2010年07月30日

オシフィエンチムでの出会い

 小学生の頃からアウシュビッツに強い感謝があった。
なぜだか理由はわからないがチャップリンが大好きで、「独裁者」を観た影響もあったのだろうが、とにかく一度は訪れなければいけないと思っていた。
(チャップリンはホロコーストの事を知り、独裁者をコメディータッチで描いた事を後悔したそうだ)

しかし、なかなかポーランドに立ち寄る機会はなく、この歳になってやっと願いが成就した。

地球の歩き方でアウシュビッツのガイドをされている中谷さんの事を知り、メールでガイドを依頼したが、「団体の先約あり」との事でで断られていたが、出国の2日前に「キャンセルが入ったので受けられます」というメールを届いた。
 
 「オシフィエンチム」…これがアウシュビッツの元の地名だが、読み方が面倒くさいとドイツ人がアウシュビッツに改名した。

 そのオシフィエンチムまで電車で3時間半も掛かるため、朝5時半にホテルを出て、ワルシャワ中央駅からクラコフを経由して→オシフィエンチム駅に向かった。 
 2日目だったがロストバゲッジのため、機内で着ていた汗まみれの服と下着を身につけて出掛ける羽目になった。

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 オフィシエンチム駅で中谷さんと待ち合わせた。
最初に対面した印象は、相手の性質を慎重に探る人であった。

 駅から車で10分弱で到着した最初の施設がビルケナウ。
アウシュビッツ強制収容所だけでは足りずに後に増設された。

チリチリと強い日差しが照りつける中、ゆったりとしたペースで歩きながら説明を受けていたが、途中から中谷さんに対する関心が高まっていった。
「この方なら話しても通じる」と感じ、私は過去の大戦やその後の日本が歩んできた道のりについて持論を述べ、彼も淡々と持論を述べた。

 線路にユダヤ人が詰め込まれて来た車両が1両あったが、その脇にイスラエルの国旗を身にまとった集団が地べたに座っていた。
「彼らは自分たちの親族の酷い殺され方にショックを受けて、休み休みでないと見学できないんですよ。」と中谷さんから説明された。

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 見学のルートは、ユダヤ人を載せた列車が入ってきた線路沿いを歩き→ガス室→焼却炉→人骨が捨てられた池→宿舎→アウシュビッツ強制収容所の順で周った。

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シンドラーのリストのワンシーンに出てきた線路

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右端に立っている医師が、指で右を差すと「毒ガス室」行き。左を差すと「労働者」となる。

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ガス室へ送られる母の腕に抱かれる赤子。

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途中から収容しきれなくなり、ほとんどの人々は到着して直ぐに毒ガス室へ送られた。

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 皆、この階段を降りて地下室に入り、「シャワーを浴びる」という名目で手前のスペースで服を脱がされる。そして、右に曲がったところにシャワーヘッドが天井に付いたガス室がある。満員電車の2倍の密集率で詰め込まれた。ここでも先導するのはユダヤ人なのだ。

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この下(地下室)に毒ガス室があり、1500人もの人が詰め込まれた。天井から殺虫剤のチクロンBが落とされると窒息の苦しみで大地が揺れたという。殺虫剤を使用したため一瞬で死ねるわけではなく、窒息死するまで10分から15分も苦しんだという。

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この池には数えきれないほどの人骨の灰が沈んでいる。半焼けの遺体も捨てたため長い間ガスが沸き出ていたという。(中国でもこの池と同じ事が起きていたのをご存じだろうか)

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ビルケナウの最後に、ユダヤ人が寝泊まりしていた宿舎を案内してもらったのだが、この宿舎は湿地帯の上にレンガを積んで建てられているため、建物内は湿度が高い。
扉を開ける前から、とても嫌な予感がしていた。

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 入室する時に、中谷さんが「独りでは怖くて入れませんよ」と言った。
この言葉は聞いた時、13年間ちかくこの地でガイドをされていながら、単なる「お仕事」にいない事、そして、この地に慣れていない事に対して「心がある人だな」と思った。
 確かに振り返ったら、大勢の人たちが横たわってこちらを見ている気がしてならなかった。「今まで数人の人が、この部屋に入って同じ感想を言いましたよ。」と中谷さん。

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多くの人々が銃殺された「死の壁」 倒れた2つのロウソクを立て直す中谷氏

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中谷さんの話を伺っていて、支配する側よりも支配される側の集団的心理について、強い興味をもった。
ドイツは収容されているユダヤ人の仕切りを、ドイツ兵ではなく同胞のユダヤ人にさせていた。
 リーダー的存在の人間には「頑張れば生き残れる」ように思わせ、同胞の監督をさせていた。
 だから暴動や反乱が起きる前に、不穏な動きがあるドイツ兵にリークしたりして生き延びた者もいたようだ。
「人は究極の状況になると、どうやったら一日でも長く生き延びられるかしか考えられなくなるものなんですよ。 ドイツ側に情報を流した人たちは、自分が生き延びて種を残すことが相手への抵抗になると考えたのです。」と中谷氏はいう。

 ドイツは収容所の設計から建築、運営や規則づくり、虐殺行為まで、すべて分業にしていた為、関わっていた人たちには罪の意識はそれほどなかったらしい。また、ルールを詳細に設定することで、罰を与えるドイツ兵の罪悪感を上手に弱めたようだ。
 実際、収容所にいたドイツ人たちは「自分は殺していない。中央機関からの命令に従っただけで、そういう意味では自分も被害者だ」と口を揃えて言うらしい。

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「働けば自由になれる」有名なアウシュビッツの門

 アウシュビッツに展示されている毛髪や鞄、靴などが山積みにされた写真は何度も本で見たが、実際に目の当たりにすると苦しいものがある。
特に赤ちゃんや幼児の衣服や靴の山を見た時、12歳の甥っ子の事を連想した。

 「なぜ、ドイツとイスラエルは関係を修復できたのですか?」と訪ねた。
「それはドイツが自分たちで過去の過ちを認めて謝罪し、今後彼らに危害を与えないという事をはっきりと示したからです。その点日本はもう一歩勇気が足りないですよね。」と中谷さんが言った。
 確かにそう思う。
戦後、被害国に対してドイツと日本がとってきた態度と行動には、とても大きな隔たりがある。

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 ビルケナウとアウシュビッツの隣に民家が結構ある。
「よくこんな場所の近くに住めますね」と私が言うと、「逆ですよ、伊藤さん。彼らは元々この地に住んでいたのであって、ドイツが勝手にこの地へ収容所を作っただけの事です。こんな施設がなければ、この地が世界中で知られる場所にはならかったのです。」

 見学を終えて一杯ビールを飲んでから駅まで送ってもらった。
帰宅したら、ランチにお子さんへハンバーグを作ってあげるらしい。

 別れを告げて電車に乗り込もうとした時、大事な大事な医学書を車の後部座席に忘れてきた事が発覚し、慌てて中谷さんに電話をした。

 「医学書でしょ。伊藤さん、電車1本乗り遅れるけどいいかな?」
「もちろんです。」と応えながらも、内心は「あ〜あ、早めに帰らないとショパンミュージアムが閉館しちゃうから、この電車逃したらクラコフの観光できないや。」と凹んでいた。
 10分後、本を片手に中谷さんが現れ、「伊藤さん、これは何かの縁だからクラコフの駅まで送っていきますよ。」

「いやいや、1時間以上掛かるのに申し訳なくて頼めませんよ。」と断ったが、頑なに送っていくと仰ってくださったので、お言葉に甘えて送って頂く事にした。

 中谷さんは、翌日から日本に戻って8か所近くを周って講演をされるという。
何気なく講演の時の自分の心構えや、知人の著名な講師たちから聞いたコツを紹介していたら、「いやー、これは本当に何かの巡り合わせだな。実は、何を話そうかまとまっていなくてイライラしていたんですよ。伊藤さんの話を聞いていたら、3つの章立てができたんですよ!いや、本当に良かった。こういう事だったのか。」と、とても喜んで下さった。

 こちらは恐縮の限り。

 ご迷惑をおかけした事に対して何度もお詫びをすると、「謝る必要なんてないですよ。私は無理をしませんから。私は縁を感じたからこうしているんです。こっちで暮らしていると理論よりも巡り合わせ(直感)に従うと上手くいくんですよ。」と言って下さった。
 理論よりも巡り合わせを優先…プライオリティの設定が自分と似ている。

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結局、車中からクラコフの街並みとお城を見学して、駅前のカフェで遅めのランチをした。

 移動中も食事中も、ずっと夢中でお話をしていたが、とてもとても中身の濃い話ができた。

 最後はプラットフォームまで見送りに来て下さり、軽くハグしてから握手をして別れた。

「また何処かで会いましょう。」
普通の日本人なら「必ず連絡します。」なんて言うものだが、その辺はさすがにサバサバしていて中谷さんらしいと思った。

 帰りの車中では、2日目にして旅の半分の目的を果たせた達成感と、素晴らしい縁を与えてもらった事に対する感謝の気持ちで一杯になっていた。

※戦後、日本は中国をはじめベトナムやカンボジアなどのアジア諸国に多大な経済的、人 道的支援をしてきた。 特に中国に対しては「賠償的」な意味も含めて、相当な経済的支援(ODA)を行ってきた。(日本人でも知らない人が多い)
 中国の奥地には、日本を「小国」「虫のような小さな国」と馬鹿にする輩もいるようだが(日本にも同等の連中はいる)、今日の中国の目覚ましい発展に、我が国が僅かなりとも貢献した事は間違いないはずだ。
 しかし、ただ金をあげるだけで、それを交渉に上手く活かせず、PRもできていない無能な外務省と政治家、日本が支援した事を自国の国民に伝えない中国政府のずるさに腹が立つ。
 日本政府はドイツとイスラエルが積み上げてきた関係から、何か学べる事があるのではないだろうか。 




 
 
ニックネーム    at 00:34 | 今週のぼやき

2010年07月29日

川島永嗣が選んだ道

7月25日 川島選手の治療のためベルギーのリールを訪れた。

 ブリュッセルからアントワープを経由してリール駅まで1時間もあれば辿り着ける。

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 この日は10時半から練習があるため、9時10分前に駅で待ち合わせをしていた。

 朝早かったこともあるが、駅前は閑散としていて何もなく、「こんな質素な街でどうやって過ごしているんだろう?」と思った。

   
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 ほぼ時間通りにKIAというベルギー製の小さな車で迎えに来てくれた。

はじめに大きな車を用意してもらったが、車高と車庫の高さが合わなかったらしい。

 練習場までの道中にW杯でのチーム事情や、パラグアイ戦のPKやスナイデルのシュート、そして現状について色々と聞かせてもらった。

 「同じPKで負けるにしても、味方のキッカーが相手GKに阻止されて負けるよりは、枠を外して自滅してくれた方がこちら(GK)としては幾分マシだよね?」と質問したら、「そうですねぇ」と同意していた。

 同じGKとして、現役時代に何度もPK戦を経験してきたが、相手GKが大当たりして負けた時は、申し訳なさと情けなさで地獄に堕ちた気持ちになる。

 川島選手は2本目とも読みが当たったが、ボールに触れなかったので、「もっと早くに動かなければ」と考えたらしい。

並みの選手たちなら、2本連続読まれると「強いボールを蹴らなければ」と考えるものだが、逆にパラグアイの3人目以降の選手たちは、川島選手の動きを目で追ってから蹴り始めたという。
 さすが試合巧者の揃っている南米だ。
イングランド戦が終わった後も、自分が本大会で試合に出られるとは思っていなかったようで、楢崎からレギュラーを奪った事に自身驚いたようだ。

 「楢さんが現役の間にポジションを奪う事ができないのかなと思ってましたからね。」

 名古屋時代はずっとベンチを温めていた頃は、「辛い」と思わないようにしていたが、当時を振り返るとやはり辛かった事に気づいたそうだ。
それから数年が経ち、一番大事なところでレギュラーを奪ったのは大したもんだが、楢の落ち込みは想像するだけで辛くなる。

 ベルギーに来てから1週間しか経っていないらしいが、チームメイトたちのコンディショニングに対する意識の低さに、少し驚いているようだった。

 実際、この日も練習が10時半から始まるのに、9時半からみんなで集まって朝食をとるというのだ。 なんだそりゃ!?
 昨日も試合前にアルコールを摂取する選手や、フライドポテトを食べている選手がいたという。

「身体がフィットしている選手がいないんですよ。太っているか痩せているかって感じで。」
 いくら欧州のクラブとはいえ、ベルギーリーグのクラブチームは財政的に余裕がなく、ドイツあたりと比べたら相当選手の意識レベルが劣っているのかも知れない。

 今のチームを足掛かりに、オランダリーグへとステップアップしようと考えている川島選手にとって、アマチュアクラブのような緩さは、今後大きなフラストレーションになるかも知れないし、「こんな事をしているために来たんじゃない」というジレンマと闘う事もあるだろう。

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質素なクラブハウス

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 芝生のコンディションは素晴らしい

 練習を見学させてもらったが、他の2名のGKよりも圧倒的な存在感とパフォーマンスを見せていた。

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彼のセービングはシュートコースに対して直角に入り、キャッチも顔からボール2つ分くらい前で掴む理想的なフォーム。

 基本的なキャッチやセービングのフォームは、昔イタリアでGKコーチから徹底して言われたらしい。

  GK練習を見れば、どれくらいスタンダードな事をおさえてきたのかが、すぐに分かるが3人のGKの中で、彼が一番完成度が高かった。

シュートゲームでは、ことごとく至近距離からのシュートと1対1をブロックしていた。

 W杯でもそうだったが、彼はFWとの間を潰すのが上手い。

GKには静と動の2タイプあるが、彼は完全に動のタイプ。

 味方チームの士気が低いと「Come on guys!!」と怒鳴りつけて鼓舞していた。

 「みんなW杯の試合を観ていたようで、ゲンクと試合をやった時も相手GKから「頑張ってね。」と声を掛けられました。やっぱりW杯に出たのは大きいですよ。」と川島選手は言う。

 確かにW杯に出場していなかったら、誰も日本人のGKの指示に従ってはくれないし、怒鳴りつけたら「うるせー!」と言い返されない。

 チーム練習が終わってから、GKだけでバックパスの処理を練習していたが、川島選手が両足とも完璧に蹴れる事に驚いた。

聞けば中学校の頃から、左足で蹴る練習を徹底してきたそうだ。

 GKの居残り練習が終わってからも、彼一人残って体幹のトレーニングとランニングをしていた。

 「バリバリ調子いいじゃん!」と振ったら、「いや、日本では毎日取材対応が忙しくて全然練習ができなかったんですよ。だから、こっちに来てから最初は全然ダメでした。やっと上がってきましたよ。」と充実した表情で答えていた。

 普通にいけば、彼がレギュラーを獲得するだろう。

 ランチをしにいく車中、彼が電話でスタッフとイタリア語で話し始めた。

「何年くらいイタリアに居たの?」と質問したら、1か月間しか滞在していないと言う。

毎週独学でイタリア語と英語を勉強していたらしい。

面白い男だ。

 ランチを食べ終え、ご馳走させてもらおうと鞄に手を入れたが財布が見当たらない。

「あれ!ない!」 「まじっすか!?」

 結局練習グランドに戻ってあたりを探したが見当たらず、電車の中で超不覚にもすられた事が判明した。

 財布を無くした事もショックだが、彼にご馳走する機会を奪われた事がもっとショックだった。

 とりあえずカードを全部止めた後、彼のアパートで治療をすることになった。

 やはりW杯後はメンテナンスできていないとあって、全身の筋肉が硬化していた。

 治療しながら将来の野望など様々な話をした。

「W杯を終えて、これからの数カ月間はヒーローとして持て囃されるのに、それを蹴ってこんな地味な土地に来たのは価値ある決断だよ」というと、「俺、全然そういうの興味ないんですよ。昔からヨーロッパで暮らしたかったし。日本よりもこっちの方が合う。全然日本に戻りたいと思わないですもん。」

 今回の移籍で彼の年俸は3分の1ちかくに減ったらしい。

そのまま日本にいれば美味しい事が沢山あっただろうに、川島永嗣は現状に甘んじることなく、敢えて険しい道を選んだ。

 「こだわり」意外の何ものでもない。

 やっぱりGKは一匹狼で変わっている奴が多い。

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アパートのバルコニーにて

 4時間続けて治療した後、夕食に出掛けた。

財布がないのでご馳走するどころか、お金を借りて帰ってくる始末。情けなさで一杯だった。

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 彼は食事に対しても非常にストイックで、ポテトフライ1本も口にしなかった。

 話が盛り上がり、気が付いたら終電に間に合うかどうかの時間になっていた。

「マロさん、家に泊まってていいですよ。」と言ってくれたが、お金を借りた上に部屋まで貸してもらうわけにはいかず、無理して帰ろうとしていたところ、店員のオヤジさんが「ブリュッセル車で帰るからホテルまで送ってやる」と言ってくれた。

 「ははは!マロさん、こんな感じですけどイイですか?」

「ああ、もちろんいいよ!」

 帰りは気前の良いオヤジさんと、英語とポルトガル語を交えながらブリュッセルまで戻った。本当に親切な方だった。

 私は記念すべき訪問者の第一号だったが、財布をすられた間抜けな訪問者として彼の記憶に残るだろう。

 川島永嗣という男は、世界中どこに行っても誰とでも仲良くなれるし、みんなに愛される男だ。

 これからの彼の活躍を心から楽しみにしている。









 
ニックネーム    at 08:38 | 今週のぼやき

2010年07月20日

しつこい踵の痛み

 今年の3月くらいから踵周辺に痛みを感じ始めていたが、誤魔化しながら朝のジョギングを続けていた。
5月の米国出張あたりから、足が着けないくらいの激痛が足底に走るようになった。

 やっと起床後の痛みは治まってきたが、まだ痛みと腫れが残っている。
うわさ通り、足裏や踵の痛みは長引く。

 踵や足底アーチ周辺の痛みを訴える中・高年の男性は結構多いのだが、私が体験的にお勧めするのは、ハンズの角材コーナーで直径5センチくらいの棒(長さは20センチ位)を買ってきて、足底でゆっくりと棒を転がしながら、アーチが固まっているところや、しこりになっている筋膜・腱膜を圧迫するように踏み込んでケアする事。

 棒の代わりにゴルフボールでも良い。
踵が痛い場合は直接患部を圧迫するのではなく、足底全体の強張りと局所的な塊をほぐしてあげることが大事だ。

 そして、帰宅してからはアイシングを感覚がなくなるまで行い、椅子に患側の足を載せておくこと。

 痛みを誤魔化して歩いたり・走ったりしていると、代償的な歩行・走行フォームが定着してしまい、膝関節や股関節に悪影響を及ぼすので、炎症が治まるまではあまり長時間歩きまわったり、痛みをこらえてジョギングなどしない方がよい。
ニックネーム    at 06:49 | 今週のぼやき

2010年07月20日

お知らせ

 本日、20日から28日まで欧州出張(ポーランド、オランダ、ベルギー)に行ってきます。

 ポーランドではアウシュビッツとビルケナウを見学し、ベルギーでは川島選手のメンテナンスをしてきます。

 お供に連れていく「脊柱のリハビリテーション」を読みあげて、少し進歩して戻ってきます。

  それでは。

 
ニックネーム    at 01:50 | 今週のぼやき

2010年07月19日

デジタル化と情緒

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 今年の春にターンテーブルを10年ぶりに所有した。
久しぶりに針を落とした時は手が震えて針が横滑りした。
 「プチプチ」っと、スピーカーからノイズが聞こえる。

 21歳の時にオーディオマニアから、「本物のマニアはアナログしか聴かないよ」と言われ、「ならば」と背伸びしてアナログ(ガラード301)に手を出した。
 しかし、当時はアナログ特有の「ノイズ」が耳触りだったし、CDに比べて扱いも面倒臭く、盤面の掃除から管理まで色々と気を使う事が多く、結局1年くらいで手放してしまった。(ブラジルから帰国した時に、お袋に押しつぶされて無残にひね曲がったカートリッジの針を発見した時の事を鮮明に覚えている)

 あの頃は「テクノロジーが進んでいるのだから、アナログよりもCDの方が音質はいいんだろう」と思っていたし、実際にどこのメーカーもSN比(信号とノイズの比率)を向上させて、「綺麗な音」「綺麗な映像」に仕上げることへ躍起になっていた。

 90年代は、あらゆる分野でアナログからデジタルへと一気に移行し、DATやMD、DVDなどの登場によって、ビジュアルやオーディオの業界は大きく変貌を遂げることとなった。
 全ての情報がデータ化されたお陰で、管理や保存に神経を使う必要もなくなり、データを簡単に伝送・伝達できるようになったし、持ち運びも格段に楽になった。

 あれから10数年が経ち、ipodのように数万曲を収録し、ダイヤルを回せば何時でも何処でも好きな曲を聴ける時代になった。(一昔前では想像もしなかった道具だ)

 しかし、ipodを使うようになってから音楽を聴く楽しみも、有難味もなくなり、数万曲なんて聴けるはずもないのに、しばらく使っているうちに飽きてしまった。
アナログの音を体感している自分には、超圧縮されたipodの音が耐えられなかったのだと思う。
 デジタル化が浸透した今だからこそ、慎重に針を落として音楽を聴く儀式を楽しめるし、埃の上を越える時にスピーカーから聞こえてくる「ノイズ」も心地よく感じるのだろう。

 アナログレコードには、ノイズと共に理論上では聴きとる事ができないとされている「倍音=空気の振動」が記録されている。
この倍音こそが、音楽の旨味成分そのものと言える。

 そもそもデジタルとは、連続する流線的なアナログ情報を、「0」と「1」の断続的な棒グラフ状にしたものを指すが、どれだけ頑張っても流線にはならない。

レコードの溝に刻まれた信号を余すことなく引き出せる再生機器があれば、限界可聴域を超えた情報をカットした、CDやMD,ipodには再現できない「実在感=リアリティ」を再現できる。
一度デジタル音とアナログ音を比較視聴したら、額縁に収められたデジタル音が如何に味気なくて窮屈なものであるかが実感できるはずだ。(興味がない人には、どちらも意味がない)

 身を削って音を出すアナログの音には、感性や情緒に訴えかけてくる何かがある。
特にスタジオで一発録音した作品など、アーティストのエネルギーと緊張感がダイレクトに伝わってきて、終わった時には自然と拍手してしまう。
 一方、扱いが楽で半永久的に劣化せず、雑音を含まない優等生のデジタル音には、情緒に触れてくるだけのエネルギーはない。

 今やデジタル化の波は、人々の生活を呑み込もうとしている。
Ipadの出現は、ビジネスだけでなく私たちの生活様式を変えるかも知れない。

 音楽も書籍もダウンロードして取り込めるようになり、自由に再生したり読むことが出来るようになった。
 座ったままで、スクリーンをタッチすれば殆どの欲求が満たされる。
だが、果たしてこうした便利さが、私たちの心を豊かにしているのだろうか。
 否、私は益々人々の心を空虚なものにしている気がしてならない。

 私は机に山積みにされた本をみて「あー、頑張って読まなきゃ」と思い、積み上げられたCDやラックに押し込まれたレコードを見て、ニヤニヤする時の感覚が好きだ。
 データ化(バーチャル化)する事によって、情緒や感性も圧縮されてしまうのである。

 タッチ式のスクリーンと言えば、いつだったか文科省が9000億をかけて電子黒板の導入を検討した時期があったが、どうかそんな事は止めてほしい。
 パネルタッチ式で次々と絵が変わる黒板が、子供たちの創造力を掻き立て、思考力を高めると思っている専門家も多いだろうが、あれは能力のない先生が逃げ込む道具に過ぎない。(何もない黒板に何か書き込む事に意味があるわけだし、チョークで黒板に書き込む「あの感触」は大人になってからでは経験できない)

 昨今の教育は受験戦争に勝つために、ノイズ(思想・哲学・政治・道徳)を排除し、効率よく点数を稼ぐデジタル人間(フォーマット人間)を量産している気がする。
 実際に10代、20代の若者と会話していても、まさにデジタル的(断続的)にしか会話ができない人に多く出くわす。

 自由奔放に育て、枠に収まらないアナログ人間を育てようとすれば、同時に灰汁も混ざるだろうが、癖や雑味がある人間の方が温かみがって面白い。(残念ながら、年々アナログ人間が生きにくい世の中になってきている)

 いまでこそ「デジタル」が生活の一部となったが、昭和の中ごろまではデジタルなど生活に無縁であり、人間も社会も全てアナログだった。
「携帯」「ネット」「メール」がなかった時代を思い出してみるが、そんなに不便で困っていたとは記憶していない。
 ノスタルジーに浸っているのではなく、あの頃の生活や人を懐かしく恋しく想っているのは私だけだろうか。
 
 次から次へと魅力的な新製品が市場に投入され、「より早く!より快適に!」という売り文句に後押しされて、私たちは熟慮する事無く「それら」を受け入れてしまっているが、どう考えてもテクノロジーが進歩する速度に、我々人間の感性や情緒がついていけていないような気がする。

 どこまでデジタル化すべきか? 取り入れるべきでないのはどの分野か?
(子どもの教材には、できるだけアナログ(リアル)なものを使ってもらいたい)

 デジタルの使い道とその影響について、いまこそ考える必要があるのではないだろうか。
ニックネーム    at 23:52 | 今週のぼやき

2010年07月13日

いよいよ

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 集英社から8月17日に発売される新書本のカバーが送られてきました。
いよいよという実感が沸いてきます。

 初版14000部を刷るそうで、このご時世にしては、かなり奮起してくれたと思います。

「なぜ腰痛になるのか?」「なぜすぐに再発するのか?」「本当に椎間板ヘルニア原因なのか?」といった素朴な疑問に対して、腰痛のメカニズムを日常の姿勢や動作パターンと関連させて丁寧に説明しています。

 また、「チン・イン」「インナーコルセット」「腰のニュートラルポジション」といったスキルを使って、腰痛をセルフマネージメントできるようにします。

 また、最後の章には「ゴルファーのために腰痛講座」を設けています。飛距離アップと腰痛などの障害予防に役立つノウハウが書かれています。

 本書は、 本書は、一冊数万円以上の高価な医学書にしか載っていないような、質の高い「おいしいノウハウ」をかき集めて紹介してあります。

 慢性腰痛に苦しむ方々を「腰痛スパイラル」から解放する「切っ掛け」をつくるはずです。

 是非ご一読頂き、日常に活かして頂ければと思います。

 今まで書いた本の販促をした事は一度もありませんでしたが、この本はこれまで10年間の集大成であり、4年の月日をかけた本なので本気で広めていこうと考えています。
ニックネーム    at 23:44 | 今週のぼやき

2010年07月10日

そもそも

 今年の誕生日はW杯の決勝、参院選、渦中の名古屋場所初日とイベントが重なっている。
 現時点のメディアの予想では、民主党が苦戦しているとか。
鳩山氏と小沢氏を引きずり下ろすまでは、マスコミは気が触れたように「普天間」「5月決着」と連日騒いでいたが、今度は「消費税=増税」で管政権の脚を引っ張ろうとしている。
 (普天間の問題は何一つ解決していないのに、今度は批判の矛先を消費税に変えた)

 そもそも、米軍の基地を何処に移設するかと論じる前に、自衛隊は軍隊なのか、そうではないのかを明確にするべきだろう。
あれだけの兵器・武器を保有しながら、「軍隊ではありません」というのは無理な話ではないか。

 日本が軍隊を持つべきとは思ってないが、いい加減、誤魔化さずにハッキリとするべきだ。
もしも、アメリカに守ってもらおうとするなら、向こうに注文はつけなれないだろう。
「自分たちの事は自分たちでも守る」と言うのであれば、自衛隊を自衛軍、もしくは国防軍として、直ちにアメリカ軍に国外に退去してもらい、自衛軍(国防軍)が普天間基地を使用する。

 夜間飛行や低空飛行の訓練も大幅に減らす事ができ、文字通り近隣住民の負担を減らす事ができるだろう。
(太平洋の保安に関しては、これまで同様米軍と協力する)

 それから、基地周辺に住む人たちの医療費や教育費は、沖縄以外の都道府県が均等に負担する。「そんなの不公平で嫌だ」と拒否する地域があれば、そこに基地を受け入れてもらえばよい。

 いずれにせよ、自衛隊の要・不要について議論し結論しないまま、米軍の基地移設先ばかりを論じるのは愚かな事だ。(共産党も随分温くなったものだ)

 5月にアメリカに滞在している時に、一度も「Okinawa」「Futenma」という名称を耳にする事はなかった。
日本ではギャーギャーと騒いでいるのに、残念な事に現地ではニュースにも話題にものぼらない。(特派員が新聞の隅っこから、沖縄の記事を見つけて大袈裟に報道しているが)

 以前、インド洋での海上自衛隊の給油活動を打ち切ったら、アメリカとの同盟関係が危うくなり、国際的な信頼と評価を失う」と非難した者が沢山いたが、実際には断固として活動を中止したところ、アメリカは急に態度を軟化させて、給油の「お願い」をしてきたではないか。 
 今現在、どこの国が給油活動を中止した日本を非難しているのか教えてもらいたい。
すぐにヒステリックに騒ぐ輩が多いが、彼らは自分たちの発言や行動の後始末をするべきだ。

そういえば、小池百合子氏が「日米関係は深化どころか深刻化しているではありませんか」と鳩山政権を批判した事があったが、国力をつけないように財閥を解体され、都合のよい憲法をつくられ(相続税)、制空権は抑えられ、メディアと金融もコントロールされ、トヨタはクソみそにやられ、完全に骨抜きにされても尚、アメリカと深化しようとする根性の方がよっぽど深刻だ。
 アメリカは日本が力をつけて自立する事を望んでいないし、もし自立しようとしたら阻止するだろう。(そもそもアメリカは日本など眼中にないが)

 今の日本は、服と靴を脱がされてフルチンにされたのに、「ジャイアンありがとう!」とすり寄っていく「すねお」のようだ。(菅氏も就任直後の会見で、「真っ先に日米同盟を基軸に」と発言したのにはがっかりした)
 
 それにしても、マスコミはこの国をどうしたいのか、その意図が分からない。
毎年国のトップが挿げ代わり、ただでさえ海外から信用がゼロになっているのに、またまたトップを変えて恥の上塗りをしたいのか。
 (サミットでは、就任歴の浅い日本の首相たちは、いつまで経っても端っこに立たされている。
 
 どの政党が政権を担っても上げ足をとり、足を引っ張り、なにか政策を打ち出せば「損か?得か?」という稚拙な検証をはじめる。
「政治とカネの問題」と青臭いことを言ってはブレーキをかけるが、聖人に政治家をやってもらいたいわけではなく、明確なビジョンと戦略を持ち、リーダシップの力がある人間に政をやってもらいたいだけだ。
 
 日本のジャーナリズムはとうの昔に崩壊し、ジャーナリスト不在が続いている。(御用と自称は捨てるほどいるが)
政治と殺人事件、デパ地下情報と芸能ゴシップがごちゃ混ぜになり、最初から制作者に色づけされたニュース番組など、国民の不安を煽る「電波公害」と表現する以外に、適切な表現が見つからない。(世論調査、支持率なんて馬鹿らしいもの、さっさと止めるべきだ)

 今は60年以上一党で積み上げてきた事を、一度スクラップしている段階。
建築を想像すれば直ぐにわかるが、建物を壊して瓦礫が散乱しているのに、それを片づけないまま建物が建つわけがない。
 スクラップとビルドアップ(成長)は同時に出来ないのは当然だ。
選挙で自分たちが選んだのだから、少なくとも4年は我慢して見守るべきであり、それが有権者の責任だろう。(民主党を応援しているのではなく、誰がやっても結果が出るまで時間が掛るという事)

 街頭インタビューで「期待していたのに裏切られた気持ちです」と、悔しそうな顔をしている人たちに言いたい。 
「あんた投票用紙に名前書いて箱に入れただけやん」

 多くの人は言う。「増税はNOだけど保証は手厚く」
保険会社のCMに「月々のお支払いは少なく、保証は手厚く一生涯」なんて笑いを誘う文句があるが、そんな都合のいいシステムがあるわけない。

 


  
ニックネーム    at 00:24 | 今週のぼやき

2010年07月06日

おかちゃんとあまちゃん

 日本代表が帰国する前から、「岡ちゃんごめんなさい」といった声がチラホラと挙がっているのをメディアを通じて知った。
 実際、フジテレビの「スポルト」で三宅さんが岡田監督に批判的な見方をした報道をした事を直接謝罪していた。

 それを観ていて「はっ?何言ってんだこの人」と腹が立った。
三宅さんをはじめ、予想を覆す結果を受けて、岡田氏に謝っている連中に言いたい。
「なんちゃってサッカーファンが、中途半端な知識と覚悟で批判なんかするな」と。

 W杯はプロが国の威信を掛けて争う大会であり、結果が全てであり勝たなければ意味がない。
オリンピックのように「参加する事に意義がある」という精神とは大きく異なる。

 代表監督は、チームを勝たせる事に責務を負っている。
そのために1億円以上の年俸を手にするわけだ。(1億では安いだろうが)
代表は勝ってあたりまえ、負けたらクソみそに叩かれるのが宿命。
 サッカー大国の代表チームは、国民にとって「希望の星」であるが、負けた時はフラストレーションの捌け口となってサンドバック状態になるのだ。

 岡田氏はよく頑張った。。。が、彼は監督としての責務を果たしただけで、ふがいない試合をして4連敗していた当時の監督を批判する事に、なんら問題はない。
 ポリシーのない「あまちゃん」なメディアやアナウンサーの方が問題だ。
(そもそも勝てないと予想して、TBSに放映権を渡した時点でやばいが)
 
 批判するなら、もっと腹をくくって批判してもらいたい。
(「感動をありがとう!」と叫んだ方々へ、Jの試合に足を運んであげて下さい。感動とは感じて動く事です)

 海外の選手たちは、非常に厳しい環境の中でメンタリティーを鍛え上げられている。
(日本のメディアのいじめは、違った意味で世界屈指だが)
 実際アルゼンチンのメッシも、予選で「極刑にちかい重罪」とマスコミに叩かれた。
無様な負け方をすれば選手のバスは燃やされ、ホテルには危険に帰れなくなる。
 ブラジルでは、連敗しているチームがファンの襲撃を恐れて、遠く離れた土地で練習をして試合の時だけ地元に戻ってくるという事がよくある。

 まあ、なにはともあれ、日本代表はいい意味で期待を裏切ってくれて大変素晴らしかった。
 国内リーグが僅かしか放映ない、サッカーに対して無関心な国(大会期間中を除く)で、ベスト16に残った事は本当に素晴らしい。
 サッカー少年をはじめ、多くの子どもたちに夢を与えたことだろうし、明るい話題がなかった日本を盛り上げてくれた。
(関空で待ち構えていたファンに、手を振るくらいのサービスはしてほしいが)

