしろ廃版になってしまった本でも、後世に残すべき名著は沢山ある。

 作品としての質が低かったら、セールスが良くても自分はいまひとつ喜べない。
昨年の新書からは、アンテナが立っている人たちに向けてメッセージを発信しているので、爆発的な反響は望めないし、望んでもいない。
 意識の高い人たちに評価してもらえたら、それで満足だ。その逆は嬉しくない。
まあ、出版社はビジネスでやっているのだから、著者の好き勝手ばかり言ってられないが。 

 さて、内容について少々触れておきたい。
 本書に登場する人物の名前は出せないが、自分が尊敬している人たちにモデルになってもらった。(顎が長い人は別)
海外でも出版されてほしいと願い、それらしいタッチで描いてもらった。
 また、中肉中背の在り来たりのキャラを極力使わないようにお願いした。

 参照文献の欄を見てもらえばわかるが、国内外で入手できる優れた専門書のエッセンスを凝縮したかたちになっている。

 難しい事を如何に簡単に表現するか。
永遠のテーマであるが、これを達成するには自分自身が理解を深めていないと叶わない。
 今現在の力は出し切ったつもりだが、半年もすれば修正したい点が山ほど出てくるだろう。

 本書も集英社新書と同様、治療方法は載せていない。
100人の治療家がいれば100通りの治療方法があるし、誰かに頼らなくても出来ることを書かなければ意味がない。
 
 慢性腰痛患者に共通しているのは、習慣的な不良な姿勢と不適切な身体の使い方である。
姿勢の重要性に関しては、様々なところでクローズアップされるようになってきたが、身体の使い方については殆ど触れられていないし、ガイドラインが普及していない。

 身体の使い方が間違っているから腰痛になるわけで、それを改善しなければ何度でも腰痛は再発する。
 
 「屈む動作」と「しゃがむ動作」の違いを理解し、両方をしっかりとマスターすることは、人類にとって大変重要な課題といえる。
もし世界中の人々が、この2つの動作パターンをマスターすれば、世界の腰痛人口が半分以下に減るだろう。

 「世界に広げよう、ヒップヒンジの輪」
この本が「ヒップヒンジ=出っ尻」を広める一助になれるか分からないが、トレーナーをやっている限り、ヒップヒンジの大切さを訴え続けていく。

 願わくば、学校の図書室や地域の図書館、医療機関の待合室にでも置いてもらいたい。

 本音を言えば、全ての動作パターンを動画で紹介したかったが、今回は適わなかった。
また次の機会があれば、是非挑戦してみたい。



 
ニックネーム    at 01:04 | 今週のぼやき

2011年05月25日

再びごっつい人

 昨晩はじっくりと話ができた。
彼がいると周囲の人たちまで明るくなる。

 手に入れたものを直ぐに手放して、さらに高みに登っていこうとする姿勢は相変わらずだった。
こちらとしては「もし移って試合に出られなくなったら」と心配してしまうが、「そんなの賭けでしょ」と軽く笑っていた。

 昔の海外に移籍した選手たちは、言葉の壁に苦しんでいたが(ヒデは別)、今の選手達は「別に話せないからなんなの?」ってな調子で、意に介していないらしい。

 彼らは先達たちの失敗(敗戦や移籍など様々な面)を、しっかりと糧にしているような気がする。

 そうそう、ザッケローニ監督について興味深い話をしてくれた。
ザックは見ただけで、その選手がどれくらいのポテンシャルを持っているを把握する能力があるらしい。
 だから選手たちは、自分の事をわかってくれているという信頼感と、ちょっとの事では評価がブレないという自信をもってプレーできる。
  
 実際に選手がミスしても、調子が悪い日があっても「そんな日もあるよ。」という感じで迎えてくれるそうだ。
 普通、選手は代表に選出されると、ミスをしないように消極的なプレーをしがちだが、ザックが監督だと逆に
思い切ったプレー、チャレンジングなプレーをするそうだ。

 目先の評価ではなく、ポテンシャルに基づいた評価をすることで、個々の実力を限界まで引き出す。
指導者として素晴らしいやり方だと思う。

 ごっつい2人が、携帯の小さな画面でスポルトの特集を食い入るように見ていた。

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宇宙船のたこ焼き
ニックネーム    at 08:38 | 今週のぼやき

2011年05月23日

ごっつい人

 昨晩、川島永嗣選手が立ち寄ってくれた。
アメフトのプロテクターを装着しているかのような肩幅。

 充実したシーズンを送った満足感が漲っていた。
しっかりと休養をとれたようで、次のシーズンへの気持ちが高まっていた。

 いつ会っても、センスのいい香水をつけている。

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ニックネーム    at 00:39 | 今週のぼやき

2011年05月10日

クロワッサン記事掲載

 本日10日のクロワッサンに記事が掲載されています。

 内容は肩こりから腰痛まで、運動器の痛みに対するセルフケアの紹介です。
お手隙の時にご覧下さい。


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ニックネーム    at 12:57 | 今週のぼやき

2011年04月30日

削ぎ落とす

本格的に原稿を書き始めた。

 モニターの文字を読んでも内容が頭に入ってこないので、必ず出力したものを校正するようにしている。
 修正した原稿を書見台に載せて入力し、再び出力して再び校正して再入力。

 出力した原稿を読んでみると誤字脱字だけでなく、脈略のない文章を繋ぎ合わせたり、不要な文章を削除したり、また数行の文を数ページ離れたところに移植しなければいけないケースも多々ある。

 まるでパズルの1ピースを、試行錯誤しながらはめ込んでいる時のようで、結構時間を取られる。

 先へ先へと書き進めたいのだが、前が疎かだと後が続かなくなるので、時間は掛かっても足下を固めながら進めていくしかない。

 新書は基本192ページで構成されているのだが、自分の場合は2回構成を行うので、1冊につき約600枚の紙を使うことになる。
 さらに編集者と校閲さんが校正した原稿も出力することになるので、合計800枚以上は紙を消費することになる。
 現在3冊の新書を抱えているので、2400枚以上の紙を消費することになる。
インクと紙の無駄遣いも甚だしく、罪悪感が芽生えてくる。

 早く書き上げて自由の身になりたいと頑張ってはいるが、なにぶん仕事が終わった22時くらいから書き始めるので、なかなか先に進まなくて焦っている。

 こりゃ、ポリープできるな。

 執筆しながら心掛けていることがある。
それは徹底的に自己抑制すること。
 なんでも抑制が効いてシンプルなものがいい。人や物も同じ。

 我欲を消すと、相手によく伝わる。

 インテリでもないのにインテリのフリをして、普段使わない言葉を使ってみたり、僅かな知識をひけらかしたりすると、読者には一発でしらけられてしまう。

 もう一つ、できるだけ削ぎ落とす事。
ギリギリまで削ぎ落とすことが大切。

 自己顕示欲も合わせて、余計な脂肪を削ぎ落とせば落とす程、読み手の心に留まる文章になる。

この2つを徹底していれば、何とかなるだろうと思い込んでいる今日この頃。
 
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2〜3画面にすると流れが把握しやすいので、この状態で書いている。
ニックネーム    at 10:33 | 今週のぼやき

2011年04月19日

休日

定休日の月曜日は、いつも打ち合わせや講演で走り回る。

 昨日は大森にある「オフィックス」という、椅子の代理店さんとの打ち合わせで始まった。
現在、共同で特許を申請している製品があり、この打ち合わせに約2時間弱。

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  次に、昼から9月発刊予定の書籍の取材。
これも2時間しゃべり放し。

 夕方4時から早稲田にある池田書店で、腰痛本の最終的な打ち合わせ。
これに3時間。
 エピローグで使う6ページの順番決めで、あれこれ揉み合い1時間を要したが、最後に編集者が出したアイディアでスパッと決まった。

 本当にこだわりの強い方々と仕事ができて有り難い。

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写真は早稲田にある酒屋さん。テーブルにダーツとタニタの体脂肪計が載っていた。
2つのアイテムを組み合わせると何かが起きるのだろう。
ニックネーム    at 09:00 | 今週のぼやき

2011年04月17日

猿仕掛け

 足底腱膜炎が未だに治らず、1年近く起床直後は足を引きずってトイレに行っている。
外を走るのもやや気後れするので、ステアマスターを書斎に買った。

 ただ、自宅にカーディオマシーンを置いても、巨大な粗大ゴミになるのは目に見えていたので、長年禁止していたTVゲームを解禁し、ゲームをやりながら漕ぐことにした。

 ゲームがやりたければ漕げ。
この猿仕掛けが実に上手くいっていて、1時間漕いでも全く飽きない。

 むしろ、え?もう1時間!?という感じだ。

 以前、中田英寿が「世界のジムにあるカーディオマシーンのうち、ライフフィットネスとテクノジムがシェアの半分を占めている。日本のマシーンなんて何処にもないよ。任天堂あたりと組んで、ゲームをしながら運動出来るマシーンをつくって、毎回コンテニューできるシステムにしたら、絶対に日本のカーディオマシーンが爆発的に流行るよ。」と言っていた。

 確かにあいつの言う通りだ。。。と思う、今日この頃。

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ニックネーム    at 08:40 | 今週のぼやき

2011年04月17日

懸念

 日々、原発に関する記事やニュースをみて、暗澹たる気持ちになっている人が殆どだろう。
こういう状況になると二律背反、意見が真っ二つに分かれるもので、今後の原発の展開予測についても意見が割れる。

 たまたま、自分と考え方がやや似ている人を見つけたので、原発については彼に代弁してもらうことにする。(勿論、すべてが重なるわけではない)
鈴木耕氏のサイト http://news.livedoor.com/lite/article_detail/5471025/

 それにしても、世界で唯一の被爆国でありながら、この小さな島国に55基も原発をつくったことは狂気の沙汰とし言いようがない。 世界有数の地震大国だというのに。(原発について全く勉強してこなかった事を、私自身恥ずかしく思う)

 バカな記者が「なんで危険だと知りながら、こんなに沢山原発をつくったのですか!?」と、当事者たちに問いただす。
 莫大な利益を得る連中がいるからに決まってんだろ。ボランティアで原発をつくるアホがいるか?

 自民党も「お手並み拝見」といった態度をとっているが、元を正せば自民党が躍起になって原発を全国につくったのだから、彼らにも当然重大な責任がある。

 自分たちで巻いた種は、自分たちで刈り取るべきであり、少なくとも当時原発の開発を強烈に推した連中を引っ張り出して追求するべきだろう。
(原安保の天下り連中なんて今更どうてもいい。彼らを追い詰めたって根本的な解決にはならない)

 政府や東電は、今回の事で感じた事があるならば、せめて震央地の上に建てられた浜岡原発だけは、早い時期になんとかしなければいけない。(浜岡は、静岡県の85%の電力を供給。簡単ではないが)

 そして、私たちも3割の便利さを捨てる覚悟が必要だろう。

 先日、出版社の方々と会食をする機会があったが、話題は原発のことで持ち切りだった。
チェルノブイリ原発事故について、政府に不利益な事を書いた記者は、この10年で250人ちかく消息不明になっているそうだ。

 つまり、あの原発事故の事実は公表されておらず、実際の死亡者数は未だに明らかにされていないのだ。
 ロシア政府が公表している死亡者数は29名。
全く信用できないが、その発表を真に受けて(信じていると思いたくないが)繰り返し報道しているマスコミには、ジャーナリズムの精神と正義感が感じられない。

 また、「29名しか死んでいないのだから大丈夫」「チェルノブイリとは違いますから」「1年間、毎日飲食しても大丈夫」と、連日ほざいている御用学者たちには、怒りを通り越して呆れてしまう。

 そもそも、ヨウ素やセシウムを摂取し続けた実験データなどないし、タバコやアルコールと同じで、人によって許容量も異なるはずだ。(ある意味、日本人が実験台になっている)

 原発学者さんたちには、是非、福島第一原発の20キロ圏内に引っ越して頂くか、毎日付近で穫れる野菜と魚を無料で食べてもらいたい。
 
そう言えば、一号基が水素爆発して建屋が吹っ飛んだ時に、「建屋はあってもなくても同じですから。」と即座に言った原発学者がいたのを覚えている。
「中身の格能容器は頑丈に造られていますから問題ありません」」ともいっていた。

面白い。

ガス爆発で壁が吹っ飛び、鉄骨剥き出しになった中にいた人が、平然と御茶を飲んでいたなんて事があるのだろうか?
まともなアタマだったら、あれだけの爆発があったら格能容器や配管もダメージを受けると考えるはずだ。

 今日までに第一原発から漏れ出た放射性物質の量は、チェルノブイリの10分の1かも知れないが、ウランの量は福島の方が多く、またチェルノブイリと違って、これから何年もかけて冷却しつづけなければならない。
 それまで損傷した格納容器から、高濃度の放射性物質が漏れ続けるわけで、当然、周辺の土壌汚染は進む。

 冷静に状況を分析すれば、チェルノブイリよりもずっと厳しい状況にあるのに、政府と学者たちの功名なすり替えによって、多くの人たちは「なにもレベル7に引き上げなくたって」と思っているのかもしれない。

 水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市喘息。
振り返れば、いつだって政府と企業、それにぶら下がる御用学者たちは、問題が発覚した直後に「大丈夫。問題ない。」と言い張ってきた。

 数年が経ち問題が明らかになった頃には、当時の関係者は退職してしまっており、引き継いだ担当者たち(エリート)は御用学者を使って、公害と疾病の因果関係を否定しにかかる。
 被害者が裁判で争っても、結果が出るまでには何年も時間がかかり、無念の死を遂げた人も数知れない。

 もう、そんな悲劇を繰り返してもらいたいくない。
私が言っている事を大袈裟だという人もいるだろう。

 しかし、チェルノブイリで子供達に癌が発症し始めたのが5年後、そして10年目でピークをむかえ、奇形児も沢山生まれている。

 学者たちが言う通り、「直ちに健康に被害はない」かも知れないが、結果は5年後、10年後に明らかになるのだ。
 もしその時、多くの人々が体調を崩して、「あの時、問題ないって断言してたじゃないか!」と責めても遅過ぎる。

 政府や東電、原発学者たちは、やはり疾病と原発事故との因果関係を否定するであろうし、裁判だって途轍もない時間を要することになるはずだ。
 仮に勝訴して幾ばくかの金を手にしても、健康は手にはいらない。

 歴史的にみて最後に泣きをみるのは、御上がいう事を素直に聞き入れてきた人たちと、自分で正しい知識を取り込んで精査し、適切な行動をとれなかった人たちではないだろうか。

 自分の脚で情報の裏付けを獲りに行く記者が減り、各省の記者クラブからの情報(データ)を口を開けて待っているだけの記者が増えた今日、政府や役人にとって都合の悪い事や、刺激的な要素が取り除かれた情報だけが、テレビや新聞を通じて私たちに伝わってきている。

 そういう情報に対しては一定の信頼と疑いをもちながら、多方面からバランスよく情報を獲る事が大切だと思う。 
ニックネーム    at 00:05 | 今週のぼやき

2011年04月07日

ポリープ

  先月の終わりに胃と大腸の内視鏡検査を受けてきました。
21歳で胃にポリープが見つかって以来、良性ではありますがポリープ街道を歩んできました。

 父方の爺さんが胃癌で亡くなっているため、2〜3年に1度のペースで泣く泣く内視鏡検査を受けているわけです。

 情けない事に、毎度ゲーゲーやってしまう。
「ゲップを我慢しろ」ったって無理な話でしょう。

 なんとか少しでも楽に検査を受けたいと願っていたところ、鼻からの検査は楽だと聞き、昨年は赤坂の山王病院で鼻から胃カメラを呑みましたが、あれも結構辛かった。
 スタバくらいのストローを鼻に突っ込むんだから、そりゃ違和感ばりばりです。

 診断の結果は「バレット症候」と「胃のポリープ1つ」。

 バレット症候とは、簡単にいうと逆流胃炎が進行したもので、胃の粘膜が食道の粘膜に生じる症状で、食道癌の罹患率が50倍になると言われています。

 ネットで調べて凹んだ後、子宮癌と乳癌を患った人(所謂本物のセレブであらゆるトップクラスの病院検査を受けている)に相談したところ、「中目黒消化器クリニック」を一押しされました。

 「クリニックは全然キレイじゃないし、先生も特に愛想があるわけではないけれど、昭和天皇を診られていた方で、内視鏡検査の腕は本物よ。散々あちこち行ったけど、結局最後はあそこなの。」

 このクリニックは麻酔で寝かしてから検査をするため、なんの苦痛もないまま、じっくりと時間をかけて検査をしてもらえます。

 何でもそうですが、大事なのは機械よりも先生の腕と情熱。
1週間前に山王病院で検査したのに、他に3つポリープがあったのです。
 
 それ以来、ここで毎年検査を受ける事にしたのです。

 そして今年は大腸検査も同時に受けることに。
よっぽどの事がなければ、10時に入って17時過ぎに出られると聞かされていたので、18時半と20時から打ち合わせを入れていました。

 個室で5時間かけて腸の洗浄が終わり、いざ検査台に。
すると看護婦さんから「下着を切りますね〜」といわれ、自分でパンツを下げようと思ったら、いきなりパンツをハサミで縦に切られ、さらに両手手でバリバリと裂かれたのです。

 おいおい、違うサービス?
ちょっと新鮮な感覚で、危うく新たな世界の扉が開かれそうでした。

今再考しても個人的な趣味ではないかと思ってしまいます(笑)

 片腕は点滴の針を入れ、片腕の指には心拍計をつけて横向になり、いつ「落とされる」のか意識しながら待ちながら、看護婦さんに「18時には起こしてくださいね。打ち合わせがあるから。」とお願いすると先生がにゅっと現れて「終わるの21時ですよ。全てキャンセルしてください」とのこと。

 「えー?マジですか?!」
従わざるを得ず、おケツを出したまま、検査台の上でペコペコ頭を下げながら、先方にドタキャンを詫びる自分。

 情けない事この上ありませんでしたが、検査結果を聞いたら仕方ないかと。

 結果は大腸に4つのポリープ、食道に1つ。
大腸は7ミリのポリープがあり、切除したところは今もクリップでとめてあります。
 2週間の禁酒と運動禁止。

その晩は緊急入院しました。

ポリープ体質全開で、一生毎年あの検査を受けると思うと、本当に気が重くなります。

3キロちかく体重が落ちたのは、ちょっと嬉しいけれど。
ニックネーム    at 14:55 | 今週のぼやき

2011年04月05日

アメブロと平行して

 アメブロの方が機能性が高いため、、今後のブログはアメブロと平行してアップデートしていくことにしました。
最終的には、アメブロ1本に絞る予定です。

 引き続き、宜しくお願い申し上げます。

アドレスは下記の通りです。

 http://ameblo.jp/maro1997/
ニックネーム    at 00:58 | 今週のぼやき

2011年03月31日

kingの一本道

 29日のチャリティーマッチは、カズさんが美味しいところを独り占めする結果になりましたね。
岡田さんが観ている前で、質の高いゴールを決めてくれました。

 今年の1月、友人の選手を横浜FCに移籍させるべく、岸野監督に直接電話してお願いする機会がありました。
(岸野さんは、ユース時代に私の下顎を膝で砕いた人です(苦笑)現在も4本のボルトが顎に入っています)

 「34歳かぁ。いい選手やけれど、ちょっと歳をとり過ぎやな。」と言った後、暫くの沈黙を挟んで「いや、カズは色々な人に支えられて頑張ってるし、第一、ほんまによく走るんよ。」と聞いてもいないのに、彼をかばうおうとしたのが印象に残っています。

 海外では35歳を過ぎた選手を「ベテラン」といいますが、日本では30歳になるとベテランと言われてしまいます。
30半ばを過ぎた選手にしか出せない味があるのに、出向社員が占めるフロントとは、3千万の選手を放出して1千万の若い選手を3人獲得したがります。
 
 しかし、3千万の選手には3千万の価値があるわけで、それを3人で割っても同じ価値はないのです。

 30代そこそこで、年齢を理由に解雇される選手の中には、「なんでカズさんが残って、俺らがクビにならなきゃいけないんですか?」と不平を漏らす人もいることでしょう。その気持ちも分かります。

 私自身「この人、自分の花道を歩き損なったな。」と思っていました。

 でも、一昨日のゴールは、三浦知良の真価を再認識させることになりました。

 私が12歳の時に、ブラジルから帰国したカズさんが、読売クラブに入団してきました。
当時からギラギラしたオーラを出し、「この人に出来ない事はない」と思わせるほど、圧倒的な存在感と力がありました。

 全国少年サッカー大会の準決勝で、彼が自分たちの試合の解説者を担当してくれたのを覚えています。
それから4年の月日が経ち、16歳でトップチームの練習に参加することになった頃から、カズさんと接する機会が自然に増えました。

 最初に彼から掛けられた言葉は、「マロ、お前最後のところで走るスピードを緩めただろ。最後の追い込みが大事なんだよ。自分に負けんな。」

 彼は本当にストイックで妥協をしない男。彼から色々な事を学びました。

 よく彼に気にかけてもらうようになった頃のある日、ブラジル人のドクターと廊下で立ち話していた時、そのドクターから「ミウラファミリーは危ない。」と言った内容の話をされ、適当に合わせていたのですが、その翌日からカズさんにシカトされるようになりました。

 「あ、ハメやがったな。あいつ。」

 気がついた時には遅かった。若かったし今よりも馬鹿でした。

 何より可愛がってくれたカズさんを裏切ることになってしまったのが辛く、本当に自分の軽卒さに腹が立ち、情けなかった。

 結局、暫くして元の関係に戻ることができましたが、今でもその時の事を思い起こすと自己嫌悪に陥ります。

 「俺よりアルマーニが似合う男はいない」と豪語するカズさん。
ときどき田舎のプレスリーっぽい時もありますが、あそこまで貫き通すと完全な1つのスタイルになります。
 
 彼はブレることなく、今もkingの一本道を歩んでいます。
歳をとる毎に味を増す彼の姿は、男達に「俺も頑張ろう」という気力を与えるはずです。

 日本サッカーの最大の功労者でありながら、一度もW杯のピッチに立つことはありませんでした。
あのシュートと渾身のカズダンスは、ついにW杯と縁がなかった悲運の過去を一蹴し、日本人の記憶に永く刻まれることでしょう。

 


 
ニックネーム    at 01:24 | 今週のぼやき

2011年03月27日

それぞれの

 全国各地で、若い人たちを中心としたチャリティー活動が活発になっています。
やはりこの震災が、日本の若者を目覚めさせたのかなと思います。

 今朝、中田英寿から「これからシンガポールに飛んだ後、次は欧州でチャリティー活動を行う。世界各地でチャリティー活動をしている」というメールできました。

 海外の著名人たちを動かせることが、彼の最大の持ち味でしょう。
こういう時こそ、それぞれの持ち場で、それぞれの役割を十分に果たすことが大事ですね。


 
ニックネーム    at 10:47 | 今週のぼやき

2011年03月23日

使い道

 人の繋がりは快楽を共有しても強固にはなりませんが、苦痛(不便)を共有すると人の結びつきは強固になるものです。

 今回の大震災を通じて、日本人の間で失われていた連帯感が復活してきた気がします。

 あの日以来、犬を連れた人同士の間で自然に会話が発生するように、たまたま隣に居合わせた人と会話が生じることが結構あります。
 皆どんよりとした「不安」を抱えつつも、復興に向けて「我慢して一緒に乗り越えていこう」という共通の想いが、日本人を繋いでいるのだと思います。

 他人を拒絶して自分の殻に閉じこもる人、利己的な生き方に徹する人、生きる目的や使命を見つけられずに自らの命を絶つ人、人の痛み感じることが出来ない人、自分のルーツが分からない人、そういう人たちが増え続け、この先日本はどうなってしまうのかと危惧していましたが、今回の震災がその流れを大きく変えてくれる予感がしています。

 これほど莫大な犠牲をはらわなければ、日本全体が大事なことに気づけなかったのは誠に情けないことですが、今回の大震災が迷走していた国の方向性を定め、日本人の倫理観や価値観を正すことに繋がるのであれば、、失われた多くの命が活かされたことになるのではと思います。

 普段、ちょっとでも不便や不都合があると直ぐにブーたれる東京人が、文句を言わずに列に並び、自ら率先して電気のスイッチを切るようなったのは、日本人の気質が優れているのもありますが、やはり東北の人たちが忍耐する姿を見て、自分たちがやるべき事を悟ったからではないでしょうか。

 「この世に、これ以上の恐怖と不幸があるのか?」という程の体験をし、今も過酷な状況下に身を置きながらも、自分を後回しにして他人を思いやる慈しみの精神と忍耐強さ、そして助け合いの精神が国内だけでなく、世界を感嘆させています。(私の父も山形の出身だが、控えめで決して出しゃばらない)

東北の精神性が広く浸透していくことを願います。

 「将来、僕たちが必ずこの街を復興させます」と誓う子供たちの姿を見て、胸が熱くなりました。

 昔書いたブログにもありますが、南米や中東の貧しい地域に暮らす子供たちは、将来の夢を尋ねると必ずといってよい程、「将来、わたし(僕)がお父さんとお母さんに楽させてあげるんだ」といいます。

 多くの親がせっせと塾に通わせ、「自分の子供だけは」と考えている昨今、「こんな子供、今時の日本にいないよなぁ」と嘆いていましたが、社会や他人に役立つ大人になろうと決心する子供たちを見て少し安心しました。

 被災地の子供達は途轍もない目にあっていますが、「共存」と「利他」の精神を身につけ、既に生きる目的を見つけたようです。
 東北だけでなく、日本を背負って立つ大人になってくれるのではと大きな期待を寄せています。

 今、日本中の子供達はTVを通じて、決して授業では学べない、教科書に載っていない、とても大事なことを学んでいます。周囲の大人が何を説くかも重要です。

 多少なりとも、子供たちの人生観が変わるかも知れません。
いや、変わるのは子供だけでなく、平和ボケしていた日本全体が変わるでしょう。

 戦後の日本は「命の尊さ」ばかりを教えてきましたが、「命の儚さ」と「命の使い道」は教えてきませんでした。
何がなんでも生きている方が正しいと言わんばかりに。

 それ故、自分の命だけを大事にする大人と、命(時間)を上手に遣えない大人が増えたように思います。

 「多人」のために命(時間や労力、心)を使ってこそ、この世に生を授かった有り難みと命の尊さを実感できるのであって、自分のためだけに命を費やすのであれば、何も気づけないままその命は霞んでいくでしょう。
(誤解を招くかも知れませんが、自分が不幸な身だと思い込み、命を絶とうかと悩んでいた人達も、これを機に考えを改めてくれることを期待します)

 長生きとは、生きた年月に依らず、どれだけ生きたか指すのだと思います。
何の慰めにもなりませんが、知人で若くして亡くなった人がでる度に、その人は与えられた寿命を全うし、十分に生きたのだと考えるようにしてきました。

 東北の方々のお陰で、私も気づかされる事が沢山あります。
自分自身、命の使い道を再考してみようと思います。











 
ニックネーム    at 02:52 | 今週のぼやき

2011年03月15日

元気をもらう

 スタジオが入っているビルが古いため、多くの方々から安否を気遣うメールや電話を頂きました。

 本当にありがとうございます。

 地震が一旦おさまった時に、ビルの裏にある代官山スタジオのカフェで待機していたのですが、なぜか川島選手の顔が頭に浮かびました。

 電話が不通だったので話すことは出来ませんでしたが、土曜日に永嗣から安否確認のメールがきました。
一昨日の晩に電話で話しましたが、彼も日本の状況をよく把握しており、色々と心配していました。

 チームの監督とスタッフが代わって、チームが成長しているのを実感しているそうです。
アジア杯の活躍を切っ掛けに、周辺諸国のクラブからの評価も上がっているようで、そう遠くない将来に嬉しいニュースが入ってくるかも知れません。

 キリンカップで帰国する予定になっていますが、この感じだと開催は微妙かもしれませんね。
 
 海外で活躍する若い人たちと話すと元気をもらえます。
ニックネーム    at 13:56 | 今週のぼやき

2011年03月15日

怒髪天

 東北地方太平洋沖地震の被害に遭われた皆様におかれましては、心よりお見舞い申し上げると共に、一人でも多くの人命が救われることを祈っております。
(昨年、仙台からお越しになられた患者さんが2名いましたが、今のところ安否が分からないままです)

 普段、全くテレビを観ることはないのですが、さすがにこの状況では常にテレビがつけたままになっていて、切れ味のない「ワイドショー的ニュース番組」を観ています。(まともなニュース番組がない。日本のTVは世界的にみて、あり得ないほどレベルが低過ぎる)

 局のスポンサーにとって無害な御用専門家たちを、複数の局で使い回していますが、中途半端なコメントしかせずに居る意味がない。(まともな方も数人いる)
 そもそも、原発に詳しいとして出演している専門家達の中には、頑に原発が安全だと言い張ってきた人がいるわけで、そう連中は責められる事を恐れながら喋っているのではないか。

 人体に影響がないと断言するのであれば、スタジオから現場に飛んで自分でリポートしてこいと言いたくなる。

 深夜になって民放はドラマやバラエティー番組に切り替えましたが、世界中が原発がどうなるか固唾を呑んで見守っている時に、どこまで本気なのでしょうか。
 というより、日本人は原発事故の恐ろしさを知らさせれていないと思います。 

 東電の隠蔽体質(原発開発のための)は周知の事実でしたが、ここまでひどいとは思いませんでした。保安院の連中も目糞鼻糞のレベル。

 あの会見を観ていると、鳥肌が立つ程苛ついてくる。

 烏合の衆と言ったら、鳥たちに失礼なので止めておきます。
2個1、3個1レベルの連中が、横一列に並んでヘラヘラと笑みを浮かべながら、だらだらと能書きをたれている様子を見ていると、脳圧が上昇して今にもぶっ倒れそうです。(血管系が弱い人はご注意ください)

 イランや北朝鮮に核をもたせるのは非常に危険ですが、今の体質が変わらない限り、東電に原発を一任し続けるのもリスクが高いと私は思います。(言い過ぎだと言う方、これでもかなり抑えて書いてます)

 これ以上、状況が悪化しないことを祈るばかりですが、奇跡的に無事に乗り切れたとしても、日本の悪しき体質の代表とも言える東電(特に上層部)を、私たちは放置すべきはない。

 そう言えば、石原都知事が今回の大震災に対して、「日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」というコメントしていましたが、飲み屋で身内に漏らしている分には構いませんが、都知事たる者が公式の場で言ってはならない事。個人的は同調する部分もありますが、「天罰」とはあまりにも不適切。
(会見の場にいた記者達は不勉強さと根性の無さで、彼の圧力に簡単に屈していた。なんのために記者になったのか。残念。)

 他に適任者がいるか?と尋ねられたら答えに窮しますが、歳の影響で分別がつかなくなってきた気がします。
(時折、「やはりこの人にしか言えないな」と思わせる、胸がスカッとする発言もあります)
別に石原さんが嫌いなわけではありませんが、8年以上も彼に引導を渡せる適任者が出てこないのは問題です。

 常に悲惨なニュースと腹立たしいニュースが交互に入ってきて(余震も)、なんとも言えない気分ですが、同時に東北の方々の忍耐強さと思いやりの精神を見せてもらい、気づかされる事があります。

 要らぬ事も書きましたが、とんでもない苦境を一致団結して乗り越えるのが日本人の強さ。
踏みつけられる程、それをバネに成長してきた。

 この未曾有の事態を糧に、国全体が再び勢いを取り戻してくれたらと願っています。


 
ニックネーム    at 01:43 | 今週のぼやき

2011年02月22日

強い男

 昨日、柔道の野村選手と約4ヶ月ぶりに再会しました。

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 ロンドンオリンピックに出場できる可能性は厳しいが、それでも今年の夏の大会に出場して、最後に自分の強さをアピールして終えたい、という想いがあるそうです。
 