 一昨日、GKの川島選手と電話で話した時に「年俸は上がったの?」と質問したところ、「何言ってんすか!がた落ちですよ!」と切り返された。
確かに、ユーロも下がっているし、ベルギーのチームが高額の給料は払えないだろう。
 大会に出発する前から「僕はヨーロッパで日本人のGKが通用する事を証明したいんですよ」と語っていた。

 ヒーローになって帰国した今も変わることなく、安全な場所を捨てて無所修行に旅立つ。
 いまどき珍しい男だ。
あのマスクと熱さは、石原軍団に紛れても遜色ないキャラ。

 ちょうど20日からベルギーにも行くので、ついでにアントワープまでコンディショニングをしに行こうと思っている。






 
ニックネーム    at 00:30 | 今週のぼやき

2010年07月02日

エチカの鏡 第2弾

 今週の火曜日にお台場にある湾岸スタジオで、「エチカの鏡」の収録を済ませた。
前回の「姿勢」が大きな反響を呼んだらしく、第2弾という運びになったらしい。

 ディレクターの方から「今回は前回のストレッチ以外で、もっと簡単に矯正できる方法を紹介して下さい」という、非常に厳しいリクエストがあった。

 前回紹介したストレッチは、軸足側の腰方形筋を伸ばして、上がっている腸骨を下げて骨盤を水平にし、荷重バランスを等しくさせるというのが目的だった。

 そのストレッチを使わずに良い結果がでるか…、事前の打ち合わせを済ませた時に、やや不安があった。

 スタジオに入って流れの説明を受けながら、技術さんが作ってくれた測定板を見たとき、「こりゃ誤魔化し効かないわ」と観念した。

 今回紹介した矯正ストレッチの効果は、ある意味出たとこ勝負だったが、予想以上にうまくいっただけでなく、これまで医学書に紹介されてこなかった、全く新しい矯正方法が本番で偶然生まれた。

 さっそく、8月17日に発売される新書本のコラムに追加で記載しておいた。

 オンエアは7月25日(日)21時から。

20日〜28日まで欧州出張のため生では観れない。

  



 
ニックネーム    at 20:51 | 今週のぼやき

2010年06月19日

宿命

 オランダ戦を観て率直な感想。
あの失点は、川島選手にとって生涯忘れられないものになるだろう。
1対1を2回止めて2点分救ったのは事実だが、W杯のスコアに2本のファインセーブは記載されない。

 何点分止めたとしても、1本のミスで全てを失うのがGKの宿命。
練習で同じシュートを1000本打たれても1本もあそこにはじく事はないだろうが、世紀の1戦でああなってしまうのは残酷な話だ。

 GKにとって一番つらいのは、ミスをしてしまったら自分で取り返せない事だ。
FWは100本外したってスコアにでないが、GKのミスは全てスコアに記される。
 生まれ変わったら、こんな割の悪いポジションはやりたくない。

 実際、ブラジルでは「GKは馬鹿かオカマしかやらない」と揶揄される。(欧州では花形)

 まだ予選突破の可能性はあるわけで、それが達成されたら「あの失点」は、彼にとってほろ苦い程度の思い出になるはず。
 
 なんとか予選突破して、後で笑い飛ばせる記憶にしてもらいたい。
 
ニックネーム    at 23:59 | 今週のぼやき

2010年06月18日

佳境

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 よくここまでやってくれました。


 4年の歳月をかけて書き綴ってきた新書の原稿が、初校を終えて佳境にはいっている。
今回一番驚かされたのは、校閲さんの能力の高さだ。

「この人、俺よりも腰痛症について理解しているじゃないの?」と思わされるほど、彼女の指摘は本質をついている。
 
 誤字脱字の修正はもちろんのこと、「P○の8行目から15行目の表現が分かりにくいので、少し言い回しを変えたパ文章を2パターンつくって貼り付けて置きました。お好みのものを選んでいただけますか?」なんて箇所も沢山あった。

 さらに「この表現は第6章のP○の○行と異なりますが〜」といった指摘も沢山あって、記憶力の良さにも舌を巻く。

 いやはや本物のプロは凄い。。。
お会いした事はないが、全て終わったら是非、直接お礼を申し上げたい。

 発売日は8月17日。タイトルはもう少しで本決まりになる。

 話は飛ぶが、川島選手に「よく楢や能活かつからレギュラーを獲ったな」とメールしたら、「さり気なくレギュラーとっちゃいました(笑)自分でも予期していませんでしたよ。」という返事がきた。

 能活は自分の一つ上で、彼は第11回、自分は第12回全国少年サッカー大会のチャンピオン同士で、中学のトレセンから一緒に競ってきた。
 当時から能活には高いスター性があり、中学の頃から「将来日本代表のGKになる男」として育てられていた。
 事あるごとに能活と比較され、彼の存在を疎ましく思う事もあったが、能活は褒め上手で「マロ、お前はすげーよ」と言われると、「ああ、俺の方が余裕がないな」と思ったものだ。
 
 楢崎とは16歳の時に、ユース代表の合宿で出会った。

 楢は見たままの本当に実直な男だ。
洗濯当番でも、皆コンビニや本屋に遊びに行ってしまうのに、彼はコインランドリーから出て来ないで、じっと出来あがるのを待っていた。

 えいじには超頑張ってほしいが、これまで代表を引っ張ってきた同期の二人が、ベンチに座っている姿を見ると(特に楢は)複雑な心境になる。

 一昨日、「世界中にえいじの顔がドアップで配信されるんだから、足元にボールが来たらすぐに手で取らないで、リードされていない間は、ずっとキープしてろよ。」とメールしたら、「何が起こるかわかりませんが、心がけてみます!次も燃えますわ!」と返事がきた。

 まめな男で、どんな時も返事を返してくる。
あの試合中の形相は、文化や言語が異なる人々にも伝わる。
 
 今の日本男児が失くしてしまった闘争心覚悟が全面に出ていて気持ちがいい。
ニックネーム    at 22:43 | 今週のぼやき

2010年06月04日

若武者

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バンゲリングベイSの面々。左からコーチの白川氏、中嶋弘貴選手、新田会長

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スイスボールを使用してワンハンドプッシュ これによって大殿筋の重要性が体幹的に理解できるようになる

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ブレーシングを維持したまま、ワンハンドケーブルプレス

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腹圧計をチェックしながら腹横筋の持続的な収縮訓練。注:添い寝じゃありません

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ブレーシング(腹圧を上昇させるテクニック)を維持したままのストレート
 
 今年のK−1MAX JAPANから、中嶋弘貴選手のコンディショングを診ている。
本日、オランダのクラウス選手と対戦することが正式に発表された。

 彼が所属するバンゲリングベイSのスタッフの方々は、本当に気持ちの良い人たちで、何かお手伝いをさせてもらいたいと自然に思わされる。

 7月5日のKー1MAX戦に向けて、今あるポテンシャルを最大限に引き出すトレーニングを行っている。
中嶋選手はKQが高く、素直で呑みこみが非常に早い。
短時間しかないが、まだまだ引き出せるものが沢山ある。

 格闘家の多くは、食うや食わずで質素な暮らしをしているが、彼のように夢を持って前に進んでいる若武者をみていると、とても勇気づけられるし、年齢的にもサンパウロに滞在していた頃の自分を思い出す。
 
 いつの間にか、こういう若い子たちを縁の下で支える歳になっていた。
ハードルは高いが、どうにかして夢を叶えてもらいたい。
ニックネーム    at 01:28 | 今週のぼやき

2010年06月02日

痛みと記憶

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 今回は「ストレスと筋疼痛障害」という本を連れていった。
企業でメンタルヘルスケアの講演をする自分には、とても興味深い記述が沢山あった。

 「痛みが慢性化すると、記憶を司る「海馬」が委縮して、断片的にしか記憶がなくなる」という、ある研究者の論文に魅かれた。
 確かに痛みが続くと記憶が曖昧になって、今朝何を食べたか咄嗟に思い出せなくなる事がある。

 人は直近の事を思い出せないと、「やだ、ボケたのかしら?」と焦るが、なるほど…慢性疼痛が悪影響を及ぼしていたのだ。

慢性的な痛みを抱えている部位は、毛細血管が委縮して減少しており、筋組織への酸素供給と栄養供給が欠乏し、周囲には活性酸素が滞留して侵害受容器を刺激して痛みを出す。
 
 脳は痛みがある部位を保護しようと固めてしまうのだが、動かさないでいるとさらに循環が悪化して症状がひどくなるのだ。
急性期でもないのに、やたらと安静を勧める医師が多くいるが、過度な安静は組織の脆弱と廃用性の委縮(癒着)を招くので、リハビリの期間が長引いてしまう。

 痛みがあっても少しずつ動かすことによって、毛細血管が再拡張して伸び、組織が再活性されるので固めないように心がけることが大事。

 海外に出張する時の楽しみは、なんと言っても移動中に医学書を読める事。
旅行目的の半分は、普段読みたくても読めなかった、面倒くさい内容の医学書を読む事。
ただ旅行に行くのでは、退屈で仕方ない。

 医学書同伴だと、知識が増して進歩している気がする(錯覚)。

 欧州に行く時は往復24時間一睡もしないで、グラス片手に読み続ける。
ほとんどエクスタシー状態。
 
 せっかちで並んだり待つ事が大っ嫌いな自分も、医学書さえ手元にあれば、病院の待合室や渋滞で動かない車中でも全く平気になる。

 コレクターと言えるほど、書斎の本棚には専門書がぎっしり詰まっていて、時間ができると新宿のジュンク堂へ、入手していない新たな獲物を探しに行くのが楽しみの一つ。


 私にとって医学書は、いつでも何処でもパラダイスに連れて行ってくれる「どこでもドア」。

 
ニックネーム    at 00:55 | 今週のぼやき

2010年05月31日

西海岸

 今までアメリカの西海岸には縁がなかったが、やっと訪れることができた。
今回はロス、シスコ、ラスベガスの3都市で、滞在中はずっと運転をしていた。

 ナパのワイナリーを訪れた日は天気もよく、オープンカーで行ったのが正解だった。
東京でオープンにすると、顔中ススだらけになってしまうし、バスの後ろについた日には目も当てられない状況になるが、やはりカリフォルニアのような気候の中、音楽を爆音で聞きながら飛ばすのは気分が良い。

 「30分くらい休めば運転しても大丈夫だよ。」という店員達の勧めを信じて、心おきなくがんがんとテイスティングした。(数日後、伊良部元選手が飲酒運転で逮捕されたが…)
 たまにバカンスで行くにはよいが、あの気候と緩い空気の中で暮らしていたら、おつむが蒸発すること間違いなしだろう。

 アメリカよりも暗くて重いが、歴史のある欧州の方が肌に合う。
欧州の人たちのライフスタイルや生き方には、とても学ぶことが多い。
もちろん、アメリカ人からも学ぶべき事は多くあるが。。。

 毎朝、ホテルのジムでトレーニングをしたのだが、高齢者の方々がバランスボールやバランスディスクを使って、次々と難度の高いメニューを独りでこなしていたのには驚いた。
 各自、トレーニングの知識と高いスキルをもっている。
一般の中高年の人たちですら…あのレベルなのだから、日本のパーソナルトレーナーの大半は、向こうに行っても通用しないだろう。

 バリバリ働いている人ほど、ワークアウトの時間を生活にしっかりと組み込んでいた。

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睡魔がこの景色に勝利し、ほとんど寝ていた

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サーファーが連れていたレトリバーと

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芝生とダルメシアン、やっぱりこの組み合わせでしょう

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どでかいCDショップで、日本では手に入らないレコードを漁る
ニックネーム    at 00:12 | 今週のぼやき

2010年05月30日

嬉しい

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 現日本代表の試合に魅力を感じないので、滅多に試合を観ていないが、今夜は川島君が出場するので最後まで観ていた。
 本人は欧州でプレーする事を希望しており、スカウトへのアピールもあって、両チームの中で一番気合い入っていた。また、それが良い結果に繋がって嬉しく思う。

 出国前に身体のチェックに来た時に、GK談義に花を咲かせた。
GKとは特殊なポジションで、ブラジルでは馬鹿かオカマしかやらないと言われている。
一方、欧州ではFWよりも花型のポジションであり、子どもたちが真っ先にサインをねだりにくるポジションなのだ。

 GKには、GK同士にしか分からない喜びや辛さがある。
マニアックな事を治療しながらずっと話していた。

 帰り際、甥っ子の直樹との記念写真に快く応じてくれた。
本大会の出場は難しいかもしれないが、彼にチャンスが巡ってくる事を願う。

 感想

 「イングランドとあれだけ善戦出来るなら、本ちゃんは期待できるのでは」という声を、そこらで耳にしたが、イングランドの連中は「調整」であって本気ではない。
彼らはテストマッチの時と本番では、まるで別人のように変われるのだ。

 韓国にとって日本戦は歴史的な意味もあり、絶対に負けてはならないライバル。
力の差も殆どないから本気でぶつかったきた。だから負けたのだ。
 昨日の試合は、別物ととらえた方が賢明だ。
 
 気になったのは、サイドバックのセンタリングの質の差。
オウンゴールになった2本のセンタリングは、GKとDFにとって非常に処理しにくいコースをついており、日本のサイドバックのクロスやセンタリングとは、球の重さと速さに大きな隔たりがあった。
 触らなければ直接ゴールに入る、シュートとセンタリングの両方の要素を兼ねた「シュータリング」とは、まさにあの2本目の事だ。

 今の代表には、ヒデのようにヒールに徹する奴がいない。
味方選手の胸倉に掴みかかるような、アツアツの選手が中盤に一人ほしい。

 
ニックネーム    at 23:35 | 今週のぼやき

2010年05月28日

灰になる

ラグビーA代表を対象にしたセミナーは、座学編と実践編の2部制。
1部はホテルの食堂でスライドを使いながら、脊柱のニュートラルポジションとインナーコルセットのメカニズムと働かせ方についてレクチャーした。

 選手たちがぞろぞろと集合して席に着くと、まるで幼稚園の教室に大人が集まったているかのように、ぎゅうぎゅう詰めの状態になってしまい、ほとんど何も出来なかった。
 一発で効果がわかるスキルを紹介して、「掴み」を良くしようと企んでいたのだが、予想とは全く反対の微妙な空気が漂ってしまった。
今回のセミナーは座学編と実践編の2部制。
1部はホテルの食堂でスライドを使いながら、脊柱のニュートラルポジションとインナーコルセットのメカニズムと働かせ方についてレクチャーした。

 選手たちがぞろぞろと集合して席に着くと、まるで幼稚園の教室に大人が集まったているかのように、ぎゅうぎゅう詰めの状態になってしまい、ほとんど何も出来なかった。
 一発で効果がわかるスキルを紹介して、「掴み」を良くしようと企んでいたのだが、予想とは全く反対の微妙な空気が漂ってしまった。
 
 久しぶりに頭が真っ白になりかかった。

「あ〜あ、やっちまった。」

 これ以上、この場所で続けても良い事はないと思い、予定より早く切り上げてグランドに場所を移すことにした。
監督からお誉めの言葉を頂いたが、言われれば言われるほど身の置き場がなかった。

 グランドに移動する途中、座学でしくじった分を挽回するために色々と考えたが、前日の寝不足が祟って何も得策が浮かばなかった。

 もう一度気を取り直して、食堂でレクチャーしたスキルのおさらいをしてもらった。
すると、今度は小さなどよめきが湧き上がり、選手たちのムードが一変し始めた。

 モールやスクラムでは、自分が予想していたよりも効果が表れた。
顎を引かせ、脊柱のニュートラルポジションを維持しながら、下腹部を凹ませて自然呼吸を維持させる…、徐々に選手たちが身体で理解しだすと、モール、スクラムともに安定性が向上した。  

 次第に、より専門的な質問が出始め、監督から「どうやったら効率よく相手を引きずり倒すことができますか?」と尋ねられた。 
 ラグビーの経験は遊び程度にしかったが、求められた事に対しては、自分の身体でパフォーマンスして見せるのが一番早い。

 190cm・110キロ以上ある巨漢を、イメージ通り一瞬で引き倒せるか不安もあったが、きちっと一瞬で仕留めることができた。

 経験のないスポーツの動作を瞬時(1秒以内で終わる動作)に解析して、生体力学的に最も効率の良いフォームを相手と協力して作り上げる。
 もしも、制限している要因があるのならば、それを見つけ出し、その場で適切な処置をして動作を遂行できるように導く。
 
 この作業をしている時が一番楽しい。
 
 意外と現場にどっぷりと漬かってきた人たちほど、先入観や経験に縛られていて、気づいていないことが多くあるのものだ。

 結局グランドでのレクチャーは成功に終わった。
夜は夕食後に、選手一人ひとりの姿勢を分析して、各自に矯正ストレッチを指導した。
姿勢分析機の代理店の方々にお手伝い頂いても、全部が終わるまで2時間以上を要した。

 13時にグランドに到着して全て終わったのが22時半。

 舞浜からタクシーで代官山に戻り、23時過ぎから1時まで事務所でDVDの製作スタッフ5名と打ち合わせをした。

 身も心も完全に真っ白な灰になった一日だった。
ニックネーム    at 00:28 | 今週のぼやき

2010年05月13日

サンスポ掲載

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今日の活動がサンスポに紹介されました。
ニックネーム    at 18:34 | 今週のぼやき

2010年05月13日

ぎりぎり

 この3週間休みがない。海外に行く前はいつもこうだ。
毎日8時から22時までぶっ通しでセッションを行い、夜は2時過ぎまで執筆。
睡眠時間はずっと5時間未満。
 
 今は、明日の日本A代表のトレーニングメニューとセミナーで使用するスライドを作っている最中。(現在午前3時)
 
そろそろ頸から背中にかけての痛みがピークに達してきたが、後3日で一旦このリズムが途切れるから、もう一踏ん張り。

 今日は8時から正午までセッションをした後、ラグビー日本A代表の合宿に合流するため舞浜まで行く。
 燻田監督は、私のセミナーのために半日近く時間を確保して下さったようだ。
14時から選手たちへのレクチャーを開始し、終わるのは21時過ぎだろう。
事務所に戻って、22時から「鬱病のセルフマネージメント(仮称)DVD」の制作スタッフとの初顔合わせがある。

  選手たちには、何か一つでも土産になるものを提供したい。
いくつか大事なポイントを元木由記雄さんにレクチャーしたら、「現役時代に教えてほしかった」と、しみじみ言った。
 「もっと早くに知っていたら…」を、「あの時に教わったから」に変えていくのが私の使命だと思っている。

 以前は「受けなかったらどうしようか」「つまらない講師だと思われたくない」などと自分の評価を気にしていたが、今は己を消して、伝えたいコンテンツを黙々と伝達する役に徹しられるようになった。

 チャンスとピンチは紙一重。
すべったら次のオファーはない。

 帰路のタクシーでは、どんな思いで外の景色が見られるだろう。

 とりあえずチャンスを活かして、薫田監督を紹介してくれた無二の親友と、抜擢してくれた監督にお返しをしたい。

 それにしても眠い。ああ。
ニックネーム    at 03:06 | 今週のぼやき

2010年05月09日

ヒロシとタカシ

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どこか哀愁の漂うヒロシ おばさま達から密かに人気がある。

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ヒロシの頭蓋骨には、毎年アーティストのYUKIさんが年号と共にサインをしてくれている。既に5年の月日が経った。マロッズ創業とYUKIさんのソロデビューは同じ2002年で、あと2年したら共に10周年を迎える。

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精巧過ぎて引かれ気味のタカシ

 マロッズには、人体模型のヒロシとタカシがいる。
ヒロシはどこにでもある普通の骨格の標本だが、タカシは、ドイツ人のお爺ちゃんが半年かけて作った模型で、全ての臓器を内包しており、全部で38パーツに分解できる優れもの。
 表在筋を取り外して、筋肉の間を走行する血管や神経を立体的に見せられるので、胸郭出口症候群や坐骨神経痛などのメカニズムや、発症機序を説明する時にも重宝している。

 お値段も半端ではなく、そのお爺ちゃんが「今時どこの病院が購入するんだ?」と代理店の人に質問したそうだ。

 クライアントさん、さぞかし喜んでくれるだろうと思い購入したのだが、宮本恒靖君から「それ、別に患者さんのためというより、お前のコレクタ―癖を満たすためとちゃうん?」と指摘された時は、少し落ちた。

 夜はヒロシをベランダの外に向けているのだが、向かいのマンションの住人からしたら、カーテンの隙間から骸骨がこちらを向いているのは、気味悪く思っているのかも知れない。

 見た目はえぐいが、これからも活躍してもらいたい2人である。 
ニックネーム    at 01:55 | 今週のぼやき

2010年04月29日

お知らせ

 米国出張のため、5月15日(土)〜5月24日(月)までお休みを頂きます。
ご迷惑をお掛けしますが宜しくお願い申し上げます。
ニックネーム    at 16:45 | 今週のぼやき

2010年04月26日

夕食の時間

 現役を引退して5年が経った頃、一気に太って体重が97kgまでいった。
(身長180p)
 子供の頃からプロになるためと、お菓子やジュースは一切禁止されていた反動で、食べたことがなかった「ポテチ」や「ポッキー」をはじめ、余計なものを食べまくっていた。
 もともと顔だけで30kgくらいある大きさなのに、この頃の写真をみると目の錯覚かと思うくらい顔が肥大していて、今にもサングラスが割れそうになっていた。

 「本気で痩せようと思えば、いつだって痩せられるよ」
これはアスリートだった人が、太った時に口にする決まり文句だが、自分も例外ではなかった。

 そんなある日、椅子に座って本を読んでいたら、親指に激痛が走った。
「なんだこれ?もしや27歳で痛風?」と焦り、本気で筋トレやジョギングをして12kg絞った。
 その後は84〜85kgの間を行ったりきたりしていたが、30歳を過ぎるとなんだか体重が落ちなくなる。
毎朝走っているのに、ここ2年間まったく体重が減らなかった。

 胸板が厚いので、シャツの裾が暖簾のように浮いて、腹についた脂肪が目立たないから、太っているように見えないらしいのだが、実際には立派なラブハンドル(腹についた脂肪)がついていて、風呂に入る時に洗面所の鏡で腹を映すと、ほとほと厭な気持になっていた。
 
 仕事が終わるのが21時過ぎなので、どうしても家でご飯を食べ始めるのが21時半を過ぎ、仕事で溜まった疲れとフラストレーションを発散するかのように、テーブルに並んでいる食べ物は全て残さず食べてしまう。
「苦しい」と呟きながら風呂に浸かり、殆ど消化しきれないまま寝ていた。
食べてから4時間は寝てはいけない…という教えを守るため、ベッドに入るのはいつも2時。(しかも夜中に2回もおしっこで起きていた)

 今になってわかった事だが、同じ4時間でも20時から4時間と、22時からの4時間では消化スピードが全然違う。21時を過ぎるとめっきり消化能力は低下するのだ。
 
 やはり夕食の時間が遅いと、いくら運動しても痩せないどころか太る。

 早い時間に夕食を済ますしかない。。。

 一念発起して、平日は家で晩御飯を食べるのを諦め、事務所で食べる事にした。
最近では、おじいちゃんのように5時半が夕食タイム。
 昼間も時間がないから3分間でランチを済ましているのだが、夜もせいぜい10分間しかないから、自然に食べる量も若干減った。
 すると…それまで沢山運動しても痩せなかったのに、1か月半で4kgも体重が落ちた。
食べないとストレスが溜まるが、食べる量は殆ど減らしてないから、特にストレスは感じていない。

 そう、食べる量を減らす必要はないのだ。
最後に食べる時間を早くすれば(20時前)、効果的に痩せられることがわかった。
 
 さらに、慢性の胃痛と夜中のおしっこもなくなった。
早い時間に食べるといい事づくめである。

 痩せられないで困っている方、もう1時間だけ夕食の時間を早める工夫をしてみてください。必ず体重は落ちていきます。
 胃袋が小さくなるまでの半月は辛いですが、そこを乗り越えて胃袋が小さくなれば、ひもじさもなくなり、特にダイエットしなくても自然に体重が落ちていくはずです。
ニックネーム    at 22:14 | 今週のぼやき

2010年04月26日

お詫び

 お問い合わせ頂いた方へ

予約の受付から掃除・洗濯、ティッシュの買い出しに至るまで、全て一人でやっております故、お返事に時間が掛ってしまう場合がございます。あらかじめご了承ください。

 出来るだけ早くご連絡を差し上げます。

   拝 伊藤和磨
ニックネーム    at 12:49 | 今週のぼやき

2010年04月25日

火がつく

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ブレーシングすると押す力が増す

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腰椎をナチュラルポジションにセットし、ブレーシングすれば床反力をロスすることなく上半身に伝えられる

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 先週の金曜日に元ラグビー日本代表で、日本A代表監督の薫田真広氏と食事をする機会をいただいた。

 日本のラグビー界の象徴的存在である薫田氏に、是非聞いて頂きたい事があり、薫田氏と交流のある友人にお願いしてセッティングしてもらった。

 準備不足で下手くそなプレゼンだったが、必死に自分が提供できるコンテンツの説明をした。
 自分がやりたい事、それは一流選手が無意識にやっているプレイ(自分でも説明できない事が多い)を解析し、一般の選手が理解できる言葉に置き換えて、一人でも多くの選手が「それ」を共有出来るように導く事である。

 そのためには、体の構造と機能について、選手たちにある程度の医学的な知識を持たせなければならない。
 「スポーツ選手は体に詳しい」と思っている方が多いようだが、選手たちは体のメカニズムについて意外と知識をもっていない。

 2019年に日本でラグビーのW杯が開催されるが、それまでの9年間に出来る事、やらなければならない事は沢山あるはずだが、自分は今までになかった「姿勢分析」や「コーディネーション」というカテゴリーで、選手たちのKQを最大限に高められたらと強く願っている。

 薫田氏は非常に柔軟な考え方をもっておられる方で、全く畑違いの私の話に最後まで熱心に耳を傾けて下さった。

 これまで「ラガーマンのメンタリティや行動規範は、他の種目の選手とは違う」という、勝手なイメージを持っていたが、薫田氏にあってそれが確信になった。(みんなが氏と同じレベルではないだろうが)
 元スポーツ選手で、これほど思いやりがあって、なお且つ聡明な人に会った事はない。

 そして二日後の今朝、朝6時に起きて竜ヶ崎にある流通経済大学に、U20の合宿を見学しに行ってきた。
 
 またもや同じ友人に先週引退試合をされた元木由記雄氏(U20のヘッドコーチ)を紹介してもらった。

 元木氏のプレーは、明治大学の頃からテレビで観ていたが、日本人離れした彼のプレーとゴルゴ13ばりの鋭い眼は、記憶に強く焼き付いていた。

 午前の練習の前だったので、10分位しかプレゼンする時間がなかったが、元木氏の体を使わせてもらいながら、デモンストレーションを交えて話を聞いて頂いた。

 練習グランドまで雑談をしながら歩いた。
オーラは半端ではないが、気さくで飾らない人だ。何より優しい。

 練習の合間にも体の使い方や、練習の印象について質問されたが、ど素人の自分がどこまで口出しして良いのか、ちょっと戸惑いもあったが率直な意見を述べさせてもらった。

 薫田氏と元木氏、、、タイプは違うが、まさに日本ラグビーの象徴的な2人と意見を交わさた事は、とても貴重な体験であり勉強になった。そして胸の奥に火がついた。

 この2人に頼まれたら、地球の裏側でも馳せ参ずるという気持ちにさせられる。

 日本ラグビー界の予算は圧倒的に少ない。
携わっている男たちは、みんな奉仕の気持ちを持って一生懸命に働いているのだと感じた。

 それにしても、やっぱりラガーマンは男らしくて格好いい。
ニックネーム    at 22:54 | 今週のぼやき

2010年04月09日

書籍掲載

 小学館新書「知られざる国民病 ロコモ症候群」平石貴久氏/剣木久美子氏著のP106〜116に、大宅映子さんのPTとして紹介されています。

 書店で本をみつけられたらご覧になってください。
ニックネーム    at 14:48 | 今週のぼやき

2010年04月08日

カルバントレーナー

 今回エチカの鏡に出演した事で、様々な方面から反響があった事は良かった。

 収録当日、スタジオに入ると大きな電光掲示板が設置されていて、ディレクターから「このために作ったんです」と言われ、結構プレッシャーがかかっていた。
 というのも、荷重バランスの矯正は、上前腸骨棘と肩峰の高さを正確に把握して矯正ストレッチをさせないと、荷重差を増大させてしまう恐れがあるからだ。
 
 ゲストの男性陣は皆ベルトをしていたので、ベルトを押し上げて瞬時に腸骨棘を見つけるのは一苦労だった。
 森さんのような体系の方になると、ラブハンドルを押し上げて見つけなければいけないのだが、あまりゴシゴシ触診しているとわけにもいかず、ちょっと焦った。

 今回の件を一言で締めくくると「履いていったズボンを間違えた」だろう。
あんなにズレ落ちるとは思っていなかった。
 汚ないパンチラを電波にのせてしまったのは申し訳ない。
翌日から番組を観た方々から「パンツ汚いよ」とクレームがつき、初対面の人からは「カルバンクラインの人ですね!」と声を掛けられた。

 カルバントレーナー。意味不明な感じが良いかも。。。
ニックネーム    at 01:21 | 今週のぼやき

2010年03月23日

KQ

「IQ=Intelligence Quotient」と「EQ=Emotional Intelligence Quotient」は広く知られているが、「KQ」という言葉は一般的に知られていない。

 KQとは「Kinesthetic Intelligence Quotient=運動感覚的知性」の略、つまり動いている体の知能であり、身体を知って使いこなす能力ともいえる。
KQの高さは遺伝的な要因が大きいが、「頭」を使いながら練習すれば誰でもある程度まで高めることができる。
 
 IQが高いからといってKQが高いとは限らない。
「あんなに勉強ができるのに…」、「仕事の事に関しては頭が冴えるのに運動になるとからっきし…」という人は結構多い。
 こういうタイプの人は、運動になると突如として思考が停止してしまうのだ。

  面白いのは動作フォームのアドバイスする時に、経営者やリーダーの人たちは1つ教えると、自分がやり易いように自分で考えてフォームを修正していく。
 しかも、そのフォームが理に適っていたりするのだ。
 他方、そうでない人たちは、1つ教えると「さっき言われて膝はどうするんでしたっけ?」「腰反れてます?あれ?」と自分の身体部位の位置関係が把握出来ず、バラバラになってしまう事が多くある。

  慢性腰痛患者はKQに問題があるケースが多く、自分の姿勢や身体の動かし方や位置感覚に狂いが生じている。
逆にいえば、彼らのKQを高めるためのアプローチをしてあげれば、根本から問題を解決することができ、再発を防げるのである。
 多くの医療機関で行われてきた与えるだけのアプローチでは、症状を惹起している部位の機能回復には至らず、いつまで経っても再発を繰り返すことになる。
 
 一流のアスリートもKQが高いとは限らず、ロジックなしの「感性」だけでプレーしている選手も少なくない。
こういう選手は頻繁に怪我をしたり、スランプに陥ると俯瞰で自分のプレーを分析することが苦手で、なかなかスランプから脱出することが出来なかったりする。

 昨晩、川崎フロンターレ(日本代表でもある)のGKである川島選手が来てくれた。
姿勢分析を行った後に、姿勢の癖と各関節の機能についてレクチャーしたが、アドバイスに対して、自分で考えてすぐに吸収するKQとIQの高さが印象的だった。

 KQを高めるための第1歩は、自分の「姿勢」を自分で測定出来るようにし、どのような姿勢になっているかを認識することである。

 今日まで企業や学校での講演をメインに活動してきたが、これからはプロスポーツのチームや実業団も対象にし、KQを高めるための講演を積極的に展開していこうと考えている。

 KQという言葉を日本中に広め、日本人のKQの底上げに貢献したいと思う。

 
ニックネーム    at 15:01 | 今週のぼやき

2010年03月12日

どけち

バンクーバーオリンピックが閉会して10日ほど経ち、人々の関心事から遠ざかろうとしている。
 オリンピックは4年に1度のお祭り事であり、アスリートの生き様や次々と繰り広げられるドラマを目の当たりにできる素晴らしいイベントだと思う。

 しかし、一方でいつになっても改善されない事がある。
それは命を掛けて闘っているアスリート達への練習環境・待遇と生活保障である。

 「今回のオリンピックはメダルを何個獲得できるか!?」「○○選手は何色のメダルを獲れるでしょうか!?」と、メダルに拘るくせして、この国はメダルを獲得するために必要なお金を出していない。

 国から強化指定選手へ充てられる予算は、中国とは桁が違い過ぎて比較にならないが、スピードスケートで圧勝した韓国と比較しても遥かに少ない。
 以前、西が丘にあるオリンピックセンターのチーフトレーナと直接話す機会があったが、「メダルを獲れとうるさく言うわりには、びっくりするぐらいケチで、全然お金を出さないんですよ。だから優秀なスタッフを集めようとしても無理なんです。皆さん、ボランティアに近い状態で協力してもらっているんですよ。」と嘆いていた。

 欧米では、強化指定選手がスポーツ施設で練習すると、練習した時間の分だけ国からお金がもらえる仕組みになっている。
つまり、選手にとっては練習が仕事であり、頑張って練習すればするほどよりお金を得る事ができるのだ。
 他方、この国では強化指定選手が施設の使用料を払って練習している。
企業スポンサーか「旦那」がつかなければ、生活するために夕方まで働き、その後に自腹で練習するしかない。CMにでるような人気選手以外は、みんなギリギリの生活を余儀なくされているのだ。

 他の国では、メダルを獲得した選手を生涯に渡ってケアしているが、日本ではメダルを獲得したって何百万しかもらえない。
  子どもを一流の選手に育て上げるまでには、医師になる過程と同様、数千万円かかるのに夢のない話だ。(選手寿命は短いし、大怪我をすれば終わり)
トップアスリートになってからも、用具やサプリメント類の購入、体のメンテナンスなどなど、良いコンディションを維持するのには信じられないほどお金がかかる。

 なぜ他国では選手たちに手厚い恩賞与えるのか…、それはオリンピックやワールドカップは、大袈裟にいえば国と国との代理戦争であり、国家の威信をかけた闘いだからである。
 この辺の感覚は、スポーツを「余暇の一つ」くらいに捉えている日本人には、なかなか理解されにくいかも知れない。

 オリンピックに出場するレベルの選手は、引退してから体のあちこちに障害がでる可能性が高く、実際平均寿命よりずっと若くして亡くなる人も多い。
 国の威信を掛けて闘う選手には、施設使用料をタダにするのはもちろんの事、医療費を免除やアスリート年金などをつけて然るべきだ。
 メダルを獲得した選手は、安心して残りの人生を暮らしていけるように国が保証する…そういう事が出来て初めて「豊かな国」と言えるのではないか。

 スポーツだけでなく芸術・文化を育んでいくには、とにかく莫大な費用がかかる。
その国の豊かさを計る時に、この3つの分野のレベルをみれば良くわかる。
そういう意味では、日本は「経済だけ大国」だ。