 オリンピックで3回も金メダルを獲得した選手と思えない程、彼はとても謙虚で実直な人です。
30年以上の競技生活で身体は満身創痍。

 ここが治れば、あちらが壊れるという具合で、近年では痛みがない状態で試合に出た事がないようです。
相手選手との闘いよりも、思い通りに動かない自分の身体と闘っているようにも見受けられました。

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選手達へのセミナーの時に、ナチュラルな肉体の見本として紹介するために撮った写真ですが、これは和製ランボーです。この人の身体に比べたら、わたしは「ただのデブです」

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優れた選手は体幹の前面よりも背面が発達している。

 沢山の方々が彼を支えていますが、その中の一部として少しでも力になれたらと思います。
 
※「身体のつくりがサッカーの長友選手に似ている」と指摘したら、「原始的ってことですか?」と笑ってました。
ニックネーム    at 10:03 | 今週のぼやき

2011年02月14日

真っ白に

 仕事柄、鬱を患っている方とお会いする機会が多いのですが、彼らに共通している事があります。
それは睡眠障害を抱えている事と、長い間全く運動していないことです。

 疲労した肉体を回復させるには、睡眠をたっぷりとれば良いのですが、疲労した精神を回復させるには睡眠だけで不十分で、精神と同レベルかそれ以上に肉体を疲労させる必要があるのです。

 「疲れているんだから運動なんてする気が起きないよ」とボヤく人は少なくありませんが、多くのデスクワーカーが感じている疲れは肉体ではなく、精神的(神経的)な蓄積疲労である事を自覚する必要があります。
 
 身体が怠く感じるのは、拘束姿勢によって身体の筋筋膜が固まってしまい、身体全体が強張ってしまっているからなのです。(つまり、全身の血の巡りが悪い)
 
 つまり、「疲れ、た疲れた」と言っても、実は肉体が疲労しているわけではないのです。

 1日の脳の働きを距離で表わしたら、恐らく本州を縦断するほど動いているのに、身体の働きは町内すら出ていないような人が沢山います。

 頭をクリーンアップし、心のお洗濯をするには、頭が真っ白になるくらい強度の高い運動をするか、水中に潜る事をお勧めします。

 サーファーなど海にいる人たちが快活に映るのは、顔黒だからではなく、ひとつ間違えば命を落とすリスクを負いながら必死に闘うので、脳が余計な事から解放されて、頭をクリーンアップする時間をもっているからだと思います。

 人は浴槽以上の水を見ると生命のリスクを感じて、頭の中のスイッチが自動的切り替わるらしい。
確かに海で泳いでいる時に、「やべ、あのメールに返信したっけ?」なんて思い出したりしませんもんね。

 軽いジョギングぐらいじゃ余計な事が頭に浮かんできて(私はジョギング中、BIGに当選した時のことをイメージしながら、6億円の使い道を真剣に悩んでいる)、頭が真っ白にならないから、海が近くにない方はプールで泳ぐことをお勧めします。

 他にもフルパワーでバーベルを持ち上げている時なんかも、やっぱり別の事を考えている余裕はなく、頭が真っ白になります。 (格闘技も同じくいい)

 不眠からくる心身症で悩んでいる方。
どうか「動く気しねぇ」と言わずに、騙されたと思ってボロボロになるまで運動(プールで泳ぐ)してみてください。

 クスリなど使わなくても、自然と緊張のブレーカーが落ちて、いつの間にか眠れること間違いなしです。

 
ニックネーム    at 02:04 | 今週のぼやき

2011年02月08日

還る

 中学2年から高校3年までの5年間、奄美大島の霊能者とお付き合いをさせて頂く機会がありました。
彼女(年齢不詳ですが御高齢)は夢解きもするのですが、ある日、私が夢でみた状景を伝えると、「そこに登場した人は近々亡くなる」という答えが返ってきました。

 2週間後、夢に出てきた人(50歳前後)は、自宅の前で交通事故に遭い亡くなったのです。

 別の話ですが、先生は私の母に会った時に、「あなたには明治何年生まれの仏様が2人ついている」と指摘されたそうです。
 母は、はじめ誰の事が分からなかったのですが、後で長女から「私たちの両親の生年月日よ!」と叱られたそうです。
 
 先生は会った瞬間に、相手の家の中の配置や、その人の数年先の事を淡々と告げたりします。
占いではなく、見えているのです。
 私のおばちゃんである「新宿の母」こと栗原すみ子も、先生に会うと怖くて震えていたそうです。

 私も先生に初めて会った時に、「あんたは5年後の7月に奄美に来るからな」と唐突に告げられました。
それから5年後の7月上旬、チーム(ヴェルディ川崎)は奄美大島で夏のキャンプを張ったのです。
(その1年前に先生は他界されていました)

 また、同じ時に「あんたは24歳で雲を呼んで空に昇り、39歳で天下を獲る」とも告げられました。
その時(14歳)、自分がサッカー選手では大成できない事を知り、凄まじく落ち込みました。
(24歳は、この仕事を始めた歳)

「39歳までは生かしてもらえるはず」という私の口癖は、ここからきています。

 全ては書けませんが、この他にも驚かされる(半分恐怖)事が沢山ありました。

この頃、この世にはもう一つの世界があり、見えない力が働いている事を思い知らされました。

 先生は常日頃から、こう言っていました。
 
 「人は金魚鉢の金魚や。生かされてるんやで。自分の力で生きているなんて思ったらあかん。」

 「すべては偶然。その偶然がどちらに出るかは因縁で決まるんや。」

 「因縁は恐ろしい。悪いことをしたら自分ではなく、自分の一番大事な子供や孫に還るんや」

 「お陰をもらえるか、もらえないかは、普段の行いで決まる」

 「とにかくご先祖さまに手をあわせることや」

 当時、実家の家計は厳しく、母はお金の工面でかなり苦労していましたが、それでも他人の為に労を惜しまず一生懸命に動く人でした。
 
 先生から「あんたの積み重ねた徳は、あんたではなく子供たちに還るからな。」と言われ、「あ〜あ、私は生きている間はお金に苦労するみたいよ。」と嘆いていたのを覚えています。

 必死に頑張っているのに、彼女には何も還らないというのは、私も気の毒に思っていました。

 あれから17年の月日が経ちましたが、先週、ようやく先生が言った事を理解できた気がしました。

 これまでも、「なぜ、俺は人の縁に恵まれているのか?」と思案することはあったのですが、その答えがみつからずにいました。

 今、私を支援して下さる方々は、誰も母とは関係がありませんが、私が享受している素晴らしいご縁は、母が人様に尽くしてきた事、その徳が巡り巡って私に還ってきているのではないかと、ふと気づいたのです。

 なんてことはない。ご先祖さんや母がやった事が俺に還ってきてるんだ。
やっぱり俺の頑張りじゃなかったんだ。

 そんな風に考えたら、全てが腑に落ちて楽な気持ちになりました。

 先週の土曜日、母を居酒屋に連れて行った折に、「かーちゃん、あんたが他人にやってきた事が、今の俺に還ってきてるよ。ありがとな。」と感謝の気持ちを言葉で伝えておきました。

 そして「俺が頑張った事は、直樹(甥)に還元されるんだろうな。」と。

 数珠の珠を貫く糸のように、目にはみえなくとも、全ては繋がっていて輪をなしているのだと痛感します。
良い事があったらご先祖さんのお陰で、望ましくない事が起きた時は、自分のせいだと思っていれば間違いないのかな。(もしかしたらご先祖さんの因縁を背負ったのかも?)

 最近、得をしたら徳が積めないと、私は考えています。
損をするなんて事はない。損した時は誰か得をして、自分が徳を積める。

 そして、その徳は大切な人に巡るのです。反面、誰かを貶めて目先の得を獲たら、それがまた大切な人に巡る。

 自分の子供可愛さ故に、一生懸命子供に尽くし、過保護に育てる親が沢山います。
でも、我が子を可愛く思うのであれば、子供に直接施すよりも、むしろ自分の周りの人に対して出来る限りの事をした方が良いと、私は思うのです。

 見返りという意味ではなく、自分のやった事が一番大事な人に還っていくのですから。
 






 
ニックネーム    at 00:22 | 今週のぼやき

2011年02月07日

マルタンさん

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フランス人のイラストレーターのマルタンさん。

今日、初めてお会いし、彼とランチをしました。

 日本に住まれて9年目で、日本語も流暢に話します。

 クライアントさんからの年賀状に描かれていた彼のイラストを見て、一瞬でFunになりました。

 彼が描く木造の建物や人物は、長い間私が求めていたものです。

これから出版する本に、イラストを描いてもらいたいのは勿論ですが、身体の事とは全く関係ない本を一緒に作りたいと思いつき、食事をしながら私のビジョンを伝えました。

 トレーナーである私が、フィジカルと関係ない本を出すのは容易ではありませんが、どうしても実現したいと強く思っています。

 ご興味がある方は、cafemarutanと検索してみて下さい。

 
ニックネーム    at 22:23 | 今週のぼやき

2011年02月01日

石田徹也の世界

 昨年の年末、ジュンク堂の話題の新刊の棚にあった「俺俺」という本の表紙に釘付けになり、帰宅して直ぐに、その作者の全集をアマゾンで購入しました。

 その作者は、石田徹也。

 お世辞にも絵がうまい画家とは言えないかも知れませんが、扱っているテーマと世界観、打ち出されるメッセージが凄い。

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 日本の社会が水面下に抱えている問題や、居場所がなく孤独に生きる人間の有様を見事に抉り出しています。
彼の作品を観せると、「なんか怖い」と眉をひそめる人が多いのですが、でも、そこに描かれているのは偽りのない世界だと思います。

彼の作品は、幼い頃に親戚の家に遊びに行った亀戸団地
と、その近くを流れる川の壁画を思い起こさせます。

あの何とも言えない陰鬱とした風景とかぶるんだよなぁ。

(あの地域の話を出来る人は滅多にいません。これまで唯一伝わったのが、錦糸町出身であるV6の坂本さんだけ)

 石田さんには見えちゃったんでしょう。向こう側が。
晩年の作品は、あっちの世界に導かれている印象を受けました。

 踏切事故で亡くなった彼の死に対して、「若くて才能があるのにもったいない。死んじゃったらお仕舞じゃない。」と言う人が多いようです。

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 私は彼の作品を観ていると、「ねえ、それでも生きていくの?」「そんなになってまで生きなければいけないの?」という声が聞こえてくる気がします。

 純粋で繊細な心をもった人ほど、今を生き抜いていくのは相当しんどいのでしょう。

 そして私は。。。極めて鈍感に今日も図々しく生かしてもらっています。
ニックネーム    at 02:30 | 今週のぼやき

2011年02月01日

やかんと野人

 日本代表が必死になって勝ち穫ったアジア杯の優勝は、消えかかっている日本の存在感を、少なからず高めてくれたと思います。

 印象的だったのは、吉田選手、長友選手、川島選手、本田選手等が見せる、闘志剥き出しの野性的な表情でした。 

 「やかん」のように、内も外もツルッとした男子がもて囃されるご時世に、内も外も男爵いものようにゴツゴツした彼らの面構えと魂は、日本男児が失くしてしま った大事なものを思い出させてくれた気がします。

 今の日本に必要なのは、「やかん」ではなく「野人」です。 
ニックネーム    at 01:31 | 今週のぼやき

2011年01月28日

有り難い

5冊の出版を抱えたが故に、仕事が終わる20時半から毎晩打ち合わせの日々です。
今夜も23時半まで3時間のミーティング。

デザインと構成について、アイデアを捻り出し合っています。
自分の作品のために。。。ほんと頭が下がります。有り難い。

 ちゃんとしたものを作るのは、大変な事だと再認識させられますが、表現できる機会を与えてもらえるのは、この上なく幸せな事であり、そして有り難いことです。

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 とはいえ、猛烈なオタクゆえに強い拘りがあるので、レジュメや文章はもちろんの事、タイトルから帯の文言に至るまで、全ての行程を自分でやらないと気がすまないんです。

 当然、平均的で無難なものしか作ろうとしない編集者とは衝突します。
(私の本つくりのモットーは、斬新で挑発的であること)
実際、これまで3冊の本がお蔵入りしています。今月も1冊の本を止めたばかりです。

 その本を背負って生きていくんだから、意に沿わない本を出して、人に言い訳しながらやっていくのだけは避けたい。(燃焼系リアルダイエットは若い時に出した本ですが、どんな表紙のデザインにするか、自分から確認せずに刊行してしまった悔いが今も強くあります。)

 さて、今年1発目の5月リリースに向けて、もうひと頑張りします。
ニックネーム    at 00:16 | 今週のぼやき

2011年01月20日

お知らせ

 現在、12月上旬にお問い合わせを頂いた方々に、キャンセルが出た枠を順次ご案内しております。(4〜6月にかけてのご案内)
また、11月中にお問い合わせ頂いた方で、連絡がつかない方が数名いらっしゃいます。

 このお知らせをご覧になられて、まだセッションをご希望されるようでしたら、お手数をおかけして恐縮ですが、お名前とご連絡先を再送して下されば幸甚です。

 どうぞ宜しくお願い申し上げます。

               伊藤和磨 拝
ニックネーム    at 09:30 | 今週のぼやき

2011年01月15日

Led card

 昨年の衆院選で、ある党首が「今の政権にレッドカードを突きつけましょう!」と、選挙カーの上で得意げになってカードを尻ポケットから出していましたが、実際にレッドカードを突きつけられると結構ショックを受けるものです。

 レフェリーが胸ポケットに手をもっていった瞬間、心の中で「黄色、黄色!」と懇願するのですが、赤いカードを掲げられると、「えっ、マジで。色を間違えてない?」と呆然とします。(数分で戻ったのに、車に駐禁の札が貼られていた感じ)
 そして次の瞬間、「こいつ、おかしいんじゃねぇか」と怒りが爆発するのです。

 私は一発退場を2度喰らっています。
一度はクラブユース選手権の準決勝で、納得がいかずに控え室のロッカーをぶち壊しちゃいました。

 GKが退場するケースの半分くらいは、味方DFのミスがきっかけです。
次の試合に出られない事を鑑みると、「点を獲られてもいいから、退場にならない方が良かったかな」と、冷静になってから悩みます。

 GKにとっての退場は、ピッチを出される選手よりも、急に入ることになる控えGKの方が大変なんです。
普通、GKが途中で交代することは滅多にありませんから、他のフィールドプレーヤーの控え選手と比較すると、どうしても準備が甘くなる。
 だから、突然の交代に慌てふためくGKも結構います。

 わたしも味方Gkが退場になった時、油断してレガースを装着してなかったものだから、慌ててロッカールームに走って行ったら、スパイクのポイントがアルミだったので、滑って後頭部を強打した間抜けな経験があります。

 GKが相手を倒したり、ペナの外でハンドする時は、退場覚悟で勇猛果敢にいくわけですが、既に交代枠を使い果たしていたか否かによって、後で監督やチームメイトから「勇敢な行為」と「愚かな行為」に振り分けられるのです。

 昨日、川島選手に「何かしら話題をつくる奴だな」という主旨のメールを送ったら、出来ればいい話題にしたいけれども、こればっかりはGkの宿命。先へ向けて気持ちを切り替える、というような主旨の返信がありました。

 今思い出しても、やはりレッドカードはきついものです。

 ※抗議の規約を事前に把握していなかった協会の担当スタッフたち。。。公式の国際試合で「ルールを知りませんでした」で済まされると思っているのでしょうか? 企業なら一発で左遷(レッドカード)ですね。
ニックネーム    at 08:31 | 今週のぼやき

2011年01月08日

久々に

久々に恒と会いました。
昨年は、出番が極端に減って苦しい一年だったはずです。

以前にも増して、深みが出ていました。
ピークを越して中心から外れていく事の辛さは、ベテラン選手が皆経験することです。

今シーズンも忍耐の一年になるかも知れませんが、彼は折れずに闘い続けていくでしょう。
 
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ニックネーム    at 23:58 | 今週のぼやき

2011年01月07日

匿名

 近頃、現実とネット(ヴァーチャル)の世界の境界線が、どんどんとボヤケてきた気がします。
実在しない世界の負の力によって、多くの人たちが「現実」に多大な被害を受けるという、異常な事態になっています。(子供たちの間でも、いじめの道具として利用されている)

 私の友人たちも、ネット上でめちゃくちゃに誹謗中傷されていますが、本人の立場だったら人に会うのが怖くなるだろうし、仕事を続けていくのが辛くなるはずです。

 匿名という仮面を被って、他人を誹謗中傷する連中が、どんな面してキーを叩いているのか、その「勇姿」を間近で拝見してみたい。

 本人は「自分の正義」を纏って書いているのでしょうから、さぞご満悦でしょう。

 こんな事を書くと、「実名を出せない、出す勇気がない人の意見はどうするんだ!!」という反発が予想されますが、それなら自分の名前で、責任を背負える範囲の事を言えばよいのです。
(名前は呼ぶだめだけにあるのではなく、名前は個人の責任を明確にするものでもある)

 発言権を勝ち取るために、大昔から人々は闘ってきたわけで、それは今も変わっていません。
ネットの世界では、そのハードルを下げて、誰でも好き勝手に発言できるような状況になっていますが。。。冗談じゃない。

 リアルの世界だったら、目出し帽や顔にモザイクをかけて名乗らない奴が、仮に筋の通った主張をしたとしても、それを世間がまともに受け入れてくれるかという話です。
 
 リークすることによって命が危険に曝されるような事や、組織の不正を内部告発する場合などは、匿名を使うのはやむを得ませんが、そんなケースは滅多にないでしょう。

 上記のような事でない限り、フェイスブックのように実名と顔写真(写真はなくても良いが)を掲載した上で、堂々と批判非難すべきです。

 私は、どんな辛辣な批判であっても、面と向かって言ってもらえるのなら、一旦は受け入れます。 
 
 名前すら名乗らずに(名乗れずに)、悪意をもって他人を口撃する連中の存在など、まさにヴァーチャル(モニター上の文字に過ぎない)そのものであり、本来なら数に数える必要もありませんが、これ以上、気の毒な被害者を増やさないために、難しい問題が沢山あるでしょうが、関係機関(管理者)は有効な対策を講じるべきではないでしょうか。



※ご理解頂いているとは思いますが、匿名を使うことを悪いと言っているわけではなく、匿名で他人を攻撃することを指摘しているのです。
 
 
ニックネーム    at 00:24 | 今週のぼやき

2011年01月03日

思わぬ仕事はじめ

 明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い申し上げます。

 5日が仕事初めだったのですが、元旦の夜にお世話になった方から数年ぶりに電話があり、俳優の早乙女太一君の治療を依頼されました。

 2日から5日まで、毎日公演が2回あるのだが、疲労がピークに達しているので、何とか明朝に診て欲しいとの事でした。

 朝8時半過ぎに天王洲の銀河ホールに入り、80分間ほど治療をしました。
満足してもらったようで、「午後の部の前にもう一度やって欲しい」とのリクエストがあり、結局、16時過ぎまで天王洲にいました。

 早乙女君、4歳から舞台に立っているだけあって、とても19歳とは思えない落ち着いたオーラと色気を持っていました。

 無口で人を寄せ付けない空気が漂っていますが、黙っていても伝わってくるものがあります。
彼もまた覚悟をもって生きてきた人であり、緊張の糸を途切れさせることがない人でしょう。

 明朝も行ってきます。

 夜は久しぶりに川島選手と電話で話しました。
とても元気そうで、充実した暮らしをしているのが声のトーンから感じられます。

 ストレートで人間臭い男だから、彼と話すと温かい気持ちになれるんです。

適度に忙しいのがベストなのですが。。。。既に激しい年になる予感がしています。
ニックネーム    at 01:23 | 今週のぼやき

2011年01月01日

次のステージへ

これまでの10年、ずっと腰痛症を抱えた患者さんをメインにセッションを行って来ましたが、一応、集大成となる新書を出版したことで、見える景色が少し変化した気がします。

 来年は最小でも4冊の出版を予定しています。
そして、次のステージとして見据えているのが、腰痛症と頚椎症に特化したリハビリテーション施設を開設する事です。

 1回目のセッションで結果が出たとしても、次のセッションまで1〜3ヶ月間も空いてしまうケースが多かった。
 マンツーマンで私が診れなくても、半年ほどかけて科学的な根拠のあるプログラムを作成し、それを確実に実施してくれるスタッフを育てられたら、今いるクライアントさん達の予後もずっと良いはずですし、より多くの患者さんを受け入れられるようになるはずです。

 独りでやっているがために良い事も沢山ありましたが、脊柱の安定プログラムや日常動作パターンの訓練を定期的に実施出来なかった事が、ずっとジレンマになってきましたが、そろそろ散らばっていた素材をまとめて体系化できるところまできた気がしています。

 自分自身をずっとアップデードしていくためにも、そして、ずっとお待たせしている多くの患者さん方を応けするためにも、次のステージに移行することを決意しました。

 その準備として来年は、理学療法士の方々を集めた勉強会を定期的に実施し、最終的にスタッフとして力を貸してくれる人たちを見極めていきたいと考えています。

 原稿の執筆に追われて、なかなか先に進められない可能性も低くありませんが…、とにかくプログラムづくりにも力を入れていきます。

 そして、何よりも目の前にいる方に、最大限の力を発揮する事に立ち返ろうと決めています。

 本年も色々な方々に助けて頂きましたが、心より感謝申し上げます。

皆様にとって、来年も実り多き年になることをお祈りしております。

 どうぞ良いお年をお迎え下さいませ。
ニックネーム    at 00:02 | 今週のぼやき

2010年12月30日

本音

 人は他人の事を誰かに話す時、本当の評価や本音を接続詞の後にもってくるものです。

「〜なんだけど、〜なんだよね。」というのがお決まりのパターン。
肝心なのは「〜なんだけど」の後にくる評価です。

「○○君は優しいし良い人だけど」や「○○ちゃんは悪い人じゃないけれど」ときたら、その後にくるのは、その良さを超える嫌な部分があると読んで間違いありません。

 反対に「○○さんは時間にルーズでいい加減なところがあるけれど」と、最初に悪い評価が述べた時は、その問題点を超える良さがあるという事です。

 「〜だけど」の前に、時間をかけて丁寧に褒めた後は、一気に地面に叩きつけられるわけですから、恐ろしいものです(笑)
  
 私はと言えば、「和磨は本当に変わっているけど〜」、「常識が欠けているところがあるけど〜」、「ダメな奴だけど」などと、最初にけなされるパターンで済まされてきた気がします(苦笑)

 「伊藤君はいいんだけどさぁ〜」なんて言われたら、「もういい!もういい!怖いからそこで止めといて!」と遮ってきましたあせあせ(飛び散る汗)

 目の前にいる人が誰かの事を評価する時、または自分が誰かの話をする時に、ちょっとこの話を思い出して頂ければと思います。

 恐らく例外なく、このパターンに当てはまると思います。

 自分の評価は仕方ないけれど、自分が他人の事を話すときは、出来るだけ良い面を「〜だけど」の後にもってくる人でいたいものですよね。
ニックネーム    at 23:57 | 今週のぼやき

2010年12月27日

雰囲気

  NYのラジオで頻繁に流れている曲で、久しぶりに気に入った曲がありました。

 Christina Perry(24歳)

 21歳でフィラデルフィアから出てきて結婚し、18ヶ月の結婚生活を終えてまた地元に戻る。
独学でギターを学びつつ、カフェの店員をやりながら一気にブレークし、再びロスを拠点に活躍している女性シンガー。

 なかなか雰囲気があります。

 お手透きの時にチェックしてみて下さい。

動画を観る1

彼女の隣にゲイっぽい男性が座っていますが、日本にはない、あの緩い空気感が好きなんです。

動画を観る2

2010年12月25日

この時期になると

 日が暮れてからの寒さが厳しくなってきました。
この時期になると、12年前にビルの清掃業で働いていた頃の事を思い出します。

 ワックスの剥離とワックス掛けでドロドロになったモップの毛先を、糞冷たい冬の真水で何十本も洗い流しては、素手でガッチリと絞り上げるのが、新米である私の役目でした。

 あの作業は手がちぎれるくらい冷たくなり、手の皮がボロボロになる苦痛な作業でした。

 ちょうどクリスマスの日だったか、丸子橋にある「幸福の科学」が入ったビルを清掃しに入った時の事。
いつものように一通り作業が済んだ後、桜田通りの下水溝でモップを洗っていたら、数ヶ月前まで働いていた警備会社(現金輸送が専門)の車が、私の真後ろに停車したのです。

 彼らが自分の事を気づいたのか、定かではありませんでしたが、車に背を向けてしゃがみ、ずっと俯いたままモップを絞り続けました。

 「おい、あれ伊藤君じゃないか? 寒いなか気の毒にねぇ。」と笑われている気がして、その場から逃げ出したい気持ちになったのを覚えています。

 警備員をやっていた頃、制服で戸越銀座の商店街をブラブラと歩いていたら、向こうから選手時代にお世話になった方がやって来るのが目に入りました。

 彼は、私が引退を決意する数週間前にJEFを訪れ、「マロ、あと1年もすればJリーグも状況が良くなるから、今を耐え忍べよ。」と、落ち込んでいた私を励まして下さった方でした。

 「粘ることなく引退し、こんな事をやっている姿は絶対に見せたくない」

 まるで犯罪者が警察官とすれ違う時のように、慌てて自動販売機の間に体を埋めて隠れたのです。
遠ざかる後ろ姿を見つめながら、もう前には戻れない自分の立場を重く受け止めた瞬間でした。

 そして、その後は警備員にも身を隠すようになっていた自分を、とても情けなく思いました。

「いつか、この状況から抜け出してやる」

そんな事を思いながらも、結局12種以上の職を転々とし、同じような経験を幾度となくしました。

 今となっては、あの頃の経験が自分の支えとなっています。

 先日、3つ星シェフである神田裕行氏と昔話をしていたら、彼も同じような経験を沢山していました。
駆け出しの頃、早朝店のゴミ箱を洗っていたら、2人の女性を両脇に従えた同級生が向こうからやってくるのを見つけて、思わずゴミ箱の影に隠れたそうです。

「恥ずかしくて、誰だか悟られたくなかったよ。」

「へえ、神田さんにもそんな経験があるんだ。」

「そりゃあるよ。人生には「今に見てろよっ」と心に火を付ける「火種」が必要で、それを若い時に沢山経験した方がいい。それがない奴は強くなれない。」

「わかる気がします。振り返ってみると、その頃が一番楽しかったですよねぇ。」

「そうだな。」  

 と、こんな会話をしました。

 話は変わりますが、今月20日に、近所にある国立の中学校に甥っ子が受かりました。
中高一貫校なので6年間は受験がありません。

 訳あって、彼の生活費と教育費の面倒を私がみてきましたが、正月に実家に帰ったら、甥っ子にこう言おうと思っています。
「これからの6年間で必死にやりたい事を探せ。お前を海外にも連れて行くし、一流の店や人にも合わせるから、アンテナを立ておけよ。大学に行きたいのなら、行きたい理由を俺に説明して納得させろ。みんなが行くから、就職に有利だからなんてくだらねぇ理由だったら、俺は一切負担しないから自分で学費を稼いで大学に行けよ。」と。。。

 人並み以上に彼にしてあげられる事はありませんが、タフな人間に成る為に、私の拙い経験と周囲の本物の方々の経験に共通する「若い時の不自由さと苦労」を、甥っ子にも敢えて体験させたいと考えています。

 「就活」「婚活」「終活」などと、どこぞのバカがつくった言葉に煽られて、右往左往するような薄っぺらい人間になってほしくない。

 「就職氷河期」「就職難」の時代といわれていますが、私は大卒でスムーズに就職出来なかった人たちの事を、必ずしも気の毒だと思いません。

 むしろ、長い目でみれば「ラッキー」だったのかも知れません。

 何故なら…多感で血気盛んな中学、高校生時代に受験勉強しかせず、自分のルーツとこれから進むべき方向性、親への恩返し、哲学や死生観、国が進むべき方向など、まとも大人になるために考えなくてはならない事を一度も考える機会を持たないまま、会社を構成するワンピースとして、漫然と何十年も働いていくのは危い事だと思うからです。

 自分は何者で、何が出来て何が出来ないのか、何をしていきたいのか、そして、これから巡り会う人たちに何を伝え、与えられるのかを、一度でも真剣に考えたことのある人と、そうでない人では後の人生に大きな差が生じるでしょう。

 多少出遅れたって、覚悟を決めてから就職した方が、絶対に良い結果がでるはずです。

 「もう100社は受けましたが、すべて落ちました。」なんて嘆いている大学生をTVで観ると、「こいつ、100個もやりたい事あるんかな?」と笑ってしまうのを堪えられません。

 時期がきてトコロテンのように社会に押し出され、ただ何となく名のある企業に応募して受かったとしても、何十年間も属すかもしれない働き場所を、そんな漠然とした気持ちで決め方でいいはずがない。

 なんでもかんでも就職できれば良い。。。そんな中途半端な志勢でいる奴は、どこに努めても役に立たない。

 政府やメディアは、就職難に喘ぐ学生達をクローズアップし、その数をカウントしますが、そもそも何割の学生が人生に目的意識を持って、それに向けてどんな準備していたかを調査するべきです。
 
 甥っ子には、一度も人生の大勝負にでないまま、安泰、安定しているからという理由だけで、自分の金玉を他人に預けるような男には成ってほしくない。
 もっと言えば、会社名を自分の苗字と勘違いしている人や、「フツーのサラリーマンです。」なんて口にする男にはなってもらいたくない。
大きな会社に勤めて威張っている小さな男より、小さな会社で謙虚に頑張る大きな人間になってほしい。

  どうせ叔父のいう事なんて聞き入れやしませんが、手に職をつけて極めてほしいと願っています。

 人生最大のリスクは挑戦しない事。

 人は時間の経過と共に老いていき、挑戦することが次第に億劫になり、やらない理由を見つけるのが上手になっていきます。

 今出来ないことは、後で出来るはずながない。

 思い立った今やらなければいけない。

 私は、人が棺桶に片足を突っ込む時に後悔するのは、挑戦したことではなく、挑戦しなかった事だと思っています。

 余計な事をズラズラと書き連ねましたが、これから先の6年間は、さらに甥っ子に厳しく接しながらも、学校では教えてくれない事を教えたい。

 人は他人に可愛がってもらってなんぼ…その事をしっかりと伝えていきたいと思います。

 
ニックネーム    at 01:46 | 今週のぼやき

2010年12月17日

メソッド

「伊藤さんのメソッドって、どんなものですか?」

「特にメソッドはないんです。」

「えっ?」

 取材では、こんな問答がよくあります。

 新書の帯には、「腰痛メソッド」と書いてありますが、本当の事を言えば「メソッドを持たないのがメソッド」なんです。

「これ一つで何でも対応できる!」みたいなメソッドは持っていませんが、引き出しの数、つまりアプローチの種類は、それなりに持っているつもりです。

 1つのメソッドにしがみつくが如く、それだけを信じて前面に押し出す方も少なくないようですが、私はそういうスタンスの方々には興味が湧きません。

 1つのメソッドだけでは、ほんの一部のケースしかカバー出来ませんし、無理に当てはめようとすれば、必ず不適切な処置をすることになるからです。

 人の数だけ、アプローチの数がいる。
これが私のスタンスです。

 人の周波数はそれぞれ異なるわけで、できるだけ短時間に相手の周波数を捉えないと、その後のセッションの積み重ならないものになってしまうのです。

 遠方から来られる方々は、恐らくゴッドハンドによる「奇跡の治療」を期待されてくるのかも知れません。
 私も責任部位をいち早く探し出して、苦痛から解放させてあげたいと思っています。
でも、最近はその気持ちをグッと抑えて、直ぐに身体に触れないようにしています。

 ただベッドに横たわらせて治療しても、依存が深まるだけで、まるっきり根本的な解決にならないからです。
 受け身だけの治療よりも、自分でマネージメントできるように、患った原因を説明し、再発させないように、今後どうすべきかアドバイスするようにしています。

 大事な事は、痛みを取り除くことが、治療の最終目的ではないこと。
そして低下(不全)した機能を回復し、腰部の組織に偏った負荷が加わらないように、正しい体の使い方を覚えてもらう事です。

 誰でも痛いと「中で何が起こっているんだろう?」と不安になりますが、痛い=必ずしも身体に重大な問題があるわけではないのです。

 患者に学習させない施すだけの除痛療法は、もう時代遅れです。
無論、痛みを和らげる事に意味がないと言っているのではなく、その先にやるべき事があると言っているのです。

 まあ、そうは言っても、かなりお年を召された「高貴高齢者」の方には、時にそのスタンスを崩して、姿勢分析と簡単な日常のセルフケアを説明した後、患部の痛みを和らげるためのアプローチをすることもありますが(苦笑)
 
  アップデートを止めてしまった人や、そこそこで「我獲たり!」と分かったつもりになっている人ほど、何も迷いも衒いもなく「このやり方が正しい」と断言し、他を否定したりする傾向があります。

 学問が進み、その奥深さに打ちのめされた瞬間、人は謙虚になろうとしなくても自ずと謙虚になっているのでしょう。

 私の唯一のセールスポイント、それは死ぬまで研究者たちの新たなデータをインストールし、アップデートし続けていくことです。

 
ニックネーム    at 23:55 | 今週のぼやき

2010年12月09日

オヒョイズと哲っちゃん

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 本日、青山にある「barオヒョイズ」の閉店パーティーに顔を出してきました。
私の最初の患者であり、兄貴分である宮崎哲男さんの最後のバーテン姿を、この眼に焼き付けておきたかったののです。

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哲っちゃんとゴローズのネックレスをさげて
 
 「青山界隈で宮崎哲っちゃんを知らなかったらモグリだ」と言われるくらい、哲っちゃんは遊び人として鳴らした人。
 シルバーアクセサリーのゴローズの高橋五郎さんも彼の親友で、哲っちゃんの好意で彼の家に連れていってもらい、ゴローさんを治療させてもらえたのは嬉しかった。

 ご存知の方が多いと思いますが、このお店のオーナーは、「オヒョイさん」こと藤村俊二さん。
オヒョイさんは哲っちゃんの紹介で、私の2番目の患者さんです。

 つまり、彼らが起点となって今の仕事が始まったのです。

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柱や扉をはじめ、お店の殆どのパーツはアイルランドから取り寄せられています。

 オヒョイさんとの出会い(10年前)は突然でした。
伊勢丹近くの喫茶店でお茶をしていたところ、哲っちゃんから「藤村さんがロケ中にギックリ腰をやっちゃって、動けなくて困っているらしいんだけど、和磨診てやってくれない?」と電話が掛かってきたのです。

 オヒョイズに駆けつけてみると、「大先生のお出まし!」といった調子で丁重に扱われ、ワインとお食事がカウンターに用意されていました。
食事を済ますと「藤村は上でお待ちしています。」と、同じ建物の中にある部屋に通されました。

 当時、この分野の入り口にも入っていなかった私ですが、ちやほやされてその気になり、なかば大物ツラしてエレベーターに乗り込みました。

 玄関を開けて入ると、なんと「本物の医者」が4人も藤村さんを囲んで立っていたのです。
彼らの瞳には訝しさが宿り、「なんだこの若造は」という冷たい眼差しが向けられました。

 「あっ、終わった。」
ビビってたじろいでいると、「私の先生がいらしたので、皆さんお引き取り下さい。」と助けてくれたのです。

 あの時の事は、生涯忘れられません。

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 その晩から3日間、会社を早退するか休んで、選手の時に受けたマッサージの感覚と記憶を頼りに、彼の腰まわりを揉み続けました。
 レネカリエ氏の「腰痛症」という、今読んでも難しい医学書を傍らに置き、「なんでこの本には腰痛の治し方が載っていないんだ!」と苛立ちつつも、「一刻も早く、この人を助けられる知識が欲しい」と無駄に焦っていました。

 そうこうしているうちに、なんとなくギックリ腰が改善してしまい、青山近辺では「藤村さんを治した子」という評判が広まり、自分の実力とは裏腹に、患者の数は日に日に増えていったのです。

 今もさほど変わりませんが、当時は自分が「フェイク」だと分かっていたので、いつか本物に正体をバラされるのではないかという不安と恐怖心が、整形外科と理学療法の学習に突っ走らせたのでした。
 
話は少し逸れましたが、その後も藤村さんには本当に良くして頂きました。

「歳をとった時に、お金も時間も友達もいて、さらに分別がつくようになったのに、身体が悪くて動けないんじゃ悲しいよね。トータルでケアしてくれる場所が欲しいよね。」

 そんな彼の漠然とした希望から、MARO'Sが誕生したのです。

 哲っちゃんが夜遅くまで働いているオヒョイズは、私にとって原点であり、外苑西通りの止まり木か巣箱みたいな存在でした。(今だから言えますが、結構ただ飯もご馳走になった)

 自分のルーツであるお店が、今日限りで無くなってしまうのは強烈に寂しいです。
ひとつの時代が終わった気がします。

 スタッフの皆さん、本当にお疲れさまでした。
そして、独立する切っ掛けを下さった事に心から感謝致します。

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うめと2人で行きました。
ニックネーム    at 02:10 | 今週のぼやき

2010年12月08日

30年前の記憶

 30年前の今日、当時4歳でしたが「John Lennonが撃たれて死んだ」というニュースを、車の中に備え付けてあったTVで観たのと、周りの大人達の強張った表情をうっすらと覚えています。

 30年経っても今でも、世界中の人々から絶大な支持を受けているJohn。

1人の人間が持つ可能性と影響力の大きさを改めて教えられます。

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ニックネーム    at 09:03 | 今週のぼやき

2010年11月25日

融合

 岡村製作所とのご縁で、人間工学の大家である小原二郎氏の著書を読む機会を獲ました。

 キネシオロジ―やバイオメカニクスの観点から腰痛症切っている私にとって、この分野(特に椅子)を学ぶ事は不可欠であり、なぜ今までもっと勉強してこなかったのか…センスの無さに凹みます。

 小原氏は、人と椅子の関係を一筋に研究されてきたわけですが、著書に記載されているデータやエビデンスは、私にとっては非常に貴重なものになっています。

 エルゴノミックや人間工学に携わる方々にとっては、当たり前のデータなのでしょうが、脊柱のトラブルを扱う者にとっては、ズバリ欲しかったものなのです。

 反対に、腰痛症を研究してきた自分にとって、何でもないデータやエビデンスが、彼らにとって必要なものだったりする事があるわけです。

 2つの分野を融合させることによって、より実効的で汎用性の高いプログラムデザインが可能になるはずです。

 
ニックネーム    at 23:48 | 今週のぼやき

2010年11月23日

その昔の長渕剛

 先週の土曜日、ある歌番組で長渕剛氏が数曲熱唱していました。
素肌にジャケットを纏い、鍛えた胸を露にして唄うその姿は、もはやコメントのしようがないレベルです。
 矢沢永吉が乗り移ったのかと思わせるような歌い方でした。

 6歳上の兄貴の影響で、9歳の頃から長渕剛の歌を聴くようになっていました。
当時は週6日、読売ランドと千葉の貝塚を交互に、片道1時間半以上かけて通っていたのですが、電車の中では彼の曲をずっと聞いていました。

 8割ちかい曲の歌詞がインプットされています(苦笑)

 「華の都大東京」「東京の馬鹿野郎が!」ってフレーズが「とんぼ」にありますが、東京育ちの自分には「東京の馬鹿野郎って言われても先輩、何が馬鹿なのか分からないっすよ。」と、子供ながらに戸惑ったのを覚えています。

 プロになるまでの道のりは当然厳しく、上がったり下がったりの繰り返しでしたが、長渕氏の歌に随分と励まされたものです。

Heavy Gauge
 交差点
 Hello 悲しみよ
 Stay Dream
 ライセンス
 パークハウス701in1985
 二人歩記
 Queen
 ファイティングポーズ
 Bye Bye
生意気なパートナー
 シリアス
 明け方までにはケリがつく
 
 気にいっている曲を挙げたら、いくらでも出てきます。
彼の歌詞は厚みがあって、状景がすぐに浮かんでくる。

 「パークハウス701」なんて歌詞の出だしが、「一緒にいることが結構つまらない。互いに感じ始めてるんだね。」ですからね〜、いきなりヒリヒリさせられます。

「明け方までにはケリがつく」のラスト、「もっと心を震わせて、深くこだわり続けたい。一か八かの勝負さ。明け方までにはケリがつく」という節が好きなんです。

 家族ゲームや親子ゲームで出演していた頃の彼は、とてもフレッシュかつチャーミングで、伊東四朗氏との絡みも絶妙でした。

 自分が好きだったのは、あの頃の長渕剛です。

 「JAPAN」までかな、ついていけたのは。

 何からインスピレーションを獲たのかわかりませんが、ある頃から喉を潰してガラガラ声で歌うようになり、歌詞も社会的な問題を扱うようになりました。(ボブディランがそうであったように、社会的問題に対するメッセージはOK)

 筋トレでやたらに上半身をでかくし、頭にバンダナを巻き始めた頃から、私の中では一気に関心が薄れていきました。

 最近ではすっかり忘れていましたが、いつだったか「宮根や」に生出演し、キメキメのテンションで歌い上げている姿を見た時、こういう時代には不可欠な存在である事を再認識させられました。

 自分以外の事に関心がない人たちからしてみれば、長渕氏の生き方とあの格好は嘲笑の的になるかも知れませんが、泥臭くスマートではない彼の生き様を、最後の最後まで貫いてもらいたいと思います。

 もう後には出てこない、愛すべき昭和人間です。

 

 



 

 

 
ニックネーム    at 01:43 | 今週のぼやき

2010年11月18日

号令

 一昨日、治療中に患者さんから「立ち脚を右にしろって言ってたけど、昔、「休め」の姿勢は左脚に荷重しろって言われた気がする。そこから変えなきゃいけないんじゃない?」と指摘されました。

 「いや、それが最近では、学校で「休め」って指示を耳にしないんですよ。」と私が答えた時、ふと、ある事に気が付いたのです。

 それは学校で「休め」という指示どころか、「起立」「気をつけ」「礼」「着席」という、号令を耳にしなくなったという事です。

 私が児童生徒の前に立つと、校長先生は以下のような指示を出します。

「はい、それでは皆さん立って挨拶をしましょう。」
「宜しくお願いします。」
「はい、それでは座って下さい。」

 私が立つように指示しても、面倒くさそうにダラダラと立ち上がる子供や、立ち上がろうとしない子供がいる原因が判明しました。

 いつの間にか、号令がなくなったのです。
恐らく浅はかな教育関係者が、「号令は軍隊式で今の時代に適せない。」などと言って、号令をかけて子供たち指導する事を止めさせたのでしょう。

 結果どうなったか…メリハリのない、スイッチが切り替えられない子供が増えた気がします。

 目上の者が「立つ」と言ったら立つ、「気をつけ」と背筋をピンと張って直立姿勢になる。

ここに理由や説明など要りません。 問答無用。

 個人の意思や主張は尊重されるべきですが、それは当たり前の事が出来るようになった上でのこと。
20代、30代の男で、指示される度にいちいち理由や説明を求める奴がいますが、物事全てに答えがあるわけじゃない。
 
 むしろ、答えなんかないケースの方が多いわけです。 

 理不尽だろうと不条理だろうと、その環境で自分が力を発揮できるようになるまでは、
悔しくとも黙って従うしかない。
 物事を成した人たちは、そうやって下積みの期間を過ごしたのであり、その頃の経験が推進力となり、生涯を通して彼らを支えていたのです。

 そんな当たり前の事を先生も親も教えられないから、当たり前のことを知らないまま成人し、社会に出てしまった人たちは免疫がないので生きていくのが大変だろうし、また一方で彼らを扱う人たちも苦労するでしょう。

 私たちの世代までは、先生から命令口調で指示が飛んでいました。
その当時は「うるせーな」と思っていたし、反抗していましたが、今になってみて目上の方に挨拶をする時や、お礼を言う時、お詫びをする時に、当時不快だった経験が活かされているのが実感できます。

 「リスペクトしています」なんて若い世代で言ってますが、本来、敬意は態度で表すものであって言葉で表すものではないはず。
敬意を体現できないから、口先で「リスペクトしてます」なんて言わなきゃいけなくなる。

 そんなリスペクト要らねえよって。

 これまで訪れてきた30校が、その時だけ偶然号令をかけなかったのだと思いたいのですが、もしも教育機関が上記のような号令を廃止させたのならば、子供たちの将来のために復活させるべきだと思います。(号令だけの話ではなく、同列の事を含む)

 それにしても、これ以上「芯」と「軸」のない人間を育てる教育を続ければ…暗い話はこの辺で止めときます。

※こんな事を言ったら怒られちゃいますけど、学校で教わる事の中で、将来最も役立つのは礼儀作法だと思います。
ニックネーム    at 23:44 | 今週のぼやき

2010年11月17日

お知らせ

 現在、50名程セッションをお待ちになられている方がおりますが、10月上旬頃にお問い合わせを頂いた方々から順次ご連絡を差し上げているところです。
 尚、10月中旬以降にお問い合わせを頂いた方々のセッション予約は、来年2月以降となります。
(手術の予定が近い方は「お問い合わせ」の備考欄に、その旨を記載してください)

 1人でやっているため枠数が少なく、お待ち頂いている方々のご希望に添う事ができず、誠に申し訳ありませんが、どうかご理解を頂きますようお願い申し上げます。

                                      伊藤和磨
ニックネーム    at 08:50 | 今週のぼやき

2010年11月17日

ミッシェルさん

 今晩は、仕事が終わってから恵比寿のイタリアンで宮沢ミッシェルさん等と食事をしました。
ミッシェルさんと再会するのは、じつに13年ぶり。

 彼のサッカースクールに、柱谷哲二さんと参加させてもらった時以来の再会でした。

 JEFに所属していた1年間は、GKコーチに干されまくって地獄のような日々を過ごしていましたが、ある日、シュート練習でポストぎりぎりに飛んできたシュートを止めると、「ナイスキーパー!」という威勢の良い声が背後から聞こえて来ました。

 その声の主が宮沢ミッシェルさんだったのです。
JEFはヴェルディとはおよそ正反対のチームで、完全に浮いていた自分に声をかけてくれたミッシェルさんに対して、嬉しい気持ちで一杯でした。

 そんなミッシェルさんと、引退してから彼がメインのサッカースクールで再会したのですが、子供達に「英語が話せない外国人」という自虐ネタで、その場を和ませていたのを今でもハッキリと覚えています。

 変わらず全身に熱いオーラを纏っていました。
彼は最高の男です。10年後には天然記念人として保護されるでしょう。

 彼のような人がサッカー界のみならず、教育界でも活躍してもらえたらと強く思ったのでした。(浦安市の教育委員会に所属されています)

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ニックネーム    at 00:41 | 今週のぼやき

2010年11月12日

こころざし

 「社会人になると学生時代のようなフランクな友達はつくり難い。」
多くの人が感じている事でしょう。

 一昨晩、水嶋君と食事をしている時に、親友の条件(偉そうな意味ではありません)が話題になりました。

 学生時代の友達は、お互いの社会的な立場に関係なく、いつ会っても当時のままの関係で居られるので、とても心地よく貴重な存在ですが、「それだからといってそれを「親友」というのではなく、自分にとっての親友は…」、そんな他愛のない事を少し議論したのです。

 彼と自分のサクセスモデルやマイルストーンが同じとは言いませんが、一般的なサクセスモデルとは、かなり隔たりのあるイメージをもっている点では、共通しているのかも知れません。(あの歳にして、あの境地に至っているのは驚き)

 「幹を高く伸ばして花を付ける木よりも、幹は短くともどこまでも深く根が張っている木になりたい」
私は、そんな生き方を目指しています。

 自分の志を目の前の相手に伝えても、大抵「?」が顔に浮かんでいます。
もしくは、「わかる、わかるよ。その気持ち。」と言ってくれても、本当にわかっていないのが分かるのです。

 彼もまた、今までそんな経験を沢山してきているだろうし、これからも沢山していくのだと思います。

 でも、本当に自分が決めた生き方、自分が面白いと思う事をやり貫こうとすると、極めて限られた人としか価値観を共有することが出来なくなります。

 自ら退路を断って生きる事を選ぶと、同じような境遇に身を置いている人としか共鳴できない部分が増えてきます。
時には交友範囲を狭めてしまうことにもなりますが、それは仕方のないことです。

 その分、同じような志をもった人と出会えた時の感動は大きく、まるで前世から知っていたような錯覚に陥ってしまいます。
 そして、こういう人とは何年も会ってなくても、再会したときに違和感を覚えないのです。

 「同じ志を持って、厳しい境遇の中で闘っている歳の近い人」

 結局、それが自分と彼の親友の条件(?)でした。

歳が近い…これ重要ですよね。

 私の周りには、もったいない程素晴らしい方々が多くいますが、残念ながら皆50歳以上で「友達」と言ったら失礼にあたる年齢差なのです。

「なかなかちかい歳で、そんな人に会えないね」
 
「そんな人、一生に1人いたら良いよねぇ」なんてボヤイて、親友話は終わりました。

 今現在、私には親友といえる人が2人います。
その人がそう思っているかはわかりませんが、そう思ってもらえるように研鑽していきます。
 
 ※因みに、わたしは「全国友達いない人選手権」があったら、間違いなくベスト4に入るくらい、友達がいない強者です。









 
ニックネーム    at 02:48 | 今週のぼやき

2010年11月06日

Japon24

尖閣のビデオが流失して騒動になっていますが、youtubeに流した人を突き止めたとしても、私個人としては、どうか個人名を公表しないであげてほしいと思います。

 国家の機密を漏らした行為は重く、罰せられることは仕方ありませんが、この件に限っては日本国民が当然知るべき内容であり、それを公表しなかった政府に問題があるわけです。(この件の落とし所は、海保内でケジメをつけ、再発を防止するための策を講じればよい。船長を無条件で釈放しておきながら、機密を漏らした者だけを裁くのは変な話)

 今更あの映像を中国政府や中国人に見せたって、あまり効果がないと私は思います。
常識がない国とやり合うよりも、いち早く国際社会に証拠映像を開示して、日本と海保の正当性を示すべきです。(私たちがニュースで観ている反日デモの映像は、13億人のうちの数%に過ぎません)

 それにしても、sengoku38というハンドルネームはふるってましたね。
身体を張って任務を遂行したのに、あの仙国さんの対応見たら誰だって腹が立つし、事実を伝えたいと思うでしょう。

 今回、38という数字が話題になりましたが、世界には数字に色々な意味を持たせている国や地域があります。

 日本では「4」を死人番号とし、映画オーメンにあるように「6」を不吉な番号とする地域もあれば、ゴルゴダの丘で、キリストを十字架に架けた13人から「13」を不吉な番号としている地域もあります。

 かつて私が住んでいたブラジルでは、人を罵ったり馬鹿にする時に「24(ヴィンチ・クワットロ)」を使います。
 
 24=オカマ

 「Voce e 24!」(お前はオカマだ!)
パルメイラスに移籍した当初は、よくチームメイトから「Maro 24!」とやられたものです(苦笑)

 「sengoku24!」「 kan24!」
と言いたいところですが、何をされても怒らい「事無かれ外交」は、今の政権に始まった事ではなく、GHQに統治された時から既に始まっていたのですから。

 中国や米国、ロシアをはじめとする、強国のプレッシャーに簡単に屈し、なに一つ先手を打って圧力をかけられない日本政府をみていると、本当に歯痒い気持ちになります。(大手企業だって、今回のような事件の時には、利益よりも日本人としてのプライドと意地をみせつけるために、取引を一旦停止するなどの強気の姿勢をみせてほしいと思うのです)

 そう、先ほどからオカマ、オカマと書いていますが、決して彼女たちを見下しているわけではありません。
 知人に数人のオカマちゃんがいますが、腰の引けまくった政治家よりも、彼女たちの方がずっと肝が据わっているし、怒らせたらオカマの方がよっぽど怖い。

 それにしても下がってしまったシッポを、どうしたら再び立たせられるのでしょう。
傍観者や評論家になったらオシマイなので、今後も自分のできる事を積み重ねていきます。
 
ニックネーム    at 21:57 | 今週のぼやき

2010年11月02日

椅子の博物館

 昨日、赤坂にある岡村製作所にお邪魔してきました。
(岡村製作所さんについては、今更わたしが説明するまでもないので詳述しません)
 
 岡村製作所本社の中にある「椅子の博物館」を、博物館の主任でもある内田氏に案内して頂きました。
内田氏は岡村製作所に21年勤務されており、これまで椅子づくりに専念されてきた職人中の職人です。
「椅子を語らしたら朝まで語れる」と仰る通り、彼のクラフトマンシップには感服します。

 館内を隈無く2時間近く見学させてもらいましたが、人間工学の大家である小原氏が、長い年月をかけられた研究内容は、脊柱疾患に携わる者として非常に興味深いものがあり、大変参考になりました。

 内田さんと「子供たちの椅子と机のあり方」や「後傾姿勢で自然にキーを叩ける椅子」など、様々な事柄について意見を交わしました。

 最後に通して頂いた部屋に、上体を後傾させたまま仕事ができる机と椅子のセットがディスプレイされていたのですが、椅子に座った瞬間「これだ!!」と思い、即注文を入れてきちゃいました。

 時間はかかると思いますが、岡村製作所さんと何らかの形でお仕事をさせて頂けたらと思っています。

 下記に岡村製作所のHPアドレスを記載しておきますので、ご関心のある方はお目をお通しください。

http://www.okamura.co.jp/
ニックネーム    at 19:12 | 今週のぼやき

2010年10月29日

ミステリー

 先ほど、ちょろっとTVをつけたら、DON(日テレ)という番組で、「すぐに役立つ!身体のミステリー」というコーナーをやっていたのですが、ここに出演した医学博士が紹介する身体のミステリーとやらが、とても馬鹿らしく笑えたのでついつい書いちゃいました。

 「長時間立っていても足が疲れない方法を紹介!」
ほお〜、おもしろそうじゃん。と音無しで観ていたのですが(セッション中)、つま先を内側に向けて立てば、「膝関節が伸びる+重心の安定性向上」によって足が疲れなくなるだとか…。

 他にも意味のない事を得意げに紹介していましたが、いくらどうでもいい昼の情報番組とはいえ、上記の内容を全国ネットで流すのは、腰痛症に関わっている端くれとして黙っていられません。

 両足のつま先を内側に向けると、仙骨が前に傾きながら骨盤が前方に変位します。
同時に腰椎の前彎が増強されるため、腰部の筋肉の緊張も高まります。(反り腰+平背)

 特にキッチンなどで作業をしているときは、上半身が前傾しているので、内またで立つと確実に腰部が張って痛みが出てきます。

 逆につま先を外側に開く、つまりガニ股になると、仙骨が後ろに倒れて骨盤が前方に変位します。(スウェイバック姿勢)
この姿勢は膝が曲がるため、大腿部前面の緊張は高まりますが、さほどの負担ではありませんし、腰部の緊張は緩和されます。
 
 裏返すと、ハイヒールを常用する人は、普段つま先を軽く外側にして立つようにし、ガニ股でスウェイバックの人は、つま先を少し内側に向けて立つと姿勢が改善されます。

 私が気に入らないのは、「長時間の立っているときに〜」という条件の中で、腰部に過剰な緊張をもたらせる姿勢を勧めていることです。
勧めているというよりも、同時に2か所、3か所の部位の変化を捉えられていないのでしょうが。

 ついでなので、長時間立っているときに疲れないように立ち方をご紹介します。

 片脚を2足分後ろに引いた「前後開脚位」で作業をするか、片脚の踵を1センチくらい床から浮かして立つと、骨盤の前方回旋が楽になるので、腰が張り易い方にはお勧めです。

 それにしても博士…頼みますよバッド(下向き矢印)
あのレベルの内容を、得意げに紹介している博士の方がミステリーですパンチ
ニックネーム    at 13:04 | 今週のぼやき

2010年10月28日

熟成期間

 「書籍で学んだ知識は、一定の熟成期間を置いた後に繋がってくる」というお話を前に書きましたが、最近では「動作パターンも同じなんだな」という確信を得ています。

 ひとつの動作パターンをマスターする為に、アスリート達は同じ動作を何百、何千回と繰り返しますが、かえってやり過ぎると、中枢神経系が疲労してしまい、小脳が誤った動作パターンを記憶してしまう事がよくあるのです。
 
 誤った動作パターンをインプットしてしまうと、正しい動作パターンを1000回反復しないとリセットできないと言われています。怖いですね〜。

 「あれ?いまいちよく分からなくなってしまったな。」と思ったら、1週間ほどその動作をやらずに、他の動作パターンの習得(確認)に励むことです。

 そして、ある時にポッと出来なかった動作をやってみると、「あれ!」という具合に、自然に出来るようになっているものなんです。

 暫く間をおく事によって、中枢神経系の疲労が回復したのと、脳が新たな動作パターンや出来なかった動作パターンのコツを整理できたからでしょう。

 語学だって、覚えたはずの単語が実践で使えない横ばいの期間(熟成期間)があって、ある時、ふと過去に覚えた実践でスムーズに出るようになる。
 熟成期間があることを知らずに、志半ばで止めてしまうのはもったいない。

 なんでもそうですが、「間」をおくことが大事なんですよねぇ。

 特にゴルファーの皆さん、スランプに陥った時は、一旦その練習をやめて熟成期間をもうけることをお勧めしますゴルフ
ニックネーム    at 08:53 | 今週のぼやき

2010年10月27日

椅子

 この頃家具のメーカーさんと、椅子のデザインについてディスカッションする機会が増えています。
先日もメーカーさんの方と、椅子の重要性について電話で話をしたのですが、「椅子について語らしたら、私も一日中語っていられますから!是非一度、私たちの椅子に対する想いを聞いて頂きたいです。」と、既にテンションが上がっておられました。

 こういう職人気質の方とお話をするのは大好きです。

眼鏡メガネ〜は顔のいちぶ〜です〜るんるん。だか〜ら、東京メガ〜ネグッド(上向き矢印)
 かつて、こんなCMソングがありましたが、まさしく椅子も身体の一部です。

 今後、こういう熱い想いを持ったメーカーさん方と、自然にニュートラルポジションが維持できる椅子をプロダクトしていけたらと願っています。

 話が飛びますが、全国の公立の小中学校に提供されている椅子と机は最低です。
様々な物が凄まじい勢いで進化し、機能が向上しているのに、なぜあの平坦な座面の椅子と机だけは、数十年前から一向に改善されないのでしょうか?

 私が小学生の時に使っていた椅子と、未だに同じ物を使っているなんて信じられない。
メーカーもメーカーだが、それを平気で受け入れる側の意識の低さにも問題があります。

 子供の頃に悪い座り方が習慣化してしまったら、それを改善するのは容易ではありません。
子供たちにこそ、機能的に優れた椅子に座らせるべきです。

 公立の学校に椅子と机を提供している某大手メーカーは、まだ僅かでも物作りの魂が残っているのであれば、直ちに根本から設計を考え直し、最良の椅子と机を提供するべきです。

  
  
ニックネーム    at 23:43 | 今週のぼやき

2010年10月23日

ちょっとした発見

 パワーバンドという健康グッズがバカ売れしているようですね。
周囲にもバンドを手首にはめている人を沢山見かけます。

 昨日も、そのバンドをし始めたばかりの女性がやってきました。

「これって本当に効果あるの?」

「あると思いますよ。ちゃんとセルフテストやって、どちらの手首にはめれば良いか分かってます?」

「よく分からないで、左手にはめてるの。」

 私は片脚立ちになった時に、骨盤が下がっていた側の手首にバンドをはめると、骨盤の傾きが改善されて、腸骨の高さが水平になるのを実践してみせました。

「へえ〜。そうだったんだ。でもさ、このバンドじゃなきゃ効果ないのかしら?」

「う〜ん、考えたことなかったけどテストしてみますか。」

 彼女がもっていた髪止めのゴム(30円)を、パワーバンドの代わりにはめて再テストしたところ…、きゃ〜!全く同じ効果が!