 明治維新以降、「欧米に追い付け追い越せ」と煽っておきながら、役人たちは文化やスポーツの発展に最低限必要な予算すら割いてこなかった。(お勉強ばかりして、運動も音楽もやってこなかった連中なのかも)
 彼らは放っておいても雑草の如く、文化や芸術は伸びていくと思っているのだろうか。
 協会の上層部(じいさま達)ですら、「好きな事をやっているんだから、それだけで幸せだろう」なんて、寝言を言っている連中もいる)
 
 今回のオリンピックもうわべだけが注目されて、スポーツ界の底上げについて議論されなかった事は残念だ。

 麻生さんがばら撒いた2兆(システムに費やした費用を合わせると2兆8000億円)の4分の1でも、今回の大会の強化費に充てていたら、あと何個のメダルを獲得できたことだろう。

 あっ、あの議員さんが「オリンピックで一番にならなければいけないのでしょうか?」と目くじら立てて怒りそうだ。
ニックネーム    at 00:47 | 今週のぼやき

2010年02月23日

変化

 ちょっと前の事だが、1月2日に中野ブロードウェイへ行ってきた。
正月休みの店が多く、半分くらいオープンしていなかったが、「まんだらけ」を筆頭にフィギア専門店やアイドルグッズ系の店は通常営業していた。

 弩級のオカッパ頭のオヤジや1:9分けのオヤジなど、スターウォーズに出てくる妖怪顔負けの連中を楽しく観察しながら、1階から3階まで散歩した。(実は4階が最もディープ)
 幼稚園には行かず、4歳から7歳までサンモールとブロードウェイのゲームセンターに100円を握って毎日通っていた。
 ゲームが終わると3階のモデルガン屋のオヤジとライフルについて語り合い、新作の情報を入手する事が日課になっていた。
自分のルーツであるブロードウェイが、秋葉から流れてきたようなオタクたちに占領されていくのは辛い。
 18歳から秋葉のオーディオショップをはしごしていた頃は、純粋な「電気の街」だったが、いつの間にやらあの場所も占領されてしまった。

 今となっては、「昔は秋葉やブロードウェイに通っていたんですよ」などと、誤解を受けるのが恐ろしくて軽々しく口にできない。

 話は2日のブロードウェイに戻るが、2階をぶらついている時にショーケースの中に、植田まさし氏の「こぼちゃん」のサイン入り色紙が飾られているのを発見し、すかさず奥の店員に「すいませ〜ん」と声をかけた。
 「うぃ〜す。」低い男性の声が返ってきたと思ったら、スリットが深く入ったチャイナドレスを着た長髪の可愛い女子が出てきた。
一瞬、「あれ?違う店員か?」と思ったら、低い声の主だった。
「うわっ、こいつ男だ」と驚いたが、やたらと懇切丁寧に商品の説明をしてくれた。
 「まんだらけ」で質問した店員も、警棒で眉間を叩きたくなるようなコスチュームだったが、これまた汗をかきながら熱心に説明してくれた。

 どっぷり昭和色の男なので、ああいう姿の連中を男としてカウント出来ないし、受け入れがたかったが、ちょっと考えさせられるところもあった。

 彼らは好きな事を仕事にして、「不思議な仲間たち」と嬉々として働いている。
そして最低限、自分の趣味を続けられる金を稼げれば満足で、リアルな女性や結婚に興味がなく、車や時計、マイホームなどに興味はない。
帰宅して友達とゲームなどやっていれば、それで満ち足りているようだ。
 多くを求めない代わりに、無理して頑張る必要もない。だからストレスも少ない。 
ある意味、生き方のペースがヨーロッパ人的になったきたかのようにもみえる。
(もうちょっと社会に意識を向けてほしいが)

 わき目も振らずに勉強して一流大学に入る→役所か大手の企業に就職→結婚して子どもを作る→30歳半ばにローンでマイホームを手に入れる→退職後はのんびり隠居生活…こういう人生がベストだと、親や社会から刷り込まれてきた世代からすれば、秋葉や中野でとぐろを巻いている連中を、一人前の大人として見られないだろう。
 彼らの生き方を肯定してしまったら、自分たちがやってきた事、信じてきた事を頭から否定する事になりかねないわけで、団塊世代より上の方たちは絶対に認めたくないだろう。

 自分を含むバブルを知らない若い世代の価値観は、いままでの価値観とは確実に異なっている。
 しかし、40年ちかく会社の発展ために、己を犠牲にしてきたサラリーマンたちの人生と比較(天秤にかけてはいけないが)すると、どちらの生き方が本質的に楽しく幸せなのか私にはジャッジできない。
 
 長い間、日本人にとって「安定」が好まれてきたが、最近では「安定」を退屈と捉えて、「変化」を楽しむ好む人が増えてきているのではないか。
男性を選ぶ基準が、ブランドよりもキャラクターを重視する女性が増えていると思う。
 昔のように、銀行員や商社マンと結婚した女性を「勝ち組」とする時代は終わったのかもしれない。

 JALをはじめ、永遠に存続し続けるかのように思われた大手企業が、バタバタと消滅しており、これまで想像もつかなかった出来事が「当たり前」に起こっている。
 
 同時に、日本人が刷り込まれてきた幸せのカタチや人生観、人間の評価基準も根底から揺らぎ始めているのではないだろうか。

 ブルーハーツで「情熱の薔薇」という曲に、「見てきた物や聞いた事 いままで覚えた全部 でたらめだったら面白い」というフレーズがある。
 当時は「臭え歌詞」だと思ったが、大人になって周りを見渡すと、なんだかこの歌詞の通りになってきたなと思う。
 
 頑張り過ぎた反動で、頑張らない時代がやってきた。
10年〜15年後くらいに、ちょうど良いバランスに落ち着くと良いが。
ニックネーム    at 23:48 | 今週のぼやき

2010年02月22日

のびたJAPAN

今回はサッカー日本代表について、独断と超偏見をもって勝手に書かせていただく。

 先日の日韓戦、招待券をもらったので久々に代表選を観てきた。
寒いしあまり今の代表に関心がないので、当初は後半20分くらいで抜け出して、旨いものでも食べに行こうと思っていたのだが、あまりにも不甲斐無い様を見せられたので、ついつい試合終了間際まで観てしまった。

 いったい、どちらがホームチームなのか分からない程、代表チームの士気が低かったように見受けられた。
単細胞のマルクス君が相手陣地で無意味で無価値なファウルを犯して退場させられ、ベンチ脇を通過して控室に引っこむまでの間に、ベンチのスタッフは誰も彼に寄っていかなかった。
 一方、韓国選手が退場して引っ込む時には、すかさずベンチにいたスタッフが動いて、選手にベンチコートを着させ、肩を抱き抱えながらスタンドの下に入っていった。
 マルクス君が犯したファアルが馬鹿げていて、言葉のかけようがないのは分かるが、こういうところにも、ベンチワークの違いとチーム内の温度の違いを感じ取れた。

 ざっくりと観ていて、稲本選手以外で気概が感じ取れる選手がいなかったのが残念だ。
Jリーグレベルならば、華奢な内田選手のような肉体でも技術が活かせるが、世界のトップレベルの選手を相手にしたら、彼のような肉体では腕の力だけで押さえつけられてしまうだろうし、相手FWからしても全く怖さを感じないだろう。
 両サイドバックの身長が極端に低いが、あれでオランダやカメルーンと空中戦で対抗できると思っているのだろうか。

 国際試合で勝つには、多少足先が不器用でも本当の意味で「闘える選手」がもっと必要だ。
 ヒデはバリバリのテクニシャンではなかったが、アジア人にしては圧倒的に肉体と精神が強かった。
 彼にドイツ杯の時の様子を聞いたら、「合宿でみんなの表情を見たら、これは勝てないなってやる前から分かったよ。みんな出場した事で満足しちゃってんだもん。」
「俺は食ってやろうと思ってた。世界に自分を売り出すチャンスだと思ってた。」と言っていた。
 宮本恒靖からも当時の事について色々と話を聞いているのし、ヒデの意見や主張だけを鵜呑みにすることはないが、この点に関しては彼が言っている事は普通だし同感だ。

 私が観た日韓戦は、リスクを負わない選手が多数を占めていて、相手にとって脅威ではないプレー、そして観客にとっては退屈で歯痒いプレーに終始していた。
 
 それにしても、どうして再び岡田氏を監督にしたのか川渕氏の意図が理解できない。(早稲田の繋がりか…)
フランス杯の時に加茂氏が更迭されて、急きょ「岡ちゃん」が監督に抜擢されたわけだが、またオシムの代わりに代表に抜擢されるとは…。「棚ぼた」にも程がある。
彼はJリーグレベルの監督であって、代表を率いる器とは思えない。

 代表監督に必要なのは、戦術的な能力はもちろんの事、生まれながらにして備わっている「オーラ」がなくてはならないと私個人は思っている。
トルシエ、ジーコ、オシム…それぞれに強い個性があり独特の色気があった。(トルシエ、ジーコは問題も起こしたが)
 多くの国民は「いざとなったら何かやってくれるのではないか」という期待感を持っていたが、岡田氏にも同様の期待感が持てるだろうか。

 代表の首脳陣は、ジェフ千葉、旧古川電工のしがらみで構成されている気がする。
一般的に監督が交代する時は、脇を固めるスタッフ陣も丸ごと変えるものだが、オシムが倒れて岡田氏に代わる時は、コーチ、メディカルスタッフ(元ジェフ千葉)はそのまま残った。なぜなら、みんな岡田氏のYesマンだから。

 毒を吐かせてもらえば、私には岡田氏のルックスが「40年後ののびた君」にしかみえない。
やっぱりドラえもんが傍に居てこその「のびた君」である。(誰かドラえもんを招聘してやれ)
 韓国戦の敗戦は、劇的な監督交代劇を引き起こすチャンスだったと思う。
そうすれば、マスコミと国民の注目をサッカー日本代表に集められ、南ア杯への低い関心を再び高められるチャンスだったのに…、犬飼会長はそのチャンスを逸してしまった。

 こうなったら仕方ない。大人しく応援するしかないか…。
無責任な事を沢山書いたら、少し気分がすっきりした。
 
 もういいや。
 
 それいけ!のびたJAPAN! 目指せ予選リーグ ベスト4!!!

  
ニックネーム    at 00:01 | 今週のぼやき

2010年02月17日

壊されていく本能

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祈る子どもたち

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奥に見える炎は遺体を焼く「焼き場」

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ガンジス河で

 わが子を虐待死させるニュースが後を絶たない。
今日、2歳の子どもを電子レンジや洗濯機に入れるなど、想像を絶する虐待を繰り返した揚句、ごみ箱に入れてベランダで12時間放置して死なさせた35歳の夫婦のニュースを見た。
 こういう輩は下等動物にも劣る。
どんな動物も狩りに出掛けて、自分の子ども餌を与えて独り立ちできるまで育てあげる。(雌ライオンが雄ライオンに服従を示すために、自分の子どもたちを殺す特別な行為を除く)

 こういう事件が日本だけで起きているわけではないが、今の社会の一体何が若い人たちの本能を壊したのだろう。
 国が全体が豊かになり、親が子どもの行く先にある「雑草」を排除する余裕が生まれ、子どもたちは不自由なく育っているようにみえるが、実はその過保護な育て方が、最も大切な我慢や忍耐力を養う機会を奪っているのかも知れない。
 
 今よりも経済的に苦しかった時代は、両親の大変な姿を見て「いつまでも苦労をかけちゃいけないな。自分が大人になって親を楽にさせてあげたい」と思わせる環境があった。
(現在も貧しい国の子どもたちは、たとえば「将来、サッカー選手になって親を楽させてあげたい」とはっきりと言う) 

 しかし、親の苦労する「背中」を見て育っていない子どもは、まるで塾や予備校に通っているのが義務を果たしているかのような顔をし、親に感謝の気持ちを持てないまま自分ひとりで大人になったかのような錯覚を起こしている。
 多くの親はお小遣いを削って、何とか学費や予備校代をねん出しているのに、「見えないお金」を出すだけでは、子どもは有難味が湧かないのだろうか。
 
 反対に、有名な進学校にさえ入学させられたら、あとは自動的に立派な人間に育つと思っている親も少なくないようだが、学校は人生観や哲学、美学を教えてくれるところではない。 
 自分よりも大事な存在ができる事の幸せと苦しみ…重圧は、親が身を削りながら子どもに教えるしかないだろう。

 これまでいくつかの貧しい国を旅して、親に捨てられても(売られて)必死に逞しく生きている子どもたちを何度も目にしてきた。
 また、親がいても4〜5歳から当たり前に働いている子どもたちにも沢山あった。

 彼らの目は淀んでいない。
油断すると目を反らしたくなるほど瞳の力は強く、大人に同情など求めていない。

 「親がなくとも子は育つ」
 
 頼るべき親に虐待されて殺される子どもに比べたら、貧困な国に生まれ育った彼らの方が、よっぽどマシではないか。


 
ニックネーム    at 01:21 | 今週のぼやき

2010年02月13日

マニア

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 図体とは裏腹に精巧に作られた小物が大好きで、小さい頃から「おでん屋」や「ラーメン屋」や「農家」といったプラモデルを組み立てて飾るのが趣味の一つだった。
 Nゲージに手を出したことはないが、リアルなジオラマの製作が出来る人に対して素直に尊敬してしまう。

 昨年の4月、ネットでビートルズのフィギュア(ビートルズ、チャップリン、寅さん以外のフィギュアには興味ないので誤解なきよう)を探していたら、名古屋の骨董品屋に20年前のプレミアつきの品があった。
 このフィギアは10代半ばの頃、幡ヶ谷の商店街をランニングしている時に、普通の文房具店のショーケースに非売品として飾ってあった物と同じで、「いつか強奪しよう」と妄想していたくらい欲しかった物だった。
 
 電話で状態を確認したところ、感じの良い年配の店主は「未開封の品物ですよ」とのことだった。 結構高価だったが迷わず注文した。

 箱から4体を出してみると、どこから見ても開封品であり、しかもポールの手首が折れていた。
 翌日、店主に電話で状況を説明すると快く4万円負けてくれた。

 多分、2度とネット上に現れることはない代物を手にして満足している。
事務所の玄関に置くか迷ったが、今は書斎の本箱に飾っている。

 
ニックネーム    at 22:32 | 今週のぼやき

2010年01月26日

鉄板になった背中を緩めるストレッチ


座業の人は背筋を丸めて仕事をしている時間が長いので、脊柱起立筋がうっ血して鉄板のようになるだけでなく、胸椎の椎間関節の支持組織が固まってしまう傾向にある。
 脊柱起立筋(胸最長筋)は吸息の補助筋であるため、この筋肉が機能低下すると胸郭が挙上せず吸気量が減少してしまう。

 思いっきり深呼吸をした時に、背中にピリピリした痛みを感じる人はすでに黄色信号。
胸郭の挙上を代償しようと頚肩部の筋肉が働くため、これらの筋肉が慢性的な緊張状態に陥ってしまう。
 特に首の前面にある前・中斜角筋が緊張・短縮すると、頚動脈・静脈や上肢への神経を締め付けて目まいやふらつき、腕から手先にかけて痺れや痛みを引き起こすことになる。

 胸椎を支持する靭帯や関節包、椎間板が癒着・硬化すると、胸椎の側屈や回旋運動が制限される。
 胸椎の可動性が低下すると、その分だけ頸椎が運動を補うようになり負担が増大する。
 
 年配の男性は、殆どの人が円背姿勢になっていて、胸椎の椎間関節が固まって上体を反らすことも捻じることも出来なくなっている。
 この状態が改善されなければ、やがて胸郭が変形してしまい心臓や肺の働きが低下するだけでなく、消化器系の機能に悪影響がでる。

 今回は胸椎の関節拘縮を防ぐためのセルフ・モビライゼーションを紹介する。

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座面の先端に座り、両手を首の後ろで軽く組む。

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 自分で固まっていると感じる位置を背もたれの上辺にあて、上体をゆっくりと反らして10秒間キープする。

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 座る位置をさらに前にずらして、胸椎にあたる位置をずらして同じ要領で胸椎を伸展させる。
 
ニックネーム    at 22:46 | 今週のぼやき

2010年01月26日

膝の伸びを改善させるストレッチ

 加齢と共に半月板の微細な損傷の蓄積やハムストリングの短縮、関節軟骨の摩耗など、諸々の要因のために膝関節の伸びが悪くなってくる。
 膝関節が完全伸展できなければ脚長差が生じて、立位姿勢や歩行パターンが変化するだけなく、骨盤の水平性が損なわれて脊柱に側彎をきたす。
 脚長差によって歩行時に脊柱が傾くと、視界を水平に維持しようと頭部が第1頚椎の上で代償的に傾く。
 自分の正面像が写った写真を見て、顔が傾いている事に気付く人が多いが、これは頭部―頸椎間だけの問題ではなく、大抵は脚長差や股関節の収まり具合によって、骨盤が傾いていることに起因している。
 
 椎間関節を固定する筋肉(ローカル筋)は、関節に過度な負担が掛かると関節を保護しようと過緊張・硬化するため、円滑な関節運動が阻害されるだけでなく、凝りが生じて疼痛を起こす。
 いくら頚肩部や頚背部にマッサージや鍼を施しても効果が持続しないのは、下肢のアライメント不良や関節(特に膝関節)の機能不全が影響しているケースが非常に多いのだ。
 姿勢のチェックもせずに、最初からベッドに横たわらせるような治療院では、根本的な改善を期待するよりも、一時的な治療によってその場を凌いでくれる事を期待するべきだろう。

 話が長くなってしまったが、今回は膝関節の伸びを改善するために、ハムストリングを効果的に伸ばすストレッチを紹介する。
 
DSCF4062.jpg
つま先を両手が抱えて最大限手前に引っ張りながら、出来るだけ踵を尻に近づけて20秒間保持する。

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直後に膝を伸ばすと、膝の裏と床の隙間が狭くなっているのが実感できる。このストレッチを1日に2回ほど行う。
ニックネーム    at 15:06 | 今週のぼやき

2010年01月21日

思う事

「鳩山総理が検察を批判した」と、連日狂ったようにマスメディアが騒いでいる。

 まるで検察が不可侵的な存在で絶対正義のように扱われているが、いつから検察はそんなに完全な組織になったのか?
検察こそ官僚そのものであり、勝手な正義を振りかざしている輩もいるはずだ。
 彼らだって普通の人間であり、小沢氏のように自分たちの地位を脅かすかも知れない存在に対しては、徹底して潰しにかかるのは自然な事だろう。

 人間がやっている限り、完全な組織などこの世に存在するはずがない。
 法で人を裁く裁判官たちだって、長い間俗世間から隔離された生活を送っていたため、一般的な感覚とズレが生じ始めておかしな事になってきたから、陪審員制度を導入してバランスを補おうとしているのをみれば分かるはずだ。

 しかし、毎日テレビや新聞から「検察を批判するとは言語道断」と刷り込まれていると、やがて国民は「国家権力に対して逆らってはいけないのだ」と思うようになるのではないか。
 どんな機関であっても、絶対的な権限を与えるのは危険なことであり、彼らを監視する機関を維持していかなければならない。

  昔から日本の教育は、上に立つ者に対して従順になるよう育ててきた。
「人の上にたっている偉い人は間違った行いをしません。だから、お前は余計な事を考えたり心配する必要はないのだよ。それよりも黙って自分の事をやりなさい」と。
 国が裕福になり学生運動が消滅した頃から、日本人は面倒な事や金にならない事を掘り下げて考えなくなったように思う。

 自分たちを支配する者やシステムに、「なぜ?」という疑念を持たないように何十年と躾けてきた成果が表れて、年金問題をはじめ霞が関の秀才たちに散々やりたい放題やられても、デモも暴動も起きなかった。
 そして、ようやく政権交代というかたちで国民が意思を示した。(民主党が良いというよりも自民党が酷過ぎたのだろう)
 
 多くの人は受験のために勉強した日本史と世界史を鵜呑みにし、大人になってからはテレビや大衆紙が報じることを鵜呑みにしている。(特にアメリカ寄りの情報ばかりが刷り込まれている)

 もうYesManが流行る時代でもないだろう。
 これからの人材育成は、上から与えられたものを素直に飲み込むだけでなく、一旦自分で咀嚼して考えをまとめ、物事の本質を見極められるように転換していくべきだ。
 また、社会もそういう人を受け入れるだけの器に成長しなければならない。

 長くなったが、最後にいい加減に日本のテレビを改革できないものか。

 60年間続いた自民党政権が、民主党に代わるか否かという局面で、数か月に渡り「のりぴー」を追っかけまわしていた馬鹿連中が、ゴシップの延長で政治に携わっている事自体がおかしい。(小沢報道も全く同じ)
 そもそも、なぜ全局同じ評論家たち使い回すのか?同じ考えの評論家しか呼ばないのはアンフェアーもいいところだ。
 この際、芸能ニュース専門のチャンネルを作って、全局のワイドショーに出演しているタレントキャスターと似非評論家をひとまとめにすれば、テレビの鬱陶しさも少しはスッキリするはずだ。(24時間芸能ネタを好きなだけ流してくれて結構)

 こんな事を書くと「変人のホームページ」と揶揄されるから、年に1〜2回にとどめておこう。
ニックネーム    at 01:14 | 今週のぼやき

2010年01月14日

痛みの感じ方

 年末から正月にかけて「パリスアプローチ」という、世界的な腰痛の権威が書かれた腰痛症に関する著書を読んだ。
 なかでも人種間の疼痛に対する耐性・閾値・痛みの訴え方の違いが記されていた箇所に興味をひかれた。
 
 疼痛に対する耐性や閾値レベルに、民族や人種の違いがあるか実験した結果、黒人の方が白人に比べて疼痛耐性が低い事が報告されている。 
 疼痛は感覚的・情動的な面を表すことから、黒人が歴史的に人種差別による迫害を受けてきた事が情動的な面に影響し、疼痛への耐性と閾値を低下させた可能性がある記されていた。

 同様に冷刺激と温熱刺激に対する、ヒスパニック系、黒人、白人の疼痛閾値・耐性レベルの違いを調べる実験も行っているが、ヒスパニック系と黒人は白人に比べて、閾値・耐性レベルが共に低いことが証明されている。

 白人の方が黒人よりも疼痛に対して弱いと弱いと思い込んでいたが、意外にも反対のようだ。
 迫害を受けつけ続けてきた黒人は、DNAに被害者としてのが意識が組み込まれ、自己を護るため外部からの侵害に対して敏感になったのだろうか。
 
 同様の実験で、女性は男性に比べて疼痛と温熱疼痛刺激を強く感じるという結果が出ている。
一般的には「出産の痛みに男は耐えられない」、「男は血を見ると卒倒する」と言われているが、この2つの刺激実験においては、男性の方が閾値・耐性ともに高いらしい。
分娩時の疼痛耐性は、特別に高まっているのだろう。
出血に対しても、定期的に生理で血を見ている女性と男性では慣れが違うのだろう。
 
 服装に関しても書かれていたのだが、疼痛耐性は仕事着の方が高まるらしい。(つまり仕事モードの方が痛みに強いという事)
 そう言われると、寝癖&ヘロヘロのシャツで仕事をしている自分をみて、患者さんたちの疼痛耐性と閾値は低下しているのかも知れない。

 天候は低温で日照が少ない日ほど痛みの訴えが強く、高温・高湿度・低温・低湿度ともに偏頭痛に影響しているらしい。

 情緒的な状態による変化では、興奮してる英雄的な心理状態では疼痛耐性が上昇し、臆病的な心理状態では疼痛耐性が低下したそうだ。
また、満足感が高い状態では痛みを軽く感じ、悲しみ・怒り・不安の状態では痛みを強く感じるようだ。

 最後に、色情的な状態では男性だけが疼痛の閾値が上昇するそうだ。
 男性は情事の間ならワインのボトルで殴られようが、練炭を焚かれようが、気持良いまま「あちら」へいってしまうのかもしれない。(冗談)
ニックネーム    at 01:27 | 今週のぼやき

2010年01月03日

10年

明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い申し上げます。

 お蔭さまでトレーナーとして10年目を迎えることができました。
昨年までは執筆に時間を取られて、勉強の時間を満足に確保できませんでしたが、その分、今年は積極的引き籠りになって、知識の蓄積に努めたいと思います。(セミナーの数を減らして、月曜日は家に籠ります)
 新たな試みとしては、国内のワークショップに参加して実践的なスキルの幅を広げようと考えています。

 今年購入する大人のおもちゃは「レッドコード(スリング)」というノルウェー製のリハビリ&エクササイズ装置です。
これは天井から垂らしたバンドに全身または四肢を吊るして、重力による負荷を取り除き、筋と靭帯の緊張を限りになくゼロに近い状態にするものです。
 筋や関節包の委縮や拘縮によって、円滑に動かせなくなった股関節や肩関節も、レッドコードで吊すことによって痛みなくスムーズに動かせるようになるのです。
 また、加齢や長期間の安静によって神経骨格筋系が著しく脆弱し、自重を支えきれない方でも、様々な筋力・筋持久力を養うトレーニングが可能になります。
 その他にも、上体だけ吊るして脊柱の湾曲を保つエクササイズなど、脊椎の分節的な構造を安定させるのに効果的にエクササイズが行るなど様々な利点があるのです。

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なんだかメーカーの営業マンのような説明になってしまいましたが、他にも幾つか大人のおもちゃの購入を予定しています。

 これまでの10年はひたすら国内外の医学書から情報と知識を取り込み、確固たる基礎(スタンダード)を築くための期間でしたが、これからの10年はさらに基礎を高めつつ、今度はオリジナルな手法をクリエイトし、体系化していく期間だと思っています。
 まぁ10年生かしてもらえたらの話ですが…。

 というわけで、今後とも変わらず精進してまいりますので、ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。 

                         拝 伊藤和磨
ニックネーム    at 22:06 | 今週のぼやき

2009年12月23日

頸のこりと鬱の関係

 先日、書店で『新型「うつ」原因は首にあった!』(大和書房 東京脳神経センター理事長著)という本を見つけた。
 鬱患者の多くは慢性的な頸の凝りを抱えていて、それが元で自律神経失調や頭痛、目まいやふらつきなどの全身不調を起こし、放置しておくとやがて精神的な不調=うつ病に発展していくというのが博士の主張である。
 彼が率いる研究チームのテスト結果によれば、坑うつ薬を処方するよりも、患者に姿勢教育を施して、頭部を体幹の真上に維持するように訓練し、頸部の筋肉の血流を改善した方が、短期間で症状が改善したそうだ。

 この二年間、企業で講演をする度にこの本の著者と同様、「鬱対策にはメンタルヘルスケアよりもフィジカルヘルスケアを!」と訴え、頚肩部に負担の少ないデスク環境を整えるように説得してきた。
 参加者の間では「本当に頸の凝りと鬱が関係あるのかよ」という反応と、「ああ、絶対関係あるわ」という反応に2分していたが、このような本が出版された事によって、これまでの主張が幾分でも証明されたようでホッとした。

 この本の中盤までは良いのだが、後半にある治療方法になると尻すぼみになってしまい、「頸の血行を改善するためにドライヤーで頸を温めましょう」、「頸に問題がある人は、整形外科に行って頚ドックを受けて下さい」なんて書いてある。
整形外科でまともな頚ドックを受けられるのならば、はじめから誰も苦労しないって話だ。(著者は治療が専門ではないので仕方ない)
 
 しかし、頸の凝りと鬱の関係に目をつけ、苦しんでいる鬱患者を救おうと真面目に研究されているのは素晴らしい事だと思う。
 さらに多くのデータを収集し、「頚筋性うつ」の論拠と根拠を強固にして、うつ治療の概念と治療方法を改革して頂きたい。
 
ニックネーム    at 23:34 | 今週のぼやき

2009年12月21日

記念に

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エペルネに暮らすおばちゃまたち。

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モエのカーブは全長23キロに及ぶ。東京ー横浜間にシャンパンが保存されている。

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収穫期が終わったブドウ畑。とにかく寒い。

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壁一面に各メゾンの灰皿が展示されている。

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最後にテイスティング

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赤い服を着た女性が丁寧にガイドしてくれた。

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当時はこのどデカイ機械でブドウを絞っていた。

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メゾンの入り口

 あまり有名ではないが、ランボネというシャンパンのメゾンに行ってきた。
朝6時半に北駅を出発し8時半頃にエペルネに到着。
この時期は午前9時過ぎまで薄暗く、寒さが骨身に滲みる。
 目的地までタクシーを使って所要20分。到着してすぐに応接間に通された。
室内もやけに寒かったが、グラスにシャンパンが注がれたのでサッと流し込む。
いくらシャンパンが好きでも、体を震わせながらでは何杯も飲む気がしない。

 このメゾンは200年ちかい歴史があり、オーナーはびっくりするほどのコレクターで、地下のカーブには立ち上げ当初から現在に至るまでの、シャンパンづくりの移り変わりが分かるよう、ありとあらゆる機材や工具が整然と陳列されていた。
内装のセンスがこれまた素晴らしい。
 一般のゲストに見せるだけなのに、これほどお金と情熱を注ぎこんでいるメゾンは他にはないだろう。

 モエが好きではないので立ち寄る予定はなかったが、時間があまったのでモエの「工場」に行ってみた。
完全に観光地化されていて見やすいのは良い事だが、「これだけ大量生産しているのだから…やっぱりなぁ…。」と感じた。

 エペルネはフランスの中でも最も所得の高い街らしい。高齢者の方が多く長閑で落ち着いているが、ちょっと退屈だった。
ニックネーム    at 23:32 | 今週のぼやき

2009年12月20日

一息

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 同じ場所に何年か経ってから訪れると、以前は感じなかった事や気付けなかった事を受信できるようになっていたりする。

 歳をとらないと分からない事がばかりだ。
 
ニックネーム    at 01:58 | 今週のぼやき

2009年12月16日

市場

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 「バルセロナは路上強盗が頻繁にあって治安が悪いところだ」と旅行者から聞かされていたが、サンパウロに比べればずっと安全に感じた。
 海外で街を歩くときは、周囲を視殺しながらスタスタ行くので、ジプシーすら寄ってこない。 
 スリや泥棒から狙われやすい人は、地図を片手にゆっくりと歩いているのではないかと思う。
 
 市内の夜の市場は、どこも混雑していて活気があった。
所狭しと吊るされている生ハムに目がとまる。
魚屋にはロブスターや牡蠣、ホタテなど、日本では高級食材とされる魚介類がびっしりと陳列されていた。
 ホーチミンの市場にあった魚屋では悪臭が立ち込めていたし、魚の形も不格好で全然食い気が湧かなかったが、バルセロナの市場は衛生的でライティングも工夫されているので、どれも美味そうにみえた。
 毎晩イベリコやハモンの生ハム、そして新鮮な魚介をつまみにワインを飲みながら暮らしている彼らが、実に羨ましい。

 バルセロナはインテリアもモダンですごく居心地がよい。
やっぱり移住するなら地中海に面した土地がいいと改めて思った。




 
ニックネーム    at 22:21 | 今週のぼやき

2009年09月17日

バックパス

 マロッズの患者さんの男女比は、女性が7割を占めている。
毎回、旦那さんの愚痴を散々吐き散らして帰る人も少なくない。
すっきりしてもらえるなら、「男のおばさん」としては、何時間愚痴聴きにお付き合いしても構わない。
 実際、家庭でのストレスが、症状を増悪させていることも少なくない。

 男が疲れて「今は放っといて…」という時に、女性は「今この機を逃したら!」と、「なんで何度言ってもわからないのよ!」と攻勢をかける。
基本的に、男女はタイミングがずれているのだろう。

 いつも喧嘩が絶えない夫婦の話を聞いていると、呼吸の合わないゴールキーパーとディフェンダーのやり取りを思い起こす。
ゴールを外してバックパスを受けようと、GK動き出した瞬間、もとの立っていたところにパスして、無人のゴールに蹴り込んでしまうDF。
相性が悪いと自殺点にまではいかないが、ニアミスを頻繁に繰り返す。
 「なんで、そのタイミングなんだよ…。」、「なんで何回やっても分らないのよ…。」
お互いに言い分はあっても、永遠に交わることはない。
 
ニックネーム    at 11:21 | 今週のぼやき

2009年09月16日

Take Action

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ハリランの「Boss」と

 昨晩、中田英寿・主催のガラパーティーに参加した。
昨年から「Take Action」と題し、貧困や環境問題に対して、彼なりのペースとやり方で様々な慈善活動を行ってきた。
 今年のテーマは日本。
世界を旅することによって、逆に日本の良さ…特に伝統工芸の素晴らしさに気付かされたそうだ。
「まろ、日本人の凄さはやっぱりマニアックなところだよ。徹底的にこだわる気質は、他の国にはない。」と、前回2人で食事していた時にも言っていた。

 卓越した技術を持つ職人さんたちが高齢化しただけでなく、工場で大量生産される、安くて手軽な製品ばかりが求められるようになったため、職人が作った「作品」に対してのニーズは極端に減り、彼らの生活(創作活動)は年々厳しくなっている。

 「多くの日本人に、自分たちの国にある素晴らしい文化に気付いてもらうことで、衰退していく日本の伝統工芸や文化を救いたい」というのが、今回のパーティーのコンセプトになっていた。
去年と同様、様々な「物」や「イベント参加権利」がオークションにかけられ、合計1千万円以上(昨年は2千万円以上)が集まった。(集まったお金で、ヒデが選んだ数名の職人さんに作品を作ってもらうようだ)

 両年ともヴィトンが協賛し、それなりに煌びやかで洗練されており、ベタなチャリティーにしないところが彼らしい。

 一つ注文をつけさせてもらえるのなら、もっと職人さんたちの生の声を取り上げたVTRをつくり、実際に数名を舞台に招いて、現状について話をしてもらった方が、参加者の意識を高めることが出来たと思う。
 彼の事務所が手掛けると、何処に行ってもヒデの姿ばかりを追っているので、取り組もうとしている問題の本質が伝わるよりも、活動の目的がヒデの宣伝・広告であるかのように映ってしまうのが勿体ない。

 日本の精神文化の良さは、あくまでも個の打ち出しを控える「謙虚さ」にあるわけで、その方が好感をもたれ、さらに彼の価値を上げることに繋がると思う。(大阪人はちょっと違うが…)
ニックネーム    at 09:08 | 今週のぼやき

2009年08月27日

トゥールスレーン

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中央に写っているのがポル・ポト。晩年は老衰で死亡。逃亡する際、追手に捕まらないように、何百万個の地雷を埋めて逃走した。この地雷でたくさんの子供たちが脚を失った。
現在、アンコールワットの周辺に埋められていた地雷を、日本企業が一日200個以上撤去している。

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それまでは、普通の中学校の校舎だった。

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著名な人は、ベッドの上で足を括られたまま固定され、長方形の箱に排泄させられていた。

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多くの人は、食事を与えられないので餓死している。中には鼻から泡を吹いている遺体もあった。

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手足を括りつけて、水責めをはじめあらゆる拷問をする。

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拷問に使われた専用器具が展示されている。


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多くの人は後頭部を打ち抜かれたか、棍棒で後頭部を殴られて殺害されたため、ほとんどの頭蓋骨には丸い弾痕か大きな亀裂が残っている。