 他のテストも試しましたが、ふつうの髪止めのゴムでも同じ効果があるのです。

 なぜ片側の手首にバンド(ゴム)をはめると、バランスがよくなるのか定かではありませんが、いずれにしても発明者はいい事に気づき、そして商品化しました。

 ただ、4000円近くする商品とヘアゴムが同じ効果だとすると…この先は恐ろしくて書けません。
ニックネーム    at 12:58 | 今週のぼやき

2010年10月23日

叱る

 私には12歳になる甥っ子がいますが、叱る時は本気で叱っています。
子供を叱るのって、後味が良くないし気合がいりますよね。

 一応私は子供を叱る時には、自分が主張している事に客観性と妥当性があるか意識しています。

 最近、小中学校に行ったときに気になるのが、本気で子供を叱っている先生を見ないことです。
 これまで、多くの校長先生や生活指導の先生と対話してきましたが、すぐに怒鳴りこんでくる劣悪な親と、神経質な教育委員会を意識し過ぎて、子供たちを叱ることができなくなっているような印象を受けました。
 
 明らかに保護者の言い分がおかしいと分かっていても、彼らは面倒な事に発展することを嫌って、言うべき事を言わないでいるのです。
(この態度には全く賛同できません。教育者のサラリーマン化と言わざるをえない)


 どの先生も児童・生徒に嫌われないように、気を使っているように見受けられます。
そして子供たちは、先生を友達のように横並びでみているのです。

 私が小中学生の頃は、大人は怖い存在でした。
幸か不幸か私が在籍した学校には、チンピラのような体育教師が数人いて、「こら、なんだその態度は!」と、意味不明な因縁をつけられては、数発ぶん殴られるのが日常でした。
 理不尽なことで殴られる度に、「いつかこいつをブッちめてやる」と心に決めていたものです。

 来賓が沢山来るような式典の時には、体育教師たちが二階から自分たちを監視していて、ちょっとでもアタマを動かしたり、私語をしたものは、後で呼び出されてボコボコにやられました。
 だから、私たちの間には見えない緊張の糸が張り巡らされていて、式典の最中は石仏のように固まっていたのです。

 別に、こういう軍隊的な指導が良いとは思っていませんが、今日の児童・生徒指導は、やや甘いと思います。
きちっとメリハリがつけられるようにするべきだ。

 姿勢セラピーの最近も、ちんたらちんたら動く子供や、無脊椎動物の如くフニャフニャしている子供を多く見かけます。

 一昔前なら来賓が喋っている時に、集中を欠いてふらふらしていると、確実にぶっ飛ばされますが、今では何のお咎めもありません。

「ほら、なんとか君。ちゃんとお話を聞いてね。」なんて子どもにお願いしている先生を見ていると、「おいおい、ここは保育所かよ」って言いたくなる。

 先生の代わりに「やる時はやれよ!」と、しゃきっとしない子供のケツを蹴り上げてやろうかと何度も思いました。(尻を蹴飛ばすくらいはスキンシップのうち)
 
 子供の頃に、世の中には理不尽と問答無用な事があるのを知っておけば、そういう事に対する耐性が高まって、社会人になってからあらゆる事に対応できるようになるでしょう。

 逆に叱られたことのない子は、社会に出て目上の人たちから叱られたりすると、免疫がないために、すぐに精神が壊れてしまう事が少なくありません。
 
 親は先生たちは、無理に子供に好かれようとするのではなく、むしろ子供たちにとって疎ましい壁になってあげてほしいと思います。

 疎ましかった親の有難味が分かるのは、ずっとずっと後ですが、いずれ厳しく躾けてくれたことに感謝する日がくるはずです。
ニックネーム    at 00:45 | 今週のぼやき

2010年10月22日

戦闘態勢

 桜井章一氏の「努力しない生き方」という新書を、さらっと流し読みました。
個人的には共感できる部分が多々あって、楽しませてもらいました。

 無理して力が入ると上手くいかないものだし、仮に上手くいっても歪が生じて長続きしない。

 よくわかります。

 それにしても数年前から、この類の本が増えていますよね。

「頑張らずに生きる」

「楽して稼ぐ方法」

 こういうメッセージが、中高年の方たちにうけるのは、ある程度理解できます。
でもね、10〜20代の連中までもが共感して、真に受けているのは感心できない。

 私は古臭い体質の人間なのでしょうが、若い頃に振り子が振り切れる寸前まで、自分を追い込んだ経験がない者が、人生のオイシイ部分だけ掻い摘んで生きようったって、そうは問屋が卸さないでしょ。

 成功して涼しい顔している人たちも、水面下では必死に水を掻いている事を知るべきです。

 資源も食料も雇用の機会も、そしてイイ男とイイ女の数だって限りがある。
闘って勝ち獲らなければ手に入れられないわけです。

 当然、この事は個人だけでなく、企業間、国家間にもあてはまるでしょう。

 日本は世界で一番よくできた社会主義的なシステムを構築しましたが、一応表向きは資本主義をうたっている以上、ある程度の差が生じてしまうのは仕方がないことでしょう。(この国の格差は他国と比較しても、必ずしも格差が大きいとは言えないでしょう。)

 もし日本が本当に資本主義だというのなら、競争によって差が生じるのは自然な現象であり、「格差反対」というのは、ちょっと理に適っていない気がします。
 問題は成功して大きな財を築いた人々の中に、「利己主義」の人が多く、「利他主義」の精神をもった人が減ってしまい、昔のように「社会から獲たものは、社会に還元すべき」という心意気を持った人が、大幅に減ってしまったことでしょう。

 「米国のように寄付制度がないから」という理由で、奉仕活動を全くしない成功者(この場合ビジネスで成功した人を指す)もいますが、奉仕活動は必ずしもお金を出す必要はなく、若い人に経験を語るのも十分な奉仕です。

 「強い者が弱い者を助けるのが当たり前。それが真の勇者です。」
子供たちには、この事を徹底して教育するべきです。
 猛烈に勉強して一流大学に入ったとしても、こういう考え方を持っている人が、必ずしも多くない事が誠に残念です。

 余談ですが、若くて身体が元気なのに、会社に解雇されて「国は俺たち弱者を見捨てるのか!」とわめく若者をみていると苛きます。(世界中であること)

 自分の事しか考えず、パフォーマンスが低い事を棚に上げて、「俺は弱者だから」と人前で恥をさらす勇気と時間があるなら、家に帰って勉強して力をつけて切り捨てられない力をつける方が賢明だと思うのです。(かつて自分もパチンコ屋店員や清掃員だった頃は、自分の力の無さに目が向かなかった)

 弱者とは、五体不満足で大きな障害を抱えている方々を指すのであって、それ以外の人は当てはまらない。
 
 話を戻しますが、中国が強大な力を持った今、日本をはじめ周辺のアジア諸国は、どんどんと肩身の狭い思いを強いられるの想像に難くありません。
(これまでアジアの横綱でいた日本は、一番惨めな思いをするはずです。周さんが首相になったら、もっと大変ですね)

 もし若い世代の人たちが、闘う事、頑張ることを避けて、緩やかに穏やかに生きるのであれば、それはそれで否定しません。
国際的な問題や社会の問題に目を向けず、今日一日の喜びに興じて暮らすのも、ひとつの生き方です。

 しかし、見栄も外聞もなく、強引でしたたかな中国を先頭に、韓国、ロシアといった国々は、これから日本に様々な角度からアタックをしてくるでしょう。
 早く平和ボケから目覚めなければ、日本が中国の日本民族自治区となる日がくるかもしれません。(そうなっても平気な若者が増えているんだろうな)

 政府にこづかいをもらって反日運動をやっている学生たちは、取るに足らない雑魚であり、本当に警戒すべきは、日本の全国各地で土地(森林地帯や水源など)を買い漁っている中国人です。一刻も早く対策を講じないと、5年、10年先には取り返しのつかないことになるかもしれません。

 急激な成長を遂げた後で、この国が疲れ切っているのは仕方ないことですが、周辺にはピラニアのような国が機を伺っています。
 
 他国を攻めたりせず、ルールを守って平和に暮らしていても、勢いある国がその平和を奪い獲りにくる事は、歴史を学べば分かるはずです。
 世界の人口がさらに増加し、気候変動によって食料(特に水と石油)が不足すれば、様々なところで争いが生じるでしょう。

 日本もこれからが本当の闘いであり、厳しい道のりが続くはずです。

 日本人としてのプライドもなく、他国に何をされても構わない人、何に対しても努力したくない人、闘いたくない人は、端っこで大人しく成り行きを見てればよろしい。
その代わり、多くを求めるべきではないし、また先頭に立って闘う者達の足を引っ張ってはいけない。

 先人たちの猛烈な頑張りのお陰で、ひと時の平和と豊かさを体験したのですから、若い衆(自分も含む)はいい加減目を覚まして、国内外の事に目を向け、さまざまな事に対して戦闘態勢に入るべきではないでしょうか。(戦争という意味ではございません)

 話が無駄に長くなりましたが、若い時に、我武者羅に頑張らなきゃ話にならんのです。

 
ニックネーム    at 00:19 | 今週のぼやき

2010年10月16日

本物の魅力

 本物の魅力はいつまでも色あせることなく、人々の心を動かすものです。

 昨日、ある方の紹介で柔道の野村忠宏選手が調整にやって来ました。
36歳の野村選手は、2年後のロンドンオリンピック出場を目指しているそうです。

 ストイックであることはアスリートの基本ですが、オリンピックを3回も制した彼のストイックさは次元が違うと思います。

 自分に対する厳しさが滲み出ていました。
 
  ウェイトトレーニングで鍛えた体ではなく、柔道で鍛え上げた体はナチュラルで美しく、バランスの良さが際立っていました。(試合時の体脂肪率は4%!)

 姿勢分析の結果で、被験者の動作の得手、不得手がすぐに分かるものですが、30年間柔道一筋でやってきた野村選手の骨格は、競技特性による癖が染み付いていて、それが加齢と共に悪さをし始めているようでした。

 どんな一流選手も構造的、機能的な弱点をもっているもので、それをいち早く把握し、改善できた者だけが長く生き残っていけるわけです。

 今回のセッションでは、その癖を確認してもらう事が主な目的でした。

  今後、どういう絡みになっていくか分かりませんが、彼と接していると、何か少しでもサポートをしてあげられたらと切に思わされます。

 
ニックネーム    at 15:57 | 今週のぼやき

2010年10月16日

手紙

 昨日、セミナーを終えて事務所に戻り、次のセッションが始まるまでの数分間、犬を抱き抱えながら階段でぐったりとしている時の事。

 目をつむったまま犬の耳や丸い頭を軽くかじりながら、送られてきた手紙(セッション依頼の)を読み聞かせてもらっていました。

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手紙_0002.jpg


 手紙の送り主は、55年間も子供達に茶道を教えてきた方で、自分の事を「おばーちゃん」と記してありました。
 疲れきっていたため、殆ど上の空で話を聞いていましたが、「…我が人生を終えたい…」という言葉を耳にした時、飛びかかっていた意識が急に戻ってきました。

 「もう一回、前のページを見せて」

 「未来ある子供たちのために もう一息お役に立って 我が人生を終えたいと切に願っていた…」

 体の中心を電気が走リ抜けたようなショックを受けました。
同時に、なんとも言えない清々しさと潔さを感じたのです。

 残された時間の限られた時間を、子供たちのために使ってから幕引きをしようとしている彼女の、これまでの人生を色々と想像しました。

集英社の編集室に何度も電話をし、やっと住所を聞き出して手紙をかかれたそうです。
お礼もお詫びも全てメールで送るのが「ふつう」になった今日、筆で書かれたお手紙を頂くと響きます。

 手紙って想いが筆圧に表れるし、行間にある言葉を感じることが出来るので、やっぱり良いですね。

 こういう方のお役に立てるのなら、むりくり時間を捻出します。

 キャンセル待ちの方々には本当に申し訳ないのですが、優先的に診させてもらおうと思います。
 


 
ニックネーム    at 01:09 | 今週のぼやき

2010年10月11日

再会

 昨晩、川島永嗣君がやって来ました。
周知のように、傷めた内転筋を治療するためです。

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甥っ子のために撮ってあげた写真ですが、元気な姿を皆さんに。

 翌日に帰国するということで、1回の治療でどこまで回復させられるか、超音波をメインに出来る限りのことをやりました。
怪我自体は大したレベルではありませんでしたが、フルパワーでボールを蹴ったりすると、どうしても大きなストレスがかかる場所なので、その度に強い痛みが生じてしまうのです。

 自分もパルメイラスに所属していた時に、左脚の内転筋を傷めた事がありますが、あれは結構辛かった。

 でも心配要りません。
彼はガンダムのように、強靭な体を親から授かっている男ですから。

 実際、「右足で蹴れなければ左脚で蹴りますから」と言ってました。
すげーな。俺なんて左足で蹴ったらチョロっとしか飛ばなかったのに…

 完全に痛みが引くまでは多少時間を要するでしょうが、無理をしなければ直に回復するはずです。

 治療をしながら、GKの技術や練習内容、そして生き方についてディスカッションするのは、私にとって非常に楽しい時間です。
 彼は練習の虫であり、アタマを使いながらのハードな練習が大好きで、ザックが連れてきたGKコーチの練習をとても気に入っていました。

 終わってから食事をしに行きましたが、今度は財布をすられていなかったので、ちゃんとご馳走してあげる事ができました。

 めでたし、めでたし。

 上昇中の人は独特なエネルギーを発していますが、今の彼はまさにそのエネルギーを全開に発していました。
これからも沢山の人と出会い、乾いたスポンジのように色々なものを吸収し、ぐんぐんと成長していくでしょう。

 自分をしっかりと制御することができる永嗣が、将来どんな人になっていくのか凄く楽しみです。

 本日の昼、出国寸前の永嗣に電話で予後を尋ねたところ、「動きの良さは維持できてますよ」とのこと。
 
ニックネーム    at 09:41 | 今週のぼやき

2010年10月05日

X脚の方へ

O脚、X脚…どちらも困りますが、X脚の方が悪化させてしまった時のダメージは大きいかも知れません。

 昨晩も重度のX脚で悩んでいる年配の女性が来ました。
下肢のアライメントが完全にX状になっていて、痛みを堪えながら足を引きずって歩く様子を観察していると、辛さがヒシヒシと伝わってきます。

 14年間同じ整形外科に通ったそうですが、「軟骨をつくる注射」しか打ってくれなかったそうです。

 注射だけ?…そんなものは根本治療にならない事は、医師本人が一番分かっているはずなのに。

 運動器の機能解剖を少し噛じっていれば、機能を棒を踏ませて足底のアーチを回復し、持続的に短縮過緊張した腓骨筋群をストレッチして内反(足の内返し)を軽減することから始めて、股関節の外転筋や外旋筋を働かせる訓練を施すことによって、少なくともX脚の進行を抑制できることは想像できるはずです。

 構造的な問題が機能的な問題から生じている事を理解していない、非アップデート型の整形外科医が犯す典型的なミスです。

 X脚にお悩みの方は股関節外旋筋群のエクササイズをお勧めします。

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@ 壁に寄り掛かりながら床に座る。膝を110度くらいに曲げ、脚を最大限開きます。

A 大腿の外側に両手を置き、内側に向かって押します。
  手の力に負けないように、脚を最大に開いた位置で10秒間キープします。
  (脚を開く時は息を吐き続ける)

B 10秒間キープ×10回を毎日1回以上行います。
  殿部の外側を使っている感じがあれば正解です。

 内転筋群のストレッチを頻繁に行うこともお勧めします。

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@ 両膝の内側に手を置き、腰を軽く反らせたまま上体を軽く前傾させる。

A 両手で両膝を外側に押し開くようにして、30秒間保持する。

 上記の2種目は最低限のものですが、やらないよりはずっとマシです。

  女性の多くは膝と膝をくっ付けて座っていますが、これは膝関節にも股関節にも良くありません。
基本的には足の第2指と、膝のお皿が同じ方向を向くようにして座ってください。
ニックネーム    at 22:50 | 今週のぼやき

2010年10月04日

しぇんしぇい

 数年前、同級生の区議会議員(1年目)と打ち合わせに出席した時の事。
そこに居合わせた年配の男性と女性たちが、同級生の事を「○○先生」と呼ぶのを見て、内心「は?」と驚いたのを覚えています。

 右も左も分からない1年生のひよっ子を、いい歳した大人たちが「先生、先生」と持ち上げているのです。
何の考えもなく呼んでいる方もアホに見えるし、呼ばれて平気な顔をしている方もアホみたい。

 その時、「いい加減に先生って呼ばれるのって嫌だな」とつくづく思いました。

 どんなにダメな代議士や医師、弁護士であっても、大抵の人は「先生」と呼んでしまうようですが、私は学校の先生と認めた医師以外には先生と呼びません。

 特に最近の代議士を「先生」と呼ぶことに抵抗を感じてしまいます。

 「選挙で当選すると、なんで急に先生なの? 教えて池上さん」ってね。

 よく国会議員同士で「○○先生が…」なんて呼び合っているのをみると、本当におめでたい人種だと関心させられます。

 話が自分の事になって恐縮ですが、私のことを何と呼べばいいのか分からなくて、間違って先生と呼んでしまう患者さんがいますが、どうか勘弁して頂きたい。

 それこそ「先生」に申し訳ないし、近親者が聞いたら笑いすぎて酸欠になり兼ねませんので。
 
 唯一、先生と呼ばれて嬉しいのは、たまーに会う3歳の女の子=杏ちゃんの「マロしぇんしぇい」

 自分は死ぬまで学生。それが幸せ。

呼び名は、伊藤君、マロ君、和磨はん…なんでも結構です。

 
ニックネーム    at 02:36 | 今週のぼやき

2010年09月27日

ラインカー

 突然ですが、ラインカーってご存知ですか?
運動場や競技場に白線を引く時に使うもので、石灰を入れる縦長の箱に2つのタイヤが付いています。

 ラインカーで真っ直ぐに線を引くのって、結構難しいんですよ。
慣れていない人に線を引かせると、必ずグニャグニャと線が曲がってしまい、歪なコートやトラックになる。

 そんな私も、子供の頃は線を引くのが苦手でした。

 ある時先生から、「和磨。真っ直ぐに線を引きたければ、一切下や後ろを振り返るな。線を引く方向を決めたら、目的位置に向けて目を反らさずに進め。」と教わりました。

 確かにカラカラと音を立ててラインカーを引いていると、「線が曲がっていないか」「あらぬ方向に進んでいないか」と心配になりますが、その気持ちをぐっと堪えて、行き先の一点を見つめて進むと真っ直ぐな線を引けるんです。

 線引きの真理って、全ての事に当てはまるんです。

 いつからそうなったのかは分かりませんが、日本の社会は足元や後ろを見ながら線を引いてきた気がします。
せいぜい先を見ても3〜5歩先が精一杯で、遠い先に目標物を設定出来ずに今まできてしまった。

 振り返れば引いてきた線はデタラメな方向に向き、グニャグニャに曲がっています。 
それどころか、今では何処に向かって線を引けば良いのかも考えられなくなってきています。

 残念ながら戦後の日本は、物事を善悪ではなく、損得で判断してきました。
目先の利益ばかりを追求し、自分たちが生きている間(任期の間)の事しか考えず、自分が死んだ後の次の世代、そのまた次の世代に何を残し、伝えるべきかを考えてこなかったのではないでしょうか。

 実際、テレビをつければ「高速道路無料(子供手当など)って、私たちにとってお得?それとも損?」といった、悲しくなるほど低俗なテーマを、御用コメンテーターがしたり顔で解説(?)している番組ばかりです。
 「この法案は、20年〜30年後の日本にとって有益か?否か?」という発想は皆無なんでしょうね。

 尖閣の問題で、管内閣は近代史に残るような愚かなミスを犯しましたが、あれも自分たちの任期中の事しか考えていない、非常に無責任極まりない判断です。
後に続く人間の事を少しでも考えたら、絶対にあり得ないカードを切った(切らされた)わけですから。

 でも、彼らだけを責められない節もある。これまで日本は完全な平和ボケをしていたのですから、政治家がボケていても不思議はない。
 当初、幾つかのメディアは、日本の「メンツ」よりも経済的な損失について大きく取り上げていました。
中国に支社を持つ私周辺の人たちも、「参ったよ。商売あがったりだよ。早く終わらせて欲しいわ。」と嘆いていました。

 おいおい、経済と天秤にかけるような軽い話じゃないよ。

 お茶を濁したような「柔軟」な対応をすれば、その場は良いかも知れませんが、長期的にみれば自分たちの首を絞めることに成りかねないのに、そこまでも考えていないようです。

 私は中国という野蛮な国(あれを一つの国と呼ぶべきか?)は好きではありませんが、彼らを見習うべき点が幾つかあります。(とんでもなく優秀な人の数も日本より多い)

 そのうちの1つは、先を見通す力。
 
 中国では力(権力と金)のある者が、自分たちの贅沢のためだけでなく、末代の事まで考えて先行投資をしたり、土地を購入します。(政治家は一党独裁なので、トッップがコロコロと変わることもなく、ずっと先まで考えられる)
 彼らは、自分が生きていないかも知れない数十年先の事でも、いずれ価値が上がると思えば一族のためにアクションを起こすのです。
この辺は、日本人と異なるのではないでしょうか。

 「今が大事だから」「先の事を考えている余裕はないから」といった理由で、中期、長期的なビジョンと戦略をもたず、これから先も足元しか見ようとしなけば、本当に取り返しがつかない事になるでしょう。(もうなっているかも)

 わたしの周りの実業家達も「参ったな、早く解決してくれないと商売とまっちゃうよ」

 今の日本はのっぴきならない問題を沢山抱えていますが、特に力をもった人たちが「この国をどういう国にしたいのか」という明確なビジョンを持ち、それを達成するための準備を「粛々」と進めるべきです。
 
 そして、一旦目標を設定したら「小石」につまづいて転んだとしても、確と数十年後を見据えて真っ直ぐに進むべきです。
(怖がって下を向くと転倒しやすくなる。目線を上げて歩くと転倒し難くなる)
 これまでと同じく数歩先しか見ない政や経営をしていたら、この国のラインは、さらにとんでもない方へ向かっていくことになるでしょう。

日本人は、お人良し過ぎるところがありますが、底力を持った優秀な民族。
今からだって間に合います。(図々しく謙虚さの欠片もない民族とは違う)
 日本全体が少し目線を上げて、今より遠くにある地点(自分が去った後)をイメージし、そこに今やっている事を繋げようと心掛ければ、目先の問題に右往左往することなく、全ての面でより賢明な選択ができるようになっていくと思うのです。

 
 



 
ニックネーム    at 02:54 | 今週のぼやき

2010年09月23日

independentな存在

 いつの時代にも際立った人が現れるものですが、最近の20代で活躍している人たちをみていると、自分達から上の世代(30代)には存在しなかったような人物が出てきている気がします。

 とても独立心が強く、これまで誰かが歩いた道をなぞる事を嫌い、独自な存在であろうとします。

 時代が違うので、美空ひばりや石原裕次郎、長嶋茂雄、王貞治をはじめとする、昭和の大スターたちとは雰囲気やスケール感は違いますが、それでもなかなか凄い。

 彼らには1+1=2というパターンが通用せず、「ここで結果を出したんだから、次はこう来るだろう」という予想を見事に覆し、「えっ?そこにいくんだ…」と意表を突かれる行動にでます。

 他人のアドバイスを拒絶するわけではなく、「自分が認めた人」のアドバイスの要点だけを取り込みながら、「自分が見つめている場所」へ突き進むのです。

 彼らと話していると、一瞬年齢が分からなくなることがあり、これまで自分が経験してきた事や、価値観、人生観を揺さぶられる事もあります。

 ちょっと悔しくもありますが、「魂の歴史」が自分よりも長いのでしょう。
魂の歴史は、現世における本人の体験や頑張りとは異なるもので、生を受けた時から備わっているものだと思います。
 
 人のスケールや深さ・重さを、年齢や肩書きでしか判断できない人には分からない話です。
 
 最近会った20代で強いインパクトを受けたのは、やはり川島永嗣君です。
彼の考え方や行動原理、そして落ち着ついた態度には感服させられました。

 もう一人、こちらの予想を覆すのが水嶋ヒロ君。
彼のように常に礼儀正しく、律儀で聡明な若者は滅多にいません。

「自分でプロダクトしていける人間になりたいんです。」と、随分前に聞かされました。
ちょっとブレイクすると、やたらに露出してタレントの商品価値を落としてしまう昨今、彼のように自分のペースと信念に従って、じっくりと前に進めていく生き方は、私はありだと思います。(既存の芸能界の仕来たりではNGでしょうが)

 それなりの反発や反感が生じると思うし、下手すればフェードアウトしてしまうリスクも大いにありますが、彼はそれを承知の上、相当な覚悟をもって決断したわけですから、単に批判的な目でジャッジするのではなく、長い目で見守ってあげてほしいと思います。

 それにしても、彼のアイディアの豊富さと引き出しの多さには、毎回驚かされます。
いずれ、彼にしか思いつかないような大きな事をやってくれるでしょう。

 こういうタイプの人に共通しているのは、苦労して手にしたものを意図も簡単に手放し、次の場所へ行ってしまう点。
 まあ、もともとゴールの設定が遥か彼方にあって、マイルストーンの設定もしっかりと出来ているのでしょう。

 「20代男性の多くが草食系」と揶揄されていますが、確かに私もそう思います。
あまり期待は出来ないが、この世代の0.0001%位の確率で存在する大物(石川遼選手など)は、所属する業界・分野だけでなく、新たな時代を創り、世界に日本の存在感を打ち出す力をもっていると思うのです。

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以前、雑誌で対談した成宮さん。瞳にギラギラとした野望が映っている希少な男性。


 
ニックネーム    at 21:08 | 今週のぼやき

2010年09月16日

YOMIURI CLUB

 東京Vの引き受け先が見つからず、今後の展開がどうなるのか話題になっているようです。

 私は9歳の夏に「読売クラブ」へ入団しました。
当時の正式名称は「読売ウィングス」。

 「YOMIURI CLUB」というロゴが、胸にプリントされたジャージを何処に行くにも着ていました。
読売クラブの一員である事に対して、子供心にも強い誇りを感じていたのです。

 Jrユースになると、刺繍されたチームワッペンがユニフォームやジャーズに付けられるのですが、このワッペンがたまらなく嬉しくて、擦ったり眺めていたのを覚えています。


 「態度の悪い不良集団で、憎らしいほど強い」
これが読売クラブの風評でした。

 どこに行っても完全なヒール集団。

 審判には楯つき、相手を容赦なく削り、時に唾を吐く。
他のチームの前を通過する時に、そのチームの監督が「お前たち、いくらサッカーが上手くたって、あんなクズみたいな人間に成っちゃだめだぞ!」と忠告しているのを、しばし耳にしました。

 「勝ってから言えよ、バーカ」としか思いませんでした。
(最悪ですね)

 勝ってもボロクソに言われますが、負けるとさらに激しくやられます。
「ざまあみろ!調子こいてるから負けるんだ。」「あんな奴らに先はない。」

 勝つ事でしか読売のサッカーの素晴らしさや、自分たちの存在価値を証明できなかったので、みんな涼しい顔してプレーしていましたが、内心は必死でした。

 幼い頃から優勝することを義務づけられていましたら、準優勝や3位なんて何の価値も感じませんでした。
(優勝を逃したときは、一目を忍んでうつむきながらクラブハウスに入ったものです)

 また、個人でもチームでも結果が出せないと、翌年は地元のチームに戻ることになるのです。
(チームが強くても、毎年半分近くのメンバーが消えます)

 全国どこの試合会場に行っても、白い目で見られブーイングを浴びせられる。
自分たちが点を決めても静まり返るだけで、自分の横をボールが通過して、ゴールネットを揺らされた時だけ「ワッー!!」と、大歓声が湧くのが常でした。

 自業自得とは言え、誰も応援してくれる人たちがいないのは寂しくもあります。
そういう意味では、孤独な集団でもありました。

 スポーツマンシップを掲げるチームを、木っ端みじんにやっつける(チンチンにする)。
これがプロになるまでの間、自分たちがやってきたことです。

 自分たちを指導するコーチや、目指している選手たちも癖の強い悪ばかり。
家や学校では教えてくれない事を沢山教えてくれました。

 彼らには独特の美学があり、男の色気があった。
みんな口が悪く「お前が入るとリズムが崩れるから、明日から来るなよ」なんて平気で言います。

 それでも彼らに憧れ、早く大人になりたいと思ったものです。

 あのクラブには、先輩とか後輩ってものは存在しませんでした。
年功序列ではなく、全て実力で力関係が決まる。
 だから、私の辞書には「先輩」と「後輩」が載っていないんです。

 あの世界で、自分の人格の大部分が形成されたことは間違いありません。

一般常識が通用しない異常な環境でしたが、人情味があって本当に読売クラブを愛していました。

 昔からいた選手たちにとって「ヴェルディ川崎」、「東京ヴェルディ」という名称は、どこか馴染みが薄いのかも知れません。

 ナベツネさんが手を引き、「読売」でなくなった時点で、あのチームは消滅していた。
私個人はそう思っています。

 自分が入団した25年前(V2時代)は「緑」が基調ではなく、ブラジルのグレミオのように水色と黒の縦縞のユニフォームを着ていたんだから、この際、緑に固執しなくてもいいと思うのです。
 
 いつまでも「ヴェルディ」という、後から付けた名前に縛られていないで、原点である「ウェイングス」にして、3部リーグあたりから出直せば良いのに。。。

 ※一昨日、川島選手と電話で話しましたが、ようやく勝ち点を獲得出来て、少しホッとした様子でした。
  結果がでないチームのGKは、本当に精神的に辛いでしょうが、それも彼にとって大事な糧になるでしょう。
  ザッケローニ監督やGKコーチにとって、イタリア語を話す川島選手は、通訳なし指示を出せる貴重な存在と  なるはずです。

 
 
ニックネーム    at 00:32 | 今週のぼやき

2010年09月15日

ゆめ

 これから小、中学校(女子校もある)で講演が続くけど、さ〜て何を伝えようか。

 子供たち「努力すれば何でも叶う」って教える大人が多いけど、あれは好きじゃない。
努力しても想いや願いが叶うとは限らない事(努力はベース)を教えるべきで、また叶わなかった時に、それを受け入れて次に繋げる、強さとしなやかさを養わせるべきだと思います。

 誰でもスターやヒーローになれるわけではない。
そして、いつまでもスターやヒーローではいられない。

 得たものが大きいほど、それを失った時の反動も大きいものです。
引退してから壊れていった人を何人もみてきました。

 「影と光」なんて表現がありますが、地球が回っている限り、いずれ影にも光が射します。
そして、また影になる。これは繰り返される。

「夢を持ちなさい。頑張っていれば夢は叶います。」「皆さんの未来は前途洋々です。」
卒業式で来賓が決まっていう台詞です。 
結構な言葉ですが、彼らが心底そう思って言っていないのはすぐに分かります。

 自分の生きてきた道のりや生き様を、飾ることなく子供たちに聞かせてあげている大人は非常に少ない。

 銭湯の壁に描かれた富士山のように、平坦で在り来たりな話よりも、格好悪くても実体験のエピソードを聞かせてあげた方が、彼らにとってずっと価値があり、後で役立つと思うのです。
ニックネーム    at 02:54 | 今週のぼやき

2010年09月15日

ターミナル

 「Macの力」で力まない方が良いって書きましたが、人の付き合いも同じ気がします。

 15000回もセッションやってくると、たまに大ファンだった方がやってくる事もあるんですが、そんな時に好かれようなんて頑張ったりすると、キマって縁が長続きしない。
一生懸命尽くした「つもり」の人が、フッと疎縁になると誰でも悲しいものです。

 自分ではないことをして無理をすると、ついつい相手に見返りを求めてしまうもの。
相手から感謝の気持ちが感じられないと、相手を責めてしまうこともある。
 
 自分もそんな情けない経験が何度かあります。

 自分が相手にした事は、自分が好きでした事。
受けた親切は忘れていけませんが、自分がした(つもりの)親切はすぐに忘れた方がいい。

 人は自分の好きな人にとって、特別な存在でありたいと願うものですが、好きであればある程、距離=間を取る事が大事なんですね。

 「決して特別な存在になろうなんて思ってはいけない。そう思った瞬間から相手にとって煩わしい存在になるんだから」と、常日頃、自分に言い聞かせています。
「用があったら、また来るさ。そん時は、自分が出来ることをまた惜しまずやろう。」ってな感じです。
もし戻ってこなかったら…そりゃ縁が無かったという事で潔く諦める。

 だって、沢山の縁が後に控えているのに、いつまでも一つの縁に縋っていたら、もっと良い縁を掴み損なっちゃいますからね。

 好きな相手を停めておく「終着駅」になろうとせずに、心地よく通れる「通過駅」であろうとすれば、大抵の関係は上手くいくのではないでしょうか。

「どうぞいつでも好きな時に通過して下さい」って大らかに構えていれば、自分も楽だし相手も居心地が良いから長居しようとする。

 田舎の無人駅が、やけに落ち着くのと同じで、結構放っといてくれる人って有り難いですもんね。

 縁にも色々ありますが、焦らずに年月という漬け石を載せて放置した方が、後で結ばれる縁もあります。

いずれせよ、失ったと思っている人も、きっと見えない線で繋がっているので、その日が来たときのために怠らずに精進するのみですね。
 
 今日も明日も明後日も、私は一日7人の人と出会いますが、クライアントにとって「ただのターミナル」でいようと思っています。
ニックネーム    at 01:21 | 今週のぼやき

2010年09月14日

報告

 集英社の編集の方と話し合った結果、「新しいPOPを作成する」という返答を頂いたので、前回掲載した「凹む」は削除致しました。
ニックネーム    at 12:41 | 今週のぼやき

2010年09月07日

感謝

 お陰様で本日、集英新書の3刷りとストレッチ本(池田書店)の重版が決定しました。
ストレッチ本は、10年かけて累計115000部になりました。

 感謝の気持ちと同時に、もっと理解を深めて分かりやすく書かなくてはと、気が引き締まります。

 現在、来年1月の出版を目指し、エッジの立った個性の強い本を作っている最中です。
他にも2冊の構想がありますが、焦らずにきっちりとエビデンスを蓄積しています。

 一昨日、2年ほど前に出版された「プレゼンテーションZen」という実用書を読みましたが、実に素晴らしい内容でした。

 「禅」をテーマにした本は、実生活で実践するのが難しい教えが載っていたりしますが、この本は「プレゼン」という、思いっきり俗っぽいテーマを、禅の哲学と上手に融合させながら話を展開しています。

プレゼンだけでなく、患者さんに愁訴の発生機序を説明する時、製本にも大いに役立てられそうです。 
 これからは自分の発言や説明に対して、「だからなに?」「それが相手にとって、なぜ大事なの?」と、自問自答しながらやっていこうと思いました。