ポルポト時代に200万人以上のカンボジア人が虐殺されたが、この中学校(トゥール・スレーン)では社会的立場のある人たち1万5千人が拷問を受け、ろくな食事を与えられないまま餓死、または銃殺、撲殺された。

 生前、ポルポトは人前に顔を出すことは滅多になく、彼の素顔を知っている人は少なかったそうだ。
また、誰が命令しているのか分らないように、命令系統を複雑にしたため、ポルポト政権が討伐される頃まで、人々は誰が虐殺の指揮をとっているのか分らなかったという。

 前の国王は、国民からとても人気があるようだが、国王=善でポルポト=悪というイメージが定着しているが、実際にはポルポトと手を組んでいたという事実を、ほとんどの国民は知らないそうだ。

 ここには日本人の観光客は少なく、欧州の観光客が多い。
韓国人のカップルが、この建物をバックに満面の笑みでピースしながら記念撮影をしていたのが印象的だった。
NYのグランド0でもそうだったが、こういう場所で笑顔でピースしながら写真撮影をするのは、大抵アジア人だったりするのが…ちと辛い。
ニックネーム    at 01:01 | 今週のぼやき

2009年08月25日

愉快

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今夜の夕食は愉快だった。
中目黒の和食屋さんで、同じ歳の友人と4時間ちかく語り合うことができた。
自分は同世代の友達が少なく、気がつけば50代以上の人とばかりお付き合いをさせてもらっている。
常に何かを吸収したいし、相手の貴重な体験から1つでも学び取りたいという思いが強過ぎるせいか、滅多に歳の近い人と2人で食事に行くことがない。

 落ち着いた掘り炬燵の個室で、彼が勉強している日本酒についてレクチャーを受けながら、美味しいお料理と日本酒をお腹いっぱい頂いた。
 トイレに行くついでに、こっそりとカードを店員に渡しておいたのに、それをこっそりキャンセルして、自分が払ってしまった彼の強引さと小業には参った。

 「俺、今日本酒の勉強してて、来年には中田って名前の日本酒を造って売ろうと思ってるんだ。中田って酒があったら呑んでみようと思うだろう?」
そんなプランを打ち明けてくれた。

 印象的だったのは、「俺は人を育てることはできない。でも、一緒に愉しむのと、経験を語ることはできる。」と、スッパリと言い切ったことだった。
引退してから、さらに色々な経験をして、自分がどういう人間か、無理せず格好付けずに、しっかりと把握出来ているように感じた。

 彼のお陰で興味のある話を沢山聞くことが出来た。
また、彼独特の温かさと気配りの細やかさに、心持良くしながら、とても愉快なひと時を過ごさせてもらった。

 感謝。
ニックネーム    at 00:30 | 今週のぼやき

2009年08月24日

目の力

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 これまで訪れた途上国で、いつも思うことがある。
それは、貧しくても子供たちの目に力があり、しっかりと輝いていることだ。
付け加えると、笑顔が素晴らしく、とても子供らしい。

 両親の経済力では学校に通うことが出来ず、物心ついた頃から親の仕事の手伝いをしている。
勉強することよりも、家の仕事の手伝いが最優先なのだが、それでも不満そうな顔をして働いている子供に会ったことがない。(偶然かも知れないが)
目の前を通過する観光客の子供を横目に、彼らも思うことはあるだろうが、一生懸命に働いて、合間に兄弟や友達とめいいっぱい遊ぶ。

  一方、先進国の子どもたちはどうだろう。
欲しい物は殆ど手にしてしまっているから、物をあげても喜ばないし、楽しませようとどこかに連れていっても、「別に…」といった顔をしている。
目に力と輝きがなく、どこか疲れてどんよりとした目をしている。
途上国の子供たちのような晴れやかな笑顔を見せてくれる子供は多くない。

 貧困の問題をクローズアップすると、必ずアフリカの子供たちが映し出されるが、子供たちの目をみると、決して「貧困=不幸」で暗いわけではない。
これまで数十の学校を回ってきたが、日本の子供たちの方がよっぽど暗い目をしている気がしてならないのだ。

「塾にいってやる」「親がうるさいから、一応大学受験する」なんてふざけたガキんちょは、一度途上国に連れて行って、現地に連れて行って見学させた方がいい。
家の手伝いをしながら必死に兄弟の世話をしている彼らにこそ、「教育」のチャンスを与えてあげたいし、夢をかなえるスキルと知識を与えてあげたい。
 
 サンパウロに住んでいた時の事だが、子供たちに「将来は何に成りたいの?」と尋ねると、みんな「サッカー選手になって、両親を楽にしてあげるんだ!」と元気に答えたのが印象的だった。
 
 NHKの番組で途上国の子供たちに、番組で同じ事を質問している様子を何度か観たことが、やはり同じ事を答えていた。
日本の平均的な家庭だって、決して余裕こいて暮らしているわけではないのに、「将来、偉くなって、お父さんとお母さんを楽にさせたいです」なんて答える子供がどれほどいるのか…。
 かつて戦前・戦後の日本の子供たちも、勉強より親の仕事の手伝いをさせられていたようだが、その時の子供の方がハングリーなだけでなく、親に対しての感謝の気持ちや、恩返しをしたいという気持ちが強かったのだろう。
 
 貧しい国では、日本のように毎年三万人以上も自殺者がでるなんてことはない。
地雷で脚を失ったわけでも、化学兵器によって顔が溶けているわけでもなく、また、本当に明日食う金に困って路上で凍死するわけでもなく、金の為に売春宿に売られるような経験をしたわけでもないのに、「生活苦」を理由に命を絶つというのは、どうにも情けなく親に申し訳ない事ではないだろうか。

 不足している処へ支援することの方が案外簡単で、過剰になっているところから「引く」ことは、結構難しいのかも知れない。

 今夜、Mr.中田英寿と食事をするが、この辺のことに関して彼の持論を聞けたらと期待している。



 
ニックネーム    at 14:48 | 今週のぼやき

2009年08月23日

Ho Chimhin

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1週間ほどベトナム(ホーチミン)とカンボジア(シュリムアップ&プノンペン)を一人で旅してきた。
何人かの人に、「なぜ、その2カ国を1人で?」と質問されたが、ライフワークのひとつに、「毎年行ったことのない国を4カ国ずつ訪れる」というのがあるからで、ベトナムとカンボジアは「行きたいリスト」に入っていた。(途上国は一人の方が気楽)

 どこへ行っても、ひたすら歩くの恒例で今回もホーチミンの街を12時間歩いた。
途中、糞暑い+最悪の空気の中を、ひたすら寡黙に歩いて周る観光客など、自分以外に殆どいないことに気づいた。
大半はガイドが用意した車かタクシーで移動しているようだった。

 とりあえず、ガイドブックに載っている主要な観光地は訪れたが、ホーチミンのメインは戦争証跡記念館だった。
表には戦車と戦闘機が展示されていたが、ヘリコプターの中から無造作に出ているマシンガンを見て、「この銃を上空からぶっ放し、何人の命を奪ったのだろう?」と、打ち殺された人たちのことを考えた。

 他の建物と同様、この施設にもクーラーがないので、ゆっくりと見学していてもベットリと汗をかいた。
館内には、枯葉剤とダイオキシンの後遺症に苦しむ人たちを、2名の日本人カメラマンがとらえた写真展が開催されていた。
2人の名前は西村洋一さんと村山康文さん。これまで1万人近くの被害者を取材されてきた。
 壁に2人の手紙が展示されていたが、西村さんの手紙の内容は、自分がアメリカに対して抱いている思いと同じような事が記されていた。
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 添付した写真は、ほんの一部であって、もっと凄まじい写真も多数あった。
失礼な言い方だが、これほど酷い姿になってしまっても、1日1日を一生懸命に生きようとしている人が沢山いる事実を知り、何か大切な事を教えられた気がした。 
多くの被害者は、自分たちと同じような目に合ってほしくないと願っているが、残念ながら歴史は繰り返されている。 

どこの国へ行っても、なぜかこういう類の施設に足を運んでしまう。
究極的な状況の中で、若い兵士たちが身の毛もよだつ殺戮をしている姿と、気紛れに老人や子供を労わっている姿や、横になって家族に手紙を書いている姿をみると、いったいどっちが彼らの正体なのだろう?と考えさせられる。
「戦争とは一人でも多くの人間を殺すことだ。でも、自分だけは生き残りたいと神に祈っている。この矛盾を神はどうお考えなのだろう…。(アメリカ兵の手紙から)」
 
 微笑ましくなるような写真は、展示されている中でごく僅かしかないし、、それが大悪の中の小善に過ぎなくても、そこに一縷の望みを抱いてしまう。

 古代から戦争と呼ばれる愚行において、王様や権力者が自ら最前線に躍り出て戦った史実は少ない。
権力者は見えない糸で民を操り、戦場へと送り込んできた。
 何所にでもいるような、平凡な若者たちが向けるべき銃口の先は、無辜の人々ではなく、「デタラメな正義」を翳して、自分たちを戦場へと送り込んでいる後方の彼らではないだろうか。

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 市場は、どこも魚と肉の腐敗したような臭いが立ち込めていてた。
デパートにも幾つか立ち寄ったが、ベトナムの人は店の中で食事をするので、フロア全体が微妙な香りが立ち込めていた。
 
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 市内は、どこでもバイク、バイク、バイク。
空気が悪いのでドライバーは、皆マスクをしている。

 次回、ベトナムへ行く機会があったら、フエをはじめ北の方へ行きたい。






 


 
ニックネーム    at 01:50 | 今週のぼやき

2009年08月06日

生き仏

 8月3日(月)に免許の書き換えに鮫洲試験所まで行ってきた。
毎回、誕生日から1か月の猶予期間を超えてから、慌てて書き換えに行くために、いつも「初回」の区分にされて2時間講習を受ける羽目になる。
今回は3年間無事故無違反だったので、「一般」の1時間講習で済むと胸を張っていたのだが、窓口で「前回も期限が切れていたので、今回も2時間講習ね」とやっつけられた。

 ああいう場所を好きな人はいないだろうが、どこの試験場に行っても窓口で座っている制服を着たオヤジや、講習を担当するおやじ達は期待通り、つっけんどんでやたらと感じが悪い。
講習の初めに、必ず「そんな態度じゃハンコつかないよ!やる気がない人は出て行ってもらうからね!」と叱られる人がいるものだ。(その人は私です)
 注意されて「この野郎〜」と思っても、「我慢しないと折角仕事を休んで来ているのだから」と、ついつい大人しくせざるを得ず、悔しい思いをしてきた。

 しかし、今回は奇跡的に素晴らしい教官に巡り合えた。
お名前は武田さん。
「今日は本当にご苦労様です。いや〜ご苦労様です。2時間…長いですね。ひとつね、宜しくお願い致します。」の挨拶から始まり、3分に1度のペースで「ひとつね…宜しくお願いしますね」を口にした。

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武田さんが微笑みながらペコペコ頭を下げるものだから、参加者もつられて笑顔になり、ペコペコ会釈をしていた。
その光景を最後列で見ていると、吹き出しそうになった。

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 彼の腰の低さと礼儀正しさときたら、右に出るものいないんじゃないかと敬服する。
 
 途中、パソコンの電池が切れそうになったので、こっそりコンセントを拝借して充電していたら、武田さんに見つかって「こら、ダメでしょ。ダメよ。見つかったら怒られちゃうから」と注意されたのだが、その注意の仕方がこれまた可愛らしいのだ。

 企業でお話をする機会が増えているが、つまらない内容の話であっても、あそこまで話し手が丁重な態度でくると、オーディエンスの間に「ちゃんと聞いてあげたい」という感情が湧いてくることを知り、とても参考になった。

 また、日の当たらない場所にも、生き仏のような人がいることを知らされた。

 講習終了後、武田さんの顔写真をブログにアップしようと思ったが、どうやって切り出すか迷った挙句、「武田さん、最高!最高によかったから写真撮らせて」と、訳のわからない理由の述べて撮らせてもらった。
周囲の女子の視線が「なにこいつ!?もしかしてオヤジ専?」と言っていた。
(年配の教官を携帯で撮影している奴は、自分も見たことがない)

 
ニックネーム    at 02:52 | 今週のぼやき

2009年07月13日

香貫小学校

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 今日は香貫小学校で講演をしてきた。
 この小学校は、香貫山(象山とも呼ばれている)の麓にあり、校庭は市内で最も面積が大きい。
丁度、私が到着した時刻は給食時で、給食当番の児童が給食室の前に並んでいるのをみて、かっぽう着で給食の準備をしていた頃の自分を思い出した。

 この学校でお会いした先生方全員が、とても親切で感じが良く子供達も快活だった。
確か…今回で15校目になるが、学校によって先生と子供たちの雰囲気が大きく異なるのは、なぜなんだろう?と思う。
 先生たちによると、「地域性というよりも、学年ごとに子供たちの素質が大きく異なる」らしい。
 講演は60分の予定だったが、つい熱が入りすぎて時間をチェックするのを忘れてしまい、気がついたら90分間もやっていたが、6年生の児童は最後まで集中を切らさずに聞いてくれた。

 最後の質問では、どうすれば走り幅跳びの跳躍を向上できるか? 数年前から右膝の外側が痛むがどうしれば良いか? いつも決まった方向に首を倒して、関節を鳴らす癖があるが問題ないのか?といった、まるで中年相手にセミナーをしているような錯覚を起こさせる質問が幾つかあった。
 
 どの質問に対しても真剣に受け答えすると、子供たちは一瞬「えっ、大人がそんな真剣に答えてくれるの…」と、戸惑った表情をみせるが、すぐにこちらの熱を受けて、同じく真剣な顔つきに変わっていく。

 どうしても一度に数百人の児童・生徒を相手にすると、「近頃の子供は、覇気がねぇな」と思い込んでしまうが、時間をかけて一人一人と真剣に対峙すれば、恥ずかしさや無関心の壁を取っ払って、歳相応の子供らしさや、底に眠っている熱い感情を引き出すことができるかもしれない。
 今の講演スタイルでは、それが出来ないことが歯がゆい。

 今日は、明るい子供たちのお陰で、達成感をもって帰ってくることができた。
毎回勉強をさせてもらって感謝。

 子供を対象とした講演は、11月までお預け。
ニックネーム    at 21:10 | 今週のぼやき

2009年07月11日

スルガ銀行 コンディショニングセミナー

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 今日は三島でスルガ銀行のエグゼクティブを対象としたセミナーを開催した。
90分間は、OA作業中の体に負担をかけない環境づくりや作業姿勢の注意点、また、日常生活における正しい姿勢とゴルフのアドレスの関連性や、理想的な鞄の持ち方、頚肩部のストレッチなどをレクチャーし、30分間はスイスボールを使ったエクササイザとストレッチの指導をした。
 
 前日、スライドづくりで寝たのが午前4時になってしまい、結局2時間睡眠で出かけることになったが、会場にいた参加者の方々が、和やかな雰囲気で迎えてもらったので、逆ハイテンションを利用しつつ、合計120分間をしゃべり通せた。
 
 昼食を挟んで、季刊誌の撮影と取材があった。
昼食でシャンパン3杯も頂いてしまったので、さすがに目蓋が重くなっていたが、口は全く別物のように、パクパクと快活にまわっていた。
 次回は、24日に開催される。
ニックネーム    at 23:23 | 今週のぼやき

2009年07月11日

夕陽の中

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地下豪への入り口

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「すべての命が尊ばれる世界になりますように」と書かれている。

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「文房具・刺身」と書かれた看板が掛っている店が少なくない。
実際に両方を取り扱っている。

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美しかった「バンザイクリーフ」

両親と甥っ子をつれて、沖縄に4日間滞在してきた。
那覇空港に2時半に到着し、レンタカーを借りて真っ先に向かったのが旧海軍司令部壕。
小高い丘の上に目的地はあった。
資料室で小5の甥っ子に、戦時中の同年代の子供たちが、どれほどの目にあっていたのかを、少しでも感じ取ってほしかったのだ。
壁に掛けられている写真は、惨い死体の数々をとらえていた。
足の甲を負傷したところにウジ虫が湧き、花が開いたような状態になっている少女の写真は、これからも絶対に歴史の教科書に載ることはないだろう。
 印象的だったのは、10代の青年兵たちの引き締まった表情と眼力だった。今の若者に、あの眼力はない。
この壕は、兵隊がツルハシとシャベルのみを使って、20数メートルの深さまで掘られていた。
用途別に、いくつもの部屋があるのだが、上官が手榴弾で自害した際に、爆弾の破片が壁に無数の跡を残している部屋に入った時は、さすがに長居できなかった。
 ここから多くの兵隊が、武器と呼べないような物を持参して地上に飛び出し、その大半は二度と戻ることはなかった。
 
 次に向かったのは、旧海軍司令部壕から15キロほど南下したところにある喜屋武岬。通称「万歳岬」。
ナビにこの場所が登録されていなかったので、農家のおじさんや売店のおばちゃんに道を聞きながら、サトウキビ畑の細道を徐行しながらようやく辿り着けた。
この崖(50メートルあるらしい)から、追い詰められた女子たちが「万歳!」と叫びながら飛び降りる様子を、白黒の映像で何度も観てきが、実際に崖の上に立つと、眼下に映るその景色は、夕日に照らされて本当に美しかった。

 立ち入り禁止の壁を乗り越えて、崖の淵の手前1mのところに立ち、写真を撮ってもらったのだが、なぜか重心が踵にかかって、体が後方に引っ張られている気がしてならなかった。
 ずっと蹂躙され続けてきた沖縄の人たちのことを思いながら、記念碑に手を合わせた。
ずっとこの場所を訪れたいと想っていたが、それが叶った。(この日、7月4日はアメリカ独立記念日)

 家族と肩を組んで記念撮影をしているとき、「あと何回、みんな揃って来られるかな?」と、ヒリヒリした気持になった。

 
ニックネーム    at 22:40 | 今週のぼやき

2009年06月17日

感謝

 7年前に書いた「痛みと歪みに効く 健康ストレッチ」が、やっと10万部に達したと通知がきた。
今読み返してみると、理論的にかなり荒いところが多く、ところどころ「このままじゃまずいな…」と気づくところがある。
何とか時間をつくって、年内にはもっと質を高めた改訂版を出したいと思っている。

 集英社の新書本の進捗状況は、読みやすさを求めて、完成済みの原稿にライターが手を加えることになった。
池田書店のDVD付き実用書も同じような状況。

 2年以上続いている執筆活動に、そろそろ終止符をうちたい。
ニックネーム    at 22:52 | 今週のぼやき

2009年05月20日

野望その1

 昨日、来週から始まる「姿勢セラピー」の講演用スライドづくりのために、甥っ子の小学校へ行ってきた。
大人がモデルでは、子供たちにとっていま一つ感情移入しにくいだろうと、甥の担任の先生に教室内での撮影依頼を出していた。
 18時過ぎから撮影を開始したが、19時半からセッションを控えていたので、大急ぎで40パターンの姿勢と動作フォームを撮った。
やはり、教室の中には関心を惹くツールが沢山あり、思いつきで予定外の写真が幾つも撮れた。
 
 生きている間に、何があっても小中の体育のカリキュラムに、「正しい姿勢と日常動作フォーム」を導入したい。
これは幾つかある野望の一つだ。
スポーツに理想的なフォームがあるように、洗顔、雑巾がけ、持ち上げるなどの日常動作にも、生体力学的な観点からみた理想のフォームが存在する。
これを子供のころに体得すれば、大人になってから首・肩・腰の痛みに悩まされることもなくなるし、医療費の大きな削減にもつながるだろう。

 現在の活動スケールは小さなものだが、コンテンツの裏付けと効果は確かなものなので、やがて大きなうねりになってくれる…はず。

ぞうきん.jpg
正しい雑巾がけのフォーム

デッドリフト.jpg
正しい片手挙上フォーム

バケツ.jpg
正しい洗顔フォーム

デッドリフト.jpg
正しい挙上フォーム
ニックネーム    at 08:57 | 今週のぼやき

2009年05月14日

5月11日(月)

 この日は、打ち合わせ1件と神戸出張があった。
神戸は小6と中1の時に、遠征で行ったきりで20年ぶり。

 宮本一家が駅に出迎えてくれたので、彼の車で自宅まで直行した。
六甲山を横目に、車窓からみる町並みは、横浜を連想させる品の良さがあって、とても住み易そうな印象を受けた。

 毎試合出場している恒の表情は、さまざまな重責はあるにせよ、レッドブルにいた後半に比べて、格段に明るく充実している様子だった。
サッカー選手は「生鮮食品」に似て、長期間試合出場の機会を失うと、「乾いた寿司ネタ」のようになってしまい、二度と再生できなくなる。

 監督が代わって、レッドブルにいた後半は、スタンド観戦させられる屈辱も何度か味わっていたが、彼のひたむきで折れない性格が、Jリーグに復帰してもすぐに適応できるだけのコンディションを維持させたのだろう。

 5時間ほど体を診た後に、神戸駅前のホテルで宮本ファミリーと中華を食べた。
高層からの夜景は奇麗だったが、港の方は真っ黒にしか見えなかった。
小学生の時から、毎週全国各地へ遠征に行ったが、何処へ行って自分の後ろにあるのは「ゴールポスト」だけ。
観光名所なんて殆ど観たことがない。
訪れた国は多くても、日本のことを全然知らないでいることにムラムラとする。

 45歳くらいまで生きていられたら、ゆっくりと日本を知る旅をしよう。
それまでは、行っていない国を旅する。

 帰宅して1週間のスケジュール表を確認したら凹んだ。
これからの3ヶ月間、毎週月曜(定休日)は出張か講演が入る。
最近、どこからが週の休みで、どこからが始まりなのか節目がない。

5月11日(月)

AM 9:00 スルガ銀行 日本橋本社にて打ち合わせ

スルガ銀行.jpg

suraga.jpg

AM10:30 東京駅発→新神戸駅

PM14:00 選手のコンディショニング
   ↓
  18:30 

神戸.jpg

PM23:45 恵比寿駅着

AM 2:00 就寝


 
ニックネーム    at 02:32 | 今週のぼやき

2009年05月08日

メランコリー

 近年、うつ病などの精神障害を羅患する労働者が増え続けている。
月100時間を超える過重労働や、月40時間を超える残業によって、多くの人の睡眠時間が減り、仕事が終わると「もう何もする気がしない」ほど疲れ果て、帰宅しても「食べて・寝る」だけの動物的なライフスタイルに陥っている。
(睡眠時間が6時間を割ると精神障害のリスクが急増する)

 労働科学研究所の調べでは、残業が延びて帰宅時間が遅くなると、最初に削られるのが「家族全体の団欒と子供との遊び・会話」次いで「夫婦間の会話」→「テレビを見る」→「睡眠時間」とされ、長時間残業が個人の健康を脅かすだけでなく、家族関係を崩壊させると警告している。

 日本ではバブル崩壊後に自殺者が急増し、その数は毎年3万人を超えており、人口10万人当たりの自殺率は世界10位につけている。
(1位リトアニア、2位ロシア、3位ベラルーシ…米国46位 2004年度)
GDPは世界第2位でありながら、GDP世界1位の米国と自殺率に大きな差が生じているのは、この国の経済力が、国民一人一人の異常なほどの献身的な働きぶりと、人間らしく生きていくために不可欠な、「自分の時間」や「家族との時間」を犠牲した上に成り立っているのだと、私は想像している。
 「ES」ならぬ、CS(citizen satisfation)のアンケート調査をしたら、GDPの中位にランクしている国々よりも低くなるかも知れない。

「馬車馬のように働いて、心のゆとりも同時に獲得しましょう。」なんて馬鹿な話はない。
 どこの国に行っても、スローライフを貫いているところでは、人が明るくおおらかで人間らしい時間の過ごし方をしているが、その暮らしと反比例するように、国の経済力は高くない。
 高い生産性を追求すれば、非常なスピードを要求されるが、チャップリンの「独裁者」のラストのシーンで、ヒンケルが「スピードは意思を通じさせず…」という一節が示すように、ネットや携帯のみコミュニケーション手段は、人々の心と心を繋げたのではなく、分断したのかもしれない。
 
 お花畑で蝶々を追いかけていたらお金は稼げないし、青黒い顔してあくせく働けば、稼げても大事なものが欠けていく・・・さじ加減が難しいところだが、両者の溝を埋められるのは、親の躾(教育)なのか哲学なのか、それとも宗教なのか分からないが、私の場合は特別に素晴らしい方たち(大抵70歳以上)と、沢山出会う機会を獲たことで、何に留意しどうバランスをとっていくべきかを、日々学ばせてもらっている。
 
 話を戻すが、職場での人間関係、経済的な問題、将来への漠然として不安、人を自殺に追い込む原因は複数あるだろうが、私は過重労働による身体的な慢性疲労も、自殺の誘因になっているのではないかと考えている。(慢性疲労は慢性疼痛を生じさせる可能性大)
 
 これまでのメンタルヘルスケアは、精神的なコンディションの問題を、身体的なコンディションの問題と切り離して捉えてきたが、抑うつ状態の人に対話だけで治そうというのはナンセンスな話だ。
 うつ患者は、頭部が前に突き出た特異的な不良姿勢をしており、背中が鉄板のように固まっていて、もはや自分の意志だけでは、胸椎を伸展し頭部を本来の位置に戻せなくなっている。
 劣悪なVDT作業環境で長時間労働は、着実に頚肩部の過緊張状態をつくり、あごが上がったままのOA作業は、後部の頭蓋骨と第1〜2頸椎をつなぐ「後頭下筋群」のうっ血や浮腫を引き起こし、眼球運動の低下や眼窩の痛み、さらには思考をネガティブにさせる。
 
 頸や体幹の背面の筋緊張をほぐしただけで、患者の思考ルーチンが大きく変化したケースを、私はこれまでに数え切れないほど経験してきた。
 心と体が一体であることは言うまでもないが、職場のマネージャーにこの事が理解されていない場合が多く、「慢性的な痛みが続くと、モチベーションと想像力の低下や、他人に対する受容も難しくなるんです」と指摘しても、「あっ、そうなんですか?」くらいに流される。

 精神障害のリスクをゼロに出来なくても、身体に負担の少ない作業環境づくり、正しい作業姿勢を維持するためのツール、作業動作フォーム、そして、セルフケアのストレッチを時間をかけて教育すれば、少なくとも骨格筋の慢性疼痛を予防・改善できるだろうし、鬱を患うリスクを軽減できると予想している。
 
 これまで産業医学の分野では、慢性的な体の疲労や痛みと精神障害の関連性について、あまり研究されてこなかったが、私は時間をかけてこの関係を研究し、実効な予防・改善プログラムを構築したいと願っている。
 
 これまで産業医をはじめ、メンタルヘルスの専門家たちが企業に籍をおいて、定期的にセミナーや個人面談をして、精神障害の可能性のある労働者のケアをしてきたが、いま一つ目立った効果があがっているようには思えない。
「週末は緑の中でのんびりと」「毎朝ウォーキングかジョギングを」「ストレスに負けない強い気持ちを持ちましょう」「残業を少し控えてくださいね」といった類のアドバイスで、底にいる人を引き上げられるのだろうか。
(もちろん、一部では大きな成果をあげているだろうし、対話で人命を救ったケースが少なくないことも理解している)
 
 労働者一人ひとりのライフスタイルや考え方を改善しようとしても、彼らに狂った労働時間や閉鎖的な職場の空気感を改善する力や影響力はないわけで、産業医やカウンセラーが、事業者と進退を賭す覚悟で掛け合い、トップの認識を変えさせなければ、いつになっても状況は変わらないだろう。(産業医も雇われの身…)

 その点、ライフワークでやっている自分は怖いものがないから、思ったことをそのまま要求することができる。

 この前も、ある企業の総務局長から「報酬は御幾らですか?」と尋ねられ、「おもしろければ、それでいい。」と答えたら、おもいっきり不快な顔をされたが、従業員の人たちが「これはいい、本当に楽になった」と喜んでもらえれば、本当にそれで満足なのだ。
お金を気にしないで啓蒙活動できるというのは、多くのクライアントさん達に支えて頂いているからであり、普段頑張っていることへの最高のご褒美だと思う。
 
 この半年間で、従業員5000人超の企業7社と契約したが、これからもES推進に強い関心をもつ企業と協力して、どんどんと新しい事にチャレンジし、そこで働く人たちの苦を少しでも緩和できたらハッピーだ。 かたちになるまで2年はかかるだろう。
ニックネーム    at 02:25 | 今週のぼやき

2009年05月04日

チャイム

「ピンポーン」
週6日、1日7回チャイムが鳴り、7人のクライアントさんがやって来る。
チャイムとチャイムが鳴る間に、新患なら症状の原因と責任部位の特定を目指し、Weekly、Monthlyで通われている常連さんには、次のセッションに繋がる結果を出そうと、8年間しこしことやってきた。(合間に電話とメールの応対、予約の受付・変更)
 
 チャイムが鳴っては、セッション中のクライアントさんにお待ち頂いて、慌ててドアを開け、挨拶もそこそこに待機部屋へと次の方を通し、また部屋に戻って仕上げをするのが日課となっている。
 ノンストップで12時間、常にマンツーマンで対峙し、一定のパフォーマンスを求められている中では、屁もコケなければ鼻もほじれない。
 トイレに入って便座に腰掛け、額をドアに押し付けて「ああ〜…」と崩れながら、呻き声とため息をつく一時が、「自分」を曝け出せる幸福の時となる。(絶対に見せられない程壊れている)

 変な話だが、一昔前にチャイムの音に対して神経が過敏になっていた時がある。
夜中に「ピンポーン」とチャイムが鳴ったと勘違いして、ベッドから飛び起きて玄関に小走りすることも何度かあった。
同じく夜中に、突然むっくり起き上がって、暗闇の中、脇にある物に触れながらトリガーポイントを探索するのは今でもあし、夢の中で原稿を完璧に書きあげ(文字変換もやっている)、「終わった!」と喜んだ途端に目が覚め、心底ガッカリとすることもある。
いわゆるワークホリックというやつだろう。

 毎日、毎日、クライアントさんが途切れることなく来てくださることは、本当に有難いことだが、いつも自分を戒めて「意識」をしないと、この状況に慣れて、「普通=当たり前」に感じてしまうことがある。
慣れると大事なことに気がつかなくなるし、何より感謝の気持ちが薄れるがちになるから怖い。
 日々のこの状況に対して、マンネリ化を防ぐために、クライアントさんが自宅や会社から、ここに到着するまでの道中をイメージするようにしている。
 また、著書をみて、新幹線や飛行機で遠路遥々来てくださる人たちの期待と不安、そして交通費や所要時間を鑑みれば、自分がどう接するべきなのかは明確になるし、「頸が痛い」だの「疲れが溜まっている」なんて事を言ってられなくなる。

 この頃は、チャイムが鳴ってドアを開けるまでの数秒間、そんなことをイメージしながらテンションをつくり、努めて元気に顔を合わせるよう心がけている。
(悪代官面のため、微笑んでも無愛想にみえてしまうのは、予めご了承くださいませ。)


 
ニックネーム    at 02:10 | 今週のぼやき

2009年04月29日

黄金水

黄金水.jpg

 もし「貴方は、なんのために毎日仕事を頑張っていますか?」と質問されたら、間髪入れずに「好きな時に好きなシャンパンを呑むため」と答えるだろう。
4年前に、とても素敵なおじ様からシャンパンの素晴らしさを教えて頂いた。
 それ以来、週の半ばと週の終りには必ず開けている。

かつて、ナポレオンが「シャンパンは勝った時に飲むものだが、負けた時には飲まなければいけない」と言った気持ちが痛いほどわかる。
良い日も悪い日も、シャンパンを開けるための言い訳を、あれこれ考えては呑む機会を増やしている。

 シャンパン一杯(いや一本だな)あれば、目前に高いハードルが立ちはだかっていても、乗り越える勇気が湧いてくる。
私にとってシャンパンは、暮らしに一時の喜びを与え、暮らしにメリハリをもたしてくれる、まさに「黄金水」なのだ。(女王様は勘弁)
ニックネーム    at 01:49 | 今週のぼやき

2009年04月29日

ストレッチ愛好家はインテリか

 新書本で「仕事ができる人はなぜか筋トレをする」という本が売れているそうだ。
読んではいないが、なるほど…確かに思い当たる節がある。
しかし、同時に筋トレばかりやっている人は、オツムが筋肉になっちゃっているというイメージもある。
「いや〜、鈴木さんの三頭筋やばいっすね!」
「いや、まだまだっすよ〜(筋肉のこぶをつくりながら答える)」
「そういう田中さんの広背筋も成長してますよね〜。」
「いや〜まだ大したことないっすよ。(鏡にポージングしながら)」
以上のような会話はジムゾーンでは日常的なものだが、横で見聞きしていると吉本のコントよりは面白い。
筋トレと日サロ愛好者には似通ったところがあって、他人が「やり過ぎだ」と指摘しても「まだまだよ。」と、自分で加減が分からなくなって、ついつい行くとこまで行ってしまう。
 
 でも、筋肉膨らましてハッピーになれるのだから、彼らは相当幸せな人たちかも知れない。
筋トレは運動スキルと違って、才能はあまり関係なく、頑張った分だけ結果が出てくれるので、努力を裏切らないところも筋トレのいいところか。
 ただし、筋量・筋力が増したからといって、自動的に姿勢が改善したり腰痛症が緩和するわけでも、また運動パフォーマンスが向上するわけではないことを、この際知っておいてほしい。

 一言お願いしたいのは、金曜日の夜やクリスマス当日、そしてバレンタインデーの夜にジムに行くと、お約束のビルダー軍団が寄り集まっていて、そこを通り過ぎる時に「あなたもですか!僕たちは女よりも筋トレですよね!」というメッセージを、アイコンタクトしてくるのだけは止めてもらいたい(苦笑)。 

 ヨガやストレッチは、いくら頑張っても他人に分かりやすい変化は体に現れにくい。
とても内省的な取り組みであり、そこには体の機能が改善していく喜びがある。
筋トレに燃えても健康に直結することは稀だが、ストレッチに熱中すれば、確実に関節の可動域が拡大し、姿勢全体が良くなり、運動パフォーマンスもあがる。
 カイロ、マッサージ、鍼灸、気功、治療方法は沢山あれど、短縮した筋肉の筋長を元に戻すのはストレッチしかないのだ。
 しかし、独りでやるとこれがなかなか面倒くさい…。

 食に例えれば、筋トレ好きは肉食タイプで、ヨガやストレッチ好きはベジタリアンといったところだろう。
ヨガやストレッチに勤しんでいる人に、喧嘩っ早い人や野獣系の人は見たことがない。
 以上の事から、筋トレ愛好家は何でもバリバリ系、ストレッチやヨガ愛好家は、インテリで大人しい人が多いという、偏見をもっているのである。
 
 
ニックネーム    at 01:20 | 今週のぼやき

2009年04月29日

トリガーポイント

最近、クライアントさんから「TVでトリガーポイントの特集してたよ。」と報告を受ける機会が増えている。
いつだったか、たまたま仕事中にテレビをつけたら、NHKの「ためしてガッテン」でトリガーポイントを取り上げているのを観て、驚かされた記憶がある。