 引いていく美学…やっぱり身についてないわ。

 私たちが失くしかけている(学んだ事がない?)、日本の精神文化の奥深さや尊さを、外国の方から気付かされると、なんだか余計にこたえます。

 歳を重ねて、いつか侘び・寂びが腹で分かる大人になりたいと思います。

 
ニックネーム    at 23:08 | 今週のぼやき

2010年08月31日

非日常時間

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 現役選手の頃に、やりたくても出来なかったのかが格闘技。
同じヴェルディ川崎のGK藤川さんは、現役時代もこっそり極真空手を続けていましたが、自分にはその勇気(?)がなく、ずっとやれず仕舞いでした。

 その点、藤川さんは凄い。
極真のオープントーナメントに出場した翌日、足首が腫れあがってスパイクが履けなかったなど、隠れた逸話を沢山もっています。
 
 そんな私も昨年の7月から、K-1MaxやKrushで活躍している小宮選手に、週1〜2回のペース(60分間)で、マンツーマンの稽古をつけてもらっています。

 12時間セッションをして、完全に身体が固まった状態のところに、いきなり殴る蹴るの動作は、正直かなりしんどいのですが、終わった後の爽快感と長年やりたかった事が出来る嬉しさで、1年以上続けています。

 最近は、マススパーのスピードが上がってきて、結構ボコボコにやられていますが、あの緊迫した間合いが堪らない。
 プロのキックボクサーの攻撃射程圏内に入ると、それなりにスリリングで、本能が呼び覚まされる感覚を味わえます。

 とにかく迂闊に攻撃すると、すぐにカウンターを喰らうし、止まっていればサンドバッグ状態にされるわけですから、シャープに集中して受け返すことしか、考えられなくなります。
 この非日常的な時間が、頭の中をクリーンな状態にしてくれる。
ランニングじゃ、こうはいかない。
余計な事を考えながら走っているものなんです。
(BIGが当たったらどうしよう!?なんて妄想しながら走ってます)

 サーファーや登山家もそうですが、ある程度生命のリスクを負わないと、生きている実感を味わえなかったり、本当の意味で脳をリフレッシュさせる事ができない人種が存在しますが、自分もそのタイプなのでしょう。

 毎回どこかしら打撲し、翌朝に「イテテテ!」と顔をしかめながら起き上る羽目になっていますが、身体を傷めつける感覚が懐かしく、1週間乗り切るモチベーションとなっています。
ニックネーム    at 01:20 | 今週のぼやき

2010年08月27日

海外に行くときは

 以前、川島選手のところに行く道中で、財布をスラれた事を書きましたが、その時の状況をちょっとお話します。

 私は海外に行くと、道や電車の行き先などを、現地の人や旅行者からよく尋ねられます。
前回の旅も同様に、10人近くの人から声をかけられたのですが、最後に行き先を尋ねてきたのが年老いた老人のスリでした。

 アントワープからリールに向かう電車の中で事は起きました。
電車が駅に到着する直前に、後ろの座席からと「トントン」と肩を叩かれ、振り向くと弱そうな老人が窓づたいに切符を差し出してきたのです。

「ここに行きたいんだけど、この電車であっているかい?」
「いや、この電車じゃないよ。ここで降りて乗り換えないと。」
「ありがとう。」

 そう言ってから、老人は立ちあがると私の前に来て、もう一度チケットを差し出してきました。
「本当に、この駅で降りていいんだね。」
「そうだよ。」

 老人は、そそくさと降りていきました。

 それから4時間後、川島選手と食事をして会計を済ませようとするまで、全く気付きませんでした。

 真昼のビールが効いて、思考がとろくなっていたこともありますが、この日もショルダーバックを肌身離さず掛けていたので、どこで無くしたのか…思い出すのに数時間を要しました。

  まさか、あの老人が…。

 チケットを見ているときに、反対側から仲間が鞄に手を突っ込んでいたのでしょう。

 後になって、なぜもう一度チケットを見せてきたのかが分かりました。
私が鞄の中を覗くのを阻止して、仲間が列車から降りるための時間を稼いでいたのです。

 当初は悔しさで一杯でしたが、もしも振り返って鞄に手を入れているのを発見していたら、あの老人に頚を切られていたと思います。
 彼らは仕事でやっているわけで、見つかったら時の覚悟は出来ているはずですし、さっと降りてしまえば誰の目にも止まることもありません。
 
 そう考えたら、振り返らなかった自分は、運が良かったのかも知れません。

 幸いカードを使われておらず、すぐに止めましたが、アメックス以外のカード会社は、再発行されるまで2週間以上かかったのに対し、アメックスだけは当地(ブリュッセル)の支社で翌日再発行してくれました。

 村上春樹さんも、イタリアで鞄ごと財布を盗まれたそうですが、その時にアメックスだけが直ぐに再発行してくれた事と書いています。

 アメックスのまわし者ではありませんが、海外に行く時はアメックスを持っていると、いざという時に便利だと思います。

 
 
ニックネーム    at 19:54 | 今週のぼやき

2010年08月26日

べんきょう

 円高の恩恵に預かって、海外の医学書を買い漁っています。
海の向こうでは、次々と内容の濃い医学書が出版されています。

 届いた本を開いて中身をチェックする度に、「うわ〜、なんでこの人たち、こんなに良く知っているんだろ。」と、打ちのめされるのと同時に、自分の知識と理解度の乏しさを痛感させられます。

 新書を書くにあたって、30冊以上の医学書を参考にしたのですが、「このエビデンスは、どの本に載っていたっけ?」と、既に読み終わった本を棚から取り出して検索してみると、黄色の蛍光マーカーで線を引いてある文章たちが、眩しいくらい新鮮に感じました。

 「あらこの本って、こんなに素晴らしい事が書いてあったんじゃん。なんで、こんな所に線を引いたんだろ。大事なのはここでしょ。」

 こんな事を呟きながらページをめくっていると、本来の目的とは別に、あっという間に30分くらい使ってしまうのです。

 「当時よりも経験を積んで、本質を読み取る力が増した」といった言い訳も出来ますが、大事な事が脳細胞に刻まれていなかったことに愕然とし、自分のポテンシャルの低さにガッカリさせられます。

 学べば学ぶほど、勉強しなければいけない事が増え、ゴールが遠のいていきます。
 私にとって勉強は、自分の分かっている事が如何に僅かであるかを、再認識するための行為にもなっています。

 勉強の面白さは、前に進んでも学べるし、後ろに戻っても学べる事なのでしょうね。
 
 「今の自分は、到達したいレベルの30%くらい」と、10年前に言っていましたが、今現在、自分採点では道のりの30%にも達していない気がします。これは謙遜ではなく、事実です。

 人生の時間は儚く短いのに。。。ほとんどの事が分からないまま、そして悟れないまま去っていくのだと思うと、少々やるせなくなりますが、それでも「悟れない事を悟れただけでも良かったのかな」と思う時もあります。

 ツルッツルの脳に刻まれた僅かな知識とスキルを、これからも多くの人に活かせるように、試行錯誤しながら生きていこうと思います。
ニックネーム    at 22:29 | 今週のぼやき

2010年08月23日

重版決定

 お陰様で、発売6日目にして6000部の重版が決定し、累計20000部になりました。

 本書は、多数の医療機関を渡り歩いている「腰痛難民」の方たちに向けて書かれているため、若干、内容が小難しくなっているところもあるかと思います。

 本来、実用書で出すべき内容かも知れませんが、新書として出版することによって、普段、健康書のコーナーに足を運ばない方々にも、手にとって頂ける機会が増すことを期待しました。

 これまで出版してきた本と同様、ライターを使わずに自分の言葉で書いているので、読み難い処があるかもしれませんが、このホームページでもカバーしていきますので、引き続き宜しくお願い申し上げます。
ニックネーム    at 17:36 | 今週のぼやき

2010年08月18日

ガマさんと

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本日、集英社から新書本が発売しました。
朝日新聞の「新刊案内」に本書を載せてもらいましたが、お隣に「ガマさん」こと釜本邦茂氏が並んでいました。

 小学生の時に、ガマさんの「ストライカー」という本を何度も読み返していたのを覚えています。

 あれから25年近い時を経て、偶然彼の横に並ばせてもらった事を嬉しく思うのと同時に、不思議な感じがしています。

 本書には、ページ数の制限で記載できなかった事やイラスト(20枚)が沢山ありますが、それでも80%位は伝えたかった事が紹介されていると思います。

 治療方法の優劣や選択よりも、自分で腰痛をマネージメントするためのスキルと知識が多く紹介されていますので、是非お手にとってご一読頂ければと思います。

 関係者の方々には、深く御礼申し上げます。

集英社新書の新刊案内で、デスクワーカーのためのストレッチを動画で紹介しています。
参考にして頂けたら幸いです。

http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0553-i/
ニックネーム    at 00:36 | 今週のぼやき

2010年08月10日

お買い上げ

 夕方のニュースで中国人が団体で銀座、秋葉原で大量にお買い物をするツアーや、地方で旅館で楽しんでいる様子を特集している。

 沢山買ってくれる有難いお客様。
新宿伊勢丹では、随分前から韓国、中国語のアナウンスを館内で流すようになった。
(日本語のガイダンスが流れるデパートなんて、他の国で知らないが)

 パリの大手ブランドの店内には、日本語を話す店員がいたが、最近では中国語を話す店員はいても、日本語を話す店員がいなくなった。
日本語の案内が取り払われ、代わりに中国語や韓国語になりつつある。

 「中国人はマナーが悪いから嫌」と言いつつも、ビジネスを考慮してドラスティックなやり方をとった各ブランドの方針も、理解できないことはない。

 東欧もLGとサムスンが圧倒的にシェアを獲っている。
南アフリカのW杯で選手の移動に使われていたバスは、ヒュンダイだった。

 世界中からメイドインジャパンが消え去っていることは間違いない。
どこのホテルにもソニー製のテレビが置いていない。

 それなのに、メディアはその厳しい現実を殆ど伝えず、国内のシェア競争しか報道していない。

 銀座で沢山化粧品やブランド品を買い、秋葉原で家電製品をお買い上げ頂いている方々は結構。

 しかし、北海道や軽井沢、金沢、富士周辺をはじめ全国各地の行楽地や避暑地、そして都内の土地をどんどんと買い上げている事実を、なぜメディアは伝えないのだろうか。

 最近では、山を買い上げ水源地帯をおさせ始めている。
彼らは先見の明があるのだ。 近い将来、中国だけでなく世界中が水を求めて争う時代がやってくる。

 ちょっと大袈裟だが、本当に水の問題が深刻になった時に、日本人が自国の水を彼から購入する事になるかも知れない。

 かつて日本人も成り上がりまくった時代に、ロックフェラーをはじめ、手をつけてはいけないものを金の力に任せて買い漁っていたわけだから、今度は自分たちがやられても文句は言えないだろうが、住むための土地だけでなく資源のある土地、歴史的に価値のある建造物や美術品など早めに法案をつくって保護しないと、手放してはいけないもの、そして生活に関わるものの根っこまで「お買い上げ」されてしまうだろう。

 オーナーが代われば、老舗の旅館でチンジャオロースが出てきても文句は言えない。


実際にIT関連をはじめ、さまざまな企業の開発技術者たちが、サムスンやLGに高額な報酬で引き抜かれており、以前のように「安い・粗悪」という時代から、「安い・優良」という時代になっている。

 聞くところによれば、日本企業が200社も中国に買収されているようだ。

 また、今後はマンションやアパートのオーナーや隣の住人が中国人になるケースが増えてくるだろう
そうなった時に、ごみの問題や騒音の問題でトラブルになるのは目に見えている。

 ビザの発給のハードルを下げたそうだが、関係機関は様々なトラブルに対しての対策を講じているのだろうか?

 彼らは日本で稼いだ金を本国に還す。
日本に金を残すとは思えない。

 決して中国人を批判しているのではなく、彼らがやっている事は一昔前の日本人がやっていた事であり、発展していく国が通過する道を歩んでいるだけの事。
(日本人よりも商売のセンスと規模が圧倒的に長けている)
 
 ただ、日本があまりにも無策で平和ボケしているから、こんな事を書いている。
彼らが何をお買い上げしているのか、私たちはもっと真面目に把握する必要があると思う。
「えーっ、そうだったの?全然知らなかった〜。」では済まされなくなる。

 中国や韓国と良好な関係を結び、それを継続していく気であれば、日本はあらゆる方面にしっかりと備えなければ、丸裸にされてしまうだろう。

 ※東京オリンピックの時に、ただの野原だった表参道いったいの土地を買い上げた彼らの目は凄い。
ニックネーム    at 09:29 | 今週のぼやき

2010年08月06日

変わりゆく東欧

 今回の旅は(7月20日〜28日)、8日間で10都市を巡るという馬鹿らしいほど忙しない旅だった。

 これまで東欧は4カ国しか行っていないが、あの流行からずっと遅れている感じが好きだ。
街全体がセピア色で煌びやかさはないが、社会主義だった頃の面影を残すアパート群を見ていると何だか落ち着く。

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 西欧人と比べてスマイルな人が少なく、サービスもぶっきら棒で良くないが、たまに見せてくれる笑顔や親切が余計に嬉しく感じる。
 一言目は素っ気ないが、しばらく話していると急に親しげに話をしてくれる人が多い。

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 ワルシャワ中央駅で、チケット売り場の上にある時刻表が電光掲示板ではなくプレート式だったのには驚くが、とても情緒がある。

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古いアパートに描かれた操り人形の兵士たち。歴史的に周辺の強国に蹂躙されてきたポーランド。侵略(戦争)を皮肉っているのだろう。

 まだ、ユーロに加盟していない国もあるし、加盟していても貧しくてユーロに切りかえられていない国もある。

 ユーロになって買い物がしやすくなったが、国によって異なる紙幣を持つ楽しみもなくなった。

2012年にサッカーのユーロ選手権がポーランドとウクライナで共同開催される。
両国ではこれまで財政的にできなかったインフラの整備が進み、電車や市バスなども新しくなっていく。

 あと5年〜10年もすれば、東欧全体が西欧と変わらなくなるのだろう。
あの感じが好きな自分には、それが少し寂しい。
ニックネーム    at 22:33 | 今週のぼやき

2010年08月04日

真夏の水分補給

 真夏の水分補給で気をつけてもらいたいのが、ただの水をガブガブと飲みすぎない事。
流れ出る汗の中には、ミネラルやビタミンなど活動に必要な栄養素が多く含まれている。

 水だけ大量に摂取していると血中の糖度が低下して倒れてしまうこともある。
市販のスポーツドリンクを2〜3倍に薄めたものを摂取することをお勧めする。
(ジョギング中は、さらに薄めたものが良い)
ニックネーム    at 12:59 | 今週のぼやき

2010年07月30日

オシフィエンチムでの出会い

 小学生の頃からアウシュビッツに強い感謝があった。
なぜだか理由はわからないがチャップリンが大好きで、「独裁者」を観た影響もあったのだろうが、とにかく一度は訪れなければいけないと思っていた。
(チャップリンはホロコーストの事を知り、独裁者をコメディータッチで描いた事を後悔したそうだ)

しかし、なかなかポーランドに立ち寄る機会はなく、この歳になってやっと願いが成就した。

地球の歩き方でアウシュビッツのガイドをされている中谷さんの事を知り、メールでガイドを依頼したが、「団体の先約あり」との事でで断られていたが、出国の2日前に「キャンセルが入ったので受けられます」というメールを届いた。
 
 「オシフィエンチム」…これがアウシュビッツの元の地名だが、読み方が面倒くさいとドイツ人がアウシュビッツに改名した。

 そのオシフィエンチムまで電車で3時間半も掛かるため、朝5時半にホテルを出て、ワルシャワ中央駅からクラコフを経由して→オシフィエンチム駅に向かった。 
 2日目だったがロストバゲッジのため、機内で着ていた汗まみれの服と下着を身につけて出掛ける羽目になった。

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 オフィシエンチム駅で中谷さんと待ち合わせた。
最初に対面した印象は、相手の性質を慎重に探る人であった。

 駅から車で10分弱で到着した最初の施設がビルケナウ。
アウシュビッツ強制収容所だけでは足りずに後に増設された。

チリチリと強い日差しが照りつける中、ゆったりとしたペースで歩きながら説明を受けていたが、途中から中谷さんに対する関心が高まっていった。
「この方なら話しても通じる」と感じ、私は過去の大戦やその後の日本が歩んできた道のりについて持論を述べ、彼も淡々と持論を述べた。

 線路にユダヤ人が詰め込まれて来た車両が1両あったが、その脇にイスラエルの国旗を身にまとった集団が地べたに座っていた。
「彼らは自分たちの親族の酷い殺され方にショックを受けて、休み休みでないと見学できないんですよ。」と中谷さんから説明された。

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 見学のルートは、ユダヤ人を載せた列車が入ってきた線路沿いを歩き→ガス室→焼却炉→人骨が捨てられた池→宿舎→アウシュビッツ強制収容所の順で周った。

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シンドラーのリストのワンシーンに出てきた線路

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右端に立っている医師が、指で右を差すと「毒ガス室」行き。左を差すと「労働者」となる。

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ガス室へ送られる母の腕に抱かれる赤子。

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途中から収容しきれなくなり、ほとんどの人々は到着して直ぐに毒ガス室へ送られた。

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 皆、この階段を降りて地下室に入り、「シャワーを浴びる」という名目で手前のスペースで服を脱がされる。そして、右に曲がったところにシャワーヘッドが天井に付いたガス室がある。満員電車の2倍の密集率で詰め込まれた。ここでも先導するのはユダヤ人なのだ。

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この下(地下室)に毒ガス室があり、1500人もの人が詰め込まれた。天井から殺虫剤のチクロンBが落とされると窒息の苦しみで大地が揺れたという。殺虫剤を使用したため一瞬で死ねるわけではなく、窒息死するまで10分から15分も苦しんだという。

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この池には数えきれないほどの人骨の灰が沈んでいる。半焼けの遺体も捨てたため長い間ガスが沸き出ていたという。(中国でもこの池と同じ事が起きていたのをご存じだろうか)

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ビルケナウの最後に、ユダヤ人が寝泊まりしていた宿舎を案内してもらったのだが、この宿舎は湿地帯の上にレンガを積んで建てられているため、建物内は湿度が高い。
扉を開ける前から、とても嫌な予感がしていた。

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 入室する時に、中谷さんが「独りでは怖くて入れませんよ」と言った。
この言葉は聞いた時、13年間ちかくこの地でガイドをされていながら、単なる「お仕事」にいない事、そして、この地に慣れていない事に対して「心がある人だな」と思った。
 確かに振り返ったら、大勢の人たちが横たわってこちらを見ている気がしてならなかった。「今まで数人の人が、この部屋に入って同じ感想を言いましたよ。」と中谷さん。

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多くの人々が銃殺された「死の壁」 倒れた2つのロウソクを立て直す中谷氏

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中谷さんの話を伺っていて、支配する側よりも支配される側の集団的心理について、強い興味をもった。
ドイツは収容されているユダヤ人の仕切りを、ドイツ兵ではなく同胞のユダヤ人にさせていた。
 リーダー的存在の人間には「頑張れば生き残れる」ように思わせ、同胞の監督をさせていた。
 だから暴動や反乱が起きる前に、不穏な動きがあるドイツ兵にリークしたりして生き延びた者もいたようだ。
「人は究極の状況になると、どうやったら一日でも長く生き延びられるかしか考えられなくなるものなんですよ。 ドイツ側に情報を流した人たちは、自分が生き延びて種を残すことが相手への抵抗になると考えたのです。」と中谷氏はいう。

 ドイツは収容所の設計から建築、運営や規則づくり、虐殺行為まで、すべて分業にしていた為、関わっていた人たちには罪の意識はそれほどなかったらしい。また、ルールを詳細に設定することで、罰を与えるドイツ兵の罪悪感を上手に弱めたようだ。
 実際、収容所にいたドイツ人たちは「自分は殺していない。中央機関からの命令に従っただけで、そういう意味では自分も被害者だ」と口を揃えて言うらしい。

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「働けば自由になれる」有名なアウシュビッツの門

 アウシュビッツに展示されている毛髪や鞄、靴などが山積みにされた写真は何度も本で見たが、実際に目の当たりにすると苦しいものがある。
特に赤ちゃんや幼児の衣服や靴の山を見た時、12歳の甥っ子の事を連想した。

 「なぜ、ドイツとイスラエルは関係を修復できたのですか?」と訪ねた。
「それはドイツが自分たちで過去の過ちを認めて謝罪し、今後彼らに危害を与えないという事をはっきりと示したからです。その点日本はもう一歩勇気が足りないですよね。」と中谷さんが言った。
 確かにそう思う。
戦後、被害国に対してドイツと日本がとってきた態度と行動には、とても大きな隔たりがある。

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 ビルケナウとアウシュビッツの隣に民家が結構ある。
「よくこんな場所の近くに住めますね」と私が言うと、「逆ですよ、伊藤さん。彼らは元々この地に住んでいたのであって、ドイツが勝手にこの地へ収容所を作っただけの事です。こんな施設がなければ、この地が世界中で知られる場所にはならかったのです。」

 見学を終えて一杯ビールを飲んでから駅まで送ってもらった。
帰宅したら、ランチにお子さんへハンバーグを作ってあげるらしい。

 別れを告げて電車に乗り込もうとした時、大事な大事な医学書を車の後部座席に忘れてきた事が発覚し、慌てて中谷さんに電話をした。

 「医学書でしょ。伊藤さん、電車1本乗り遅れるけどいいかな?」
「もちろんです。」と応えながらも、内心は「あ〜あ、早めに帰らないとショパンミュージアムが閉館しちゃうから、この電車逃したらクラコフの観光できないや。」と凹んでいた。
 10分後、本を片手に中谷さんが現れ、「伊藤さん、これは何かの縁だからクラコフの駅まで送っていきますよ。」

「いやいや、1時間以上掛かるのに申し訳なくて頼めませんよ。」と断ったが、頑なに送っていくと仰ってくださったので、お言葉に甘えて送って頂く事にした。

 中谷さんは、翌日から日本に戻って8か所近くを周って講演をされるという。
何気なく講演の時の自分の心構えや、知人の著名な講師たちから聞いたコツを紹介していたら、「いやー、これは本当に何かの巡り合わせだな。実は、何を話そうかまとまっていなくてイライラしていたんですよ。伊藤さんの話を聞いていたら、3つの章立てができたんですよ!いや、本当に良かった。こういう事だったのか。」と、とても喜んで下さった。

 こちらは恐縮の限り。

 ご迷惑をおかけした事に対して何度もお詫びをすると、「謝る必要なんてないですよ。私は無理をしませんから。私は縁を感じたからこうしているんです。こっちで暮らしていると理論よりも巡り合わせ(直感)に従うと上手くいくんですよ。」と言って下さった。
 理論よりも巡り合わせを優先…プライオリティの設定が自分と似ている。

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結局、車中からクラコフの街並みとお城を見学して、駅前のカフェで遅めのランチをした。

 移動中も食事中も、ずっと夢中でお話をしていたが、とてもとても中身の濃い話ができた。

 最後はプラットフォームまで見送りに来て下さり、軽くハグしてから握手をして別れた。

「また何処かで会いましょう。」
普通の日本人なら「必ず連絡します。」なんて言うものだが、その辺はさすがにサバサバしていて中谷さんらしいと思った。

 帰りの車中では、2日目にして旅の半分の目的を果たせた達成感と、素晴らしい縁を与えてもらった事に対する感謝の気持ちで一杯になっていた。

※戦後、日本は中国をはじめベトナムやカンボジアなどのアジア諸国に多大な経済的、人 道的支援をしてきた。 特に中国に対しては「賠償的」な意味も含めて、相当な経済的支援(ODA)を行ってきた。(日本人でも知らない人が多い)
 中国の奥地には、日本を「小国」「虫のような小さな国」と馬鹿にする輩もいるようだが(日本にも同等の連中はいる)、今日の中国の目覚ましい発展に、我が国が僅かなりとも貢献した事は間違いないはずだ。
 しかし、ただ金をあげるだけで、それを交渉に上手く活かせず、PRもできていない無能な外務省と政治家、日本が支援した事を自国の国民に伝えない中国政府のずるさに腹が立つ。
 日本政府はドイツとイスラエルが積み上げてきた関係から、何か学べる事があるのではないだろうか。 




 
 
ニックネーム    at 00:34 | 今週のぼやき

2010年07月29日

川島永嗣が選んだ道

7月25日 川島選手の治療のためベルギーのリールを訪れた。

 ブリュッセルからアントワープを経由してリール駅まで1時間もあれば辿り着ける。

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 この日は10時半から練習があるため、9時10分前に駅で待ち合わせをしていた。

 朝早かったこともあるが、駅前は閑散としていて何もなく、「こんな質素な街でどうやって過ごしているんだろう?」と思った。

   
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 ほぼ時間通りにKIAというベルギー製の小さな車で迎えに来てくれた。

はじめに大きな車を用意してもらったが、車高と車庫の高さが合わなかったらしい。

 練習場までの道中にW杯でのチーム事情や、パラグアイ戦のPKやスナイデルのシュート、そして現状について色々と聞かせてもらった。

 「同じPKで負けるにしても、味方のキッカーが相手GKに阻止されて負けるよりは、枠を外して自滅してくれた方がこちら(GK)としては幾分マシだよね?」と質問したら、「そうですねぇ」とかえってきた。

 同じGKとして、現役時代に何度もPK戦を経験してきたが、相手GKが大当たりして負けた時は、申し訳なさと情けなさで地獄に堕ちた気持ちになる。

 川島選手は2本目とも読みが当たったが、ボールに触れなかったので、「もっと早くに動かなければ」と考えたらしい。

並みの選手たちなら、2本連続読まれると「強いボールを蹴らなければ」と考えるものだが、逆にパラグアイの3人目以降の選手たちは、川島選手の動きを目で追ってから蹴り始めたという。
 さすが試合巧者の揃っている南米だ。
イングランド戦が終わった後も、自分が本大会で試合に出られるとは思っていなかったようで、楢崎からレギュラーを奪った事に自身驚いたようだ。

 名古屋時代はずっとベンチを温めていた頃は、「辛い」と思わないようにしていたが、当時を振り返るとやはり辛かった事に気づいたそうだ。
それから数年が経ち、一番大事なところでレギュラーを奪ったのは大したものだ。

 ベルギーに来てから1週間しか経っていないらしいが、チームメイトたちのコンディショニングに対する意識の低さに、少し驚いているようだった。

 実際、この日も練習が10時半から始まるのに、9時半からみんなで集まって朝食をとるというのだ。 なんだそりゃ!?
 昨日も試合前にアルコールを摂取する選手や、フライドポテトを食べている選手がいたという。

「身体がフィットしている選手がいないんですよ。太っているか痩せているかって感じで。」
 いくら欧州のクラブとはいえ、ベルギーリーグのクラブチームは財政的に余裕がなく、ドイツあたりと比べたら選手の意識レベルが劣っているのかも知れない。

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質素なクラブハウス

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 芝生のコンディションは素晴らしい

 練習を見学させてもらったが、他の2名のGKよりも圧倒的な存在感とパフォーマンスを見せていた。

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彼のセービングはシュートコースに対して直角に入り、キャッチも顔からボール2つ分くらい前で掴む理想的なフォーム。

 基本的なキャッチやセービングのフォームは、昔イタリアでGKコーチから徹底して言われたらしい。

  GK練習を見れば、どれくらいスタンダードな事をおさえてきたのかが、すぐに分かるが3人のGKの中で、彼が一番完成度が高かった。

シュートゲームでは、ことごとく至近距離からのシュートと1対1をブロックしていた。

 W杯でもそうだったが、彼はFWとの間を潰すのが上手い。

GKには静と動の2タイプあるが、彼は完全に動のタイプ。

 味方チームの士気が低いと「Come on guys!!」と怒鳴りつけて鼓舞していた。

 「みんなW杯の試合を観ていたようで、ゲンクと試合をやった時も相手GKから「頑張ってね。」と声を掛けられました。やっぱりW杯に出たのは大きいですよ。」と川島選手は言う。

 確かにW杯に出場していなかったら、誰も日本人のGKの指示に従ってはくれないし、怒鳴りつけたら「うるせー!」と言い返されない。

 チーム練習が終わってから、GKだけでバックパスの処理を練習していたが、川島選手が両足とも完璧に蹴れる事に驚いた。

聞けば中学校の頃から、左足で蹴る練習を徹底してきたそうだ。

 GKの居残り練習が終わってからも、彼一人残って体幹のトレーニングとランニングをしていた。

 「バリバリ調子いいじゃん!」と振ったら、「いや、日本では毎日取材対応が忙しくて全然練習ができなかったんですよ。だから、こっちに来てから最初は全然ダメでした。やっと上がってきましたよ。」と充実した表情で答えていた。

 普通にいけば、彼がレギュラーを獲得するだろう。

 ランチをしにいく車中、彼が電話でスタッフとイタリア語で話し始めた。

「何年くらいイタリアに居たの?」と質問したら、1か月間しか滞在していないと言う。

毎週独学でイタリア語と英語を勉強していたらしい。

面白い男だ。

 ランチを食べ終え、ご馳走させてもらおうと鞄に手を入れたが財布が見当たらない。

「あれ!ない!」 「まじっすか!?」

 結局練習グランドに戻ってあたりを探したが見当たらず、電車の中で超不覚にもすられた事が判明した。

 財布を無くした事もショックだが、彼にご馳走する機会を奪われた事がもっとショックだった。

グランドで財布を探しているとき、クラブで働いているおばちゃんとおじちゃんが心から心配して色々と心配してくれた。
 永嗣もあちこち歩き回って一緒に探してくれていた。
おばちゃんと永嗣の会話を聞いていると、とても現地のスタッフから可愛がられているのがわかったし、彼もどんな人に対しても同じ態度で接し、人を大事にしているのが伝わってきた。

 とりあえずカードを全部止めた後、彼のアパートで治療をすることになった。

 やはりW杯後はメンテナンスできていないとあって、全身の筋肉が硬化していた。

 治療しながら将来の野望など様々な話をした。

「W杯を終えて、これからの数カ月間はヒーローとして持て囃されるのに、それを蹴ってこんな地味な土地に来たのは価値ある決断だよ」というと、「俺、全然そういうの興味ないんですよ。」


そのまま日本にいれば美味しい事が沢山あっただろうに、川島永嗣は現状に甘んじることなく、敢えて険しい道を選んだ。

 「こだわり」意外の何ものでもない。

 やっぱりGKは一匹狼で変わっている奴が多い。

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アパートのバルコニーにて

 4時間続けて治療した後、夕食に出掛けた。

財布がないのでご馳走するどころか、お金を借りて帰ってくる始末。情けなさで一杯だった。

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 彼は食事に対しても非常にストイックで、ポテトフライ1本も口にしなかった。

 話が盛り上がり、気が付いたら終電に間に合うかどうかの時間になっていた。

「マロさん、家に泊まってていいですよ。」と言ってくれたが、お金を借りた上に部屋まで貸してもらうわけにはいかず、無理して帰ろうとしていたところ、店員のオヤジさんが「ブリュッセル車で帰るからホテルまで送ってやる」と言ってくれた。

 「ははは!マロさん、こんな感じですけどイイですか?」

「ああ、もちろんいいよ!」

 帰りは気前の良いオヤジさんと、英語とポルトガル語を交えながらブリュッセルまで戻った。本当に親切な方だった。

 私は記念すべき訪問者の第一号だったが、財布をすられた間抜けな訪問者として彼の記憶に残るだろう。

 川島永嗣という男は、世界中どこに行っても誰とでも仲良くなれるし、みんなに愛される優しい男だ。

 なによりご家族と本当に仲が良いようで、ご両親の愛情を目一杯受けて育ってきたのがわかる。

 これからの彼の活躍を心から楽しみにしている。







                      









 
ニックネーム    at 08:38 | 今週のぼやき

2010年07月20日

しつこい踵の痛み

 今年の3月くらいから踵周辺に痛みを感じ始めていたが、誤魔化しながら朝のジョギングを続けていた。
5月の米国出張あたりから、足が着けないくらいの激痛が足底に走るようになった。