 7年前に書いたストレッチ本でも、トリガーポイントについて触れているが、「運動器における痛みの85%は、トリガーポイント(以下TP)の関連痛および放散痛が原因である」と、事あるごとに唱えてきた。
 だが、当時は整形外科医ですら「トリガーポイント?なに、それ?」と、まるで私が作った造語であるかのようなリアクションをされていた。
 しかし、実際にはTPの歴史はとても古く、1843年にドイツのFroriepが「筋硬結」という用語を用い、その後、筋肉から発する痛みについて、新しい名称や原因が現れては消えた。
1938年には、TPが持つ「共通の経路=関連痛領域」について、KellgrenとSir Thomas Lewisが発見し、Travellが1942年に、現在のTP理論をまとめあげたのである。

 このところメディアの間で、俄かにTPが取り上げられるようになってきたが、この現象自体は大変良いことだと思っている。
 というのも、頭部や眼窩、四肢に広がる痛みや痺れの誘因の一つに、TPが挙げられることによって、責任部位の特定を、画像検査に頼りっきりだった診察形態に一石を投じ、触診することの重要性を再認識る切っ掛けとなる可能性があるからだ。
(現段階では、TPについて真剣に学ぼうとする医師の数は、全体の数%にも満たないだろうが)

 TP治療には、主に3つの療法がある。
@「ストレッチ&スプレー」
コールドスプレーによる瞬間冷却をした後に、無痛状態になった筋をストレッチする
A「注射&ストレッチ」
 TPを触診で探索した後、等張食塩水にプロテカイン(局所麻酔薬)を溶かした液体を、TPに直に注射する
B「圧迫&ストレッチ」
 テニスボールやスーパーボールを床に置いて、その上に横たわって背中や腰、殿部など に生成されたTPを30秒間圧迫した後に、その筋肉をストレッチする

TPを内包した筋肉は、筋長が著しく短縮していることがあるため、冷却、麻酔、圧迫して痛みを抑制した直後にストレッチして、正常な筋長に戻してやることが大切なのである。

 TPブームになるかは分からないが、TVに出演している医師が「TPの治療は注射で」と、あたかもTPの治療方法は、自分たちが推奨している「注射」しかないような言い方をしていることである。
もちろんブロック注射は速効性があるが、頻繁かつ習慣的に行えば副作用がゼロと言い切ないし、第一、TPを探索し注射を打つ人のスキルによって、効果にばらつきがでるのは当然のことだ。
 ただ、彼らがTPについて広く啓蒙してくれていることは、とても意義深いことであるのは間違いない。

 私個人としては、B⇒@⇒Aの順でお勧めしたい。
TP圧迫.jpg 
ニックネーム    at 00:20 | 今週のぼやき

2009年04月14日

裂ける

 今朝、東京厚生年金病院の整形外科に行ってきた。
「一部の整形外科医は、保険診療に寄生する役立たず」と批判してきた自分が、今さらノコノコと出掛けていくのは全く情けない話だが、年々、増悪していく症状が、頚椎の神経根に由来しているのか、それとも筋性由来なのか、または骨変形関節炎によるものなのかをはっきりさせたかった。(マッサージでは誤魔化しが効かなくなっていた)
 この病院を選択した理由は、3DのCTが撮れる検査機器があり、頚椎の専門医がいるとの情報を得たからである。
 
 前もって予約したのにも関わらず、カルテができるまで45分間待たされた。これが普通か…。
外来診察室にいた医師は、よくいる無機質で事務的なタイプの男性で、予想通り患部には一度も触れなかったし、姿勢分析はもちろんのこと、頚椎や肩甲上腕関節などの可動域テストや触診は一切行わなかった。
「一回くらいは触わってみたら?」と、イライラする気持ちを抑えながら質問に答えていたが、それでも何とか3DCTだけは撮ってもらおうと我慢した。
(医師の手が触れるだけで、多くの患者は「診てもらった」と安心するものなのだが、彼らはなぜその大事な行為を省くのだろう。
完治しないことは分かっていても、多くの人が近所の「治療院」に通うのは、単純に術者が患部に触れてくれるからだ)

 予め、2年前に撮ったMRIとX線の写真をみて、「特に重大な問題はないけれども、一応、レントゲンだけ撮りましょう」という話になり、言われるがままレントゲンを撮った。

 結果は、上椎間関節突起から棘突起に及ぶ4pちかい亀裂骨折。
「この2年間に、外傷を受けましたか?」と尋ねるほど、骨が割れて深く裂けていた。
はじめは、「どうせよくある肩こりでしょ」的な態度で接していた医師が、「これはCTをとるのが有効ですね」と態度を一変させた。(もし、器質・構造的な破綻が見つからなければ、正味3時間近く待たされた挙句、実質10分以下の診察と検査で、消炎鎮痛剤筋弛緩剤を処方されて帰るという、大病院の最悪なパターンにはまったことだろう)

 シャーカステンに写った画像をみて、「ほれ、みたことか!」と内心勝ち誇っていたが、自分の体が面倒なことになったと直後に落胆した。
あれだけ、ビシッと深く骨が割れてしまったら、保存療法で済ませるのは厳しいだろう。
肩甲骨周辺の筋肉が異常に緊張・硬化してしまい、人と会話をすることが困難になるほど辛く、軽いストレッチや脇や背部のトリガーポイントを圧迫しただけで、「パキッ」と乾いた礫音がしていた理由がはっきりとしたのは収穫(?)だ。

3DCTの検査結果は来週に明らかになるが、今回の事は大きな外傷がなくても、慢性的な高い筋緊張によって、関節に過度の負担が掛り、疲労骨折に至ることもあるという事実だ。
現在、6つの企業を掛け持ちして、日々の不適切な作業姿勢のリスクについて講義しているが、身をもってそれを証明してしまった。

 やっぱり情けない。






 
ニックネーム    at 00:33 | 今週のぼやき

2009年03月27日

雑誌掲載

 発売中の「ゴルフダイジェスト」のP76〜78に、「姿勢とアドレス」の記事が掲載されています。
ニックネーム    at 09:05 | 今週のぼやき

2009年03月16日

リミット

 脳はしばし嘘をつく。
仕事柄、アスリートのウェイトトレーニングに付き合うことがあるが、100kg前後のhevyなバーベルやダンベルを繰り返し挙げているときに、「もう挙げられない!」とアスリートがgive upしかけた時に、バーの下に片手の人差し指1本を添えて、持ち上げているフリをすると、難なく2回くらい持ち挙げてしまう。
 「もしもこれを胸に落としてしまったら」という不安要素が強くなると、脳は途端に力をセーブしてしまい、反対に「人が支えてくれているから大丈夫だ」と判断すると、力を発揮するように「リミットの扉」を開くのである。

 また、10レップ(レップ=回数)を目標にトレーニングをしている時に、10レップ目で「はい、もう4回!」とレップを追加すると、途端に力が出なくなってヘナヘナになってしまうのだ。
恐らく、「もう1回!」と指示すれば、もう1回くらい余裕で挙がるのだろうが、4回と言われてしまうと、脳が「それは無理」とブレーカーを落としてしまうのだろう。
 優秀な鬼コーチは、「これ2回やったら、次にセットのレップ減らすから」と、上手追い込んでおいて、平気で嘘をついて次のセットも通常回数やらせる。
嘘かな?と思いつつも、限界まで追い込まれている選手としては、ついつい甘い言葉にのせられて最後まで追い込んでしまうのだ。

 私自身、GK練習で毎日半殺しにされていた時のことを思い出して、「本当に心身の限界というものはあるのか?」と、今でもはっきりとしない。
頭が真っ白になり全身が脱力して「もう絶対に動けない」と確信しても、1分間も休めば、何度でも動けてしまったからだ。
本当のリミットに達したときは、「もう限界…」なんて言う余裕はなく、単純に失神しているはずだ。

 心身のリアルな限界に至るずっと前に、脳が「フェイクリミット」を設定する現象は、スポーツに限ったことではなく、あらゆる事に通じるだろう。
脳の「フェイクリミット」を自分で取っ払えたら、人間はどんな事でも成し遂げてしまうかも知れない。
 突き抜けていく人は、自分にアメと鞭を交互に与えながら、自分のリミットを引き上げていくことがうまく、他方、闘おうとしない人は、すぐに「フェイクリミット」を作動させて、できない理由をみつけるのがうまい。
ニックネーム    at 22:54 | 今週のぼやき

2009年03月14日

かっこう

 3月1日に引越しをし、やっと理想的な書斎ができた。
トランクルームにあったダンボールを開けると、中学1年の時のノートが出てきた。
その頃、痺れるほど好きだった、金子光晴の詩が貼り付けてあって、しゃがんだまま何度も読み返した。
この詩と自分の浸透圧が近いのか、今読み返しても、当時と同じ深いところに浸み込んでいく感覚は変わらない。

 沢山の人々とすれ違い、良いことも悪いことも、一切後ろを振り返らないようにしてきた自分には、やけにこの詩が響く。
 別におセンチになったわけでも、気が触れたわけでもないが、味のある詩なので勝手に紹介する。

「かつこう」

しぐれた林の奥で
かつこうがなく。
うすやみのむかうで
こだまがこたへる。
すんなりした梢たちが
しづかに霧のおりるのをきいている。
その霧がしづくになって 
枝からしとしととおちるのを。

煙につづいている路で
僕は歩みを止めてきく。
さびしいかつこつの声を。
みじんな水の幕をへだてた
永遠のはてからきこえる
単調なそのくりかへしを。

僕はじぶんの短い生涯の
ながかつた時間をふり返る。
愛情のまばらだつた
うらぎり多かつた時を。
別れたこひびとも
ばらばらになつた友も
みんなこの霧のなかに散って
この霧のなかにいるのだ。
もう さがしやうさへない。

はてからはてまで
みつみつとこめる霧。
とりかへしつかぬ淋しさだけが
非常なはやさで流れている。
霧の大海のあつち こつちで
よびかはす心のやうに
たよりあふ心のやうに
かつこうがないている。
かつこうがないている。
ニックネーム    at 01:56 | 今週のぼやき

2009年03月14日

いつの間にか

 私には2人の甥っ子がいる。(兄貴の息子)
10歳の長男の方は、ワケあって年老いた私の両親の元で、兄弟離れ離れで0歳の時から育てられている。
彼は私の両親を実の親と決め込み、そして、23歳年上の私を「長男」としている。

 今年で母は73歳、父は63歳だから、反抗期にもなり始めてエネルギーが有り余っている甥っ子には、両親では全く遊び相手にはならない。
どうにも彼は、私に憧れているらしく「ニーニーと同じ、読売クラブ(ヴェルディ)に入りたい!」と、2年くらい前から言い出してきかない。
 「放っておけば、そのうち他の事に気が向くだろう」と高を括っていたら、先日、甥っ子から直訴の手紙をもらった。
「毎日公園と家でGKの練習をしています。結構いい結果も出ています。一度読売に連れて行ってください。」とあった。
「いい結果」って、どんな結果なのか意味がわからないが、本人は相当真剣なようだ。

「僕が体力的に駄目なことは分かっている。でも、ニーニーがやったことは、一度チャレンジしてみたいんだ」と両親を説得しているらしい。
全く困ったものだ。

私は小3で稲城市にある読売クラブにテスト入団(100名中1人)したが、毎日90分掛けてグランドまで通い、夜は23時を過ぎることなどざらにあった。(読売ランドの夜の山道はめちゃくちゃ怖い)
そして、毎尾週末は、新幹線に乗って地方に遠征だった。運動会も文化祭も修学旅行も行ったことはない。
そもそも、あんなドロドロとした激烈な競争の中に、可愛い甥っ子を放り込みたくないし、自分が散々嫌な想いをしてきて、同じ道など歩ませたいとはない。

 以前、宮本恒靖に「お前、倅にサッカー選手に成ってほしい?」と尋ねたら、「やらせるわけないやん。」と即答していた。
ある程度上りつめた人間ならば、自分と同じ道を歩ませたくないと思うのが普通だろう。

 両親から諭してやって欲しいと頼まれ、「わかった。目指しても無理なことを俺からわからせるわ。料理人とか長く勝負できる職業を選んでほしいから。」と応えた。
 スポーツ選手だけは、本気で諦めさせようと思っていたが、同時に「俺はいつの間に、こんな在り来りな事を言う、つまらない大人になったんだろう」と自己嫌悪に陥った。
 やる前からリスクを回避して、はじめからチャレンジさせないように仕向けていく…子供からみれば、最も卑怯で避けたいタイプの大人だ。

 俺もあいつも、人はいつまで生きられるなんて保障はないのだから、「やりたい」という事にリミットをつけず、取りあえずやらせてみよう。
 子供だからなんて関係ない、しくじったら自分でケツを拭かせて、そこから這い上がる方法を示してやればいい。
若いうちに沢山の痛みと苦しさ味あわせて、タフな男にしてやるのが自分の役目だと思うことにした。

 
ニックネーム    at 01:27 | 今週のぼやき

2009年03月14日

ちょっとした奇跡

 1997年、ブラジルの名門チームであるパルメイラスに所属していた1年は、生涯でも最も記憶に強く残る年になるはずだ。
チームに合流した当初はGKが4人いて、写真左端に写っている男=マルコス(GK)は、膝の怪我から復帰してリハビリをしている段階だった。(レギュラーのGKは左から2番目=ヴェローゾ)
パルメイラス.jpg
左端がマルコス
1996年は、マルコスがレギュラーのGKで代表にも選ばれていたが、怪我をしたためにチームがヴェローゾ獲得してポジションを奪われしまい、完全に不貞腐れて体重もオーバーしていた。

 練習が終わると誰もいないグランドで、マルコスと2人でPKのW杯をやって楽しんだ。
彼が勝つと「マルコス止めました!勝った!ブラジルが世界一だ!!」と、独り実況中継をしていたのを今でもはっきりと覚えている。
彼は「気違い」のニックネームを持つほど、馬鹿でぶっ飛んでいたが、本当に温かくていつも冗談ばかりいって他人を楽しませるナイスガイだった。
 いつも駅まで送ってもらい、午前と午後の練習の間は、ホッキジュニオール(DFで日韓W杯の優勝メンバー)と2人で暮らす部屋に遊びにいった。
高層階に住んでいるにも関わらず、2箇所も窓が割れていたので、「あれはどうしたの?」と尋ねると「野球やったら窓ガラスが割れたんだよ。」と、真顔で答えていた。

 その2年後にパルメイラスが、南米クラブNo.1になって、トヨタカップでマンチェスターユナイテッドと世界一を決するために来日した。
マルコスが正GKとして、南米大会の優勝の立役者となっていたのだ。
トヨタ杯は、マルコスのセンタリングの処理ミスが決勝点となり負けた。
試合後ホテルに行くと、彼は子供のように大泣きしていた。

 それから2年の月日が経ち、当時パルメイラスの監督であったルイス・スコラリオ・フェリペがブラジル代表監督となり、マルコスをはじめとする他3人のチームメイトが見事に2002年のW杯を制した。
feripe.jpg
最近までポルトガル代表とチェルシーの監督をしていたフェリポン(ニックネーム)

 サッカー後進国の日本に育った自分からすれば、W杯で優勝する人などイベントですれ違うくらいしか会う機会のない雲上人であったが、まさか不満たらたらで練習して、飯を食いすぎてコーチに怒られていたマルコスその人が、あんな偉業を達成するとは夢にも想わなかった。
 アメリカンドリームならぬ、ブラジリアンドリームを目前にできた事は、とても素敵な経験だ。

 夕暮れの中、マックのポテトを回し食いしながら、マルコスとホッキが「危ないから」と駅まで送ってくれたのを思い出すと、たまらない気持ちになる。

パルメイラス3.jpg
上段右端がホッキ(2002代表&ACミラン)、右から2番目エウレル(ヴェルディで活躍)右から3番目アレックス(ブラジル代表)、下段左から2番目ジュニオール(2002代表&パルマ)
パルマでチームメイトだったヒデに、ジュニオールの事を話したところ、「ああ、あいつはほんとに馬鹿な奴」
ニックネーム    at 00:35 | 今週のぼやき

2009年03月12日

アドレス

 先日、週間ゴルフダイジェストの取材で、「姿勢とアドレス」というテーマで話をした。
ゴルフ狂の方が、Maro'sのクライアントの約7割を占めているため、トレーニングの目的が、骨格の矯正からゴルフのパフォーマンスの向上へと移行していくケースが多い。

 ゴルフを高齢者でも出来る、安全なレクリエーションだと認識している人も少なくないが、スウィング中の捻転トルクは、野球のピッチャーが全力で投げた時に等しく、3000Nという爆発的なストレスが腰部の支持組織へと掛かっているのだ。
この捻転力は構造的に捻じれに弱い、椎間板の繊維を損傷させるのに十分であるため、脊柱のカーブを本来のS字に保って、脊椎の関節によって過度の回旋を抑制させ、インナーコルセットを働かせて腰椎の保護をし、さらに舌を上顎に密着させて、頚椎の支持力を高めた状態でスウィングしないと、頚部と腰部の両方を傷めてしまうことになる。

 事実、ゴルファーの多くは、慢性腰痛やゴルフエルボーでプレーを続けられなくなっているのだが、残念なことにゴルフ業界には、未だ最新のスポーツ科学が普及していない。
雑誌やテレビを通じて啓蒙されることは、パフォーマンス向上のための小手先のスキルばかりで、ゴルフの身体へのリスクやスウィングに耐えうるコアや姿勢づくりについての特集は殆どない。

 多くのコーチたちは、機能解剖学やゴルフのバイオメカにクスを学んでおらず、自らの経験の範疇の中で指導しているため、生徒の身体の耐性を超えたスウィングをやらせてしまっている。 
フィジカルコンタクトや予測不可能な動きへの対応を必要としない、最もシンプルなゴルフにおいて、脊柱が全体で何度回旋するのか?また、腰椎、胸椎、頚椎は、それぞれ何度ずつ回旋するのかを、正確に応えられるコーチが殆どいないのは如何なものだろう。

 今回のテーマに沿って話を進めていくうちに、石川遼選手、片山晋呉選手、青木功選手のアドレスについて、意見を求められた。
 題材となる写真はアドレスを側面像だったが、石川選手は最大限に飛距離を出すために、カリカリにチューンアップしたレーシングカーのように、仙骨の傾斜角と腰椎の前彎をシビアにセットしていた。(ハムストや大殿筋が疲労で硬化・短縮したら、腰痛が出そう)あのヘッドスピードに耐えるために、足幅は通常の人の1.3倍近く広くとっていた。
 
 片山選手は相当の体オタクらしいが、腰痛を経験したためだろう、仙骨をやや後傾させて脊柱起立筋の緊張を抑えて、腰椎の前彎に遊びの幅を持たせていた。
あれならば、最大の飛距離は望めないが、腰への負担が少なく、長くゴルフを続けられるだろう。(一般のアマは、彼のアドレスを参考にすると良いだろう)

 最後に青木選手だが、あの釣り人のようなアドレスは彼にしか出来ない。
背中が後湾しているため、下半身で生じた捻転パワーは、ほとんど腹ー腰部で吸収されてしまい、肩甲帯で生まれたパワーだけで玉を打っている。まさに職人芸だが、一般の人が真似しても腰痛になるだろう。

 三者三様のアドレスが、それぞれの性格をよく現しているのが愉快だった。
年内発売予定の新書本(集英社)の最後の章に、「ゴルファーの腰痛講座」というものを設けているが、今回の経験を少し落とし込めるかもしれない。

 今後、ジュニアゴルファーへの姿勢やコンディショニングづくりの指導をしていいきたいと思っている。
ニックネーム    at 00:45 | 今週のぼやき

2009年02月02日

切っ掛け

 オバマ大統領の就任演説を、世界中の人々がそれぞれの立場で、様々な感情を抱きながら聞いたのだろう。
私には、「アメリカ国民であることの責任と代償を…」という一節が響いた。
(ブッシュを2回当選させたアメリカ人が、あの演説の真意を汲み取れるのだろうか?)

 あの一節は、普遍的な真理であり、人類すべてに当てはめることができる。
この世に生を受けた一個人としての責任と代償、親としての責任と代償、被雇用者としての責任と代償、そして、日本国民であることの責任と代償…。
 ニュースの街頭インタビューをみていると、「責任と代償」どころか「保障と恩恵」ばかり求めて、過剰に自分たちの「権利」を振りかざし、少しでも損をしないように立ち回ろうとする人(企業)が多いことに驚く。

 自分自身を顧みず、「どんな時も国や自治体、会社が自分たちを守るのが当然であり義務だ」と考えている輩が減らないと、いつまでも社会が成熟しないし、「資本主義の皮を被った社会主義国」のままになってしまうだろう。
 
 トヨタやソニー、パナソニックなど、いわゆる「勝ち組」とされてきた企業も、危機的状況に陥る今回の不況は、「一流大学に入って大企業に就職さえすれば、安定した人生を送れる」という、これまで多くの日本人が抱いてきた「幻想」を覆そうとしている。
 だが、悪いことばかりかと言うと、決してそうではない。
中身よりも結果だけを追求し、身の丈以上の利益を求めて「やり過ぎてしまった」ことを改めて、本来のサイズにシュエイプし、企業や個人における「成功の価値観」を見直す切っ掛けになるかも知れない。

 いつだって文学や哲学は、厳しい冬の季節を持つ国々で生まれてきた。
勤勉で謙虚な日本人は、こういう苦境から多くを学び、新たな価値観を創造できることを、世界中に示してもらいたい。


 
ニックネーム    at 00:55 | 今週のぼやき

2009年01月16日

見えない糸

 宮本選手の神戸への移籍が正式に発表され、ホッとしている。
 
 2年前の夏、私のクライアントさんから(以下M氏)、「次回ザルツブルグに行く際に、息子へ宮本選手のサインをお願い出来ませんか?」と頼まれたことがあった。
彼は快く、ユニフォームにサインと息子さんの名前を書いてくれた。(息子さんはとても喜んだそうだ。)
 
 その1年後、M氏とセッションをしている時に、「走行テスト中に大腿部の腱を断裂した」と恒から電話があった。
「挫けずにやっていこう」という約束を交わすのを、傍らで見ていたMさんから「羨ましいほど熱い関係ですねぇ」と言われたのを覚えている。
 恒から相談の電話がある時には、いつも偶然M氏が居合わせていた。

 昨年の12月23日、ベッドの上でうつ伏せでになっているM氏に、ウィンターブレイクで帰国している恒の移籍先が、まだ決まっていないことを伝えると、「差し支えなければ、チームのオーナーを御紹介させてもらってもいいですか?」と提案された。
M氏の背中にまたがったまま、携帯を手にして「クライアントさんが、チームを紹介してくれるって言われているけど、どう?」と恒に尋ねると、「まぁ、可能性があるなら…。」との返事が返ってきた。
その後、M氏が迅速に動きだし、強化担当とオーナーを動かすきっかけをつくって下さった。
年末年始をはさみながらも、互いの関係者が尽力し、たったの10日間で契約にこぎ付けた。(キャリアはもちろんの事、彼の人柄がオーナーを動かしたのだろうし、オーナー側からの熱いラブコールとヴィジョンも、恒の気持ちを動かしたのだろう。)


 人生に何度か訪れるターニングポイントには、必ずキーマンになる人が存在するが、その時は、それほど重要視していない人だったりすることがある。
2年前、サインをお願いしたM氏が、キーマンになるとは誰も想像しなかった。
 
 人は見えない糸で繋がっていて、巡り巡っていつ誰のお世話になるかもしれない。
今回の件で、人の繋がりの面白さと、少しの怖さを改めて実感した。
(神戸の社長が、12歳の時に「おじちゃん」と呼んでいた方だったのを、記者発表のニュースをみて知った。もう一つ繋がった…。)

 今後、ザルツブルグに行く機会がなくなるのは寂しいが、彼のお陰で5回訪れることができ、あの街の自然と人々の暮らしに触れることができたのは、とても良い思い出となった。

 数年後に、ミラノに移住するか否かを熟考しているが、欧州へ意識を向かせるきっかけをつくってくれた彼には、本当に感謝している。

 神戸での数年間が、彼の想い描く「最終章」になることを祈っている。

 

 
ニックネーム    at 23:16 | 今週のぼやき

2009年01月15日

叶う

 私は生まれてから間もない頃から、小学校に入学するまで親戚の家で育てられた。
別に両親に何か問題があったわけではなく、伯父さんと伯母さんの所で過ごすのが、とても心地よかったのだ。
 私が生まれる10日程前に、膠原病を患った三男を19歳で亡くし、その生まれ変わりとして私を本当に可愛がってくれた。
 伯父さんは息子2人と運送会社を経営していて、毎朝毎夕、気性の荒いお兄ちゃん(従兄)達と運転手達に投げ飛ばされたり、しばかれながら(可愛がり)、「小間使い」として愉しく暮らした。

 お兄ちゃん達は30歳近く年上で、いつもビートルズや加山雄三、シャネルズなどが、トラックの車中や彼らの部屋で流れていた。
特に加山雄三の「君といつまでも」や「海」が頻繁にかかり、5歳にして歌えるほど歌詞が染み付いていた。
 大人になっても頭の片隅にメロディがあって、彼が現役のうちに一度は「生」を聞いてみたいと思っていた。
 そんな折、テレビのCMで「海」を歌っている加山雄三の姿を観て、「ああっ、どうしてもこの歌を聴きに行きたい!」と感じていた矢先に、作曲家の千住明さんから、「加山さんと一緒にコンサートやるから、来ませんか?」と、お招き頂いたのだ。
(千住さんは、コンサートの全曲を編曲監修をされている)

 そして、本日、東京文化会館で加山さんの歌声を聴くことができた。
一言で「骨太だな〜!」という印象を受けた。
本当にいい歳のとられ方をしていて、凄くチャーミングだった。(あんな風に歳をとりたいものだ)
加山さんをはじめ、石原裕次郎さんや美空ひばりさんのような、本物の「スター」は出てこないのだろうなぁ。やっぱり「昭和の人」って器がでかい。
 この仕事を通して、角界で活躍されている方々とお会いする機会を沢山もらい、会うだけでウキウキするような感覚は無くなっていたが、楽屋で加山さんに対面した時は有頂天だった。
千住さんのお陰で、小さな希望が一つ叶った。

 帰りの道中、いつもなら東京文化会館を出ると、上野駅周辺の景色で一気に現実に引き戻されるのが、今夜は余韻に浸りながら家路につけた。

 
 
ニックネーム    at 00:32 | 今週のぼやき

2009年01月06日

御挨拶

 明けまして、おめでとうございます。
本年も、よろしくお願い申し上げます。

 今年もやるべき事を淡々とやって参ります。

 2009年の目標は、「家に籠って医学書を読み耽る」。(小っちゃ〜)
この3年間、新書本を6回も書き直していたので、読めなかった医学書が溜まっているので、それらを読み漁って、次のステージに行くために知識を貯蓄する1年にしたいと思っています。
読んだ知識が身に沁みて、体現できるようになるのは3年後でしょうが…。
 
 4月に共同で会社を興し、2冊の腰痛本を出版する予定です。
そして、これまで同様、学校と企業の両方で、安全な作業姿勢と作業動作フォームの普及活動をして参ります。

 単細胞ゆえに、今年も沢山やらかして、ご迷惑をお掛けしてしまうかも知れませんがれ、どうか皆様の変わらぬお力添えを頂きますよう、宜しくお願い致します。

 2009年が、皆様にとって実り多き年になりますように。

※忘れていましたが、発売中の「日経ヘルス プルミエ」のP50あたりに、P4ほど腰痛症の記事を掲載しております。お手隙があれば、お目をお通し下さいませ。

  
ニックネーム    at 01:18 | 今週のぼやき

2008年12月30日

覚悟

 人生は「覚悟」を決めた瞬間から、些細な事では動じなくなる。
反対に、覚悟を決められず、腹をくくれなければ、小さなさざ波や微風も、大波や暴風に感じるだろう。
何を成すにも、「覚悟=リスク」は、目的を達成するためのチケットのようなものであり、これが無ければ話にならない。 

 今の世の中、覚悟をもって生きている人って、どれ位いるのだろうか?
いざとなれば政府や自治体、そして会社が守ってくれる、守ってくれて当然と考えている人が多過ぎやしないだろうか?
 
「僕たちは明日からどうやって生きていけばいいのですか!」、「会社は安心して働ける環境を用意して下さい!」などと、解雇された20代や30代そこそこの若者が、声高に訴えている。
そもそも、「安心して働ける環境」など、どこにあるのか教えてほしい。
勤務時間が終われば家でテレビやゲームばかりで、自分の仕事に関連した勉強もせず、経営者だけを批難し、自分たちの権利ばかり主張するような輩に、これだけの危機の中で、今までの待遇が与えられるわけがない。
 自分でリスクを取らずに、すぐに政府や会社のせいにする連中をみていると、張り倒したくなってくる。

 とはいえ、若い世代の人たちだけを責めるわけにもいかない。
何歳になってもown riskを教えない、日本の「過保護教育」では、覚悟を決めるどころか、自分の尻を拭くことも教わらない。(色々な学校を周るなかで、明らかに子供が悪いのに、親が出てきて「子供が可哀そうだ」と教師を非難する馬鹿親が、どれだけ多いのかを知らされる)

 猫も杓子も大学へ行こうとする前は、多くの生徒が部活動に熱中し、おっかない監督と先輩から、理不尽で不条理なことを強要され、その「問答無用」の中で、どうにかやり通す忍耐力を養った。
「弛んだ若者を再生するには、徴兵制しかない」という意見もちらほら耳にするが、そんなことをしなくても、あの部活動自体が「仮想軍隊式訓練」だったわけで、そこを通過してきた人たちは、社会の理不尽さに耐える能力を持っていたのかもしれない。

 昨今の子供たちは、部活動よりも予備校に行くか、家でゲームをやっているようで、勉強さえしていれば、親から咎められることもない。
家庭や学校で、own riskと問答無用を教わっていない子供が、成人して急に競争社会へ放り出されたら、どうして良いか分からず、頭でっかちに権利ばかり主張するようになるのも、ある意味自然なことなのかもしれない。
 どこの国でも、経済が豊かになると子供や若者が軟弱になるようだ。
 
 私はこれ以上「ニート=穀潰し」を増やさないためにも、常々教育機関の人たちへ、小学校の高学年から、職業への意識を持たせる必要性を進言してきたが、いつだって彼らの答えは、「子供には早すぎる。」というものだった。
 「夢を持って」と漠然としたアドバイスをする大人がいるが、夢とは職業そのものであり、夢を叶えるための手段や方法を教えるのに、早過ぎるなんてことはないはずだ。

職業への関心は、一家を支える親父の背中から始まるものだが、最近は、子供の前で親父をたてる母親が減ってしまっているようだ。(教育の原点は、家族の縦社会を教えることだと思う)
 親が何でもしてくれる家庭に育った子供は、何か思い通りにいかなかったり、失敗するとすぐに人のせいにする。

 何でも与えたれてしまった彼らには、生きる覚悟どころか、人生や仕事に対するモチベーションもビジョンが湧いてこない。
 何となくボサッと会社に来られたって、雇う方からしてみれば、たまったもんじゃないだろう。

 この不況の中、小賢しい政治家たちが、小手先の対応策を練っているが、そんなものでは何も根本から変えることは出来ないし、同じことを繰り返すだけだ。
今こそ次世代を担う子供たちの教育理念と指針を、根本から見直して、さまざまな意味で「タフ」な人間を育てる教育に転換する、最大のチャンスだと、そう私は勝手に思っている。
ニックネーム    at 01:26 | 今週のぼやき

2008年12月17日

原点へ

 世界中の経済が停滞している。
泡が弾けて大変なのは間違いないが、冷静によく考えれば、架空の数字ゲームで膨れ上がっていた世界の経済が、もとの丈に戻っただけのことだ。
 まともな商売していたら、一企業が何千億を超える利益を出せるはずがないし、たった数十年の人生で、個人の資産が100億を越すはずがない。
(働かずにモニターにかじりついて、20億以上の金を稼いでいる若者を観たが、あれを何と形容すればいいのか分からない)

 何も生産しないで、株の売買や土地ころがしで、大きな利益を獲ようとする時代に終止符が打たれたのなら、これは歓迎すべきことだ。(恐らく、同じことを繰り返すだろうが)
顧客の金をいじくって、「俺は一日にうん億を動かす男」と、大勘違いしていた輩も、この出来事で目を醒ますとよい。

 「100年に一度の不景気」と騒ぐ輩がいるが、これまでが狂っていただけの話だ。
足し算の人生に大儲けはないが、今回のように「0」になることはない。


 何でも証券化したアメリカのインチキ経済の崩壊によって、世界中の国々が迷惑を被っているが、今回の不況を教訓として、狂れた金融のシステムと、一攫千金を目指して色めき立つ人たちの心が、原点に戻ることを期待したい。
ニックネーム    at 02:02 | 今週のぼやき

2008年11月26日

本物のおバカ

 「おバカキャラ」のタレントが持て囃される様になってから、どれくらい経っただろう?
もちろん、彼らは本物のおバカではない。
本物のバカだったら、司会者や記者が欲しているタイミングで、「ボケ」などかませないし、己をバカと認識できない。
その場の空気を読んで、なんとかウケようと演技している姿を観ると、「ああ、頑張っているなぁ」と感心する。
 これといって芸がないのだから、いつ消えてもおかしくないわけで、今のうちに少しでも露出しておこうと、彼らも必死だろう。

 しかし、永田町や霞が関には、演技などいらない根っからの「おバカ」が仰山いる。
麻生首相に至っては、彼の話している事、やろうとしていること自体が、すでに漫画そのものなんだから、公用車の中で改めて漫画など読む必要はないだろう。
「羞恥心」に続けと、「猜疑心」、「虚栄心」、「利己心」…、そんな名前のグループを、いくらでも結成できそうだ。(竹中氏をリーダーにした、「売国奴」なんてのもいいかも)
 保釈中のプロデューサーが手懸けたら、結構ブレークする…わけないか。

  
ニックネーム    at 19:59 | 今週のぼやき

2008年11月19日

徘徊

 太りやすい体質ゆえに、この数年間は、夕食は大好きな炭水化物を抜いている。
だが、ストレスが溜まってくると、普段抑えている欲求が明け方に爆発する。
一日に水分を4リットル近く摂っているためか、夜中に2度おしっこに行くのだが、(もう年寄り)トイレの帰りに、夢遊病者のように意識なく冷蔵庫に向かい、果物や「LG21」を片っぱしから食べ漁ってしまうのだ。
 さらに、ストレスがピークに達してくると、ソファーに座って薄眼でテレビを観ながら、座ったまま朝まで寝てしまう。

 朝起きると泥棒が入ったかの如く、キッチンとテーブルに奇麗に剥かれて果物の皮や、ヨーグルトのケースが散乱しているのを見ても、自分がしたことを覚えていないのだ。
この前は、枕元に七味唐辛子とみりんが置いてあったし、その前は、背中の下にSuicaが置いてあった。
一体、何をしようと思ったのだろう。