 やっと起床後の痛みは治まってきたが、まだ痛みと腫れが残っている。
うわさ通り、足裏や踵の痛みは長引く。

 踵や足底アーチ周辺の痛みを訴える中・高年の男性は結構多いのだが、私が体験的にお勧めするのは、ハンズの角材コーナーで直径5センチくらいの棒(長さは20センチ位)を買ってきて、足底でゆっくりと棒を転がしながら、アーチが固まっているところや、しこりになっている筋膜・腱膜を圧迫するように踏み込んでケアする事。

 棒の代わりにゴルフボールでも良い。
踵が痛い場合は直接患部を圧迫するのではなく、足底全体の強張りと局所的な塊をほぐしてあげることが大事だ。

 そして、帰宅してからはアイシングを感覚がなくなるまで行い、椅子に患側の足を載せておくこと。

 痛みを誤魔化して歩いたり・走ったりしていると、代償的な歩行・走行フォームが定着してしまい、膝関節や股関節に悪影響を及ぼすので、炎症が治まるまではあまり長時間歩きまわったり、痛みをこらえてジョギングなどしない方がよい。
ニックネーム    at 06:49 | 今週のぼやき

2010年07月19日

デジタル化と情緒

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 今年の春にターンテーブルを10年ぶりに所有した。
久しぶりに針を落とした時は手が震えて針が横滑りした。
 「プチプチ」っと、スピーカーからノイズが聞こえる。

 21歳の時にオーディオマニアから、「本物のマニアはアナログしか聴かないよ」と言われ、「ならば」と背伸びしてアナログ(ガラード301)に手を出した。
 しかし、当時はアナログ特有の「ノイズ」が耳触りだったし、CDに比べて扱いも面倒臭く、盤面の掃除から管理まで色々と気を使う事が多く、結局1年くらいで手放してしまった。(ブラジルから帰国した時に、お袋に押しつぶされて無残にひね曲がったカートリッジの針を発見した時の事を鮮明に覚えている)

 あの頃は「テクノロジーが進んでいるのだから、アナログよりもCDの方が音質はいいんだろう」と思っていたし、実際にどこのメーカーもSN比(信号とノイズの比率)を向上させて、「綺麗な音」「綺麗な映像」に仕上げることへ躍起になっていた。

 90年代は、あらゆる分野でアナログからデジタルへと一気に移行し、DATやMD、DVDなどの登場によって、ビジュアルやオーディオの業界は大きく変貌を遂げることとなった。
 全ての情報がデータ化されたお陰で、管理や保存に神経を使う必要もなくなり、データを簡単に伝送・伝達できるようになったし、持ち運びも格段に楽になった。

 あれから10数年が経ち、ipodのように数万曲を収録し、ダイヤルを回せば何時でも何処でも好きな曲を聴ける時代になった。(一昔前では想像もしなかった道具だ)

 しかし、ipodを使うようになってから音楽を聴く楽しみも、有難味もなくなり、数万曲なんて聴けるはずもないのに、しばらく使っているうちに飽きてしまった。
アナログの音を体感している自分には、超圧縮されたipodの音が耐えられなかったのだと思う。
 デジタル化が浸透した今だからこそ、慎重に針を落として音楽を聴く儀式を楽しめるし、埃の上を越える時にスピーカーから聞こえてくる「ノイズ」も心地よく感じるのだろう。

 アナログレコードには、ノイズと共に理論上では聴きとる事ができないとされている「倍音=空気の振動」が記録されている。
この倍音こそが、音楽の旨味成分そのものと言える。

 そもそもデジタルとは、連続する流線的なアナログ情報を、「0」と「1」の断続的な棒グラフ状にしたものを指すが、どれだけ頑張っても流線にはならない。

レコードの溝に刻まれた信号を余すことなく引き出せる再生機器があれば、限界可聴域を超えた情報をカットした、CDやMD,ipodには再現できない「実在感=リアリティ」を再現できる。
一度デジタル音とアナログ音を比較視聴したら、額縁に収められたデジタル音が如何に味気なくて窮屈なものであるかが実感できるはずだ。(興味がない人には、どちらも意味がない)

 身を削って音を出すアナログの音には、感性や情緒に訴えかけてくる何かがある。
特にスタジオで一発録音した作品など、アーティストのエネルギーと緊張感がダイレクトに伝わってきて、終わった時には自然と拍手してしまう。
 一方、扱いが楽で半永久的に劣化せず、雑音を含まない優等生のデジタル音には、情緒に触れてくるだけのエネルギーはない。

 今やデジタル化の波は、人々の生活を呑み込もうとしている。
Ipadの出現は、ビジネスだけでなく私たちの生活様式を変えるかも知れない。

 音楽も書籍もダウンロードして取り込めるようになり、自由に再生したり読むことが出来るようになった。
 座ったままで、スクリーンをタッチすれば殆どの欲求が満たされる。
だが、果たしてこうした便利さが、私たちの心を豊かにしているのだろうか。
 否、私は益々人々の心を空虚なものにしている気がしてならない。

 私は机に山積みにされた本をみて「あー、頑張って読まなきゃ」と思い、積み上げられたCDやラックに押し込まれたレコードを見て、ニヤニヤする時の感覚が好きだ。
 データ化(バーチャル化)する事によって、情緒や感性も圧縮されてしまうのである。

 タッチ式のスクリーンと言えば、いつだったか文科省が9000億をかけて電子黒板の導入を検討した時期があったが、どうかそんな事は止めてほしい。
 パネルタッチ式で次々と絵が変わる黒板が、子供たちの創造力を掻き立て、思考力を高めると思っている専門家も多いだろうが、あれは能力のない先生が逃げ込む道具に過ぎない。(何もない黒板に何か書き込む事に意味があるわけだし、チョークで黒板に書き込む「あの感触」は大人になってからでは経験できない)

 昨今の教育は受験戦争に勝つために、ノイズ(思想・哲学・政治・道徳)を排除し、効率よく点数を稼ぐデジタル人間(フォーマット人間)を量産している気がする。
 実際に10代、20代の若者と会話していても、まさにデジタル的(断続的)にしか会話ができない人に多く出くわす。

 自由奔放に育て、枠に収まらないアナログ人間を育てようとすれば、同時に灰汁も混ざるだろうが、癖や雑味がある人間の方が温かみがって面白い。(残念ながら、年々アナログ人間が生きにくい世の中になってきている)

 いまでこそ「デジタル」が生活の一部となったが、昭和の中ごろまではデジタルなど生活に無縁であり、人間も社会も全てアナログだった。
「携帯」「ネット」「メール」がなかった時代を思い出してみるが、そんなに不便で困っていたとは記憶していない。
 ノスタルジーに浸っているのではなく、あの頃の生活や人を懐かしく恋しく想っているのは私だけだろうか。
 
 次から次へと魅力的な新製品が市場に投入され、「より早く!より快適に!」という売り文句に後押しされて、私たちは熟慮する事無く「それら」を受け入れてしまっているが、どう考えてもテクノロジーが進歩する速度に、我々人間の感性や情緒がついていけていないような気がする。

 どこまでデジタル化すべきか? 取り入れるべきでないのはどの分野か?
(子どもの教材には、できるだけアナログ(リアル)なものを使ってもらいたい)

 デジタルの使い道とその影響について、いまこそ考える必要があるのではないだろうか。
ニックネーム    at 23:52 | 今週のぼやき

2010年07月13日

いよいよ

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 集英社から8月17日に発売される新書本のカバーが送られてきました。
いよいよという実感が沸いてきます。

 初版14000部を刷るそうで、このご時世にしては、かなり奮起してくれたと思います。

「なぜ腰痛になるのか?」「なぜすぐに再発するのか?」「本当に椎間板ヘルニア原因なのか?」といった素朴な疑問に対して、腰痛のメカニズムを日常の姿勢や動作パターンと関連させて丁寧に説明しています。

 また、「チン・イン」「インナーコルセット」「腰のニュートラルポジション」といったスキルを使って、腰痛をセルフマネージメントできるようにします。

 また、最後の章には「ゴルファーのために腰痛講座」を設けています。飛距離アップと腰痛などの障害予防に役立つノウハウが書かれています。

 本書は、 本書は、一冊数万円以上の高価な医学書にしか載っていないような、質の高い「おいしいノウハウ」をかき集めて紹介してあります。

 慢性腰痛に苦しむ方々を「腰痛スパイラル」から解放する「切っ掛け」をつくるはずです。

 是非ご一読頂き、日常に活かして頂ければと思います。

 今まで書いた本の販促をした事は一度もありませんでしたが、この本はこれまで10年間の集大成であり、4年の月日をかけた本なので本気で広めていこうと考えています。
ニックネーム    at 23:44 | 今週のぼやき

2010年07月10日

そもそも

 今年の誕生日はW杯の決勝、参院選、渦中の名古屋場所初日とイベントが重なっている。
 現時点のメディアの予想では、民主党が苦戦しているとか。
鳩山氏と小沢氏を引きずり下ろすまでは、マスコミは気が触れたように「普天間」「5月決着」と連日騒いでいたが、今度は「消費税=増税」で管政権の脚を引っ張ろうとしている。
 (普天間の問題は何一つ解決していないのに、今度は批判の矛先を消費税に変えた)

 そもそも、米軍の基地を何処に移設するかと論じる前に、自衛隊は軍隊なのか、そうではないのかを明確にするべきだろう。
あれだけの兵器・武器を保有しながら、「軍隊ではありません」というのは無理な話ではないか。

 日本が軍隊を持つべきとは思ってないが、いい加減、誤魔化さずにハッキリとするべきだ。
もしも、アメリカに守ってもらおうとするなら、向こうに注文はつけなれないだろう。
「自分たちの事は自分たちでも守る」と言うのであれば、自衛隊を自衛軍、もしくは国防軍として、直ちにアメリカ軍に国外に退去してもらい、自衛軍(国防軍)が普天間基地を使用する。

 夜間飛行や低空飛行の訓練も大幅に減らす事ができ、文字通り近隣住民の負担を減らす事ができるだろう。
(太平洋の保安に関しては、これまで同様米軍と協力する)

 それから、基地周辺に住む人たちの医療費や教育費は、沖縄以外の都道府県が均等に負担する。「そんなの不公平で嫌だ」と拒否する地域があれば、そこに基地を受け入れてもらえばよい。

 いずれにせよ、自衛隊の要・不要について議論し結論しないまま、米軍の基地移設先ばかりを論じるのは愚かな事だ。(共産党も随分温くなったものだ)

 5月にアメリカに滞在している時に、一度も「Okinawa」「Futenma」という名称を耳にする事はなかった。
日本ではギャーギャーと騒いでいるのに、残念な事に現地ではニュースにも話題にものぼらない。(特派員が新聞の隅っこから、沖縄の記事を見つけて大袈裟に報道しているが)

 以前、インド洋での海上自衛隊の給油活動を打ち切ったら、アメリカとの同盟関係が危うくなり、国際的な信頼と評価を失う」と非難した者が沢山いたが、実際には断固として活動を中止したところ、アメリカは急に態度を軟化させて、給油の「お願い」をしてきたではないか。 
 今現在、どこの国が給油活動を中止した日本を非難しているのか教えてもらいたい。
すぐにヒステリックに騒ぐ輩が多いが、彼らは自分たちの発言や行動の後始末をするべきだ。

そういえば、小池百合子氏が「日米関係は深化どころか深刻化しているではありませんか」と鳩山政権を批判した事があったが、国力をつけないように財閥を解体され、都合のよい憲法をつくられ(相続税)、制空権は抑えられ、メディアと金融もコントロールされ、トヨタはクソみそにやられ、完全に骨抜きにされても尚、アメリカと深化しようとする根性の方がよっぽど深刻だ。
 アメリカは日本が力をつけて自立する事を望んでいないし、もし自立しようとしたら阻止するだろう。(そもそもアメリカは日本など眼中にないが)

 今の日本は、服と靴を脱がされてフルチンにされたのに、「ジャイアンありがとう!」とすり寄っていく「すねお」のようだ。(菅氏も就任直後の会見で、「真っ先に日米同盟を基軸に」と発言したのにはがっかりした)
 
 それにしても、マスコミはこの国をどうしたいのか、その意図が分からない。
毎年国のトップが挿げ代わり、ただでさえ海外から信用がゼロになっているのに、またまたトップを変えて恥の上塗りをしたいのか。
 (サミットでは、就任歴の浅い日本の首相たちは、いつまで経っても端っこに立たされている。
 
 どの政党が政権を担っても上げ足をとり、足を引っ張り、なにか政策を打ち出せば「損か?得か?」という稚拙な検証をはじめる。
「政治とカネの問題」と青臭いことを言ってはブレーキをかけるが、聖人に政治家をやってもらいたいわけではなく、明確なビジョンと戦略を持ち、リーダシップの力がある人間に政をやってもらいたいだけだ。
 
 日本のジャーナリズムはとうの昔に崩壊し、ジャーナリスト不在が続いている。(御用と自称は捨てるほどいるが)
政治と殺人事件、デパ地下情報と芸能ゴシップがごちゃ混ぜになり、最初から制作者に色づけされたニュース番組など、国民の不安を煽る「電波公害」と表現する以外に、適切な表現が見つからない。(世論調査、支持率なんて馬鹿らしいもの、さっさと止めるべきだ)

 今は60年以上一党で積み上げてきた事を、一度スクラップしている段階。
建築を想像すれば直ぐにわかるが、建物を壊して瓦礫が散乱しているのに、それを片づけないまま建物が建つわけがない。
 スクラップとビルドアップ(成長)は同時に出来ないのは当然だ。
選挙で自分たちが選んだのだから、少なくとも4年は我慢して見守るべきであり、それが有権者の責任だろう。(民主党を応援しているのではなく、誰がやっても結果が出るまで時間が掛るという事)

 街頭インタビューで「期待していたのに裏切られた気持ちです」と、悔しそうな顔をしている人たちに言いたい。 
「あんた投票用紙に名前書いて箱に入れただけやん」

 多くの人は言う。「増税はNOだけど保証は手厚く」
保険会社のCMに「月々のお支払いは少なく、保証は手厚く一生涯」なんて笑いを誘う文句があるが、そんな都合のいいシステムがあるわけない。

 


  
ニックネーム    at 00:24 | 今週のぼやき

2010年07月06日

おかちゃんとあまちゃん

 日本代表が帰国する前から、「岡ちゃんごめんなさい」といった声がチラホラと挙がっているのをメディアを通じて知った。
 実際、フジテレビの「スポルト」で三宅さんが岡田監督に批判的な見方をした報道をした事を直接謝罪していた。

 それを観ていて「はっ?何言ってんだこの人」と腹が立った。
三宅さんをはじめ、予想を覆す結果を受けて、岡田氏に謝っている連中に言いたい。
「なんちゃってサッカーファンが、中途半端な知識と覚悟で批判なんかするな」と。

 W杯はプロが国の威信を掛けて争う大会であり、結果が全てであり勝たなければ意味がない。
オリンピックのように「参加する事に意義がある」という精神とは大きく異なる。

 代表監督は、チームを勝たせる事に責務を負っている。
そのために1億円以上の年俸を手にするわけだ。(1億では安いだろうが)
代表は勝ってあたりまえ、負けたらクソみそに叩かれるのが宿命。
 サッカー大国の代表チームは、国民にとって「希望の星」であるが、負けた時はフラストレーションの捌け口となってサンドバック状態になるのだ。

 岡田氏はよく頑張った。。。が、彼は監督としての責務を果たしただけで、ふがいない試合をして4連敗していた当時の監督を批判する事に、なんら問題はない。
 ポリシーのない「あまちゃん」なメディアやアナウンサーの方が問題だ。
(そもそも勝てないと予想して、TBSに放映権を渡した時点でやばいが)
 
 批判するなら、もっと腹をくくって批判してもらいたい。
(「感動をありがとう!」と叫んだ方々へ、Jの試合に足を運んであげて下さい。感動とは感じて動く事です)

 海外の選手たちは、非常に厳しい環境の中でメンタリティーを鍛え上げられている。
(日本のメディアのいじめは、違った意味で世界屈指だが)
 実際アルゼンチンのメッシも、予選で「極刑にちかい重罪」とマスコミに叩かれた。
無様な負け方をすれば選手のバスは燃やされ、ホテルには危険に帰れなくなる。
 ブラジルでは、連敗しているチームがファンの襲撃を恐れて、遠く離れた土地で練習をして試合の時だけ地元に戻ってくるという事がよくある。

 まあ、なにはともあれ、日本代表はいい意味で期待を裏切ってくれて大変素晴らしかった。
 国内リーグが僅かしか放映ない、サッカーに対して無関心な国(大会期間中を除く)で、ベスト16に残った事は本当に素晴らしい。
 サッカー少年をはじめ、多くの子どもたちに夢を与えたことだろうし、明るい話題がなかった日本を盛り上げてくれた。
(関空で待ち構えていたファンに、手を振るくらいのサービスはしてほしいが)

 確かに、ユーロも下がっているし、ベルギーのチームが高額の給料は払えないだろう。
 大会に出発する前から「僕はヨーロッパで日本人のGKが通用する事を証明したいんですよ」と語っていた。

 ヒーローになって帰国した今も変わることなく、安全な場所を捨てて無所修行に旅立つ。
 いまどき珍しい男だ。
あのマスクと熱さは、石原軍団に紛れても遜色ないキャラ。

 ちょうど20日からベルギーにも行くので、ついでにアントワープまでコンディショニングをしに行こうと思っている。






 
ニックネーム    at 00:30 | 今週のぼやき

2010年07月02日

エチカの鏡 第2弾

 今週の火曜日にお台場にある湾岸スタジオで、「エチカの鏡」の収録を済ませた。
前回の「姿勢」が大きな反響を呼んだらしく、第2弾という運びになったらしい。

 ディレクターの方から「今回は前回のストレッチ以外で、もっと簡単に矯正できる方法を紹介して下さい」という、非常に厳しいリクエストがあった。

 前回紹介したストレッチは、軸足側の腰方形筋を伸ばして、上がっている腸骨を下げて骨盤を水平にし、荷重バランスを等しくさせるというのが目的だった。

 そのストレッチを使わずに良い結果がでるか…、事前の打ち合わせを済ませた時に、やや不安があった。

 スタジオに入って流れの説明を受けながら、技術さんが作ってくれた測定板を見たとき、「こりゃ誤魔化し効かないわ」と観念した。

 今回紹介した矯正ストレッチの効果は、ある意味出たとこ勝負だったが、予想以上にうまくいっただけでなく、これまで医学書に紹介されてこなかった、全く新しい矯正方法が本番で偶然生まれた。

 さっそく、8月17日に発売される新書本のコラムに追加で記載しておいた。

 オンエアは7月25日(日)21時から。

20日〜28日まで欧州出張のため生では観れない。

  



 
ニックネーム    at 20:51 | 今週のぼやき

2010年06月19日

宿命

 オランダ戦を観て率直な感想。
あの失点は、川島選手にとって生涯忘れられないものになるだろう。
1対1を2回止めて2点分救ったのは事実だが、W杯のスコアに2本のファインセーブは記載されない。

 何点分止めたとしても、1本のミスで全てを失うのがGKの宿命。
練習で同じシュートを1000本打たれても1本もあそこにはじく事はないだろうが、世紀の1戦でああなってしまうのは残酷な話だ。

 GKにとって一番つらいのは、ミスをしてしまったら自分で取り返せない事だ。
FWは100本外したってスコアにでないが、GKのミスは全てスコアに記される。
 生まれ変わったら、こんな割の悪いポジションはやりたくない。

 実際、ブラジルでは「GKは馬鹿かオカマしかやらない」と揶揄される。(欧州では花形)

 まだ予選突破の可能性はあるわけで、それが達成されたら「あの失点」は、彼にとってほろ苦い程度の思い出になるはず。
 
 なんとか予選突破して、後で笑い飛ばせる記憶にしてもらいたい。
 
ニックネーム    at 23:59 | 今週のぼやき

2010年06月18日

佳境

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 よくここまでやってくれました。


 4年の歳月をかけて書き綴ってきた新書の原稿が、初校を終えて佳境にはいっている。
今回一番驚かされたのは、校閲さんの能力の高さだ。

「この人、俺よりも腰痛症について理解しているじゃないの?」と思わされるほど、彼女の指摘は本質をついている。
 
 誤字脱字の修正はもちろんのこと、「P○の8行目から15行目の表現が分かりにくいので、少し言い回しを変えたパ文章を2パターンつくって貼り付けて置きました。お好みのものを選んでいただけますか?」なんて箇所も沢山あった。

 さらに「この表現は第6章のP○の○行と異なりますが〜」といった指摘も沢山あって、記憶力の良さにも舌を巻く。

 いやはや本物のプロは凄い。。。
お会いした事はないが、全て終わったら是非、直接お礼を申し上げたい。

 発売日は8月17日。タイトルはもう少しで本決まりになる。

 話は飛ぶが、川島選手に「よく楢や能活かつからレギュラーを獲ったな」とメールしたら、「さり気なくレギュラーとっちゃいました(笑)自分でも予期していませんでしたよ。」という返事がきた。

 能活は自分の一つ上で、彼は第11回、自分は第12回全国少年サッカー大会のチャンピオン同士で、中学のトレセンから一緒に競ってきた。
 当時から能活には高いスター性があり、中学の頃から「将来日本代表のGKになる男」として育てられていた。
 事あるごとに能活と比較され、彼の存在を疎ましく思う事もあったが、能活は褒め上手で「マロ、お前はすげーよ」と言われると、「ああ、俺の方が余裕がないな」と思ったものだ。
 
 楢崎とは16歳の時に、ユース代表の合宿で出会った。

 楢は見たままの本当に実直な男だ。
洗濯当番でも、皆コンビニや本屋に遊びに行ってしまうのに、彼はコインランドリーから出て来ないで、じっと出来あがるのを待っていた。

 えいじには超頑張ってほしいが、これまで代表を引っ張ってきた同期の二人が、ベンチに座っている姿を見ると(特に楢は)複雑な心境になる。

 一昨日、「世界中にえいじの顔がドアップで配信されるんだから、足元にボールが来たらすぐに手で取らないで、リードされていない間は、ずっとキープしてろよ。」とメールしたら、「何が起こるかわかりませんが、心がけてみます!次も燃えますわ!」と返事がきた。

 まめな男で、どんな時も返事を返してくる。
あの試合中の形相は、文化や言語が異なる人々にも伝わる。
 
 今の日本男児が失くしてしまった闘争心覚悟が全面に出ていて気持ちがいい。
ニックネーム    at 22:43 | 今週のぼやき

2010年06月04日

若武者

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バンゲリングベイSの面々。左からコーチの白川氏、中嶋弘貴選手、新田会長

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スイスボールを使用してワンハンドプッシュ これによって大殿筋の重要性が体幹的に理解できるようになる

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ブレーシングを維持したまま、ワンハンドケーブルプレス

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腹圧計をチェックしながら腹横筋の持続的な収縮訓練。注:添い寝じゃありません

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ブレーシング(腹圧を上昇させるテクニック)を維持したままのストレート
 
 今年のK−1MAX JAPANから、中嶋弘貴選手のコンディショングを診ている。
本日、オランダのクラウス選手と対戦することが正式に発表された。

 彼が所属するバンゲリングベイSのスタッフの方々は、本当に気持ちの良い人たちで、何かお手伝いをさせてもらいたいと自然に思わされる。

 7月5日のKー1MAX戦に向けて、今あるポテンシャルを最大限に引き出すトレーニングを行っている。
中嶋選手はKQが高く、素直で呑みこみが非常に早い。
短時間しかないが、まだまだ引き出せるものが沢山ある。

 格闘家の多くは、食うや食わずで質素な暮らしをしているが、彼のように夢を持って前に進んでいる若武者をみていると、とても勇気づけられるし、年齢的にもサンパウロに滞在していた頃の自分を思い出す。
 
 いつの間にか、こういう若い子たちを縁の下で支える歳になっていた。
ハードルは高いが、どうにかして夢を叶えてもらいたい。
ニックネーム    at 01:28 | 今週のぼやき

2010年06月02日

痛みと記憶

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 今回は「ストレスと筋疼痛障害」という本を連れていった。
企業でメンタルヘルスケアの講演をする自分には、とても興味深い記述が沢山あった。

 「痛みが慢性化すると、記憶を司る「海馬」が委縮して、断片的にしか記憶がなくなる」という、ある研究者の論文に魅かれた。
 確かに痛みが続くと記憶が曖昧になって、今朝何を食べたか咄嗟に思い出せなくなる事がある。

 人は直近の事を思い出せないと、「やだ、ボケたのかしら?」と焦るが、なるほど…慢性疼痛が悪影響を及ぼしていたのだ。

慢性的な痛みを抱えている部位は、毛細血管が委縮して減少しており、筋組織への酸素供給と栄養供給が欠乏し、周囲には活性酸素が滞留して侵害受容器を刺激して痛みを出す。
 
 脳は痛みがある部位を保護しようと固めてしまうのだが、動かさないでいるとさらに循環が悪化して症状がひどくなるのだ。
急性期でもないのに、やたらと安静を勧める医師が多くいるが、過度な安静は組織の脆弱と廃用性の委縮(癒着)を招くので、リハビリの期間が長引いてしまう。

 痛みがあっても少しずつ動かすことによって、毛細血管が再拡張して伸び、組織が再活性されるので固めないように心がけることが大事。

 海外に出張する時の楽しみは、なんと言っても移動中に医学書を読める事。
旅行目的の半分は、普段読みたくても読めなかった、面倒くさい内容の医学書を読む事。
ただ旅行に行くのでは、退屈で仕方ない。

 医学書同伴だと、知識が増して進歩している気がする(錯覚)。

 欧州に行く時は往復24時間一睡もしないで、グラス片手に読み続ける。
ほとんどエクスタシー状態。
 
 せっかちで並んだり待つ事が大っ嫌いな自分も、医学書さえ手元にあれば、病院の待合室や渋滞で動かない車中でも全く平気になる。

 コレクターと言えるほど、書斎の本棚には専門書がぎっしり詰まっていて、時間ができると新宿のジュンク堂へ、入手していない新たな獲物を探しに行くのが楽しみの一つ。


 私にとって医学書は、いつでも何処でもパラダイスに連れて行ってくれる「どこでもドア」。

 
ニックネーム    at 00:55 | 今週のぼやき

2010年05月31日

西海岸

 今までアメリカの西海岸には縁がなかったが、やっと訪れることができた。
今回はロス、シスコ、ラスベガスの3都市で、滞在中はずっと運転をしていた。

 ナパのワイナリーを訪れた日は天気もよく、オープンカーで行ったのが正解だった。
東京でオープンにすると、顔中ススだらけになってしまうし、バスの後ろについた日には目も当てられない状況になるが、やはりカリフォルニアのような気候の中、音楽を爆音で聞きながら飛ばすのは気分が良い。

 「30分くらい休めば運転しても大丈夫だよ。」という店員達の勧めを信じて、心おきなくがんがんとテイスティングした。(数日後、伊良部元選手が飲酒運転で逮捕されたが…)
 たまにバカンスで行くにはよいが、あの気候と緩い空気の中で暮らしていたら、おつむが蒸発すること間違いなしだろう。

 アメリカよりも暗くて重いが、歴史のある欧州の方が肌に合う。
欧州の人たちのライフスタイルや生き方には、とても学ぶことが多い。
もちろん、アメリカ人からも学ぶべき事は多くあるが。。。

 毎朝、ホテルのジムでトレーニングをしたのだが、高齢者の方々がバランスボールやバランスディスクを使って、次々と難度の高いメニューを独りでこなしていたのには驚いた。
 各自、トレーニングの知識と高いスキルをもっている。
一般の中高年の人たちですら…あのレベルなのだから、日本のパーソナルトレーナーの大半は、向こうに行っても通用しないだろう。

 バリバリ働いている人ほど、ワークアウトの時間を生活にしっかりと組み込んでいた。

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睡魔がこの景色に勝利し、ほとんど寝ていた

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サーファーが連れていたレトリバーと

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芝生とダルメシアン、やっぱりこの組み合わせでしょう

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どでかいCDショップで、日本では手に入らないレコードを漁る
ニックネーム    at 00:12 | 今週のぼやき

2010年05月30日

嬉しい

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 現日本代表の試合に魅力を感じないので、滅多に試合を観ていないが、今夜は川島君が出場するので最後まで観ていた。
 本人は欧州でプレーする事を希望しており、スカウトへのアピールもあって、両チームの中で一番気合い入っていた。また、それが良い結果に繋がって嬉しく思う。

 出国前に身体のチェックに来た時に、GK談義に花を咲かせた。
GKとは特殊なポジションで、ブラジルでは馬鹿かオカマしかやらないと言われている。
一方、欧州ではFWよりも花型のポジションであり、子どもたちが真っ先にサインをねだりにくるポジションなのだ。

 GKには、GK同士にしか分からない喜びや辛さがある。
マニアックな事を治療しながらずっと話していた。

 帰り際、甥っ子の直樹との記念写真に快く応じてくれた。
本大会の出場は難しいかもしれないが、彼にチャンスが巡ってくる事を願う。

 感想

 「イングランドとあれだけ善戦出来るなら、本ちゃんは期待できるのでは」という声を、そこらで耳にしたが、イングランドの連中は「調整」であって本気ではない。
彼らはテストマッチの時と本番では、まるで別人のように変われるのだ。

 韓国にとって日本戦は歴史的な意味もあり、絶対に負けてはならないライバル。
力の差も殆どないから本気でぶつかったきた。だから負けたのだ。
 昨日の試合は、別物ととらえた方が賢明だ。
 
 気になったのは、サイドバックのセンタリングの質の差。
オウンゴールになった2本のセンタリングは、GKとDFにとって非常に処理しにくいコースをついており、日本のサイドバックのクロスやセンタリングとは、球の重さと速さに大きな隔たりがあった。
 触らなければ直接ゴールに入る、シュートとセンタリングの両方の要素を兼ねた「シュータリング」とは、まさにあの2本目の事だ。

 今の代表には、ヒデのようにヒールに徹する奴がいない。
味方選手の胸倉に掴みかかるような、アツアツの選手が中盤に一人ほしい。

 
ニックネーム    at 23:35 | 今週のぼやき

2010年05月28日

灰になる

ラグビーA代表を対象にしたセミナーは、座学編と実践編の2部制。
1部はホテルの食堂でスライドを使いながら、脊柱のニュートラルポジションとインナーコルセットのメカニズムと働かせ方についてレクチャーした。

 選手たちがぞろぞろと集合して席に着くと、まるで幼稚園の教室に大人が集まったているかのように、ぎゅうぎゅう詰めの状態になってしまい、ほとんど何も出来なかった。
 一発で効果がわかるスキルを紹介して、「掴み」を良くしようと企んでいたのだが、予想とは全く反対の微妙な空気が漂ってしまった。
今回のセミナーは座学編と実践編の2部制。
1部はホテルの食堂でスライドを使いながら、脊柱のニュートラルポジションとインナーコルセットのメカニズムと働かせ方についてレクチャーした。

 選手たちがぞろぞろと集合して席に着くと、まるで幼稚園の教室に大人が集まったているかのように、ぎゅうぎゅう詰めの状態になってしまい、ほとんど何も出来なかった。
 一発で効果がわかるスキルを紹介して、「掴み」を良くしようと企んでいたのだが、予想とは全く反対の微妙な空気が漂ってしまった。
 
 久しぶりに頭が真っ白になりかかった。

「あ〜あ、やっちまった。」

 これ以上、この場所で続けても良い事はないと思い、予定より早く切り上げてグランドに場所を移すことにした。
監督からお誉めの言葉を頂いたが、言われれば言われるほど身の置き場がなかった。