 夕方、ニュースを観た時に、「あれ、なんでこのシーンを知っているんだろう?」と驚くことがあるが、しばらくして「ああ、明け方テレビで観たんだ」と思いだす。

 家の中で徘徊しているうちは良いが、そのうち外に出て行くようになったら、どうしよう…。
ニックネーム    at 18:01 | 今週のぼやき

2008年11月14日

そろそろ

 元空幕僚長の発言で騒ぎになっている。
いつの時代にもあの類の人は存在するし、軍のトップにいる人間であれば、あれくらい偏った思想でないとやってられないのかも知れない。


 ただ、彼の言っている「日本は侵略国家ではなかった」という歴史認識と、戦争に対する認識は、完全に間違っているだろう。
「侵略」しない「戦争」なんてものは存在しない。
戦争には、「侵略する側」と「侵略される側」、そして、「殺す側」と「殺される側」があるだけだ。
これは前にも言ったが、他人の家に押し入っておいて、「これは家宅侵入ではない」と言っても通用しないのと同じで、他国の領土に侵入して人を殺せば、侵略以外のなにものでもない。(戦争という言葉自体が、事実を歪めるまやかしの言葉)

 この件で、元空幕僚長の発言云々かんぬんよりも、この国がアジアの近隣諸国で、どれ位の人々を、どのようにして殺害してきたのか、これまで政府が調査団を派遣して、具体的な被害者の数字を挙げてこなかった事に、私は呆れている。
きちんとした調査を自分たちの手でしてこないから、いつまでもお隣から突かれるのだ。

 首相をはじめ、他の議員たちが「極めて不適切な発言」と非難しているが、具体的にどう不適切なのか、根拠のある数字を基にして、田母神氏の発言を否定できる者がいなかった。

 証人喚問で、田母神氏に質疑をした民主党の議員も、完全な歴史の勉強不足で、最後まで氏を追及しきれないまま、「あなたは憲法第9条を変えた方が良いと思っているのですか?」などと、本筋から外れた質問に替わっていた。

 そろそろ、その筋の専門家と政治家の先生方を集めて、中国や韓国に「修学旅行」をさせて、現地で何が行われたかを調査・分析して頂くのは如何だろう。
それが、非現実的というなら、本多勝一氏が書いた「中国の旅」を、議員全員に配布して目を通してもらうのもいいかもしれない。
そうすれば、これまで幾度となくあった、無知な議員たちの「侵略などなかった」発言を根絶するのに一役買うだろうし、やった、やらないの水掛け論にも終止符を打てるだろう。

 私がこの問題に拘るのは、中国や韓国が好きだからではなく(文改革後の中国はかなり苦手)、日本がアジアでイニシアチブを取り続け、本当にグローバリゼーションを図りたいのなら、これまでのように受けた被害だけでなく、加害の内容と数を出来るだけ明らかにするべきだ。
 被害と加害の客観的な事実を、国民の共通認識として持ち合わせておいて方が、海外に行った時に恥をくこともないし、他国から一定の評価を得られ、もう一段上のステージに進めると思うからである。

 ここへきて突然、「文民統制」なんて言葉が挙がってきたが、臭いものに蓋をし、都合の悪い事実を隠蔽した教育をし続けておきながら、何を基盤にして文民統制するのか、詳しく伺ってみたいものだ。

 ※今週のan.an(P18に記事が掲載されています)
ニックネーム    at 01:25 | 今週のぼやき

2008年10月24日

気道の確保

気道の確保.jpg もしも、近くに意識を無くして倒れている人を発見したら、まず最初にするべきことは、助けを呼び、救急車を呼んでもらうことだ。(誰もいなければ、自分で呼ぶ)



 次に、周囲の安全を確認して、傷病者に危険が及ぶような状況であれば、周りの人の助けを借りて安全な場所に移動すること。

この時、出来るだけ傷病者の頭部を動かさないように注意してほしい。

 例えば、家の中で家族が倒れているのを発見した時に、「〜さん!〜さん!起きて!しっかりして!」と、つい上半身を起こそうとしてしまいがだが、これはまずい。

転倒した際に頚椎を損傷している可能性ががあり、頭部を動かすと脊髄を損傷してしまうことがあるからだ。



 この後、CPRの資格を持っている人であれば、意識と呼吸の有無、さらに脈拍の有無を確認して、いずれも触知・感知できれなければ、気道の確保をして、ただちに人工呼吸と心臓マッサージにはいるのだが、この一連の行為を一般の人が行うのは、ほとんど無理。



 だが、唯一、子供でも行える応急処置がある。

それは、先述した「気道の確保」で、特別な技術を必要としない。

人は心臓が停止すると、数秒のうちに意識がなくなり、舌根(正確には舌と咽頭蓋)が落ちて気道を閉鎖してしまうのだ。

気道が閉鎖した状態では、いくら正確に人工呼吸を行ったとしても、肺に酸素を送ることが出来ないため、窒息死するリスクが高くなる。

 気道の確保は、以下の手順で行う。

片方の手を額に置き、もう片方の手の2本の指を、顎の先端に当てる。

 次に、イラストにあるように、顎を上方に押し上げながら、額て置いた手を下方に押し下げて、頭部を伸展させる。

意識がないと、すぐに頭部が屈曲(うなずく方向)してしまうので、常に額に置いた手に体重をかけて、同じ位置を維持させる。
 気道の確保だけで万全なわけではないが、少しでも蘇生率を下げないために、CPRの知識がない人でもできる、一番大事な処置である。

※これは乳児や小児にも活用できる。乳児の場合は、頭部を後屈させ過ぎないように注意する。
ニックネーム    at 00:44 | 今週のぼやき

2008年10月22日

気道閉鎖の応急処置

チョーク.jpg
患者の後方に立ち、患者のウェストに両手を回して組み、その組んだ手を腹部の中、もしくは上方に強く引き寄せる。この力によって、反射的に物を吐き出す。これを「チョーキング」という。

喉.jpg
物を喉に詰まらせてしまった場合、患者は自分の親指と人差し指を喉に当てて、万国共通の「息ができない」のサインを示すこと。



 2つ前の「心肺蘇生」で、小中学校でCPRを教えるべきだと提言したばかりだが、昨日、千葉県の小学生が、給食のパンを喉に詰まらせて窒息死する事件が起きた。
担任がどのような応急処置を行ったかは不明だが、記事によれば「廊下で横に寝かせて応急処置をした」とあった。

 物が喉に詰まって気道閉鎖したときに、横に寝かせて行う応急処置は聞いたことがない。
本当に正しい応急処置を行ったのだろうか?
餅が喉に張り付いたというなら分かるが、パンだったらチョーキングで押し出せるはずだが・・・。(餅の場合は、口腔に掃除機を突っ込んで、吸い出せば良い)

 いずれせよ、職員はもとより、生徒たちにも、早急にCPRと応急処置法を指導するべきである。
ニックネーム    at 01:43 | 今週のぼやき

2008年10月20日

心肺蘇生

マーラー.jpg 
カーラーの救命曲線

 昨日18日は、朝9時から18時までCPR(心肺蘇生)とAEDの資格更新の講習会に参加してきた。
このセミナーは、床に膝をつきながら、何時間もダミー人形に心臓マッサージと人工呼吸を行うため、膝蓋骨の周辺が腫れてしまうので嫌だが、スキルを鈍らせないために参加するようにしている。

 日本のCPRの普及率は低く、欧米諸国に比べて劣っている。
実際に、心配停止した患者の1ヵ月後の生存率は、米国が約30%に対して、日本は10分の1の約3%程度に止まっている。
この違いは、日本にCPRが根付いていないことを表している。

 一般的に、救急車を呼んでから、救急車が現場に到着するまでの平均時間は、約6.6分間かかると言われているが、心臓が停止してからCPRを開始するまでの時間が、1分間遅れる度に、蘇生率が10%低下する。
心肺蘇生の一番の目的は、心臓のポンプ作用を他動的に行うことによって、脳に血液を送ることであり、脳蘇生と言い換えることができる。
 脳に6分間酸素が供給されないと、仮に蘇生してもほぼ植物人間になってしまうリスクが非常に高いのである。(さらに、救急車が到着してから病院に搬送するまでの時間は、平均31分も掛かっている)
 つまり、救急車が到着するまでに、どれだけ早くCPRを行えるかが生死を分け、救急隊員が到着してからでは、ほとんどの場合遅すぎるのである。

 CPRの発祥の地は北欧であるが、北欧の子供たちは親が倒れたときに、気道の確保をできるというのを聞いたことがある。
また、シアトルでは95%の人が、CPRの資格を有しているようで、飲食店のスタッフが、チョーキング(喉に物を詰まらせた時に対処法)の資格講習(6時間)の受講を義務付けているところもある。
 わが国では、最近、自動車教習所で3時間、試験的に高校で3時間教えるようになったが、こんなものでは到底足りない。

 これまで、小中学校9年間の義務教育において、体育の時間に「正しい姿勢」や「腰に負担の掛からない日常動作フォーム」を指導するべきだと繰り返し訴えてきたが、同時に人命を救うためのカリキュラムも、絶対に、そして早急に取り入れるべきだ。
 
 残念なことに、この国の役人たちは、90%と善だと分かっていても、10%でも責任を負うリスクがあれば、動きだそうとはしない。
事実、諸外国は一般人に対して、2000年にはAEDの使用を許可していたが、日本はそれから4年も遅れて、ようやく許可を出したのだ。(ネックになっていたのは、「医業法」だった)

 日本人の死亡原因の1位は心疾患であり、毎年2万から3万人の心臓疾患(心筋梗塞など)による突然死が発生している。
 このうち70〜80%は、AEDによる電気ショックで救うことのできる「心室細動」によって亡くなっているのだ。
 他の国と足並みを揃えて、2000年にAEDを一般人へ使用許可を出していれば、4年の間に、どれだけの人を救えただろか。

 子供たちに性教育の一環(避妊と感染予防)として、コンドームの装着を教えるべきだという声が、文科省であがっているらしいが、それよりも先に、人命を救うための知識とスキルを徹底して教えるべきではないだろうか。(もちろん、企業でも社員に対して、CPRの受講を義務付けるべきだ)

 そうすれば、あの秋葉原事件のように、何の手助けもせず、被害者を携帯で撮影するような愚か者が、少しは減るだろう。
ニックネーム    at 01:36 | 今週のぼやき

2008年10月17日

早すぎる

 先週末、高校の同級生が亡くなった。
これまでも、自分より若い友人を何人か亡くしてきた。

 通夜の当日、仕事中に相方から電話があり、「何種類か香典袋があって、高いのでも190円位だけれど、どうする?」と尋ねられ「もちろん、一番良いのにしてよ。」と返答した瞬間、亡くなった友人の顔が浮かんだ。
「なんで、あいつの香典袋を買うことになっちまったんだろう…。」
とても受け入れ難いことで、不思議な感じがした。

 身内の死をはじめ、幼い頃から周囲の人が亡くなっていくのを、沢山みてきた。
次は「俺かも…。」と、10〜20代の頃は恐れていたが、今では不安も恐怖心も弱まっている。
 大好きなジョン・レノンも、チャップリンも、渥美清さんも、例外なくみんな死んでいる。(唯一、平等なこと)
この世に生きている人の数よりも、死んだ人(先輩)の方が圧倒的に多いのだから、やたらに怖がることもないだろう。

 私は、普通ではなかなか経験できない事や、滅多に出会うことが出来ない、素晴らしい人たちとのご縁を頂いてきた。
 最悪な時代もあったが、有り難過ぎるほど濃密な人生を送ってきたし、今現在も生かしてもらっている。

 いつ「ご指名」を受けても覚悟はできているが、欲を言わしてもらえば、お世話になった方々に恩返しをしてからにしてもらいたい(笑)。そうじゃないと、人に迷惑をかけっ放しの人生になってしまう。

 若くしてこの世を去った友人を想うと、生かしてもらっていることの有難さと、タフに生きていく勇気が湧いてくる。

 大切なことを気付かせてくれた彼らに感謝する。 

 
 
ニックネーム    at 16:19 | 今週のぼやき

2008年10月17日

 都会の夜空は、大気の汚染とネオンが反射し、オレンジ色に染まっている。
そのため、普段は北極星すら見ることが出来ないが、昨晩は、珍しく夜空に複数の星が輝いて、散歩しながらまじまじと見ていた。

 汚い空を見ても気分が悪いので、この何年も夜空を見上げることなどなかった。

 ちょっと東京を離れれば、満点の星が見られる場所もあるが、これまで見た夜空の中では、パタゴニアの平原とモロッコの砂丘で観た星たちが、ダントツに素晴らしかった。
眼前に星が降り注いでくるような威圧感があり、小高い丘に登れば星に手が届きそうな錯覚を起こす。(流れ星も数秒に一回の感覚で観られる)
 
 私は小学生にも説明できないくらい星座に疎く、たいした関心も持っていないが、あの満点の星を見ていると、果てしない空間と時空に思いを馳せ、自分が途方もなくちっぽけな存在であることを気づかされ、自然と謙虚な気持ちになれる。(地球が無数にある星の一つに過ぎないことも意識できる)
 そして、これまでずっと背負い込んできた「荷物」を、一瞬だけ降ろすことができるのだ。

 私たちは、太陽から生きるためのエネルギーを獲て、生かされている
 日中の空には、宇宙のスケールと神秘を感じられる機会は少ないが、夜空の月や星には、人が人らしく生きていくための真理が沢山詰まっている。

 文明と科学の発展によって、星を観ながら自分の位置を確認する必要性も、季節の移り変わりを調べる必要もなくなってきた。
そのかわりに、じっくりと星を見上げながら、立ち止まって自分の心の声を聞く時間を失ってしまった気がする。
独りになって、心を整理する時間がないのは、よろしくないだろう。
(精神を病んでいる人が増え続ける理由の一つに、星がみえないことが関係しているのかも知れない。)
 
 都会に住んでいる人は、たまには天気の良い日に遠出して、星を観ながら悩み事を笑い飛ばしてみるのも、良いリフレッシュになる…かも。
 
ニックネーム    at 03:52 | 今週のぼやき

2008年10月11日

パイオニア

 昨晩、お世話になっている知人のお店に行った際に、カウンターに同席していた野茂英雄さんを紹介してもらい、呑みながら色々なお話を伺う機会があった。

 日米の野球選手を育成する環境の違いや、グランドの質が異なることで投げた球筋が変わること、そして過去の強打者との対戦など、メディアを通してでは、なかなか聞くことの出来ない貴重なエピソードが聞けた。

 私はJリーグのセカンドキャリアの講師をやっていたが、プロアスリートのセカンドキャリアについて、野茂さんと意見交換ができた。
プロ野球とJリーグに「選手協会」というものが存在するが、プロ野球に比べてJの選手協会は歴史が浅く、政治的な影響力も権限もほとんどない。
そのため、多くの選手は引退してからの働き口がなく、コンビニやサッカーショップの店員、飲食店のアルバイトをやりながら、なんとか生計を成り立たせているのだ。(サッカーには契約金というものがない)
 そんな望ましくない環境を改善するために、優れたアイディアをもった他の分野の人たちとコラボレーとしつつ、引退した選手を上手に活かせる環境づくりをするべきだという認識が一致していた。

 渡米当時、古い体質の人たちの非難を受けながら、メジャーの重たい扉を開けた野茂さんの存在は、野球界だけでなく日本のスポーツ界にとって、とてつもなく大きな財産だろう。
 野茂さんからの提言を、スポーツ関係者が真摯に受け止め、それを現場に反映させられれたなら、プロのアスリートだけでなく、プロ選手を目指す子供たちの環境も、大きく改善されていくのは間違いない。
ニックネーム    at 01:39 | 今週のぼやき

2008年10月07日

品格ブーム

 最近、「〜の品格」という類の本をよく目にする。
「国家の品格」が馬鹿売れしてから、後に続けとばかりに「女性の品格」、「親の品格」、「男の品格」、「横綱の品格」と、未だに品格ブームが覚め止まらない。

 他人の「品格」について、気恥ずかしさもなく本にしてしまう時点で、だいぶ「品格」の無さを感じるが、如何なものだろうか。(「女性の品格」の著者に垢抜けない、野暮ったさを感じるのは私だけ?)
 朝青龍の存在によって、相撲界に取り入れられた漫画家も、まず自分の身なり整えた上で、横綱の素行について言及すべきだろう。
あのハンチング帽と無精ひげにモノ申されても、普通、聞く耳を持てないだろう。

 今、本当に必要なのは、品格よりも品性であり、さらには教養と道徳心(マナー)のはずだ。
エレベーターでドアを開けている人に会釈一つ出来ない、改札口で我先と割り込む、道でぶつかっても「すいません」が言えない…呆れて苦笑いしてしまう程、マナーがない大人が山ほどいる。
 「品格」なんてものはずっと後の話だし、だいたい、お上品に振舞うテクニックだけ学んでも、根底に「心=他人への思いやり」がなければ意味が無い。
 
 いつまで、この薄っぺらなブームは続くのだろうか。

 余談だが、今夏知人の別荘で、皇室出身のご婦人と食事を共にする機会があったが、彼女には何一つ気取ったところがなく、全く周囲の人たちに気を使わせない、さり気ない思いやりがあった。
その場に自然に溶け込んでおられたが、彼女にはどうやっても身につけることの出来ない、眩しいほどの気品があった。

 本当に上品な人は、間違っても「品格とは〜」などと語らないはずだ。







 
ニックネーム    at 00:47 | 今週のぼやき

2008年09月29日

土産

 先日、電話で恒(宮本選手)と現状や、これからについて話した。
度重なる怪我と監督の好みもあって、長い間、一軍の試合から遠ざかっている。
怪我の回復具合や来期の契約など、不安な要素が山ほどある中で、恒は自分が出来るアピールをコツコツと続けている。

 出口の見えない闘いが長く続き、ストレスは相当なものだろう。
それでも、電話口の声は、元気で気丈なものだった。
サッカーの選手寿命はとても短く、30歳までプレーできたら立派。
32歳になる恒も、あと数年したら次の人生へスイッチすることになるのだろう。

 ストッパーにしては小柄な体で、世界のトップと闘ってきた彼の心身は相応に疲弊しているが、恒は35歳までプレーすることを望んでいる。
 オーストリアリーグは目立たないから、日本でメディアに取り上げられる機会が少なく、徐々に人々の意識から消えているのかも知れないが、様々なハンディがある異国の地で、彼はもがきながら沢山の事を吸収し、成長し続けている。

 中村俊介選手やヒデのように、欧州での派手な活躍はないが、彼がオーストリアで体験し学んできたものは、近い将来、日本サッカー界への貴重な「土産」となるはずだ。


 
ニックネーム    at 00:45 | 今週のぼやき

2008年09月28日

物言わぬ

 中山国交相が辞任した。
発言する場所とタイミングを鑑みると、あまり賢いやり方ではなく、まさに「KY」な人であることは間違いない。
だが、発言の「中身」が全てがおかしかったわけではないはずだ。

 日教組に対する発言は、過激で断定的な表現が多く、誤解を招くかもしれないが、少しでも教育機関に関わったことがある人ならば、似たような思いを持っているだろう。(実際、同様の意見を何度と無く耳にしてきた)
 立場的に不適切な発言だったかもしれないが、これまでの大臣の失言とは、異なるものであり、私利私欲でやった悪事がばれて、辞任せざるを得なくなった連中と一括りにするべきではない。(そもそも、失言ではないと思う)
 
 この国の教育問題など、どうとも思っていないハナタレ記者たちが、鬼の首を獲ったかの様なテンションで、「辞任ですか?辞任しないんですか?」と、中山氏を追い詰めていく様と、平素は「日教組が諸悪の根源だ」と言っている連中が、誰一人、彼をかばおうとしないどころか、事態の収拾のために切り捨てる様をみていると、発言する内容の正誤とは関係なく、物言えば危うし、物言わぬ奴が生き残っていくのが良く分かる。

 ちょっとでも不適切な発言しただけで、いちいち辞任させられていたのではみんな萎縮してしまい、本質的に面倒な事は避けて、どうでも良い事しか言わなくなるだろう。
(「クソ教育委員会」とラジオで罵った大阪府知事は、キャラで許されたのだろうか?)
 
 病んだ社会は、正しい事をしようとすれば、必ず逆風が吹く。
強い信念を持って、最後まで貫き通せる人が、もっと表に出てきやすい環境をつくっていかなければならない。
顔色を伺って立ち位置を変える羊の群れでは、到底、世直しなんて出来っこないのだから。
ニックネーム    at 01:55 | 今週のぼやき

2008年09月28日

青の間

青の間.jpg
「青の間」メディカルルーム

 ダンサーのコンディショニングのために、月に2回、目黒の油面にある東京バレエ団へ出張している。
バレエ団の建物は、実に立派なもので、上の階にあるサロンに一歩足を踏み入れると、一瞬、日本にいることを忘れてしまうほど豪華絢爛。

 バレエ団には、「赤の間」、「青の間」と呼ばれる応接室があり、私は青の間をメディカルルームとして使わせてもらっている。
ダンサーたちの体は、過酷な稽古によって、足の指、足・膝・股関節は著しく変形し、いつ怪我をしてもおかしくない程、限界に近い状態にある。

 彼らとメディカルルームで接していると、自分が選手の頃に、マッサージ部屋でトレーナーたちと馬鹿話をしながら、疲労を回復させていたのを思い出す。
ニックネーム    at 00:50 | 今週のぼやき

2008年09月14日

思うこと

私はプライベートで60歳〜80歳くらいの方々と、旅行に行ったり食事に行くことが多い。
この世代の人たちは、戦後の非常に貧しかった時代と、急速な復興の時代を経験しており、とにかくタフで面白い。
 食事をしながら経験談や哲学を伺っていると、あっという間に時間が経ってしまう。

 この世代の人たちは、「俺たちが子供の頃は何にもなかった。芋をかじって生き延びていたんだよ。今の子供たちはねぇ」と口々に言われる。
 確かに、戦後間もない頃に、子供時代を過ごした人たちは食料が乏しく、日々を生き残ることで精一杯だったのだろう。
長男、長女は兄弟の面倒をみながら、家事や親の仕事を手伝い、学校に通いたくても通えなかった子供も沢山いたようだ。
 
 しかし、私はこの時代を生きた子供たちが、必ずしも不幸だったとは思えない。
当時、周りを見渡せば、みんな貧しかった。
 誰一人、遊ばせている余裕などなく、子供たちには明確な役割分担があり、「仕事」が与えられており、遊ぶのは役目全てを終えてからだった。
 それでも、「自分も家族の一員として支えているんだ。兄弟を守っているんだ。」という自負と誇り、自分の存在意義、そして、生きぬくことの大変さを、肌で学ぶことができただろう。
 
 一方、現代の子供たちはといえば、何ひとつ不自由のない生活を送っている。
国が豊かになったお陰で、常時、冷蔵庫に食料があって当たり前で、おもちゃも沢山買ってもらえるようになったが、同時に40歳近くになっても、親のすねをかじって暮らせるようになった。
 戦後のように、親が辛い思いをして働く姿を見ていないから、親に対する敬意と感謝の念が芽生えず、早く力をつけて、少しでも親を楽にさせてあげようという気持ちが生まれてこない。

「子供に辛い思いをさせたくないから」と、生活していくことの辛さや大変さを、なぜか隠そうとする親もいるが、子供はお客さんではないのだから、在りのままの姿をみせる事こそが、生きていくために必要な教育になるのではないだろうか。
 愛情があればこそ、あえて茨の道を歩ませることができるのではないか。
 そういうことをせずに、「塾や予備校にさえ通って、目的の高校や大学に合格してくれれば良い」という、とてもセルフィッシュで、単純な思考の親が多過ぎる。
 子供からすれば、将来に何の絵も描けていないのに、ただ勉強しろと言われても、苦痛以外のなにものでもないはずだ。 

 多くの親たちが、「子供がかわいそう」と言って、子供の前にある雑草や小石を全部取り除いてしまっている。
かわいそうがって育てた子供こそ、ひ弱で耐久性の低い「可哀そうな人」になってしまうのではないか。
 すべてお膳立てされて育った人間が、成人して急に石ころだらけの社会に放り出されたら、他人と忍耐強くやっていけるはずがない。
若いときにこそ、親や先生が正義感や道徳心、理不尽さ、そして、「お陰様」や「お世話さま」、「ご縁」の大切さを教育するべきだと思う。

 何でもかんでも揃った環境では、ハングリー精神が芽生えずに、熱い気持ちが沸き起こりにくい。
 社会全体が飽和し、「出尽くした感」と「やり尽くした感」が漂い、何となく生きていけてしまう時勢の中で、あえて生きる意味や目標、目的を見つけ出し、モチベーションを作り出すのは容易ではなく、「今時の若者たちは…。」と眉をひそめるのは、気の毒かもしれない。
 何かを成し遂げるという面では、戦後の子供たちの方が恵まれていたのでは…。

 また来月から、地方の小・中学校で講演を隔週のペースで再開されるが、彼らに少しでも「熱」をつけることが出来たらと思っている。
 
ニックネーム    at 03:59 | 今週のぼやき

2008年09月11日

対談

 今日、雑誌「anan」の取材で、俳優の成宮寛貴さんと対談した。
対談の御題は、「男がはっとする女性の所作」、「男ががっかりする女性の姿勢や所作」の2つ。
成宮さんは、感覚的に思うことを話をし、それに対して、私は専門的な見地から話をした。
 彼の意見には、気づかされる事が多く含まれていた。

 対談を一通り終えて、さっと成宮さんの姿勢分析と矯正ストレッチを施し、最後に並んで写真を撮って終了。
私の撮影は、ざっと2時間半で済んだ。

 編集の方やカメラマン、ライターにスタイリストさんまで、本当にナイスな人ばかりで、とても愉しい一時を過ごせた。
なかなか、今日のようなリラックスして、愉しめる撮影はない。

 窓の無いスタジオに長い時間いると、いつも頭が痛くなって嫌になってくるのだが、今日のスタジオは燦燦と日が差していて、最後まで快調だった。

 今日も良いご縁を頂いた。
ニックネーム    at 00:48 | 今週のぼやき

2008年08月21日

雑誌掲載

 8月23日発売の「Body+」、8月31日発売の「Free&Easy」
 9月13日発売の「美的」、9月10日発売の「ターザン」に記事が掲載されます。
 
ニックネーム    at 09:44 | 今週のぼやき

2008年08月15日

日本のトップ

 オリンピックの開会式をTVで観戦して思ったことは、中華料理のようにバラエティーに富み、「あるもの全部やっちゃいました!」的なところが、如何にも中国らしくて楽しめた。
 平気で違う子供に歌を歌わせられる感覚は、さすがの一言に尽きるが、あの人民のエネルギーは素直に凄いと思った。
あんなスケールのでかいことは、今の日本には真似できないだろう。(真似する必要はないが)

 開会式で一番気になったのは、福田総理の態度。
日本選手団が入場して手を振っているのに、首相は座ったまま扇子を仰いでいた。
その姿は、彼の人間性と器の大きさ、そして情熱の無さを改めて知らしめた。

 以前、ダボス会議に出席した私のクライアントさんから、サミット主催国の代表として出席していた、福田総理の数々の失態について聞かされたことがある。
ブレア元首相に、「サミットの開催国として、具体的にどのようイニシアチブをとろうと思われているのか?」と質問されて、福田首相は「みんなで話し合って決めたいと想います。」と応えたそうだ。
 再度、「つまり、具体的にどうしていくのか?」と質問されても、「ですから、みんなで話し合って決めたいと思います。」と、何度も同じコメントをし、ブレア首相だけでなく、なんとか助け舟を出そうとしていた議長のキッシンジャーにも、一国のトップとして、その主体性の欠如したコメントに呆れられたようだ。
 
 原稿を床に落として順番がバラバラになって慌てるわ、最初から最後まで原稿を見たままのスピーチするわで、福田首相が退席するときに、拍手をしたのは日本の関係者一人だったらしい。
その存在感の薄さと主体性の無さに、日本人として本当に恥ずかしかったそうだ。

 各国の大統領や首相が、自国の選手団に立ち上がって手を振っている中、一人他人事のように、へらへら笑って扇子を仰いでいる姿を観て、「日本のトップがこれじゃ、日本が元気になるわけがないわな」と、あらためて思わされたのである。
ニックネーム    at 21:29 | 今週のぼやき

2008年08月13日

呼ばれて繋がる

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 2週間ほど前に、雑誌「ターザン」の取材対応で、掲載するストレッチの写真を撮って送らなければいけないことがあった。
十数種類のポーズを、クライアントさんに撮ってもらうのは、さすがに忍びないので、どうしたものかと困っていたが、結局、小学校からの幼馴染を呼んで、撮影してもらうことにした。

 撮影を終えて、自宅で昔話に花を咲かせていたとき、「電電公社の社宅を壊すの知っている?」と尋ねられて驚愕した。
彼女の話では、すでに取り壊しが始まっていて、外周は高い仕切りがあって、中に入れなくなっているとのことだった。

 電電公社とは現在のNTTのことで、この社宅は大変広い敷地を有しており、わたしは物心がついたころから、6歳年上の兄貴と「裏山」で土遊びをし、「泥警」を覚え、コンクリの空き地でサッカーをしていた。
 そこは、まさに「プレイグランド」だったのだ。
当時の私の実家は、この社宅のすぐそばにあり、小学校、中学生時代の通り道になっていた。
 最近、幼少期の遊び場だった、中野駅の前にある「丸井」が無くなり、サンプラザの隣の「囲町公園」も消滅し、次々に自分のルーツがなくなっていたのだが、「電電公社」がなくなると聞いたときは、胸が締め付けられるような感覚に襲われたのである。

 翌日は日曜日で、珍しく午後4時に仕事を切り上げられる予定になっていた。
親父に頼んで、電電公社まで車で送ってもらい、壁の隙間から中の敷地に侵入した。
敷地内に降り立った瞬間、タイムスリップして、子供の頃の自分に戻っていた。
カメラを片手に、廃墟と化した建物や、裏山を必死に撮影してまわった。
 「あそこで蜂を捕まえたな」、「ここで兄貴と喧嘩して砂を頭にかけたな」などと、僅かな間、思い出に浸った。

 脳裏に焼きついていた、裏山の「石橋」はまだ壊されておらず、記憶のままの形をとどめていた。
 わたしはその橋に立ち、欄干を撫でながら「ありがとう」と何度も礼を言った。
 幼馴染のお蔭で、社宅の敷地が消滅する直前に、すべての物に感謝の気持ちを伝えることが出来きた。
 自分の中で、ひとつのけじめと区切りがついた。
 
 様々な偶然が一度に重なり、私はこの場所に呼ばれたのだ。
 もし、人が死を迎えるときに、走馬灯のように過去の映像が蘇るというのが本当ならば、私は自分が死ぬ直前に、必ずこの場所に立っているだろうと確信した。

 電電公社がなくなった地元、中野弥生町に帰る理由がみつからない。
それほど、大事な場所だったことに気づかされた。

 あの日以来、幼稚園からの幼馴染の顔と名前が、度々頭に浮かんでいたのだが、今朝、その本人からメールが届いた。
問い合わせフォームにある名前を見たとき、「あれ?なんで想っていることが伝わったんだろう?」と狐に抓まれた気分になった。
 実に17年ぶりの接触である。
何かの雑誌に私が載っているを、彼の身内が見つけてHPにアクセスしたらしい。
 公社が消滅する寂しさや辛さを、彼に会って伝えたいと願っていた矢先のことだった。

 自分を育ててくれた場所に呼ばれ、そして、一番懐かしい友達と繋がった。
やっぱり、この世には特別な力が働いている。

 ※親の転勤で離れ離れになった友達が、何かのきっかけでこの写真を目にして、当時を思いおこしてくれたら嬉しい。 
 
ニックネーム    at 00:55 | 今週のぼやき

2008年08月10日

新しい試み

 先日、バンダイ・ナムコさんで、ゲームソフトの製作に携われている人を対象に、眼科的な疾患、慢性的な肩こりや腰痛症の予防・改善を目的とした講演を行った。
 6歳の頃から、毎日50円玉2枚を握ってゲームセンターに通い、「ディグダグ」、「ゼビウス」、「パックマン」などに打ち込み、クレジットのトップに名前を刻むことが生きがいだった自分には、「ナムコ」で講演するということは、個人的に特別な感情が沸いていた。
 子供の頃から筋がね入りのゲーマーで、将来は「ナムコ」に就職しようと本気で夢見ていたのだ。
 当時、ソフト開発に携わられた方々は、現在は重役に就かれていたが、製作にまつわる貴重なエピソードを聞かせて頂けた。
 
 講演が終わってから、高田馬場駅近くにある店で中華をご馳走になった。
皆、初対面の方ばかりだったが、バンダイの方からは「ガンダム」に関する貴重なお話を伺うことができ、お陰でとても楽しいひと時が過ごせた。
 
 今回の講演が、少しでも役立てば良いのだが…。

 今日、経済産業省の「サービス産業生産性向上支援事業」に、正式に参加することになった。
対象となる企業は、国内最大の保育士を派遣する会社で、私の役割は、現場で働く保育士が、特有の腰痛を患わないように、作業姿勢や動作を調査・分析し、改善プログラムを作成して、現場で活かせるよう、リーダーたちに指導することである。

 今年の10月に、企業における労災のリスク軽減と作業効率の向上を図るため、労働環境の改善、作業姿勢&作業動作フォームの調査・分析・教育プログラム、指導を行う会社を共同で立ち上げる。
 
 先天的に協調性が乏しく、集団行動が苦手だった自分が、数千人規模の組織の中に入って、どれだけ従業員たちに予防医学的な知識と、実践的なスキルを浸透させられるか、とても楽しみにしている。
ニックネーム    at 23:11 | 今週のぼやき

2008年07月13日

コペンハーゲン

人魚.jpg
著名な人魚 何度も破壊され、その度に修復されている。この像をわざわざ観に行って「だからなに?」と思う。

チボリ公園.jpg
子供から高齢者まで、平日の昼真っから賑わうチボリ公園

コペン 船着場.jpg
船着場

窓からの風景.jpg
ホテルの窓から。午前1時でこの明るさ。

成田発フランクフルト経由で、コペンハーゲンのホテルに到着したのが22時半。
いつも時差ぼけにならなために、飛行機に乗った瞬間から腕時計を現地時刻に修正するようにしている。
23時過ぎから、ホテルのジムで1時間走って体のリズムをつくってから寝た。
コペンハーゲンは退屈な街だが、空港のフロアからジムのトイレまで、本当にモダンなつくりをしていて感心させられた。

 翌朝、1時間ジムで走ってから街に繰り出し、そのまま13時間歩き続けた。
しかし、「どれがハイライトなの?」と言いたくなるほど、どれも地味でこれといって感動させられるものはなかった。

 いつになっても日が暮れないので、いくらでも街を散策できるのだが、いい加減飽きてホテルに戻ろうとしたとき、目に入ってきたのがチボリ公園。
ちょうど、浅草の花やしき程度の大きさで、どのアトラクションもしょぼいが、他にあまり娯楽が多くないせいか、若者たちはメリーゴーランドや魔法のカーペットで絶叫し、心から楽しそうにしていた。
 平日の昼間だというのに、5時ごろから大人たちで遊園地が溢れかえっていた。
「この人たち、何の仕事に就いているんだろう?」と素朴な疑問をもつ。
まあ、ここに限らず、海外では平日の昼間から大人たちがブラブラしているのをよく目にするが。

 この公園で、白髪の老人カップルが手を繋いで歩いていたり、腕を組み寄り添ってベンチに座っている姿を沢山見かけた。
別に老人フェチでも何でもないが、お年寄り夫婦が仲良くしている姿を見ていると、これまで寄り添って生きてきた2人の歴史が滲み出ていて、微笑ましく温かい気持ちになれる。
「あんな風になりたいな」としみじみと思う。
 
 ヨボヨボになっても、男性が女性をエスコートし守っている姿は格好いい。
 文化や感情表現が大きく異なるから仕方ないのかもしれないが、欧米の男性と比較すると、日本の男性は女性の扱い方が上手ではない。
実際、日本の男は「釣った魚には餌をやらない」者も多いようだ。
 日本の女性は、世界のどこへ行っても非常に人気があるが、日本(アジア)の男性は圏外。
この原因は外見的なものだけではなく、女性に対する何かが欠けているからかも知れない。今後、このテーマを真剣に研究する価値はある。

 全く余計なお世話だが、日本の男性の多くは、結婚して子供ができると、妻を名前ではなく、子供たち同様に「お母さん」とか「ママ」と呼ぶようになるが、子供のいない2人きりの時くらいは、妻を名前で呼んであげた方が良いのではと思う。
幾つになっても、女性の中にある「少女」の部分は消えないのだから。

 ヨーロッパに行く度に、スマートな女性の扱い方を学べる。 
 
 

 
ニックネーム    at 00:38 | 今週のぼやき

2008年07月09日

次のステージ

乞食.jpg
オスロの街角で見かけた麻薬中毒患者。腕から血を流して徘徊するジャンキーを数人みかけた。高齢化が進み、税金を納める若者が少ないため、多くの移民を受け入れざるを得なくなった。その代償として治安が悪化している。日本も他人事ではない

 近頃、欧州で日本人の観光客の姿を見かけなくなった。
頻繁に海外に行く人たちも、同じことを言っている。
(ドルが弱いせいか、米国人もめっきりと減った)
代わりに、ロシア人と中国人が爆発的に増えた気がする。
急激な中国の経済的な成長と、日本の経済力の衰えが、こういうところにも現れているようだ。(現地の人たちに尋ねると、最近ブラジル人の観光客も増えたらしい)
何となく残念で悔しい想いもあるが、第3勢力に追い抜かれる日は、そう遠くないだろう。
 彼らと競争したって、若者のハングリーさがなくなった今の日本に勝ち目はないし、体勢を崩したまま、遮二無二、国際競争についていく必要もないだろう。
それよりも、あらゆる分野において、日本独自の技術や文化、古来からの精神性を打ち出し、貫いていく方がが、世界から再び稀有な存在として注目される日が来ると思う。

 ロバート・ケネディが言ったように、GDPでは国の本質的な豊かさは表せない。
自分たちよりもGDPが低い国を「下」に見るのは、片目でしか物事を見れていない証拠だ。
 これまで、日本のGDPとは比較にならないような、経済的に脆弱な国に訪れ、済んだこともあるが、彼らはいい服も車も所有していないが、夕方から友人たちと飲み食いし、大らかに自分たちのペースを守って、ゆったりと過ごしていた。
彼らを見ていると、切りきりと働いても家族とのんびり過ごす時間も持てず、老後の暮らしを憂いている日本の、一体どこが豊かなのかと疑いたくなる。
「経済大国日本」なんて過去の話しだし、いつまでもそんな肩書きにしがみ付いていてはいけない。

NewYorkの一線で働くビジネスマンに憧れ、ほとんどの日本人がスーツに身を包み、手帳を真っ黒にして、腕時計と睨めっこしながら走り回る人を「出来る人」「格好いい」と思い込んでいる「かっぺ」が多い。
 ビジネス関係の広告看板には、上着を肩に掛けて時計を睨むサラリーマンがモデルになっているし、男性誌も狂ったように働くビジネスマンを持て囃すが、忙しい姿をさらけ出すことを、私は決して格好いいとは思わない。

 日本人は、戦後の復興に尽力してきた人たちのお陰で、インドや中国、ロシアより一足二足お先に物質的に豊かな国になった。
 しかし、欧州の精神的・文化的な豊かさを知らないまま、米国の物質的な豊かさに憧れて突き進み、わが国の先人たちが継承してきた文化を自ら放棄し、分をわきまえ、恥じらう心をなくしてしまった。
その代償はあまりにも大きく、他国では起こり得ないような親子間の殺人事件や、公人による信じ難い不祥事が毎日起こるようになった。
 
 自分たちが放棄してしまった「もの」が何なのか、それをよくよく考え、同じ過ちを繰り返さないようしなければならない。
 今度こそ、日本を精神的に豊かな国にするべく、それぞれが危機感と当事者意識をもって団結し、次のステージへ歩み出す時期がきているのではないだろうか。
目指すべきところは、名ばかりの「経済大国」なんかではない。
 
 こんな事をブログに書いていると、直接会ったことがない人から「煩型の変人トレーナー」と人が寄り付かなくなるかな…。
まぁ、仕方ない。
 
ニックネーム    at 03:38 | 今週のぼやき

2008年07月09日

北欧

ストックホルムの兵隊.jpg
ストックホルムの町並み
ドイツサポーター.jpg
ユーロ選手権決勝当日のフランクフルト
コペンハーゲンの港.jpg
コペンハーゲンの港
ノルウェーの港.jpg
ノルウェーの港


7月6日に帰国。
コペンハーゲン、オスロに加えてストックホルムにも足を運んできた。
2週間弱で9回のフライトと、だいぶ強行軍になってしまった。
 旅順はコペンハーゲンオスロストックホルムフランクフルトザルツブルグ。

 ライフワークのひとつとして、40歳までに50カ国を訪れるという、特に意味がないが目標がある。
今回北欧3カ国を訪れたのも、この目標を達成するためであるが、同時に不規則な生活を正して、シェイプして帰ってくるのも大事な目標であった。

 ちょうど白夜の季節で、夜中の1時くらいまで明るかったため、毎朝1時間(8キロ)走った後、毎日街中を約12時間歩き続けた。
普段は夕食が21時以降になってしまうが、滞在中は毎晩夕食を5時までに済ませた。
お陰で、少しだけお腹の浮き輪が小さくなったのが嬉しい。
 
 北欧は、どこも食事全般がいまいちな上に、物価が日本の3倍と馬鹿高い。
ランチで一皿+1ドリンク程度で会計が¥5000を超えることもしばしば。
マックのヴァリューセットが¥1300、500mlのビールで1600円と、どうやってもお金がバンバンと出ていく。

 イタリーやフランスなどの西側諸国と比べれば、正直、退屈してしまった感は否めないが、それでも、やはり初めての場所を一人で訪れるのは、新鮮でリフレッシュできる。
 日本では、どんなにいい温泉に行っても、絶対に頭から仕事の事が離れないが、海外だと頭の中が空っぽになる瞬間がある。
それから、移動中やカフェで読みたかった専門書を、徹底的に読めることも楽しみの一つだ。
 クライアントさんからは、「また行くの!?」と本気のブーイングが起こるが、年に2回は海外に出てリフレッシュしないと、何のために休まず働いているのか、その意味が分からなくなってしまうので、これだけは目を瞑ってもらっている。

 そして、昨日から仕事を再開。
2週間休んだシワ寄せが既に表れて、今日も14時間ぶっ通し…。

※そうそう、宮本選手のコンディションは上々です。ちょうどリーグが開幕したところです。
ニックネーム    at 01:37 | 今週のぼやき

2008年06月23日

休業のお知らせ

 6月24日(火)から7月6日(日)まで、欧州出張のため休業します。
今回はコペンハーゲン、オスロ、ザルツブルグに行ってまいります。
 予約の変更を希望される方は、携帯&メールが繋がりますので、通常通りご連絡ください。

                             伊藤和磨
ニックネーム    at 00:04 | 今週のぼやき

2008年06月22日

振り返ると

高田.jpg

 事務所のロッカーを片していたら、8年前の写真が出てきた。
トレーナーに就いて、まだ1年と経たない駆け出しの頃に、高田延彦氏(以下延さん)のパーソナルトレーナーを勤めさせて頂いた。
それから引退試合まで、言葉に尽くせないほど色々な経験をさせてもらった。
毎週金曜日の夜は、良さそうなレストランに飛び込みでアタックし、4人分の量を注文した。(時々ジャージ姿)
本当に可愛がってもらった。

 そんな延さんを、2回ほど本気で怒らせてしまった事があった。
2回とも同業者である、格闘家のパーソナルトレーニングを引き受けようとしたことが原因である。
この頃、半人前にも満たない私は、一人でも著名な選手と契約したいと焦っていたのだが、格闘の世界で大御所である延さんと、同時に同業の選手を抱えることがご法度になることまで、思いが至らなかった。
写真に写っている、高山選手のパーソナルを引き受けたことを事後報告した直後から、約半年近く音信不通にされてしまったのである。
今、考えてみれば事後報告した自分にズルさがあった。
当時、ミルコ・クロコップとの試合を控えていたのだが、何も出来ない自分に苛立っていた。

生活と頭の中心は延さんで占めていたので、寝ても覚めても彼のことばかり考え、どんなに良いことがあっても全く喜べず、感情の起伏がなくなり、死んだように日々の仕事をこなしていたのを覚えている。

 ある朝、意を決して自宅の前で正座して3時間待っていたが、結局、家から出てくることはなく空振りした。
翌日、武蔵小山の商店街にある道場の前で、練習が終わるのを待ち構え、事務所から出てきたときに、目線があったが反らされ、彼の前にでて土下座して謝った。(若かったとはいえ、相手の事を考えずに街中でとんでもない恥をかかせたものだ)
「なにやってんだお前!」と一喝され、「俺のことはいいから妻のことを継続して診てやってくれ」と、その時は受け入れてもらえなかった。

 ミルコとの試合を終えた夜、原宿のちゃんこで打ち上げがあるとの情報をキャッチし、夜中の2時ごろ店に駆け込み、彼の姿を見つけるや再び土下座してお詫びした。
「よく来たな、お前。男だよ。つべこべ言わないで呑め馬鹿野朗!」と、額を軽く拳骨された。
その後、朝まで一緒に呑み、翌朝のセッションは吐くは居眠りするわで、ボロボロの状態でクライアントさんには誠に申し訳なかったが、思いが通じた嬉しさで満たされていた。

 それから暫く経ち、田村選手との引退試合を迎えた。
試合はノックアウトで負けてしまったが、試合後、延さんがリング上で田村選手に「よく来たな、田村。お前男だよ。」と言った。
田村選手は、まさに号泣していたが、わたしも数年前の自分の状況と重なって涙が止まらなかった。
彼は私よりもずっと長い間、苦しんでいたのだろう。
肩を震わせてなく姿から、痛いほど想いが伝わってきた。

 そして、その直後、「桜庭、お前は男の中の男だ。」という名セリフが誕生したのである。
 
 当時を振り返ると、今でも胸が熱くなる。
ニックネーム    at 03:27 | 今週のぼやき

2008年06月09日

写メ

 また理解し難い事件が、秋葉原で起きた。
昨今、頻発する通り魔事件で、「世の中に嫌気が差した。相手は誰でも良かった。」と犯人が供述するケースが多い。
 
 生きているのが嫌になったのならば、黙って自らの命を絶てばよい。
誰も止めないし、それはそれで筋が通る。

 1億2千万人以上もいれば、「故障」している人間が数%混ざっていても不思議ではないが、これほど頻繁に残忍な犯罪が起こるとは…。

 犯人については今更なにもいう事はないが、ひとつ、非常に不愉快ないことがある。
それは、瀕死の被害者を携帯で写真をとっている連中がいた事だ。
それも一人や二人の話ではない。数えたらきりがないほどいた。
彼らは、目の前で起こっていることが現実かバーチャルなのか、そして、被害者を写メで撮る行為が、どれほど愚かで非礼であるか否かも分からないのだ。
 
 私は手を挙げて写メをとっている、大勢の「大人」たちの映像をTVで観て、憤りを通り越して、何とも言えない気味の悪さを感じた。


 
 


 
ニックネーム    at 02:51 | 今週のぼやき

2008年05月31日

ぼやき

 今日はクライアントさんのコンサートを観に、武道館へ行った。
会場は超満員で、ライブハウスのような熱気があり、ファンたちは熱狂していた。
クライアントさんのお芝居や試合、コンサートを観に行った時は、仕事柄、どうしても身体気的なパフォーマンスに意識が集中してしまう。
なぜかファン(今日は20代半ばから40代半ばくらい)の反応にも意識がいく。
 普段は大人しそうな人達が、一心不乱に声を張り上げ、席の上で踊っていた。
なかには、歌やMCに涙しながら、両手で顔を覆っている人も少なくなかった。
 とにかく、みんなが激しく感情を剥き出しにしていた。
 
 「昨今の若者は、何を聞いても反応が薄くて、何を考えているのかさっぱり分からない。」と嘆く声をよく耳にする。
子供たちや20代の人たちを相手に、色々なかたちで講演をする機会があるが、確かに目に力がなく、反応が乏しい人を多く見かける。
嬉しいのか、悲しいのか、理解したのかそうでないのかすら、表情が無機質で汲み取りにくい。
「なんだ?こいつら…。」と思うこともあるが、彼らは感情の表し方や、自分が思っていることを上手く伝えることに慣れていないのだろう。

 今日のコンサート会場にいた若者の中にも、平常は大人しくて反応が薄い人だっているだろうが、「カリスマ」の動作やメッセージには、非常に敏感に反応し、感情を剥き出して呼応するのだ。
 現代の若者だって、決して心を無くしているわけでない。色々な事に揉まれながら、なんとか日々を凌いでいるのだろう。
若い人達が、純粋に心が動かされる機会を求めていることに、改めて気付かされた。

 最近、集英社の新書本で「子供のこころを扱えない大人たち」という本を読んだのだが、そこに「子供たちはネガティブな心を、どう処理してよいか分からずに、押し殺している。」といったニュアンスの事が書かれていた。
学校や職場で非常に辛いことがあった時、多くの人は、反射的にどうやって自分の心を防衛すべきか対処方法を考える。
 しかし、その時の心の有り様については、自分がどれ位傷ついたのか、または、相手を傷つけてしまったのか、立ち止まってじっくりと考えないようしているかもしれない。
自分や他人の心に向かい合うのが、億劫になっているようだ。
 
 確かに、対人関係のしがらみや、テレビや雑誌、インターネットから大量に送られてくる情報に対して、いちいち感情的な反応をしていたら、心身ともにもたないだろうし、世間の流れについていけないのだろう。
 だが、実際には何も感じていないはずがなく、抑えこまれて行き場を失ったネガティブな感情が、どんどんと蓄積して心が健全な状態でなくなる。
 昨今の理解しがたい凄惨な事件は、こういう背景がベースにあるのではないだろうか。

 コンサート会場で、どうすれば若者たちの眠っているエネルギーと感情を呼び覚まし、日本社会の錆び付いた歯車を、再び動かす動力に転換することが出来るのか、勝手にあれこれと思案していた。 
ニックネーム    at 02:27 | 今週のぼやき

2008年05月23日

幼稚な

 久々にテレビをつけたら、女子・バレーボールの試合が映っていた。
これはバレーボールに限った事ではないが、最近のスポーツ中継には、ほとほと嫌気がさす。
嫌気というより、虫唾か走る。

 多くの視聴者は、何も違和感を感じていないのだろうか?
選手の生い立ちやバックグラウンドを、お涙頂戴の青春ドラマ仕立てにし、「空飛ぶ〜」「世界が恐れる〜」などの大袈裟な肩書きをつけ、さらには、対戦相手が弱小であっても、さも強敵であるかのように紹介して、負けたときの保険までかけている。
「〜には、負けられない訳があった…」って、試合に負けていい理由がある奴なんて、何処にいるんだよ?
 
 それにしても、なんで試合の前にお子様たちがコートで歌う必要があるのさ。
やっぱり、あのどっぷりアジア的なセンスからは、日本も抜け出せないのか…。
と、「男のオバサン」を代表する私は、独りぼやいてしまうのだが、日本のスポーツ中継番組が狂っているのは、間違いないだろう。

 他のどの国で、国と国との対抗戦に、全く縁も所縁もない芸能人をゲストに迎えて、体育祭ののりで試合を中継している国があるのだろうか?
南米のアナウンサーなどは、時々大声を張り上げるが、日本のアナウンサーによくみられる、「便乗にわかファン」的なそれとは大きく異なる。

 とにかく、視聴率を稼ぐために、スポーツ番組までバラエティーテイストにするのは勘弁してくれ。
スポーツ中継は、プロデューサーが余計な脚色をしなくても、自然にドラマチックな展開が生れるはずだ。(しょっぱい試合も、それはそれで良し)
 わたしは、集中するために音を消して試合を観ている。

そうそう、もうひとつ思い出した。
平日のナイター中継もそうだが、週末の午後にやっている野球中継は話にならない。
3回か4回で放送が始まって、9回裏一打逆転の場面で、「この試合の結果は、夜22時からの…」ってな事を平気でやってのける。
映画番組のエンディングで、突然放送をぶった切ったら、どうなるだろうか。
それと等しいくらい、視聴者をおちょくっているではないか。
 試合途中で放送を打ち切るくらいなら、最初から放送するな!
ニックネーム    at 01:30 | 今週のぼやき

2008年05月15日

ミニ合宿

バイパー.jpg ラダー.jpg たちポーズ.jpg
 5月8日から、宮本選手と静岡県で温泉+ミニ合宿を行った。
術後の回復は順調で、1日2回のハードな練習メニューにも
問題なくこなしていた。

 今回は、苦手な動きを克服することに重点をおいた。
最終日には、ミニゲームで精力的に動きまわり、ひとつずつ感覚を
取り戻していたようだった。

 とにかく、かなり良い状態に仕上がってきている。
ニックネーム    at 01:57 | 今週のぼやき

2008年05月15日

こやじ

あい.jpg 
 3人とも同じ歳である。

16歳の時から面識があったが、
みんな「おやじ」ならぬ「こやじ」になった。
 
 右端の「こやじ」とは、14年ぶりの再会。

この中で唯一、現役でプレーしている後方の「こやじ」
は大した者だ。

 本人の望むとおり、35歳までプレーを続けてほしい。
ニックネーム    at 01:33 | 今週のぼやき

2008年04月12日

メタボ

 世間では「メタボ、メタボ」と騒いでいる。
何がメタボリックだ。
そもそも、日本語に「肥満」という適当な言葉があるのに、何でもカタカナにする植民地的な根性が気に喰わない。

 厚生省が国の医療負担を減らすために、企業にメタボリック検診の実施を義務付けたらしいが、全く馬鹿げた話である。
仮にこの政策が奏功すれば、3大成人病にかかる医療負担は削減できるかも知れない。
 しかし、目先の医療負担が減ったとしても、日本人の平均寿命が延びて、高齢者の数が更に増加すれば、結果的には別の負担が増大するだろう。

 また、メタボ検診をやったからといって、肥満が解消されるわけでも、改善されるわけでもない。(検診をやっている、多くの医師が太ってるのだから笑える)
 今時、どうすれば太るか、痩せるかといった程度の知識は、皆、当たり前に持っている。
沢山炭水化物を食べたほうが痩せるとか、揚げ物を沢山摂取した方が痩せると思っている輩がいるなら是非、会わせてもらいたいものだ。
 誰もが分かってはいても、ついつい過剰に食べてしまうのは、フラストレーションやストレスが主因であることが多く、心の有様が大きく関係しているのだ。(教養の有無も影響がある)
 動物にとって、食べることは苦労せずに、一番手っ取り早く脳を満足させる行為であり、会社や家庭で満たされない、心の隙間を埋めるための逃避的な行為でもある。

 慢性的な肥満の人に、検査結果を突きつけて、脅迫的に運動や食事制限を課したところで、繰り返しリバウンドしてしまい意味がない。
 肥満の根本的な改善には、カロリー計算や運動療法だけでなく、精神を圧迫している素因を明らかにし、一つ一つ対処していく作業と、食の趣向を変えさせる努力が欠かせないのだ。

 多くの社会人が肥満になるのは、「夜のお付き合い」が原因であることは間違いないだろう。
メタボを根絶するというのなら、全てのお勤め人は、仕事を終えたら飲み屋でくだを巻かずに、とっとと家に帰り、子供や妻と共に食事をして、会話をする時間を増やすべきだと、私は思う。
そうすれば、危い現代の親子関係が改善されるだけでなく、外で酒と高カロリーのつまみを食する機会が減り、自然にウェイトの増加は抑制できるだろう。(飲み屋の店主は、経営が辛くなるだろうが)
 
 この退廃しつつある社会を、根本から立て直すには、社会の最小単位である、家庭の有り方から変えていくしかない。
そういった意味では、メタボを敵視する風潮が、多くの父親の足を家に向かせるのに一役買い、図らずも家族の絆を固める良いきっかけを作るかもしれない。
 
 話がぶっち散らかってしまったが、こメタボ風に便乗して、一部の医療機関や健康産業が、ボロ儲けを企んでいるのは明らかではないか。(例えば、体脂肪計を販売しているO社やT社など)
ニックネーム    at 00:07 | 今週のぼやき

2008年04月01日

東京バレエ団

 3月31日より、東京バレエ団のメディカルトレーナーに就任した。
私には全くバレエの経験はないが、これまでも様々なジャンルのアスリートの姿勢や動作フォームを、バイオメカニクスやキネシオロジーの視点で斬り、フォームの改造と新しいトレーニング方法の作成を行ってきた。
 これは遊びに近い作業で、この仕事をやっていて一番楽しい瞬間でもある。
 
 どんな選手でも、パフォーマンスの浮き沈みがあるものだが、それを単なる「調子」の良し悪しで片付けるのではなく、コンピューターを使用して姿勢分析、頚椎&腰椎のリアルタイムな動作解析などを継続的に行い、ロジカルに原因と結果を追っていくのが私の仕事である。

 無闇に筋トレやストレッチをしても、パフォーマンスが向上するわけではないし、愁訴の部位だけ治療していても、同様の怪我を何度でも繰り返すのだ。
 
 大事なことは、アスリートの日常的な座り姿勢と立ち姿勢、洗顔のフォーム、屈み方、かばんの持ち方から常用する靴に至るまで、一つでも多くの情報を把握し、改善していかなければ、どんどんと骨格筋のアンバランスが増大し、動きに得て不得手が生じるだけでなく、障害につながるのである。

 アマチュアは、長所をひたすら伸ばし、好きなことを追求していればよいが、一流のプロに成るには、苦手や弱点などあったら話にならない。
プロの世界で、僅かでも弱点があったら容赦なく徹底的にそこを突かれ、長所など出す前に決着がついてしまうからだ。
 短所を克服すればこそ、さらに長所が伸びて、自然に自信がもてるようになるのである。
 これまで自分が経験してきたこと、学んできたことを惜しみなく出し切り、各ダンサーの身体的な特徴をデータ化し、適切な処置とアドバイスを施すことで、一日でも長く良いコンディションで踊り続けてもらいたい。

 昨日は、主役級のソリストを診たのだが、まだまだ彼らには余白の部分残されており、自分の持っているポテンシャルを使いきれていないようだ。



 
ニックネーム    at 23:53 | 今週のぼやき

2008年03月17日

セミナー

セミナー風景2.jpg 。療風景1.jpg タ践.jpg 授業風景.jpg セミナー風景.jpg
 今回のセミナーレベル2で、整形外科医、カイロプラクター、整体師、パーソナルトレーナーなどが参加した。
参加者の国籍は、地元のオーストラリア、アメリカ、アルゼンチン、シンガポール、カナダ、日本、そして講師のマーク・バックレイ氏はニュージーランドと多様だった。

 お題は、1.整形外科テストの応用
     2.歩行中と挙上中の骨盤と腰椎におけるバイオメカにクス
     3.腰椎椎間板、すべり・分離症患者のプログラムデザイン
     4. インナーユニットの機能検査と活性化のためのエクササイズ
     5. 多裂筋の機能テストとTVA(腹横筋)との共同収縮エクササイズ
     6.内臓体性反射と体性内臓反射
     7.骨盤傾斜角による脊柱のアライメントの変化
       ローカル筋群への物理的な負荷
     8.足関節と膝関節の機能低下によるキネマティっクチェーンの変化
     9.ケーススタディ 
 といったとこだが、この他にも色々とおもしろいネタがでた。

 問診だけで40分間(過去と現在の症状を詳細に質問し、職場の環境と人間関係、夫婦や恋人との関係や性生活まで情報を収集する)、そして全身のアセスメントに90分以上掛けて、主訴と実際の責任部位探し出し、症状を惹起している原因を、構造と機能の両面から考察していく。

 おもしろいのは、極力、徒手による治療的な介入を避け、関節のモビライゼーション、矯正的ストレッチ、矯正的エクササイズのみで、患者をADLに復帰させることだ。
医師が患者に薬を処方するのと同じで、適切なエクササイズとストレッチを処方することで、患者の機能低下を起こしている部位を改善し、再発させないようにプログラムを随時修正しながら、リハビリを進行していくのである。
 国民性が異なるので、全て活用できるわけではないが、今回のセミナーによって、椎間板ヘルニアや脊椎椎間関節不安定症の患者への、矯正プログラムのバリエーションを増やすことが出来そうである。

 試験に受かればの話だが、次回は、今年8月にロンドンで行われる、レベル3のセミナーに参加したい。




患部に負担をかけているのか、追及し徒手による治療的な介入を最小限に抑えて
探し出し、患部と全身の
ニックネーム    at 01:31 | 今週のぼやき

2008年03月17日

シドニー

ボンダイビーチ.jpg オペラハウス.jpg

 昨晩の19時に成田に到着。
機内に一番大事な、4月から7月までの予約表を忘れてきて
今にも泣きそうな心境だ。
本日の午前9時に、遺失物センターへ問い合わせするまで、
保管されているか否か分からない。

 さて、今回も40時間の研修を滞りなく終え、
無事にプラクティショナー・レベル1を習得してきた。

 研修センターは、シドニー中心から、車で20分ほど
走ったところにある、ボンダイという高台の町にある。
 毎日快晴で、気温も25前後と非常に快適だった。
本当に自由気ままなところで、ストレスが消えていく。
夕方6時過ぎると、店がほとんど閉まってしまうことを抜かせば、
親切だし暮らしやすい町だ。

 やたらにマッチョが多かったが、娯楽が少ないから筋トレくらいしか
やる事なくなっちゃうんだろうなぁ。 

 写真はボンダイビーチにて。
ニックネーム    at 00:33 | 今週のぼやき

2008年03月09日

シドニーへ 

 今晩、シドニーへ飛ぶ。
ポール・チェック氏が主宰する「C.H.E.K insititute」のシドニー支部で、kinesiologist Level1の資格を習得するために、35時間の研修を受ける。
 この協会は世界中に支部があり、膨大なテキストとDVDが送られてきて、回答が80%以上正解していないと、参加資格が与えられないため、セミナーに参加する人数も10人足らずしかいない(多国籍)。

 参加費用も、毎回60万以上かかるが、カリキュラムの内容が素晴らしいので気にならない。

 レベル5まであるうち、今回はレベル2のセミナー。
全過程修了までの道のりは遠い。
 
 
ニックネーム    at 09:28 | 今週のぼやき

2008年03月04日

種まき

 今日は都議会議員・中村明彦氏に、台東区教育長と教育委員会・統括指導主事の御二人を紹介して頂き、教育長室で1時間ほど姿勢教室の主旨を聞いてもらった。

 今日の話し合いでは、今後どのように姿勢教室を展開していくか明確な方針が決まっていないが、しっかりと企画を揉みこんで、結実することを願っている。
 
 先週は、オートバックスの本社に赴き、スタッフの腰痛予防のための、作業姿勢と作業動作の教育を、研修の中に盛り込むことを提案させてもらった。
 今後も、子供と大人の両方に、腰痛予防の啓蒙をしていきたいと思っている。
まずは、早急にプレゼン用のDVDを作成しなければならないだろう。

 分かってはいるものの、今月の16日から1週間、シドニーで開催されるキネシオロジストの資格研修に参加するので、それまでに終わらせなければいけない事が山積している。
まず、新書本の原稿も仕上げ、4月から開催するゴルフセミナーのプログラム作り、
それから、東京バレエ団で4月から試験的に実施する、障害予防と矯正エクササイズのプログラム作りと、それから…あれとこれと…。

 思えば、2年前から4時間以上の睡眠がとれていない。
毎朝、仕事前に1時間ジョギングするのだが、時々、走りながらフワフワしている感じがする。
朝の運動が、かえって身体に余計な負担を掛けているのでは…。

 俺のおばちゃん(新宿の母)曰く、今年は「土を耕す」年らしい。
今はとにかく新しいことにチャレンジして、そこらじゅうを掘り起こしてやろうと思う。 
ニックネーム    at 01:05 | 今週のぼやき

2008年03月03日

チケット

検問所.jpg ブランデンベルグ.jpg ユダヤ人記念碑.jpg 観覧ヤ.jpg
左上:検問所 右上:ブランデンブルグ
左下:ユダヤ人記念碑 右下:観覧車


 ベルリンは期待通り、新旧、東西の文化が絡み合った魅力的な都市だった。
街のど真ん中に観覧車があるかと思えば、その裏は手付かずの原っぱだったりと、ちぐでおもしろい。
 あと数年も経てば、さらに開発が進んで、全ての土地にビルが建ち並ぶのだろう。
他の大都市と変わらない、味気ない風景になってほしくないものだ。

 欧州でいつも不思議に思うのが、どこの駅にも改札口がなく、切符を買わなくても何処へでも行けてしまうこと。
特にベルリンの地下鉄は、出入り口とホームまでの間に何の仕切りもなく、階段を下りたところがホームなのだ。
「チケットの購入は、利用者の両親に委ねます」といったところか。
バスもチケットを購入しているか否か、チェックする係員はいない。
 この感覚は、一人でも不正乗車を許さない、日本の自動改札システムとは大きくかけ離れている。
 なんか、切符買ってなさそうな人も結構いるけどな…。
ニックネーム    at 00:53 | 今週のぼやき

2008年02月28日

牡蠣

演繦.jpg 演繦を食べる女性.jpg ワインショップ.jpg ラファイエッテ.jpg


 
 ベルリン初日の夜、フリードリヒ通り沿いにある、デパートの地下食料品売り場で牡蠣を食べた。
 このデパートは、ベルリン市内で最もランクの高いデパートで、客層がちょっと違っていた。

 肉屋、魚屋、ワインショップなどの、各食料品屋の脇にカウンターや数席のテーブルが設置されており、食材を買って帰るついでに、軽く呑みながらつまめるようになっている。
 フロアは年配が多く、落ち着いた雰囲気が気に入った。
周囲は完全に地元の人しかおらず、独りテーブルに座って牡蠣と白身魚のスープを食べているアジア人が珍しいのか、包囲するように視線を向けられた。

 日本でも、一人でフルコースを食べに行くので、独りの食事には慣れているが、ずっと食べているところを観察されているのは、ちょっと気が引ける。

 それにしても、ドイツ人は平均してよく食べる。
隣に座っている2人の女性も、それぞれ大皿にある12個の牡蠣を、白ワインと共にあっという間にと流し込んでしまった。

 欧州でも日本料理が流行っているのだが、実際には日本人が経営しているのではなく、アジア人が見よう見まねで始めた店が多い。
だから、「これが串揚げかよ」とか「こんな天ぷらうどん、ありえねぇだろ!」といった具合に、とんでもない代物が出てくる。(どでかい天かすに、うどんが4本しか入っていない)

 ネタが「さやえんどう」のにぎり寿司だけは、どうしても食せなかった。
ニックネーム    at 01:50 | 今週のぼやき

2008年02月25日

ザクセンハウゼン強制収容所

トイレ.jpg 風呂.jpg 宿.jpg ベッド.jpg 扉.jpg 焼き場.jpg 扉.jpg 生徒.jpg


[左上:トイレ][上中:風呂場][左上:36人が寝泊りする宿舎]
[中左:3段ベッド][中右:「自由は労働をもたらす」の意][中左:焼き場]
[右中:縛り付けの棒][最下段:先生の話を聞き入る生徒たち]

幼い頃から、一度はドイツかポーランドの強制収容所に行ってみたいと思っていたが、今回その希望がかなった。
ベルリンから市電で50分くらいのところに、ザクセンハウゼンという強制収容所があり、ここで10万に以上のユダヤ人が命を落としている。
 日曜日の早朝に行ったこともあり、街に人気がなく陰鬱な印象を受けた。

 とても広大な施設で、小一時間で見終えようと思っていたが、結局3時間近く時間を要した。
収容所内で印象深かったのは、銃殺の壁でも焼き場でもなく、欧州周辺から修学旅行として見学に来ている生徒たちの真剣な態度だった。
施設で行われていたことを、引率の先生が神妙な態度で説明し、生徒たちはそれをじっと聞き入っていた。
 
 同じ敗戦国であるドイツは、負の遺産を後生に伝えるために施設を維持してきた。
さらに被害を受けた国々に、多額の賠償金を払い続けている。
一方、わが国日本はどうだろう。
 朝鮮半島で当地の人々にしてきた行為を隠し続け、政治家の中には虐殺の事実はなかったとさえ言い切ってしまう愚か者までいる。
 そして、学校の教科書には「侵略」ではなく「併合」という言葉で表現され、子供たちは「事実」を知らされないまま、広島、長崎の原爆と東京大空襲の被害についてだけ教そわる。
 
 私が18歳のとき、アジアクラブ選手権で韓国の釜山に遠征した時、駄菓子屋で老婆がにこりともせず、はっきりとした日本語で話しかけてきた。
一瞬、「なんで、お婆ちゃん日本語しゃべれるの?」と聞いてしまいそうになったが、慌てて言葉を呑み込んだのを覚えている。

 「戦争」という言葉は、時にまやかしの言葉として使われる。
「もう二度と戦争はすまい」というスローガンは立派だが、戦争と呼ばれるものには、「侵略する側」と「侵略される側」が存在していることを考える必要がある。(宗教戦争を除いて)
侵入してきた泥棒から、家族を守るために抵抗し闘ったら、周囲から「喧嘩はよくない」「喧嘩両成敗」と言われたらやるせないだろう。
 例を挙げればきりがないが、ベトナムもイラクも米国の本土に一発も爆弾を落としていない。
米国が一方的にぶちのめしているわけで、あれは戦争ではなく、ほとんど「侵略」ではないか。
残虐な行為をしても、「戦争が悪いんだ」と問題の本質がすり替えられているのだ。
  