 グランドに移動する途中、座学でしくじった分を挽回するために色々と考えたが、前日の寝不足が祟って何も得策が浮かばなかった。

 もう一度気を取り直して、食堂でレクチャーしたスキルのおさらいをしてもらった。
すると、今度は小さなどよめきが湧き上がり、選手たちのムードが一変し始めた。

 モールやスクラムでは、自分が予想していたよりも効果が表れた。
顎を引かせ、脊柱のニュートラルポジションを維持しながら、下腹部を凹ませて自然呼吸を維持させる…、徐々に選手たちが身体で理解しだすと、モール、スクラムともに安定性が向上した。  

 次第に、より専門的な質問が出始め、監督から「どうやったら効率よく相手を引きずり倒すことができますか?」と尋ねられた。 
 ラグビーの経験は遊び程度にしかったが、求められた事に対しては、自分の身体でパフォーマンスして見せるのが一番早い。

 190cm・110キロ以上ある巨漢を、イメージ通り一瞬で引き倒せるか不安もあったが、きちっと一瞬で仕留めることができた。

 経験のないスポーツの動作を瞬時(1秒以内で終わる動作)に解析して、生体力学的に最も効率の良いフォームを相手と協力して作り上げる。
 もしも、制限している要因があるのならば、それを見つけ出し、その場で適切な処置をして動作を遂行できるように導く。
 
 この作業をしている時が一番楽しい。
 
 意外と現場にどっぷりと漬かってきた人たちほど、先入観や経験に縛られていて、気づいていないことが多くあるのものだ。

 結局グランドでのレクチャーは成功に終わった。
夜は夕食後に、選手一人ひとりの姿勢を分析して、各自に矯正ストレッチを指導した。
姿勢分析機の代理店の方々にお手伝い頂いても、全部が終わるまで2時間以上を要した。

 13時にグランドに到着して全て終わったのが22時半。

 舞浜からタクシーで代官山に戻り、23時過ぎから1時まで事務所でDVDの製作スタッフ5名と打ち合わせをした。

 身も心も完全に真っ白な灰になった一日だった。
ニックネーム    at 00:28 | 今週のぼやき

2010年05月13日

サンスポ掲載

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今日の活動がサンスポに紹介されました。
ニックネーム    at 18:34 | 今週のぼやき

2010年05月13日

ぎりぎり

 この3週間休みがない。海外に行く前はいつもこうだ。
毎日8時から22時までぶっ通しでセッションを行い、夜は2時過ぎまで執筆。
睡眠時間はずっと5時間未満。
 
 今は、明日の日本A代表のトレーニングメニューとセミナーで使用するスライドを作っている最中。(現在午前3時)
 
そろそろ頸から背中にかけての痛みがピークに達してきたが、後3日で一旦このリズムが途切れるから、もう一踏ん張り。

 今日は8時から正午までセッションをした後、ラグビー日本A代表の合宿に合流するため舞浜まで行く。
 燻田監督は、私のセミナーのために半日近く時間を確保して下さったようだ。
14時から選手たちへのレクチャーを開始し、終わるのは21時過ぎだろう。
事務所に戻って、22時から「鬱病のセルフマネージメント(仮称)DVD」の制作スタッフとの初顔合わせがある。

  選手たちには、何か一つでも土産になるものを提供したい。
いくつか大事なポイントを元木由記雄さんにレクチャーしたら、「現役時代に教えてほしかった」と、しみじみ言った。
 「もっと早くに知っていたら…」を、「あの時に教わったから」に変えていくのが私の使命だと思っている。

 以前は「受けなかったらどうしようか」「つまらない講師だと思われたくない」などと自分の評価を気にしていたが、今は己を消して、伝えたいコンテンツを黙々と伝達する役に徹しられるようになった。

 チャンスとピンチは紙一重。
すべったら次のオファーはない。

 帰路のタクシーでは、どんな思いで外の景色が見られるだろう。

 とりあえずチャンスを活かして、薫田監督を紹介してくれた無二の親友と、抜擢してくれた監督にお返しをしたい。

 それにしても眠い。ああ。
ニックネーム    at 03:06 | 今週のぼやき

2010年05月09日

ヒロシとタカシ

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どこか哀愁の漂うヒロシ おばさま達から密かに人気がある。

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ヒロシの頭蓋骨には、毎年アーティストのYUKIさんが年号と共にサインをしてくれている。既に5年の月日が経った。マロッズ創業とYUKIさんのソロデビューは同じ2002年で、あと2年したら共に10周年を迎える。

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精巧過ぎて引かれ気味のタカシ

 マロッズには、人体模型のヒロシとタカシがいる。
ヒロシはどこにでもある普通の骨格の標本だが、タカシは、ドイツ人のお爺ちゃんが半年かけて作った模型で、全ての臓器を内包しており、全部で38パーツに分解できる優れもの。
 表在筋を取り外して、筋肉の間を走行する血管や神経を立体的に見せられるので、胸郭出口症候群や坐骨神経痛などのメカニズムや、発症機序を説明する時にも重宝している。

 お値段も半端ではなく、そのお爺ちゃんが「今時どこの病院が購入するんだ?」と代理店の人に質問したそうだ。

 クライアントさん、さぞかし喜んでくれるだろうと思い購入したのだが、宮本恒靖君から「それ、別に患者さんのためというより、お前のコレクタ―癖を満たすためとちゃうん?」と指摘された時は、少し落ちた。

 夜はヒロシをベランダの外に向けているのだが、向かいのマンションの住人からしたら、カーテンの隙間から骸骨がこちらを向いているのは、気味悪く思っているのかも知れない。

 見た目はえぐいが、これからも活躍してもらいたい2人である。 
ニックネーム    at 01:55 | 今週のぼやき

2010年04月29日

お知らせ

 米国出張のため、5月15日(土)〜5月24日(月)までお休みを頂きます。
ご迷惑をお掛けしますが宜しくお願い申し上げます。
ニックネーム    at 16:45 | 今週のぼやき

2010年04月26日

夕食の時間

 現役を引退して5年が経った頃、一気に太って体重が97kgまでいった。
(身長180p)
 子供の頃からプロになるためと、お菓子やジュースは一切禁止されていた反動で、食べたことがなかった「ポテチ」や「ポッキー」をはじめ、余計なものを食べまくっていた。
 もともと顔だけで30kgくらいある大きさなのに、この頃の写真をみると目の錯覚かと思うくらい顔が肥大していて、今にもサングラスが割れそうになっていた。

 「本気で痩せようと思えば、いつだって痩せられるよ」
これはアスリートだった人が、太った時に口にする決まり文句だが、自分も例外ではなかった。

 そんなある日、椅子に座って本を読んでいたら、親指に激痛が走った。
「なんだこれ?もしや27歳で痛風?」と焦り、本気で筋トレやジョギングをして12kg絞った。
 その後は84〜85kgの間を行ったりきたりしていたが、30歳を過ぎるとなんだか体重が落ちなくなる。
毎朝走っているのに、ここ2年間まったく体重が減らなかった。

 胸板が厚いので、シャツの裾が暖簾のように浮いて、腹についた脂肪が目立たないから、太っているように見えないらしいのだが、実際には立派なラブハンドル(腹についた脂肪)がついていて、風呂に入る時に洗面所の鏡で腹を映すと、ほとほと厭な気持になっていた。
 
 仕事が終わるのが21時過ぎなので、どうしても家でご飯を食べ始めるのが21時半を過ぎ、仕事で溜まった疲れとフラストレーションを発散するかのように、テーブルに並んでいる食べ物は全て残さず食べてしまう。
「苦しい」と呟きながら風呂に浸かり、殆ど消化しきれないまま寝ていた。
食べてから4時間は寝てはいけない…という教えを守るため、ベッドに入るのはいつも2時。(しかも夜中に2回もおしっこで起きていた)

 今になってわかった事だが、同じ4時間でも20時から4時間と、22時からの4時間では消化スピードが全然違う。21時を過ぎるとめっきり消化能力は低下するのだ。
 
 やはり夕食の時間が遅いと、いくら運動しても痩せないどころか太る。

 早い時間に夕食を済ますしかない。。。

 一念発起して、平日は家で晩御飯を食べるのを諦め、事務所で食べる事にした。
最近では、おじいちゃんのように5時半が夕食タイム。
 昼間も時間がないから3分間でランチを済ましているのだが、夜もせいぜい10分間しかないから、自然に食べる量も若干減った。
 すると…それまで沢山運動しても痩せなかったのに、1か月半で4kgも体重が落ちた。
食べないとストレスが溜まるが、食べる量は殆ど減らしてないから、特にストレスは感じていない。

 そう、食べる量を減らす必要はないのだ。
最後に食べる時間を早くすれば(20時前)、効果的に痩せられることがわかった。
 
 さらに、慢性の胃痛と夜中のおしっこもなくなった。
早い時間に食べるといい事づくめである。

 痩せられないで困っている方、もう1時間だけ夕食の時間を早める工夫をしてみてください。必ず体重は落ちていきます。
 胃袋が小さくなるまでの半月は辛いですが、そこを乗り越えて胃袋が小さくなれば、ひもじさもなくなり、特にダイエットしなくても自然に体重が落ちていくはずです。
ニックネーム    at 22:14 | 今週のぼやき

2010年04月26日

お詫び

 お問い合わせ頂いた方へ

予約の受付から掃除・洗濯、ティッシュの買い出しに至るまで、全て一人でやっております故、お返事に時間が掛ってしまう場合がございます。あらかじめご了承ください。

 出来るだけ早くご連絡を差し上げます。

   拝 伊藤和磨
ニックネーム    at 12:49 | 今週のぼやき

2010年04月25日

火がつく

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ブレーシングすると押す力が増す

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腰椎をナチュラルポジションにセットし、ブレーシングすれば床反力をロスすることなく上半身に伝えられる

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 先週の金曜日に元ラグビー日本代表で、日本A代表監督の薫田真広氏と食事をする機会をいただいた。

 日本のラグビー界の象徴的存在である薫田氏に、是非聞いて頂きたい事があり、薫田氏と交流のある友人にお願いしてセッティングしてもらった。

 準備不足で下手くそなプレゼンだったが、必死に自分が提供できるコンテンツの説明をした。
 自分がやりたい事、それは一流選手が無意識にやっているプレイ(自分でも説明できない事が多い)を解析し、一般の選手が理解できる言葉に置き換えて、一人でも多くの選手が「それ」を共有出来るように導く事である。

 そのためには、体の構造と機能について、選手たちにある程度の医学的な知識を持たせなければならない。
 「スポーツ選手は体に詳しい」と思っている方が多いようだが、選手たちは体のメカニズムについて意外と知識をもっていない。

 2019年に日本でラグビーのW杯が開催されるが、それまでの9年間に出来る事、やらなければならない事は沢山あるはずだが、自分は今までになかった「姿勢分析」や「コーディネーション」というカテゴリーで、選手たちのKQを最大限に高められたらと強く願っている。

 薫田氏は非常に柔軟な考え方をもっておられる方で、全く畑違いの私の話に最後まで熱心に耳を傾けて下さった。

 これまで「ラガーマンのメンタリティや行動規範は、他の種目の選手とは違う」という、勝手なイメージを持っていたが、薫田氏にあってそれが確信になった。(みんなが氏と同じレベルではないだろうが)
 元スポーツ選手で、これほど思いやりがあって、なお且つ聡明な人に会った事はない。

 そして二日後の今朝、朝6時に起きて竜ヶ崎にある流通経済大学に、U20の合宿を見学しに行ってきた。
 
 またもや同じ友人に先週引退試合をされた元木由記雄氏(U20のヘッドコーチ)を紹介してもらった。

 元木氏のプレーは、明治大学の頃からテレビで観ていたが、日本人離れした彼のプレーとゴルゴ13ばりの鋭い眼は、記憶に強く焼き付いていた。

 午前の練習の前だったので、10分位しかプレゼンする時間がなかったが、元木氏の体を使わせてもらいながら、デモンストレーションを交えて話を聞いて頂いた。

 練習グランドまで雑談をしながら歩いた。
オーラは半端ではないが、気さくで飾らない人だ。何より優しい。

 練習の合間にも体の使い方や、練習の印象について質問されたが、ど素人の自分がどこまで口出しして良いのか、ちょっと戸惑いもあったが率直な意見を述べさせてもらった。

 薫田氏と元木氏、、、タイプは違うが、まさに日本ラグビーの象徴的な2人と意見を交わさた事は、とても貴重な体験であり勉強になった。そして胸の奥に火がついた。

 この2人に頼まれたら、地球の裏側でも馳せ参ずるという気持ちにさせられる。

 日本ラグビー界の予算は圧倒的に少ない。
携わっている男たちは、みんな奉仕の気持ちを持って一生懸命に働いているのだと感じた。

 それにしても、やっぱりラガーマンは男らしくて格好いい。
ニックネーム    at 22:54 | 今週のぼやき

2010年04月09日

書籍掲載

 小学館新書「知られざる国民病 ロコモ症候群」平石貴久氏/剣木久美子氏著のP106〜116に、大宅映子さんのPTとして紹介されています。

 書店で本をみつけられたらご覧になってください。
ニックネーム    at 14:48 | 今週のぼやき

2010年04月08日

カルバントレーナー

 今回エチカの鏡に出演した事で、様々な方面から反響があった事は良かった。

 収録当日、スタジオに入ると大きな電光掲示板が設置されていて、ディレクターから「このために作ったんです」と言われ、結構プレッシャーがかかっていた。
 というのも、荷重バランスの矯正は、上前腸骨棘と肩峰の高さを正確に把握して矯正ストレッチをさせないと、荷重差を増大させてしまう恐れがあるからだ。
 
 ゲストの男性陣は皆ベルトをしていたので、ベルトを押し上げて瞬時に腸骨棘を見つけるのは一苦労だった。
 森さんのような体系の方になると、ラブハンドルを押し上げて見つけなければいけないのだが、あまりゴシゴシ触診しているとわけにもいかず、ちょっと焦った。

 今回の件を一言で締めくくると「履いていったズボンを間違えた」だろう。
あんなにズレ落ちるとは思っていなかった。
 汚ないパンチラを電波にのせてしまったのは申し訳ない。
翌日から番組を観た方々から「パンツ汚いよ」とクレームがつき、初対面の人からは「カルバンクラインの人ですね!」と声を掛けられた。

 カルバントレーナー。意味不明な感じが良いかも。。。
ニックネーム    at 01:21 | 今週のぼやき

2010年03月23日

KQ

「IQ=Intelligence Quotient」と「EQ=Emotional Intelligence Quotient」は広く知られているが、「KQ」という言葉は一般的に知られていない。

 KQとは「Kinesthetic Intelligence Quotient=運動感覚的知性」の略、つまり動いている体の知能であり、身体を知って使いこなす能力ともいえる。
KQの高さは遺伝的な要因が大きいが、「頭」を使いながら練習すれば誰でもある程度まで高めることができる。
 
 IQが高いからといってKQが高いとは限らない。
「あんなに勉強ができるのに…」、「仕事の事に関しては頭が冴えるのに運動になるとからっきし…」という人は結構多い。
 こういうタイプの人は、運動になると突如として思考が停止してしまうのだ。

  面白いのは動作フォームのアドバイスする時に、経営者やリーダーの人たちは1つ教えると、自分がやり易いように自分で考えてフォームを修正していく。
 しかも、そのフォームが理に適っていたりするのだ。
 他方、そうでない人たちは、1つ教えると「さっき言われて膝はどうするんでしたっけ?」「腰反れてます?あれ?」と自分の身体部位の位置関係が把握出来ず、バラバラになってしまう事が多くある。

  慢性腰痛患者はKQに問題があるケースが多く、自分の姿勢や身体の動かし方や位置感覚に狂いが生じている。
逆にいえば、彼らのKQを高めるためのアプローチをしてあげれば、根本から問題を解決することができ、再発を防げるのである。
 多くの医療機関で行われてきた与えるだけのアプローチでは、症状を惹起している部位の機能回復には至らず、いつまで経っても再発を繰り返すことになる。
 
 一流のアスリートもKQが高いとは限らず、ロジックなしの「感性」だけでプレーしている選手も少なくない。
こういう選手は頻繁に怪我をしたり、スランプに陥ると俯瞰で自分のプレーを分析することが苦手で、なかなかスランプから脱出することが出来なかったりする。

 昨晩、川崎フロンターレ(日本代表でもある)のGKである川島選手が来てくれた。
姿勢分析を行った後に、姿勢の癖と各関節の機能についてレクチャーしたが、アドバイスに対して、自分で考えてすぐに吸収するKQとIQの高さが印象的だった。

 KQを高めるための第1歩は、自分の「姿勢」を自分で測定出来るようにし、どのような姿勢になっているかを認識することである。

 今日まで企業や学校での講演をメインに活動してきたが、これからはプロスポーツのチームや実業団も対象にし、KQを高めるための講演を積極的に展開していこうと考えている。

 KQという言葉を日本中に広め、日本人のKQの底上げに貢献したいと思う。

 
ニックネーム    at 15:01 | 今週のぼやき

2010年03月12日

どけち

バンクーバーオリンピックが閉会して10日ほど経ち、人々の関心事から遠ざかろうとしている。
 オリンピックは4年に1度のお祭り事であり、アスリートの生き様や次々と繰り広げられるドラマを目の当たりにできる素晴らしいイベントだと思う。

 しかし、一方でいつになっても改善されない事がある。
それは命を掛けて闘っているアスリート達への練習環境・待遇と生活保障である。

 「今回のオリンピックはメダルを何個獲得できるか!?」「○○選手は何色のメダルを獲れるでしょうか!?」と、メダルに拘るくせして、この国はメダルを獲得するために必要なお金を出していない。

 国から強化指定選手へ充てられる予算は、中国とは桁が違い過ぎて比較にならないが、スピードスケートで圧勝した韓国と比較しても遥かに少ない。
 以前、西が丘にあるオリンピックセンターのチーフトレーナと直接話す機会があったが、「メダルを獲れとうるさく言うわりには、びっくりするぐらいケチで、全然お金を出さないんですよ。だから優秀なスタッフを集めようとしても無理なんです。皆さん、ボランティアに近い状態で協力してもらっているんですよ。」と嘆いていた。

 欧米では、強化指定選手がスポーツ施設で練習すると、練習した時間の分だけ国からお金がもらえる仕組みになっている。
つまり、選手にとっては練習が仕事であり、頑張って練習すればするほどよりお金を得る事ができるのだ。
 他方、この国では強化指定選手が施設の使用料を払って練習している。
企業スポンサーか「旦那」がつかなければ、生活するために夕方まで働き、その後に自腹で練習するしかない。CMにでるような人気選手以外は、みんなギリギリの生活を余儀なくされているのだ。

 他の国では、メダルを獲得した選手を生涯に渡ってケアしているが、日本ではメダルを獲得したって何百万しかもらえない。
  子どもを一流の選手に育て上げるまでには、医師になる過程と同様、数千万円かかるのに夢のない話だ。(選手寿命は短いし、大怪我をすれば終わり)
トップアスリートになってからも、用具やサプリメント類の購入、体のメンテナンスなどなど、良いコンディションを維持するのには信じられないほどお金がかかる。

 なぜ他国では選手たちに手厚い恩賞与えるのか…、それはオリンピックやワールドカップは、大袈裟にいえば国と国との代理戦争であり、国家の威信をかけた闘いだからである。
 この辺の感覚は、スポーツを「余暇の一つ」くらいに捉えている日本人には、なかなか理解されにくいかも知れない。

 オリンピックに出場するレベルの選手は、引退してから体のあちこちに障害がでる可能性が高く、実際平均寿命よりずっと若くして亡くなる人も多い。
 国の威信を掛けて闘う選手には、施設使用料をタダにするのはもちろんの事、医療費を免除やアスリート年金などをつけて然るべきだ。
 メダルを獲得した選手は、安心して残りの人生を暮らしていけるように国が保証する…そういう事が出来て初めて「豊かな国」と言えるのではないか。

 スポーツだけでなく芸術・文化を育んでいくには、とにかく莫大な費用がかかる。
その国の豊かさを計る時に、この3つの分野のレベルをみれば良くわかる。
そういう意味では、日本は「経済だけ大国」だ。

 明治維新以降、「欧米に追い付け追い越せ」と煽っておきながら、役人たちは文化やスポーツの発展に最低限必要な予算すら割いてこなかった。(お勉強ばかりして、運動も音楽もやってこなかった連中なのかも)
 彼らは放っておいても雑草の如く、文化や芸術は伸びていくと思っているのだろうか。
 協会の上層部(じいさま達)ですら、「好きな事をやっているんだから、それだけで幸せだろう」なんて、寝言を言っている連中もいる)
 
 今回のオリンピックもうわべだけが注目されて、スポーツ界の底上げについて議論されなかった事は残念だ。

 麻生さんがばら撒いた2兆(システムに費やした費用を合わせると2兆8000億円)の4分の1でも、今回の大会の強化費に充てていたら、あと何個のメダルを獲得できたことだろう。

 あっ、あの議員さんが「オリンピックで一番にならなければいけないのでしょうか?」と目くじら立てて怒りそうだ。
ニックネーム    at 00:47 | 今週のぼやき

2010年02月23日

変化

 ちょっと前の事だが、1月2日に中野ブロードウェイへ行ってきた。
正月休みの店が多く、半分くらいオープンしていなかったが、「まんだらけ」を筆頭にフィギア専門店やアイドルグッズ系の店は通常営業していた。

 弩級のオカッパ頭のオヤジや1:9分けのオヤジなど、スターウォーズに出てくる妖怪顔負けの連中を楽しく観察しながら、1階から3階まで散歩した。(実は4階が最もディープ)
 幼稚園には行かず、4歳から7歳までサンモールとブロードウェイのゲームセンターに100円を握って毎日通っていた。
 ゲームが終わると3階のモデルガン屋のオヤジとライフルについて語り合い、新作の情報を入手する事が日課になっていた。
自分のルーツであるブロードウェイが、秋葉から流れてきたようなオタクたちに占領されていくのは辛い。
 18歳から秋葉のオーディオショップをはしごしていた頃は、純粋な「電気の街」だったが、いつの間にやらあの場所も占領されてしまった。

 今となっては、「昔は秋葉やブロードウェイに通っていたんですよ」などと、誤解を受けるのが恐ろしくて軽々しく口にできない。

 話は2日のブロードウェイに戻るが、2階をぶらついている時にショーケースの中に、植田まさし氏の「こぼちゃん」のサイン入り色紙が飾られているのを発見し、すかさず奥の店員に「すいませ〜ん」と声をかけた。
 「うぃ〜す。」低い男性の声が返ってきたと思ったら、スリットが深く入ったチャイナドレスを着た長髪の可愛い女子が出てきた。
一瞬、「あれ?違う店員か?」と思ったら、低い声の主だった。
「うわっ、こいつ男だ」と驚いたが、やたらと懇切丁寧に商品の説明をしてくれた。
 「まんだらけ」で質問した店員も、警棒で眉間を叩きたくなるようなコスチュームだったが、これまた汗をかきながら熱心に説明してくれた。

 どっぷり昭和色の男なので、ああいう姿の連中を男としてカウント出来ないし、受け入れがたかったが、ちょっと考えさせられるところもあった。

 彼らは好きな事を仕事にして、「不思議な仲間たち」と嬉々として働いている。
そして最低限、自分の趣味を続けられる金を稼げれば満足で、リアルな女性や結婚に興味がなく、車や時計、マイホームなどに興味はない。
帰宅して友達とゲームなどやっていれば、それで満ち足りているようだ。
 多くを求めない代わりに、無理して頑張る必要もない。だからストレスも少ない。 
ある意味、生き方のペースがヨーロッパ人的になったきたかのようにもみえる。
(もうちょっと社会に意識を向けてほしいが)

 わき目も振らずに勉強して一流大学に入る→役所か大手の企業に就職→結婚して子どもを作る→30歳半ばにローンでマイホームを手に入れる→退職後はのんびり隠居生活…こういう人生がベストだと、親や社会から刷り込まれてきた世代からすれば、秋葉や中野でとぐろを巻いている連中を、一人前の大人として見られないだろう。
 彼らの生き方を肯定してしまったら、自分たちがやってきた事、信じてきた事を頭から否定する事になりかねないわけで、団塊世代より上の方たちは絶対に認めたくないだろう。

 自分を含むバブルを知らない若い世代の価値観は、いままでの価値観とは確実に異なっている。
 しかし、40年ちかく会社の発展ために、己を犠牲にしてきたサラリーマンたちの人生と比較(天秤にかけてはいけないが)すると、どちらの生き方が本質的に楽しく幸せなのか私にはジャッジできない。
 
 長い間、日本人にとって「安定」が好まれてきたが、最近では「安定」を退屈と捉えて、「変化」を楽しむ好む人が増えてきているのではないか。
男性を選ぶ基準が、ブランドよりもキャラクターを重視する女性が増えていると思う。
 昔のように、銀行員や商社マンと結婚した女性を「勝ち組」とする時代は終わったのかもしれない。

 JALをはじめ、永遠に存続し続けるかのように思われた大手企業が、バタバタと消滅しており、これまで想像もつかなかった出来事が「当たり前」に起こっている。
 
 同時に、日本人が刷り込まれてきた幸せのカタチや人生観、人間の評価基準も根底から揺らぎ始めているのではないだろうか。

 ブルーハーツで「情熱の薔薇」という曲に、「見てきた物や聞いた事 いままで覚えた全部 でたらめだったら面白い」というフレーズがある。
 当時は「臭え歌詞」だと思ったが、大人になって周りを見渡すと、なんだかこの歌詞の通りになってきたなと思う。
 
 頑張り過ぎた反動で、頑張らない時代がやってきた。
10年〜15年後くらいに、ちょうど良いバランスに落ち着くと良いが。
ニックネーム    at 23:48 | 今週のぼやき

2010年02月22日

のびたJAPAN

今回はサッカー日本代表について、独断と超偏見をもって勝手に書かせていただく。

 先日の日韓戦、招待券をもらったので久々に代表選を観てきた。
寒いしあまり今の代表に関心がないので、当初は後半20分くらいで抜け出して、旨いものでも食べに行こうと思っていたのだが、あまりにも不甲斐無い様を見せられたので、ついつい試合終了間際まで観てしまった。

 いったい、どちらがホームチームなのか分からない程、代表チームの士気が低かったように見受けられた。
単細胞のマルクス君が相手陣地で無意味で無価値なファウルを犯して退場させられ、ベンチ脇を通過して控室に引っこむまでの間に、ベンチのスタッフは誰も彼に寄っていかなかった。
 一方、韓国選手が退場して引っ込む時には、すかさずベンチにいたスタッフが動いて、選手にベンチコートを着させ、肩を抱き抱えながらスタンドの下に入っていった。
 マルクス君が犯したファアルが馬鹿げていて、言葉のかけようがないのは分かるが、こういうところにも、ベンチワークの違いとチーム内の温度の違いを感じ取れた。

 ざっくりと観ていて、稲本選手以外で気概が感じ取れる選手がいなかったのが残念だ。
Jリーグレベルならば、華奢な内田選手のような肉体でも技術が活かせるが、世界のトップレベルの選手を相手にしたら、彼のような肉体では腕の力だけで押さえつけられてしまうだろうし、相手FWからしても全く怖さを感じないだろう。
 両サイドバックの身長が極端に低いが、あれでオランダやカメルーンと空中戦で対抗できると思っているのだろうか。

 国際試合で勝つには、多少足先が不器用でも本当の意味で「闘える選手」がもっと必要だ。
 ヒデはバリバリのテクニシャンではなかったが、アジア人にしては圧倒的に肉体と精神が強かった。
 彼にドイツ杯の時の様子を聞いたら、「合宿でみんなの表情を見たら、これは勝てないなってやる前から分かったよ。みんな出場した事で満足しちゃってんだもん。」
「俺は食ってやろうと思ってた。世界に自分を売り出すチャンスだと思ってた。」と言っていた。
 宮本恒靖からも当時の事について色々と話を聞いているのし、ヒデの意見や主張だけを鵜呑みにすることはないが、この点に関しては彼が言っている事は普通だし同感だ。

 私が観た日韓戦は、リスクを負わない選手が多数を占めていて、相手にとって脅威ではないプレー、そして観客にとっては退屈で歯痒いプレーに終始していた。
 
 それにしても、どうして再び岡田氏を監督にしたのか川渕氏の意図が理解できない。(早稲田の繋がりか…)
フランス杯の時に加茂氏が更迭されて、急きょ「岡ちゃん」が監督に抜擢されたわけだが、またオシムの代わりに代表に抜擢されるとは…。「棚ぼた」にも程がある。
彼はJリーグレベルの監督であって、代表を率いる器とは思えない。

 代表監督に必要なのは、戦術的な能力はもちろんの事、生まれながらにして備わっている「オーラ」がなくてはならないと私個人は思っている。
トルシエ、ジーコ、オシム…それぞれに強い個性があり独特の色気があった。(トルシエ、ジーコは問題も起こしたが)
 多くの国民は「いざとなったら何かやってくれるのではないか」という期待感を持っていたが、岡田氏にも同様の期待感が持てるだろうか。

 代表の首脳陣は、ジェフ千葉、旧古川電工のしがらみで構成されている気がする。
一般的に監督が交代する時は、脇を固めるスタッフ陣も丸ごと変えるものだが、オシムが倒れて岡田氏に代わる時は、コーチ、メディカルスタッフ(元ジェフ千葉)はそのまま残った。なぜなら、みんな岡田氏のYesマンだから。

 毒を吐かせてもらえば、私には岡田氏のルックスが「40年後ののびた君」にしかみえない。
やっぱりドラえもんが傍に居てこその「のびた君」である。(誰かドラえもんを招聘してやれ)
 韓国戦の敗戦は、劇的な監督交代劇を引き起こすチャンスだったと思う。
そうすれば、マスコミと国民の注目をサッカー日本代表に集められ、南ア杯への低い関心を再び高められるチャンスだったのに…、犬飼会長はそのチャンスを逸してしまった。

 こうなったら仕方ない。大人しく応援するしかないか…。
無責任な事を沢山書いたら、少し気分がすっきりした。
 
 もういいや。
 
 それいけ!のびたJAPAN! 目指せ予選リーグ ベスト4!!!

  
ニックネーム    at 00:01 | 今週のぼやき

2010年02月17日

壊されていく本能

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祈る子どもたち

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奥に見える炎は遺体を焼く「焼き場」

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ガンジス河で

 わが子を虐待死させるニュースが後を絶たない。
今日、2歳の子どもを電子レンジや洗濯機に入れるなど、想像を絶する虐待を繰り返した揚句、ごみ箱に入れてベランダで12時間放置して死なさせた35歳の夫婦のニュースを見た。
 こういう輩は下等動物にも劣る。
どんな動物も狩りに出掛けて、自分の子ども餌を与えて独り立ちできるまで育てあげる。(雌ライオンが雄ライオンに服従を示すために、自分の子どもたちを殺す特別な行為を除く)

 こういう事件が日本だけで起きているわけではないが、今の社会の一体何が若い人たちの本能を壊したのだろう。
 国が全体が豊かになり、親が子どもの行く先にある「雑草」を排除する余裕が生まれ、子どもたちは不自由なく育っているようにみえるが、実はその過保護な育て方が、最も大切な我慢や忍耐力を養う機会を奪っているのかも知れない。
 
 今よりも経済的に苦しかった時代は、両親の大変な姿を見て「いつまでも苦労をかけちゃいけないな。自分が大人になって親を楽にさせてあげたい」と思わせる環境があった。
(現在も貧しい国の子どもたちは、たとえば「将来、サッカー選手になって親を楽させてあげたい」とはっきりと言う) 

 しかし、親の苦労する「背中」を見て育っていない子どもは、まるで塾や予備校に通っているのが義務を果たしているかのような顔をし、親に感謝の気持ちを持てないまま自分ひとりで大人になったかのような錯覚を起こしている。
 多くの親はお小遣いを削って、何とか学費や予備校代をねん出しているのに、「見えないお金」を出すだけでは、子どもは有難味が湧かないのだろうか。
 
 反対に、有名な進学校にさえ入学させられたら、あとは自動的に立派な人間に育つと思っている親も少なくないようだが、学校は人生観や哲学、美学を教えてくれるところではない。 
 自分よりも大事な存在ができる事の幸せと苦しみ…重圧は、親が身を削りながら子どもに教えるしかないだろう。

 これまでいくつかの貧しい国を旅して、親に捨てられても(売られて)必死に逞しく生きている子どもたちを何度も目にしてきた。
 また、親がいても4〜5歳から当たり前に働いている子どもたちにも沢山あった。

 彼らの目は淀んでいない。
油断すると目を反らしたくなるほど瞳の力は強く、大人に同情など求めていない。

 「親がなくとも子は育つ」
 
 頼るべき親に虐待されて殺される子どもに比べたら、貧困な国に生まれ育った彼らの方が、よっぽどマシではないか。


 
ニックネーム    at 01:21 | 今週のぼやき

2010年02月13日

マニア

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 図体とは裏腹に精巧に作られた小物が大好きで、小さい頃から「おでん屋」や「ラーメン屋」や「農家」といったプラモデルを組み立てて飾るのが趣味の一つだった。
 Nゲージに手を出したことはないが、リアルなジオラマの製作が出来る人に対して素直に尊敬してしまう。

 昨年の4月、ネットでビートルズのフィギュア(ビートルズ、チャップリン、寅さん以外のフィギュアには興味ないので誤解なきよう)を探していたら、名古屋の骨董品屋に20年前のプレミアつきの品があった。
 このフィギアは10代半ばの頃、幡ヶ谷の商店街をランニングしている時に、普通の文房具店のショーケースに非売品として飾ってあった物と同じで、「いつか強奪しよう」と妄想していたくらい欲しかった物だった。
 
 電話で状態を確認したところ、感じの良い年配の店主は「未開封の品物ですよ」とのことだった。 結構高価だったが迷わず注文した。

 箱から4体を出してみると、どこから見ても開封品であり、しかもポールの手首が折れていた。
 翌日、店主に電話で状況を説明すると快く4万円負けてくれた。

 多分、2度とネット上に現れることはない代物を手にして満足している。
事務所の玄関に置くか迷ったが、今は書斎の本箱に飾っている。

 
ニックネーム    at 22:32 | 今週のぼやき

2010年01月26日

鉄板になった背中を緩めるストレッチ


座業の人は背筋を丸めて仕事をしている時間が長いので、脊柱起立筋がうっ血して鉄板のようになるだけでなく、胸椎の椎間関節の支持組織が固まってしまう傾向にある。
 脊柱起立筋(胸最長筋)は吸息の補助筋であるため、この筋肉が機能低下すると胸郭が挙上せず吸気量が減少してしまう。

 思いっきり深呼吸をした時に、背中にピリピリした痛みを感じる人はすでに黄色信号。
胸郭の挙上を代償しようと頚肩部の筋肉が働くため、これらの筋肉が慢性的な緊張状態に陥ってしまう。
 特に首の前面にある前・中斜角筋が緊張・短縮すると、頚動脈・静脈や上肢への神経を締め付けて目まいやふらつき、腕から手先にかけて痺れや痛みを引き起こすことになる。

 胸椎を支持する靭帯や関節包、椎間板が癒着・硬化すると、胸椎の側屈や回旋運動が制限される。
 胸椎の可動性が低下すると、その分だけ頸椎が運動を補うようになり負担が増大する。
 
 年配の男性は、殆どの人が円背姿勢になっていて、胸椎の椎間関節が固まって上体を反らすことも捻じることも出来なくなっている。
 この状態が改善されなければ、やがて胸郭が変形してしまい心臓や肺の働きが低下するだけでなく、消化器系の機能に悪影響がでる。

 今回は胸椎の関節拘縮を防ぐためのセルフ・モビライゼーションを紹介する。

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座面の先端に座り、両手を首の後ろで軽く組む。

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 自分で固まっていると感じる位置を背もたれの上辺にあて、上体をゆっくりと反らして10秒間キープする。

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 座る位置をさらに前にずらして、胸椎にあたる位置をずらして同じ要領で胸椎を伸展させる。
 
ニックネーム    at 22:46 | 今週のぼやき

2010年01月26日

膝の伸びを改善させるストレッチ

 加齢と共に半月板の微細な損傷の蓄積やハムストリングの短縮、関節軟骨の摩耗など、諸々の要因のために膝関節の伸びが悪くなってくる。
 膝関節が完全伸展できなければ脚長差が生じて、立位姿勢や歩行パターンが変化するだけなく、骨盤の水平性が損なわれて脊柱に側彎をきたす。
 脚長差によって歩行時に脊柱が傾くと、視界を水平に維持しようと頭部が第1頚椎の上で代償的に傾く。
 自分の正面像が写った写真を見て、顔が傾いている事に気付く人が多いが、これは頭部―頸椎間だけの問題ではなく、大抵は脚長差や股関節の収まり具合によって、骨盤が傾いていることに起因している。
 
 椎間関節を固定する筋肉(ローカル筋)は、関節に過度な負担が掛かると関節を保護しようと過緊張・硬化するため、円滑な関節運動が阻害されるだけでなく、凝りが生じて疼痛を起こす。
 いくら頚肩部や頚背部にマッサージや鍼を施しても効果が持続しないのは、下肢のアライメント不良や関節(特に膝関節)の機能不全が影響しているケースが非常に多いのだ。
 姿勢のチェックもせずに、最初からベッドに横たわらせるような治療院では、根本的な改善を期待するよりも、一時的な治療によってその場を凌いでくれる事を期待するべきだろう。

 話が長くなってしまったが、今回は膝関節の伸びを改善するために、ハムストリングを効果的に伸ばすストレッチを紹介する。
 
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つま先を両手が抱えて最大限手前に引っ張りながら、出来るだけ踵を尻に近づけて20秒間保持する。

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直後に膝を伸ばすと、膝の裏と床の隙間が狭くなっているのが実感できる。このストレッチを1日に2回ほど行う。
ニックネーム    at 15:06 | 今週のぼやき

2010年01月21日

思う事

「鳩山総理が検察を批判した」と、連日狂ったようにマスメディアが騒いでいる。

 まるで検察が不可侵的な存在で絶対正義のように扱われているが、いつから検察はそんなに完全な組織になったのか?
検察こそ官僚そのものであり、勝手な正義を振りかざしている輩もいるはずだ。
 彼らだって普通の人間であり、小沢氏のように自分たちの地位を脅かすかも知れない存在に対しては、徹底して潰しにかかるのは自然な事だろう。

 人間がやっている限り、完全な組織などこの世に存在するはずがない。
 法で人を裁く裁判官たちだって、長い間俗世間から隔離された生活を送っていたため、一般的な感覚とズレが生じ始めておかしな事になってきたから、陪審員制度を導入してバランスを補おうとしているのをみれば分かるはずだ。

 しかし、毎日テレビや新聞から「検察を批判するとは言語道断」と刷り込まれていると、やがて国民は「国家権力に対して逆らってはいけないのだ」と思うようになるのではないか。
 どんな機関であっても、絶対的な権限を与えるのは危険なことであり、彼らを監視する機関を維持していかなければならない。

  昔から日本の教育は、上に立つ者に対して従順になるよう育ててきた。
「人の上にたっている偉い人は間違った行いをしません。だから、お前は余計な事を考えたり心配する必要はないのだよ。それよりも黙って自分の事をやりなさい」と。
 国が裕福になり学生運動が消滅した頃から、日本人は面倒な事や金にならない事を掘り下げて考えなくなったように思う。

 自分たちを支配する者やシステムに、「なぜ?」という疑念を持たないように何十年と躾けてきた成果が表れて、年金問題をはじめ霞が関の秀才たちに散々やりたい放題やられても、デモも暴動も起きなかった。
 そして、ようやく政権交代というかたちで国民が意思を示した。(民主党が良いというよりも自民党が酷過ぎたのだろう)
 
 多くの人は受験のために勉強した日本史と世界史を鵜呑みにし、大人になってからはテレビや大衆紙が報じることを鵜呑みにしている。(特にアメリカ寄りの情報ばかりが刷り込まれている)

 もうYesManが流行る時代でもないだろう。
 これからの人材育成は、上から与えられたものを素直に飲み込むだけでなく、一旦自分で咀嚼して考えをまとめ、物事の本質を見極められるように転換していくべきだ。
 また、社会もそういう人を受け入れるだけの器に成長しなければならない。

 長くなったが、最後にいい加減に日本のテレビを改革できないものか。

 60年間続いた自民党政権が、民主党に代わるか否かという局面で、数か月に渡り「のりぴー」を追っかけまわしていた馬鹿連中が、ゴシップの延長で政治に携わっている事自体がおかしい。(小沢報道も全く同じ)
 そもそも、なぜ全局同じ評論家たち使い回すのか?同じ考えの評論家しか呼ばないのはアンフェアーもいいところだ。
 この際、芸能ニュース専門のチャンネルを作って、全局のワイドショーに出演しているタレントキャスターと似非評論家をひとまとめにすれば、テレビの鬱陶しさも少しはスッキリするはずだ。(24時間芸能ネタを好きなだけ流してくれて結構)

 こんな事を書くと「変人のホームページ」と揶揄されるから、年に1〜2回にとどめておこう。
ニックネーム    at 01:14 | 今週のぼやき

2010年01月14日

痛みの感じ方

 年末から正月にかけて「パリスアプローチ」という、世界的な腰痛の権威が書かれた腰痛症に関する著書を読んだ。
 なかでも人種間の疼痛に対する耐性・閾値・痛みの訴え方の違いが記されていた箇所に興味をひかれた。
 
 疼痛に対する耐性や閾値レベルに、民族や人種の違いがあるか実験した結果、黒人の方が白人に比べて疼痛耐性が低い事が報告されている。 
 疼痛は感覚的・情動的な面を表すことから、黒人が歴史的に人種差別による迫害を受けてきた事が情動的な面に影響し、疼痛への耐性と閾値を低下させた可能性がある記されていた。

 同様に冷刺激と温熱刺激に対する、ヒスパニック系、黒人、白人の疼痛閾値・耐性レベルの違いを調べる実験も行っているが、ヒスパニック系と黒人は白人に比べて、閾値・耐性レベルが共に低いことが証明されている。

 白人の方が黒人よりも疼痛に対して弱いと弱いと思い込んでいたが、意外にも反対のようだ。
 迫害を受けつけ続けてきた黒人は、DNAに被害者としてのが意識が組み込まれ、自己を護るため外部からの侵害に対して敏感になったのだろうか。
 
 同様の実験で、女性は男性に比べて疼痛と温熱疼痛刺激を強く感じるという結果が出ている。
一般的には「出産の痛みに男は耐えられない」、「男は血を見ると卒倒する」と言われているが、この2つの刺激実験においては、男性の方が閾値・耐性ともに高いらしい。
分娩時の疼痛耐性は、特別に高まっているのだろう。
出血に対しても、定期的に生理で血を見ている女性と男性では慣れが違うのだろう。
 
 服装に関しても書かれていたのだが、疼痛耐性は仕事着の方が高まるらしい。(つまり仕事モードの方が痛みに強いという事)
 そう言われると、寝癖&ヘロヘロのシャツで仕事をしている自分をみて、患者さんたちの疼痛耐性と閾値は低下しているのかも知れない。

 天候は低温で日照が少ない日ほど痛みの訴えが強く、高温・高湿度・低温・低湿度ともに偏頭痛に影響しているらしい。

 情緒的な状態による変化では、興奮してる英雄的な心理状態では疼痛耐性が上昇し、臆病的な心理状態では疼痛耐性が低下したそうだ。
また、満足感が高い状態では痛みを軽く感じ、悲しみ・怒り・不安の状態では痛みを強く感じるようだ。

 最後に、色情的な状態では男性だけが疼痛の閾値が上昇するそうだ。
 男性は情事の間ならワインのボトルで殴られようが、練炭を焚かれようが、気持良いまま「あちら」へいってしまうのかもしれない。(冗談)
ニックネーム    at 01:27 | 今週のぼやき

2010年01月03日

10年

明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い申し上げます。

 お蔭さまでトレーナーとして10年目を迎えることができました。
昨年までは執筆に時間を取られて、勉強の時間を満足に確保できませんでしたが、その分、今年は積極的引き籠りになって、知識の蓄積に努めたいと思います。(セミナーの数を減らして、月曜日は家に籠ります)
 新たな試みとしては、国内のワークショップに参加して実践的なスキルの幅を広げようと考えています。

 今年購入する大人のおもちゃは「レッドコード(スリング)」というノルウェー製のリハビリ&エクササイズ装置です。
これは天井から垂らしたバンドに全身または四肢を吊るして、重力による負荷を取り除き、筋と靭帯の緊張を限りになくゼロに近い状態にするものです。
 筋や関節包の委縮や拘縮によって、円滑に動かせなくなった股関節や肩関節も、レッドコードで吊すことによって痛みなくスムーズに動かせるようになるのです。
 また、加齢や長期間の安静によって神経骨格筋系が著しく脆弱し、自重を支えきれない方でも、様々な筋力・筋持久力を養うトレーニングが可能になります。
 その他にも、上体だけ吊るして脊柱の湾曲を保つエクササイズなど、脊椎の分節的な構造を安定させるのに効果的にエクササイズが行るなど様々な利点があるのです。

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なんだかメーカーの営業マンのような説明になってしまいましたが、他にも幾つか大人のおもちゃの購入を予定しています。

 これまでの10年はひたすら国内外の医学書から情報と知識を取り込み、確固たる基礎(スタンダード)を築くための期間でしたが、これからの10年はさらに基礎を高めつつ、今度はオリジナルな手法をクリエイトし、体系化していく期間だと思っています。
 まぁ10年生かしてもらえたらの話ですが…。

 というわけで、今後とも変わらず精進してまいりますので、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。 

                         拝 伊藤和磨
ニックネーム    at 22:06 | 今週のぼやき

2009年12月23日

頸のこりと鬱の関係

 先日、書店で『新型「うつ」原因は首にあった!』(大和書房 東京脳神経センター理事長著)という本を見つけた。
 鬱患者の多くは慢性的な頸の凝りを抱えていて、それが元で自律神経失調や頭痛、目まいやふらつきなどの全身不調を起こし、放置しておくとやがて精神的な不調=うつ病に発展していくというのが博士の主張である。
 彼が率いる研究チームのテスト結果によれば、坑うつ薬を処方するよりも、患者に姿勢教育を施して、頭部を体幹の真上に維持するように訓練し、頸部の筋肉の血流を改善した方が、短期間で症状が改善したそうだ。

 この二年間、企業で講演をする度にこの本の著者と同様、「鬱対策にはメンタルヘルスケアよりもフィジカルヘルスケアを!」と訴え、頚肩部に負担の少ないデスク環境を整えるように説得してきた。
 参加者の間では「本当に頸の凝りと鬱が関係あるのかよ」という反応と、「ああ、絶対関係あるわ」という反応に2分していたが、このような本が出版された事によって、これまでの主張が幾分でも証明されたようでホッとした。

 この本の中盤までは良いのだが、後半にある治療方法になると尻すぼみになってしまい、「頸の血行を改善するためにドライヤーで頸を温めましょう」、「頸に問題がある人は、整形外科に行って頚ドックを受けて下さい」なんて書いてある。
整形外科でまともな頚ドックを受けられるのならば、はじめから誰も苦労しないって話だ。(著者は治療が専門ではないので仕方ない)
 
 しかし、頸の凝りと鬱の関係に目をつけ、苦しんでいる鬱患者を救おうと真面目に研究されているのは素晴らしい事だと思う。
 さらに多くのデータを収集し、「頚筋性うつ」の論拠と根拠を強固にして、うつ治療の概念と治療方法を改革して頂きたい。
 
ニックネーム    at 23:34 | 今週のぼやき

2009年12月21日

記念に

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エペルネに暮らすおばちゃまたち。

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モエのカーブは全長23キロに及ぶ。東京ー横浜間にシャンパンが保存されている。

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収穫期が終わったブドウ畑。とにかく寒い。

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壁一面に各メゾンの灰皿が展示されている。

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最後にテイスティング

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赤い服を着た女性が丁寧にガイドしてくれた。

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当時はこのどデカイ機械でブドウを絞っていた。

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メゾンの入り口

 あまり有名ではないが、ランボネというシャンパンのメゾンに行ってきた。
朝6時半に北駅を出発し8時半頃にエペルネに到着。
この時期は午前9時過ぎまで薄暗く、寒さが骨身に滲みる。
 目的地までタクシーを使って所要20分。到着してすぐに応接間に通された。
室内もやけに寒かったが、グラスにシャンパンが注がれたのでサッと流し込む。
いくらシャンパンが好きでも、体を震わせながらでは何杯も飲む気がしない。

 このメゾンは200年ちかい歴史があり、オーナーはびっくりするほどのコレクターで、地下のカーブには立ち上げ当初から現在に至るまでの、シャンパンづくりの移り変わりが分かるよう、ありとあらゆる機材や工具が整然と陳列されていた。
内装のセンスがこれまた素晴らしい。
 一般のゲストに見せるだけなのに、これほどお金と情熱を注ぎこんでいるメゾンは他にはないだろう。

 モエが好きではないので立ち寄る予定はなかったが、時間があまったのでモエの「工場」に行ってみた。
完全に観光地化されていて見やすいのは良い事だが、「これだけ大量生産しているのだから…やっぱりなぁ…。」と感じた。

 エペルネはフランスの中でも最も所得の高い街らしい。高齢者の方が多く長閑で落ち着いているが、ちょっと退屈だった。
ニックネーム    at 23:32 | 今週のぼやき

2009年12月20日

一息

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 同じ場所に何年か経ってから訪れると、以前は感じなかった事や気付けなかった事を受信できるようになっていたりする。

 歳をとらないと分からない事がばかりだ。
 
ニックネーム    at 01:58 | 今週のぼやき

2009年12月16日

市場

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 「バルセロナは路上強盗が頻繁にあって治安が悪いところだ」と旅行者から聞かされていたが、サンパウロに比べればずっと安全に感じた。
 海外で街を歩くときは、周囲を視殺しながらスタスタ行くので、ジプシーすら寄ってこない。 
 スリや泥棒から狙われやすい人は、地図を片手にゆっくりと歩いているのではないかと思う。
 
 市内の夜の市場は、どこも混雑していて活気があった。
所狭しと吊るされている生ハムに目がとまる。
魚屋にはロブスターや牡蠣、ホタテなど、日本では高級食材とされる魚介類がびっしりと陳列されていた。
 ホーチミンの市場にあった魚屋では悪臭が立ち込めていたし、魚の形も不格好で全然食い気が湧かなかったが、バルセロナの市場は衛生的でライティングも工夫されているので、どれも美味そうにみえた。
 毎晩イベリコやハモンの生ハム、そして新鮮な魚介をつまみにワインを飲みながら暮らしている彼らが、実に羨ましい。

 バルセロナはインテリアもモダンですごく居心地がよい。
やっぱり移住するなら地中海に面した土地がいいと改めて思った。




 
ニックネーム    at 22:21 | 今週のぼやき

2009年09月17日

バックパス

 マロッズの患者さんの男女比は、女性が7割を占めている。
毎回、旦那さんの愚痴を散々吐き散らして帰る人も少なくない。
すっきりしてもらえるなら、「男のおばさん」としては、何時間愚痴聴きにお付き合いしても構わない。
 実際、家庭でのストレスが、症状を増悪させていることも少なくない。

 男が疲れて「今は放っといて…」という時に、女性は「今この機を逃したら!」と、「なんで何度言ってもわからないのよ!」と攻勢をかける。
基本的に、男女はタイミングがずれているのだろう。

 いつも喧嘩が絶えない夫婦の話を聞いていると、呼吸の合わないゴールキーパーとディフェンダーのやり取りを思い起こす。
ゴールを外してバックパスを受けようと、GK動き出した瞬間、もとの立っていたところにパスして、無人のゴールに蹴り込んでしまうDF。
相性が悪いと自殺点にまではいかないが、ニアミスを頻繁に繰り返す。
 「なんで、そのタイミングなんだよ…。」、「なんで何回やっても分らないのよ…。」
お互いに言い分はあっても、永遠に交わることはない。
 
ニックネーム    at 11:21 | 今週のぼやき

2009年09月16日

Take Action

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ハリランの「Boss」と

 昨晩、中田英寿・主催のガラパーティーに参加した。
昨年から「Take Action」と題し、貧困や環境問題に対して、彼なりのペースとやり方で様々な慈善活動を行ってきた。
 今年のテーマは日本。
世界を旅することによって、逆に日本の良さ…特に伝統工芸の素晴らしさに気付かされたそうだ。
「まろ、日本人の凄さはやっぱりマニアックなところだよ。徹底的にこだわる気質は、他の国にはない。」と、前回2人で食事していた時にも言っていた。

 卓越した技術を持つ職人さんたちが高齢化しただけでなく、工場で大量生産される、安くて手軽な製品ばかりが求められるようになったため、職人が作った「作品」に対してのニーズは極端に減り、彼らの生活(創作活動)は年々厳しくなっている。

 「多くの日本人に、自分たちの国にある素晴らしい文化に気付いてもらうことで、衰退していく日本の伝統工芸や文化を救いたい」というのが、今回のパーティーのコンセプトになっていた。
去年と同様、様々な「物」や「イベント参加権利」がオークションにかけられ、合計1千万円以上(昨年は2千万円以上)が集まった。(集まったお金で、ヒデが選んだ数名の職人さんに作品を作ってもらうようだ)

 両年ともヴィトンが協賛し、それなりに煌びやかで洗練されており、ベタなチャリティーにしないところが彼らしい。

 一つ注文をつけさせてもらえるのなら、もっと職人さんたちの生の声を取り上げたVTRをつくり、実際に数名を舞台に招いて、現状について話をしてもらった方が、参加者の意識を高めることが出来たと思う。
 彼の事務所が手掛けると、何処に行ってもヒデの姿ばかりを追っているので、取り組もうとしている問題の本質が伝わるよりも、活動の目的がヒデの宣伝・広告であるかのように映ってしまうのが勿体ない。

 日本の精神文化の良さは、あくまでも個の打ち出しを控える「謙虚さ」にあるわけで、その方が好感をもたれ、さらに彼の価値を上げることに繋がると思う。(大阪人はちょっと違うが…)
ニックネーム    at 09:08 | 今週のぼやき

2009年08月27日

トゥールスレーン

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中央に写っているのがポル・ポト。晩年は老衰で死亡。逃亡する際、追手に捕まらないように、何百万個の地雷を埋めて逃走した。この地雷でたくさんの子供たちが脚を失った。
現在、アンコールワットの周辺に埋められていた地雷を、日本企業が一日200個以上撤去している。

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それまでは、普通の中学校の校舎だった。

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著名な人は、ベッドの上で足を括られたまま固定され、長方形の箱に排泄させられていた。

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多くの人は、食事を与えられないので餓死している。中には鼻から泡を吹いている遺体もあった。

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手足を括りつけて、水責めをはじめあらゆる拷問をする。

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拷問に使われた専用器具が展示されている。


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多くの人は後頭部を打ち抜かれたか、棍棒で後頭部を殴られて殺害されたため、ほとんどの頭蓋骨には丸い弾痕か大きな亀裂が残っている。


ポルポト時代に200万人以上のカンボジア人が虐殺されたが、この中学校(トゥール・スレーン)では社会的立場のある人たち1万5千人が拷問を受け、ろくな食事を与えられないまま餓死、または銃殺、撲殺された。

 生前、ポルポトは人前に顔を出すことは滅多になく、彼の素顔を知っている人は少なかったそうだ。
また、誰が命令しているのか分らないように、命令系統を複雑にしたため、ポルポト政権が討伐される頃まで、人々は誰が虐殺の指揮をとっているのか分らなかったという。

 前の国王は、国民からとても人気があるようだが、国王=善でポルポト=悪というイメージが定着しているが、実際にはポルポトと手を組んでいたという事実を、ほとんどの国民は知らないそうだ。

 ここには日本人の観光客は少なく、欧州の観光客が多い。
韓国人のカップルが、この建物をバックに満面の笑みでピースしながら記念撮影をしていたのが印象的だった。
NYのグランド0でもそうだったが、こういう場所で笑顔でピースしながら写真撮影をするのは、大抵アジア人だったりするのが…ちと辛い。
ニックネーム    at 01:01 | 今週のぼやき

2009年08月25日

愉快

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今夜の夕食は愉快だった。
中目黒の和食屋さんで、同じ歳の友人と4時間ちかく語り合うことができた。
自分は同世代の友達が少なく、気がつけば50代以上の人とばかりお付き合いをさせてもらっている。
常に何かを吸収したいし、相手の貴重な体験から1つでも学び取りたいという思いが強過ぎるせいか、滅多に歳の近い人と2人で食事に行くことがない。

 落ち着いた掘り炬燵の個室で、彼が勉強している日本酒についてレクチャーを受けながら、美味しいお料理と日本酒をお腹いっぱい頂いた。
 トイレに行くついでに、こっそりとカードを店員に渡しておいたのに、それをこっそりキャンセルして、自分が払ってしまった彼の強引さと小業には参った。

 「俺、今日本酒の勉強してて、来年には中田って名前の日本酒を造って売ろうと思ってるんだ。中田って酒があったら呑んでみようと思うだろう?」
そんなプランを打ち明けてくれた。

 印象的だったのは、「俺は人を育てることはできない。でも、一緒に愉しむのと、経験を語ることはできる。」と、スッパリと言い切ったことだった。
引退してから、さらに色々な経験をして、自分がどういう人間か、無理せず格好付けずに、しっかりと把握出来ているように感じた。

 彼のお陰で興味のある話を沢山聞くことが出来た。
また、彼独特の温かさと気配りの細やかさに、心持良くしながら、とても愉快なひと時を過ごさせてもらった。

 感謝。
ニックネーム    at 00:30 | 今週のぼやき

2009年08月24日

目の力

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 これまで訪れた途上国で、いつも思うことがある。
それは、貧しくても子供たちの目に力があり、しっかりと輝いていることだ。
付け加えると、笑顔が素晴らしく、とても子供らしい。

 両親の経済力では学校に通うことが出来ず、物心ついた頃から親の仕事の手伝いをしている。
勉強することよりも、家の仕事の手伝いが最優先なのだが、それでも不満そうな顔をして働いている子供に会ったことがない。(偶然かも知れないが)
目の前を通過する観光客の子供を横目に、彼らも思うことはあるだろうが、一生懸命に働いて、合間に兄弟や友達とめいいっぱい遊ぶ。

  一方、先進国の子どもたちはどうだろう。
欲しい物は殆ど手にしてしまっているから、物をあげても喜ばないし、楽しませようとどこかに連れていっても、「別に…」といった顔をしている。
目に力と輝きがなく、どこか疲れてどんよりとした目をしている。
途上国の子供たちのような晴れやかな笑顔を見せてくれる子供は多くない。

 貧困の問題をクローズアップすると、必ずアフリカの子供たちが映し出されるが、子供たちの目をみると、決して「貧困=不幸」で暗いわけではない。
これまで数十の学校を回ってきたが、日本の子供たちの方がよっぽど暗い目をしている気がしてならないのだ。

「塾にいってやる」「親がうるさいから、一応大学受験する」なんてふざけたガキんちょは、一度途上国に連れて行って、現地に連れて行って見学させた方がいい。
家の手伝いをしながら必死に兄弟の世話をしている彼らにこそ、「教育」のチャンスを与えてあげたいし、夢をかなえるスキルと知識を与えてあげたい。
 
 サンパウロに住んでいた時の事だが、子供たちに「将来は何に成りたいの?」と尋ねると、みんな「サッカー選手になって、両親を楽にしてあげるんだ!」と元気に答えたのが印象的だった。
 
 NHKの番組で途上国の子供たちに、番組で同じ事を質問している様子を何度か観たことが、やはり同じ事を答えていた。
日本の平均的な家庭だって、決して余裕こいて暮らしているわけではないのに、「将来、偉くなって、お父さんとお母さんを楽にさせたいです」なんて答える子供がどれほどいるのか…。
 かつて戦前・戦後の日本の子供たちも、勉強より親の仕事の手伝いをさせられていたようだが、その時の子供の方がハングリーなだけでなく、親に対しての感謝の気持ちや、恩返しをしたいという気持ちが強かったのだろう。
 
 貧しい国では、日本のように毎年三万人以上も自殺者がでるなんてことはない。
地雷で脚を失ったわけでも、化学兵器によって顔が溶けているわけでもなく、また、本当に明日食う金に困って路上で凍死するわけでもなく、金の為に売春宿に売られるような経験をしたわけでもないのに、「生活苦」を理由に命を絶つというのは、どうにも情けなく親に申し訳ない事ではないだろうか。

 不足している処へ支援することの方が案外簡単で、過剰になっているところから「引く」ことは、結構難しいのかも知れない。

 今夜、Mr.中田英寿と食事をするが、この辺のことに関して彼の持論を聞けたらと期待している。



 
ニックネーム    at 14:48 | 今週のぼやき

2009年08月23日

Ho Chimhin

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1週間ほどベトナム(ホーチミン)とカンボジア(シュリムアップ&プノンペン)を一人で旅してきた。
何人かの人に、「なぜ、その2カ国を1人で?」と質問されたが、ライフワークのひとつに、「毎年行ったことのない国を4カ国ずつ訪れる」というのがあるからで、ベトナムとカンボジアは「行きたいリスト」に入っていた。(途上国は一人の方が気楽)

 どこへ行っても、ひたすら歩くの恒例で今回もホーチミンの街を12時間歩いた。
途中、糞暑い+最悪の空気の中を、ひたすら寡黙に歩いて周る観光客など、自分以外に殆どいないことに気づいた。
大半はガイドが用意した車かタクシーで移動しているようだった。

 とりあえず、ガイドブックに載っている主要な観光地は訪れたが、ホーチミンのメインは戦争証跡記念館だった。
表には戦車と戦闘機が展示されていたが、ヘリコプターの中から無造作に出ているマシンガンを見て、「この銃を上空からぶっ放し、何人の命を奪ったのだろう?」と、打ち殺された人たちのことを考えた。

 他の建物と同様、この施設にもクーラーがないので、ゆっくりと見学していてもベットリと汗をかいた。
館内には、枯葉剤とダイオキシンの後遺症に苦しむ人たちを、2名の日本人カメラマンがとらえた写真展が開催されていた。
2人の名前は西村洋一さんと村山康文さん。これまで1万人近くの被害者を取材されてきた。
 壁に2人の手紙が展示されていたが、西村さんの手紙の内容は、自分がアメリカに対して抱いている思いと同じような事が記されていた。
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 添付した写真は、ほんの一部であって、もっと凄まじい写真も多数あった。
失礼な言い方だが、これほど酷い姿になってしまっても、1日1日を一生懸命に生きようとしている人が沢山いる事実を知り、何か大切な事を教えられた気がした。 
多くの被害者は、自分たちと同じような目に合ってほしくないと願っているが、残念ながら歴史は繰り返されている。 

どこの国へ行っても、なぜかこういう類の施設に足を運んでしまう。
究極的な状況の中で、若い兵士たちが身の毛もよだつ殺戮をしている姿と、気紛れに老人や子供を労わっている姿や、横になって家族に手紙を書いている姿をみると、いったいどっちが彼らの正体なのだろう?と考えさせられる。
「戦争とは一人でも多くの人間を殺すことだ。でも、自分だけは生き残りたいと神に祈っている。この矛