 
 人の数だけ「真実」は存在するが、「事実」は一つしかない。
どちらが、どれだけ何をされたかという量の問題ではなく、日本が「被害者」であると同時に「加害者」でもあった「事実」を、次世代を担う子供たちに伝えていくことは、戦争に関わった国家としての義務ではないだろうか。
 やられたことだけでなく、やってしまったことを認めることで、唯一の被爆国としての発言が、より一層強く深い意味を持ち、世界の人々に受け入れられると思うのだ。
(お隣が「損害賠償を払え」と詰め寄ってくるだろう…)
 
 近年、修学旅行で原爆ドームを訪れる学校が激減しているようだが、あの事実を教科書の1ページで終わらせてしまっていいわけがない。
学校の義務的行事として、広島、長崎、沖縄のいずれかを訪れるようにしてもよいだろう。
大切なことは、体験的に伝えていくことだ。
 

 ※これまで敗戦国の罪ばかりが問われてきたが、米国、ロシア、イギリス、中国などのいわゆる戦勝国が、歴史的に繰り返してきた侵略・虐殺は、勝者の論理に基づき正当化されてきた。
全く馬鹿げた話だが、その戦勝国が「常任理事国」となっている「国連」とは、一体、どれだけの正当性と公平性を有しているのだろうか。
米国、ロシア、中国が掲げる手前勝手な正義など、到底受け入れられるものではない。

 
ニックネーム    at 23:58 | 今週のぼやき

2008年02月22日

濃霧の中

池.jpg 小道1.jpg 小道2.jpg

 
 ザルツブルグでは、毎朝、川沿いを80分かけて10km走った。
2日目までは快晴だったが、3日目以降は霧が立ち込めて、50メートル先が何も見えない程だった。

 濃霧の中、自分の足音だけ聞きながら走っていると、頭の中が真っ白になる。
モーツァルトも、こんな霧の中を散歩したのだろうか…と想いを馳せる。

 こういう土地に生まれ育てば、自然と思慮深くなるような気がする。
ニックネーム    at 00:42 | 今週のぼやき

2008年02月21日

欧州出張

 昨日までオーストリアのザルツブルグと、ドイツのベルリン、ライプツィヒ、ドレスデンに出張していた。

 出張の目的は、宮本選手の術後の治療とリハビリ、そして指揮者の西本智実さんの治療。

 ザルツブルグとベルリンに、それぞれ5日間ずつ滞在したが、やっぱり欧州の寒さは一味違って、足もとからぐっと寒気があがってくる。

 宮本選手の怪我の治癒は良好で、日本で同じ部位を怪我したサッカー選手より、2.5ヶ月先のメニューをすでこなしている。
日本と欧米のリハビリの質の良し悪しは別として、欧米のリハビリは合理的で、患部を必要以上に固定して休ませることはないようだ。
 
 本人の回復力と、一日平均7時間の治療を行った甲斐があり、術後4週目にして行はもとより、階段の昇降もスムーズにこなしていた。
最後はテスト的に、アウトサイドとインサイドキックにチャレンジしたが、全く問題なかった。
 今後も彼と綿密に連絡を取り合って、通常ハビリの半分の期間でピッチに復帰してもらえたらと思っている。

 西本さんからは、ダボス会議の様子と指揮者の難しさと面白さについて、色々と話を伺うことが出来た。

 詳細は、次回に。
未だに原稿の締め切りに追われて、他に何もできない状態が続いている。
ニックネーム    at 15:10 | 今週のぼやき

2008年01月18日

芝生と土

 ちょっと時間が経ってしまったが、昨年のクラブ世界一決定戦で、ACミラン対浦和レッズの試合を観て改めて気づいたことがある。
それは、パスのスピードの違いだ。

 プレミアリーグなどは、味方に殺人的な速さのパスをつける。
もちろん、トラップする側は、殺人パスを難なくさばき、次のプレーに移行しやすいところにおとす。
 ミランの選手は、終始ツータッチでボールを叩いていたので、攻撃のリズムが早く、レッズの選手がチンチンにされていた。
これはワントラップめの精度が高いからこそ、可能なことなのだ。

 日本人のプレーヤーは、だいぶ技術が上達したものの、時々、懐の深いところで止めてしまい、彼らよりもワンタッチ多くなるので、全体の攻撃のリズムが遅くなり、パスコースが消されていた。

 さて、この違いはどこから生まれるのだろうか?
年末に宮本選手と飯を食いながら、このことについて意見を交わしたところ、「日本の選手は、子供の頃から土のグランドでプレーしているからだ」という結論に至った。
 土のグランドは、芝と違ってボールが滑らずに減速するだけでなく、ちょくちょくイレギュラーをするので、トラップをする時にボールから目を離せないのだ。
また、パスを出すほうも、ある程度のイレギュラーを考慮しなければいけないので、どうしても手加減してしまうところがある。

 このことは、常にルックアップして全体を見渡すことを求められる、世界レベルにおいて、とても不利になる癖だ。
また、センタリングやフリーキックなども、芝だとボールが浮いている分だけ、足の甲がボールの下に入りやすいが、土だとなかなか入りにくい。

 そして、ピッチの違いがもっとも現れるのが、ゴールキーパーである。
わたしは7歳から15年間GKをやってきたが、土の上でセービングをするのは、柔道を土の上でやるのと同じくらい危険なことである。
 ダイナミックなセービングをしたくても、着地したときの衝撃を鑑みると、縮こまったセービングになってしまうのは仕方がないことだ。
 一部では、日本のGKが世界よりも劣っていると言われているが、それはグランドの影響も多分にあるといえる。

 日本が世界の8強に入るためには、指導者の質を高めることも重要だが、「サッカーは芝生でやるもの」という事が定着し、ジュニアの練習環境が改善されることが、怪我の予防と技術向上の両面から不可欠だろう。

 ちなみに、私はACミランに3点ぶち込まれて1−3で負けている。
ニックネーム    at 01:39 | 今週のぼやき

2008年01月16日

心痛む

 13日の夜に、恒(宮本選手)と電話で話しながら、「右膝の内側靭帯に良い治療方法を見つけたので、3月に行った時に披露するよ」と伝えた。
彼は「いつ、それをみつけたの?楽しみやな。」と、いつもの様に好奇心をもって話を聞いていた。
 「とにかく怪我をしないようにな!」と言って電話を切った。

そして、翌日の晩、食事中に恒から電話があり、「マロ、怪我した…。結構重い肉離れみたいやわ。」と鎮痛な声で彼が状況を説明した。

 後先を考えることなく「すぐにそっちに行くわ」と返事をし、19日から現地に入る方向で調整していたが、今朝、「残念なお知らせ。腱が断裂していることが判明したので、手術を受けることになった。」と、彼からメールが届いた。
 せっかく、契約を1年半延長し、これからという時に…。

 9歳から読売クラブの下部組織で育ち、容赦なく蹴落とし、蹴落とされる世界にいた私は、他人のことで心を痛めることは滅多になかったが、今回のことは自分の事のように心が痛んだ。

 「俺の気に入っている言葉で「それでも人生は続く」ってのがある。今はそんな心境。でも、まさき(通訳)がいるから心強いで。」
自分に言い聞かせるように、そして、私が心配することを気遣って、そう綴ってあった。

 「人生に無意味なことなどない。どんなに望ましくない事が起きても、それを価値あるものにしようと決心すれば、必ず倍になって還ってくる。何があっても日々の事に感謝をして、受け入れよう。」と返信した。

 手術直前に電話で話したら、案外、気丈な声を出していた。
不安はあるだろうが、時々、笑ってもいた。
「お前はこんな事で絶対終わる男じゃないから。2人3脚でがんばろう」と、声を掛けて電話を切った。

 パルメイラスというブラジルのチームにいた時に、大腿部の怪我をして、リハビリに専念していた頃を振り返ると、異国の地で長期離脱することの辛さが蘇ってくる。

 腱の付着部が安定した頃に現地に入る予定だが、今すぐに飛んで行って手となり足となって助けたい気持ちでいっぱいになる。
 彼を1日でも早くピッチに戻すことが、今年の大きな課題の1つになった。

やっぱり、予定は未定だ。
ニックネーム    at 00:59 | 今週のぼやき

2008年01月12日

足底

 人間の骨の数は、全部で208個ある。
そのうち、足の裏には28個の骨が存在し、両足を合わせると56個になり、足だけで全体の4分の1を占めている。

 これは身体で唯一大地とコンタクトする足底が、いかに重要なパートであるかを示している。
足底は地面の隆起と体の重心線の移動を察知し、転倒しないようにリアルタイムで脳へ修正情報を送っている。
 しかし、ハイヒール、靴底が堅い素材の靴を引き続けていると、徐々に足裏の筋肉と筋膜、腱膜が硬化して、機能が低下する。
さらに、加齢が手伝って足底がさらに硬化し、攣り易くなってくる。

 特に、軸足は立って休んでいるときに、小指側に加重する傾向があるので、軸足の内側縦アーチ(土踏ず)が硬化・短縮して攣りやすい。

 東洋医学では、足裏に全身のツボが存在するとうたっているが、私は西洋医学と生体力学をベースにしているので、足が攣るのは蓄積疲労と考えている。

 足の裏のこりは、東急ハンズの木材コーナーで売っている、直径5センチ程度の棒を踏んで転がし、硬くなっているところを重点的にあてがってほぐすと良い。
足裏を刺激するイボイボのシートもあるが、ダイレクトに足の腱膜をほぐすには、棒の方がお勧めである。

 ほぐした後は、足が広がって楽に立っていられのが実感できるだろう。
ゴルファーにも、安定したアドレスをとるために、不可欠なセルフケアとなる。
ニックネーム    at 14:58 | 今週のぼやき

2008年01月12日

やり甲斐

 どんな仕事にもやり甲斐はある。
私にとってのやり甲斐は、「病院で治らない疾患を、トレーナーが治す」という、意外性の高い仕事をすること。(世間では、トレーナーは健常者の体力アップを補助するものと思われている)
 例を挙げると、複数の医師から手術を勧められ、手術日が決まっている患者を、手術を受けさせずに、完全に近い状態まで回復させることに、強いやり甲斐を感じる。

 昨年、著名な大学病院で精密検査を受け、手術を勧められている患者12名と出会った。
彼らは「脊柱管狭窄症」や「椎間板ヘルニア」、「退行性変形股関節症」と診断され、医師から手術を勧められ、その内の5名は2ヵ月後に手術日が決まっていた。

 皆、セカンド、サードオピニオンを求めて、あちこちの病院を回っていたが、どこへいっても手術を勧められた。
 全員からMRIの写真を拝借し、じっくりと観察してみると、どの患者も構造的な変形、変性を来たしており、医師が画像所見と愁訴を自動的に結びけ、片付けてしまいたがるのも納得できる。

 しかし、患者たちが受けた保険診療では、一人当たり数分間の診察時間と、マニュアル化された画像検査だけで診断が下されている。
これだけでは、器質・構造的な問題は把握できるが、運動器の痛みや痺れの85%が、筋・筋膜・靭帯などの軟部組織の問題は把握できない。
(姿勢検査、歩行、動作分析は含まれておらず、触診による症状の再現テストが行われていない)

 私は1名を除く11名に、「恐らく愁訴の責任部位は、動作分析と触診をした限り、画像所見にある骨の変形とは関係ないから、手術を受ける必要はないと思う」と伝えた。
なかには、6名の脊椎外科医から「手術しか手立てがない」と断言されている患者もいたが、タレントのみの氏を執刀した脊椎外科医と、私だけが手術を受けることに反対した。
(患者の責任部位は、診断とは全く違う場所にあった)

 一般的に考えて、6名の医師vs1名のトレーナーでは、信頼性と社会的な地位においてお話にならないだろうが、1年近くたった今、誰一人として症状の再発を訴えている者はいない。
年の瀬に、全員から「お医者さんと意見が食い違って不安だったけど、切れなくて本当に良かった。感謝しています。」といって頂けた。
嬉しいのとホッと安堵感が沸く。

 このような事は珍しいことではなく、大抵、整形外科医の診断と私の見解は食い違う。
別に、好きで医師の診断を真っ向から否定しているわではない。
医師と違う見解を示して、違うアプローチをするならば、当然、それなりのリスクを背負うことになるのは承知している。
 しかし、時に手抜きと言わざるを得ない診察で病名だけが中に浮き、どうして良いか分からずに、困り果てている人を前にして「医師が言っているなら、それに従うべきでしょう。」とは、口が裂けても言えない。
そんなことを言うために、この仕事に就いたわけではない。

 毎週、各地の医療機関でさじを投げられ、あちこちの医療機関を巡ってきた患者が足を運んでくる。
容易く「病院に行って下さい」とは言うわけにはいかず、自分が最後の砦という気概で患者と対面する。
  
 今年も何人の患者を、不要な手術から救い出せられるか…実にやり甲斐のある仕事だ。
ニックネーム    at 02:27 | 今週のぼやき

2008年01月02日

予定は未定

 明けまして、おめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

 さて、今のところ決まっている予定を、とりあえず掲載致します。
2月から目黒のアルコタワーにあるスポーツクラブで、ゴルファーを対象にした「腰痛講座&パフォーマンスアップのための姿勢矯正」のセミナーを開講する予定です。

 それから3月中旬に、シドニーへ資格習得の研修に行き、そのままザルツブルぐへ直行するため、3月の大半は日本にいません。

 初夏の頃に腰痛の本を2冊出版します。

 都内の小学校・中学校での姿勢セミナーを、どこかのタイミングで開催。

 企業を対象にした「腰痛を回避・改善するための日常動作セミナー」を春ころから開催。

と、今のところはこんな感じです。

 性格というか、過去の自分を省みると「予定は未定」な男なので、若干ではなく大幅な予定変更や、軌道修正があるかも知れませんが、その時はご容赦ください。

 最後に、もっと体のためになる話をブログに掲載しますので、ちょっとだけご期待ください。
ニックネーム    at 22:30 | 今週のぼやき

2007年12月31日

師匠

神田.jpg
神田氏のホームパーティーにて

 今年も様々な分野の方々との出会いがあった。
中でも、「かんだ」の神田裕行氏とご縁があったのは、大変有難いことである。

 世間が神田氏をどの様に評価しているのか、そんなことに興味はないが、私にとっては自分が職人としてどう生きていくべきかを、改めて再確認させてもらえる師匠である。

 ある日、お店にお邪魔した後「ちょっと呑みに行こうか」と誘って頂き、午前3時まで職人とはどうあるべきかについて、真剣な問答をさせてもらった。
神田氏の助言を頂戴しながら、恐れ多くも「ああ、俺間違ってなかったな」と思えた。

 恒(宮本恒靖選手)が東京に仕事で来ることが分かっていたので、早めに席を確保してもらい、先日、彼をお店に連れていくことが出来た。
驚いたのは、恒の味に対する感性の鋭さと経験の豊富さだった。
恒はどんな事にも、偏見のないフラットな目で対峙する。
 神田氏の料理を食した後も、彼は想ったことを臆することなく素直に述べていた。

 極めた者同士が醸し出す、穏やかでありながら、研ぎ澄まされた言葉が行き交う瞬間に居合わせることが、私にとって一番の楽しみである。
先日の「かんだ」で過ごした2時間半は、まさにそんな一時であった。
 
 来年も素敵な出会いがあるように、日々研鑽する覚悟がさらに強まる。

 今年もクライアントさんたちのお陰で、充実した1年を過ごすことが出来た。
本当に心から感謝を申し上げます。
ニックネーム    at 19:28 | 今週のぼやき

2007年12月22日

師走に想うこと

 今年も残すところ、あと9日間となった。
仕事柄、忘年会なるものに全く縁がなく、いつもと変わりなく独り食べ歩きの日々が続いている。
先日、帰りのタクシーの窓から、閉店した店内を清掃スタッフが慌しく働いている姿が見えた。
 ふと、10年前の自分を思い出す。

 引退してから、社会経験を積むのと、オーディオのローン(700万弱)を返済するために、現金輸送、床の清掃、パチンコ屋の店員(4店舗)、ホテルの給仕、建築現場、引越屋、弁当屋、カフェの店員、スポーツクラブのインストラクターetc、時給の良いバイトを渡り歩いていた。

 当時、志なかばで引退したので、なかなか気持ちを切り替えることが出来ないでいた。
単純作業のバイトも、サッカーしか知らない自分には、うまく要領を得ず、ドンくさそうなオタクよりも仕事ができなかった。
 若さゆえ、エネルギーが有り余っているのだが、仕事で実力を発揮できないもどかしさが、悪い方向へ出てしまい、すぐに上の者に楯突き、数々の問題を起こした。

 現金輸送のガードマンをやれば、銀行の中で気に入らないガードマンをエレベーターの中で張り倒し、その一部始終が防犯カメラに収められていて、「警備する者が、警備する者を襲ったなんて前代未聞だ。お前は気違いか!?」と、上司にこっぴどくやられた。
 弁当のデリバリー中には、靖国通りのど真ん中で、幅寄せしてきたタクシーの運転手を、車外に引きずり出して大渋滞を起こし、パチンコ屋の店員をやっては、しばしアジア人のゴトシやチンピラと刃物沙汰の喧嘩になった。
 堅気ではない人間たちとつるんでは、価値のない揉め事に顔を突っ込み、自分を危険な目に曝すことによって得られる緊張感が、空虚な心を満たした。

 精一杯馬鹿、力いっぱい馬鹿な日々を過ごしていたと、振り返って反省する。

 当時は、Jリーグのセカンドキャリアなど存在せず、引退した人間がどのように第2の人生を歩んでいるのか、全く情報が入ってこなかった。(セカンドキャリアの講師を務めて、まともに再就職出来ている人が少ないことを知った)
どうすれば良いのか分からず、本当にもがき苦しんでいた。

 全ての人が自分よりも上に感たし、好きな事もやりたい事も見つからず、クズ同然に成り下がったと実感した。
 一生、しがないアルバイトで人生を終えるのだと覚悟していた。
道の向こうから知人がやってくると、選手をやめたことを言うのが恥ずかしくて、電信柱や壁の影に隠れていたものだ。
 
両親や周囲の人間を、相当、失望させたと思う。

 それでも若いうちに底辺を経験し、一度「死ぬ」ことが出来たのは大きい。
お陰で今は何をやっても不平不満を感じることはない。
あの頃に比べれば、全てマシで有難い。
 そして、2度とあの頃には戻りたくはないという恐怖心が、今日も自分の尻を叩く。

 この時期、ワックス剤のついた何十本のモップを、素手でワシワシ揉み洗いしながら、横目で楽しそうに行き交う通行人を観ていたのを思い出す。

 良いことも悪いことも、全ての経験が血となり肉となって、今の自分を形成している。
手を差し伸べて下さった方々への恩返しは、いつまでも終わることがない。
ニックネーム    at 01:16 | 今週のぼやき

2007年12月01日

解せない

 珍しくセッション中にTVをつけたら、「お子様」の謝罪会見の様子が流れていた。
どうにも解せない。
みんなで集って「お伺い」を立てるという事は、あのお子様に頑張って成功して欲しいのだろうか?
そうでなければ、いい年こいた報道陣が、気を使って質問する必要はないだろう。
会見の場に居た報道陣たちは、完全に舐められていた。
日々、内省し自分の刀を研いでいないから、18、9才であっても覚悟を決めて生きている男の研いだ刀を見せられると、まともに太刀打ち出来なくなってしまう。
 報道陣が舐めらると、観ているこちらまで舐められた気分になって胸糞が悪い。
報道陣諸氏よ、もうちょっとしっかりしてくれや。
 
 日本のマスコミは、アスリートと芸能タレントを混同している。
誰一人、取材に行かなければいい。 
誰も見向きもしなければ、向こうから頭を下げて「取材してください」と懇願してくるだろう。
 
 とにかく、烏合の取材陣と哀れなお子様のやり取りなど、いちいち公共の電波で流している場合ではない。
どうでも良い事で大騒ぎをしている裏で、本来、吊るし上げられるべき人間が、世間の関心が他人に移っていくのも、シメシメとほくそ笑んでいるのだから。
ニックネーム    at 01:00 | 今週のぼやき

2007年11月24日

ACT on TV 出演

 先週の日曜日に、スカパーの「アクト・オン・TV」という啓蒙番組の収録をした。
Maro'sの場所、電話番号、PRを一切掲載しないことを条件に受けた。

 カメラ目線で視聴者に語りかけるシーンがやたらに多く、こんなんだったら引き受けなければ良かったと、もの凄く後悔した。
ただ、内容は腰痛や肩こりの予防医学的なもので、姿勢をテーマにした真面目ものなので、興味がある方はご覧くださいませ。
(教育番組的なものに出演するのは、これを最後にしようと思う。キャラが合わな過ぎて)
 
 スカパーのチャンネルは280の30分番組(有料)。
1月と2月で繰り返し計21回程度放送する、これ位しか把握していない。

 とりあえず、1月の放送予定日の頭だけ載しておきます。

2008年 1/3(水)10:30〜、1/5(土)9:30〜、1/6(日)12:00〜、1/8(火)15:30〜、1/10(木)
12:00〜、1/12(土)17:00〜・・・etc この先は、ちょっと面倒なので割愛させて頂きます。

 「地方に住んでいるので、東京まで出ていけないから、こっちに講演に来てくれ」と電話で要求されることも多いのだが、30万世帯で視聴できるようなので、遠方でいらっしゃれない方は、この機会を活用して頂きたいと思う。

 ついでに、産経新聞の「イザ!」という専門家ブログも、たまに更新しているので、興味があったら目を通して頂きたい。(このHPのように、個人的で余計ことが書いてないので、シンプルに体の事だけ知りたい方にはお勧めです。)

 8月にHPを変えて以来、多数の友人から「集客的要素が全くないHPだね。来てほしくないんでしょ?」という指摘を受けたが、答えに窮する。
ニックネーム    at 14:00 | 今週のぼやき

2007年11月23日

丁度よい

 丁度よい

お前はお前で丁度よい
顔も体も名前も姓も、お前は
それは丁度よい。
お前の亭主も女房も丁度よい。
貧も食も親も子も息子の
嫁もその孫もそれはお前に丁度
よい。幸も不幸も喜びも、
悲しみさえも丁度よい。
歩いたお前の人生は悪くも
なければ良くもない。
お前にとって丁度よい。
地獄へいこうと極楽へいこうと
いったところが丁度よい。
うぬぼれる要もなく卑下する
要もなく上もなければ下もない
死ぬ日月さえも丁度よい。
お前はそれは丁度よい。

 上記は「一休さん」の教えらしい。
中学生の時から、般若心経を学んできたが、
こちらの方が、実生活に活かしやすいので気に入っている。

この意味を「頭」でなく「心」で理解したら、
生きること、死んでゆくことが、どれほど楽になるだろう。

やたらに「格差反対!」と騒ぐ人たちに、一度、
目を通してほしい。
自分の暮らしや地位を、他人と比較していたのでは、
妬みや嫉みで一生苦しむことになる。

 すべてを受け入れる覚悟を決めた瞬間から、
人は苦しみから解放されると、日々、自分に言い聞かせている。
ニックネーム    at 12:25 | 今週のぼやき

2007年11月21日

股関節痛

 たまには、体のトラブルについて書こう。

 今回はタイトルにあるように、股関節の疾患について。
股関節の痛みを訴える人の多くは、長年、同じ足に加重して休む傾向がある。
(例えば、軸足が左足の場合、左下肢は内側に傾き(内転)+内旋した状態になる。
一方、反対側の右足は、外側に傾き(外転)+外旋した状態になり、骨盤は右に回旋する)

 この左右非対称な状態が続くことで、本来あるべき大腿骨骨頭と臼蓋の位置関係に変化が生じ、一部の靭帯を弛緩して関節安定性が低下し、関節の隙間が減った部分の軟骨が磨耗して痛みがでる。

 重度の変形疾患は別として、股関節の症状を緩和させる方法は非常にシンプルで、今までと反対の足を軸足にして加重すればよいのだ。
軸足を変えるだけで、骨盤の傾きと回旋、それに伴って脊柱のアライメント、肩の傾きと頭部の傾きが全て変化する。

 患者に対して「軸足を変えてね」とアドバイスしても、最初は「それだけかよ」という疑念の表情を浮かべるのだが、まじめに継続した者は、「足の痺れがなくなりました!」と喜ぶ。
 こうした対処は、一見、子供騙しのようにも見受けられるが、実際、負担を掛け続けた関節の物理的なストレスを、取り除いてあげなければ、どんな治療も奏功せず、積み重ならないだろう。

 もちろん、軸足を入れ替えたって、何年と同じ足に加重していたら、患側の股関節と同じ道を歩むことになるので、基本は両足を東京タワーのようにを開いて、裾広がりにして立つことが、片足加重を抑制する上で何よりも大切なことである。

 運動器の慢性的な問題を、手っ取り早く解決するには、たった今から患っている部位に、これ以上のストレスをかけるのを止めればよいのだ。
 

 
ニックネーム    at 23:32 | 今週のぼやき

2007年11月06日

お米

 人はどんなに格好をつけても、お金の使い方で本性が分かってしまうことがある。
誰しも出来れば身銭を切りたくないものだ。

 格闘界や相撲界では、お金のことを「お米」と言う。
お金を払うことを「お米をきる」と言い、金払いが悪いこと、お金の使い方が悪いことを「お米のきり方がしょっぱい」と表現する。
あの業界で、「あいつはお米の切り方がしょっぱい」と揶揄されたら、相当、恥ずかしいことなのだ。

 26歳の頃だと思うが、財界で名の通ったおじ様と食事に行き、支払いの段階になった時に、「一応ポーズだけでも」と財布を出したら、「おっ!驕らせて貰いたいなら、今日は君におごらせてやるよ!」と言われた。
 近くにいた店員も、当然、年配の方が払うものだろうと、彼に伝票を差し出そうといたところで、少々困惑した表情を浮かべていた。

 「何を言ってんだ、このオッサン…?」と思った矢先に、彼がこう続けた。
「以前、旧友と飯を食いに行った時のことだけど、支払いをしようかという時に、その友達から「今日は残念ながら金を持っていない。 どうしてもお前に驕りたいから、どうか金を貸してくれ!」と頼まれたんだ。 こいつ頭がおかしいんじゃねぇかと思ったけど、人に驕れるというのはとても光栄なことなんだと言われて、ああ、そうか・・と合点がいったんだ。」

 突然、多額の現金を払うことになった私は、動揺していまいち話の趣旨が理解できなかったが、後になって思い返してみると、相手が経済力があって年上だからと、安心してバンバン食べていた自分の浅ましさと世故さに、恥ずかしくなった。
お金を使って活きた勉強をさせてもらった。
 
 それ以来、相手が誰であっても、自分が全てお米をきるようにしている。
金額を見てちょっとびびることもあるが、他人や目上の方に驕らせてもらうことは、なるほど大変光栄なことである。
 
 女優の南野陽子さんに「私は仕事をして入ったお金の半分は、感謝として関係したスタッフに使うことにしているの。不思議なもので、そうしていると今度はその倍のギャラの仕事が入ってくるの。すごく勇気がいることだけど、そういうお金の使い方をすると良いことあるわよ。」とアドバイスされたことがある。
やはり彼女はツワモノだ。
 
  お金は色々な人の想いを吸い込んでいるから、適当適度に循環させた方が身のために良いのかもしれない。

 いつ終わるとも知れない人生、人のためにお金を使わずに、チマチマ溜め込んで何が楽しいの?と自問自答している。
 
 お米に余裕があっても無くても、人に喜んでもらえるようなお米のきり方をしていきたい。
ニックネーム    at 00:31 | 今週のぼやき

2007年11月01日

極み

 今年の春だったろうか、あるクライアントさんが、「大勝軒」の山岸氏を連れてこられた。
ラーメン業界に疎い私は、山岸氏がどういう人物か全く知らなかったが、彼が醸し出しているオーラが、ただ者ではないことを強く感じさせた。
 

 一通り現在の症状を話された後、氏はラーメンに対する思いを語り始めた。
途端に少女マンガの如く、目がキラキラと輝きだす。
「私はラーメンの事しかわからないんですよ。それしかやってこなかったから。」と満面の笑みをたたえて話してくれた。
今でも本当にラーメンを愛しているのが、ヒシヒシと伝わってくる。

 「わたしは〜のことしかわからない」。
何の衒いもなく言い切れるところが凄い。
 大抵の人は、肩書きや所有している物で、手っ取り早く自分の力を誇示して、相手に自分を認めさせようとしたり、頭がいい風に見せかけたりするところがあるものだが、山岸氏からは、これっぽっちも自分を大きく見せようとするところが微塵もなかった。
 
 どこまでも真っ直ぐでチャーミングな山岸氏にやられてしまった。
これまで幾人もの「大物」と称されている人物と、接し触れる機会があったが、山岸氏はその中でも別格な存在だ。
 
 あといくつの山を越えたら、あのステージに近づけるのだろう。
ニックネーム    at 02:47 | 今週のぼやき

2007年10月29日

重要 痛いと歪みに効く 立ち方・座り方

 本当なら「慢性の頚肩部痛ストレッチ」の第2弾といきたいところだが、適当なストレッチモデルがいなかったので、次回にまわして今回は肩こり・腰痛改善に一番大切な立ち方・座り方について書く。
 
 今回紹介する内容は、来春に出版する腰痛本(集英社・新書)の中でも、重点的に述べているが、難しい話は抜きにして、これをマスターすれば腰痛症(椎間板ヘルニア、すべり症、脊柱管狭窄症など)に限らず、全ての運動器疾患の改善に絶大な効果があるので、是非、体得して頂きたい。

 『立つ』
正面(前額面)
足幅を骨盤の幅と等しく開いて立つ  
日本人は幼少の頃から「気をつけ!」と号令をかけられると、足を揃えて立つ習慣がある。
しかし、地上に立っている物のうち、電信柱のよう地中に埋められているもの以外は、東京タワーやエッフェル塔、カメラの三脚の様に、支える面積(支持基底面)を拡大するために裾が広がっている。 
 人間もこれに習うべきで、これからの人生は、これまでよりも意識的に足幅を広く保ち、さらに5%程度、母指球に加重して重心を安定させた方がよい。
こうすることで、片足立ちになることを抑制することができ、骨盤の片側が下がって脊柱が側湾することも、骨盤が回旋して脊柱が捩れることも防ぐことができるのだ。

側面(矢状面)
常に鏡やガラスに自分の側面を映し、ズボンのサイドにある「縦の縫い目」が垂直になるように立つ
 
鏡は唯一、嘘をつかない、間違えることのない最高のトレーナーである。

多くの人は、自分が真っ直ぐに立っていると思っているが、99%前傾しているか後傾している。
ズボンの縫い目が地面に対して垂直になるように立つと、おもしろいことに頭−体幹−骨盤が正しい位置にリセットされるのである。

 重力の中で骨盤ー胸郭ー頭部を垂直位に保ち続けることは難しい。
理想の姿勢を保っている時は、上半身の重さ(体重の約55%)は、骨(脊柱)で支えられることができ、筋と靭帯の疲労は最小限に抑えられるが、頭が1度でも前に出て、重心線を垂直に保てなくなると、重さの全ては筋・筋膜、靭帯に負荷される。
 (ほとんど全ての人が筋肉のこりによる、痛みや痺れなどの不快感を経験するのは、こうした物理的な負荷による)

『座る』
足を90度に開き、あごを軽く引く

試してみれば分かるが、座っているときに足を閉じていると、骨盤が後ろに傾いてしまい、猫背になりがちになるが、足を大きく開いて座ると、骨盤を前傾させやすくなる。
さらにあごを引くと、姿勢反射によって腰の自然な前湾が生まれるのだ。
 
 また、足を開けば支持基底面が増すので、足を組んだり、骨盤を左右に傾ける必要もなくなる。
 足の裏をちゃんと地面に接地させて、上体の重さを分散させることも大切。

 これに下腹部を1cm引っ込めれば、腹圧が掛かって上体の前傾を抑制できる。 
よく「女性はそんなに足を開いて座れないよ」と指摘されるが、腰痛になりたくなかったら、スカートを履いているとき以外は、これに従った方がよいだろう。

※上記の3つ項目のイメージ写真を、後日掲載するので参考にしてください。
ニックネーム    at 07:08 | 今週のぼやき

2007年10月27日

目糞鼻糞

 今に始まったことではないが、昨今のマスコミはつくづく退廃していると思う。
先日行われた亀田選手の謝罪会見でも、報道陣の質が最低で質問の内容が下らない過ぎた。
「どうしてああいう、過激なパフォーマンスになったのでしょうか?」
馬鹿なことをきくなって。
 亀田家がノッているときは、散々、あのパフォーマンスを後押ししたくせして、落ち目になると、自分たちの報道姿勢を棚に上げて、いい年した大人が言いたい放題いう。
 風見鶏のような人間(ワイドショーなど)が、急に手のひらを返したように、高い所から彼らを説教しても、目糞鼻糞といったところだろう。
 
 この件に関して、前に出てきて謝罪すべきは、亀田家を全面サポートしたTBSの担当者だろう。
公共の電波を通して、対戦相手を「ゴキブリ」呼ばわりしても、それを何度も流したTBSのモラルが問われなくてよいのだろうか?

 マスコミによる「いじめ」の対象は目まぐるしく変わる。
誰かを徹底的に完膚なきまで叩き潰して、視聴者の関心が薄れるとまた次の標的を探し、
不正行為を知っていても、時期が来るまでは泳がせておき、一気に襲いかかる。
昨日まで崇め奉っていた者も、明日にはどう扱われるか定かではない。
 次は、誰が茶の間のおかずにされるのだろう。

「私たちは国民が知りたがっている真実を追っている。」
昔、あるホームパーティー同席した、芸能リポーターの梨本氏が誇らしく語っていた。
若輩者の私は、空気が読めず「何か説得力無いなぁ。その正義感と情熱を、もっと有意義なところに活かして下さいよ」と切り返して、その場の空気を凍りつかせてしまった苦い思い出がある。
 
 ジャーナリズムが消滅し、すべてがワイドショー化してしまった気がしてならない。
マスコミを暴走させている責任の一端は、我々視聴者の好奇心にもあるだろう。
メディアの質を上げるには、われわれ視聴者が、くだらない番組を観ないように心がければ、徐々に改善されていくかもしれない。
ニックネーム    at 15:00 | 今週のぼやき

2007年10月19日

お知らせ 1

 お問い合わせフォームをリニューアルしました。

 新規の患者さんを5名程、お受け致します。
「お問い合わせ」から、必須事項を記入の上、お申し込みください。

 
 
ニックネーム    at 14:34 | 今週のぼやき

2007年10月16日

足し算

 7年位前に、漫画家の本宮ひろ志先生から「俺の仕事は掛け算になるけど、伊藤さんの商売は全て1対1だから、足し算にしかならず大変だな。」と同情されたのを覚えている。
その当時は、確かに割りの悪い商売を始めてしまったと、少々悔いたのを覚えている。

 今でもスタイルは変わらず、300人以上のクライアントに対して、予約の受付から買出し、会計、部屋の掃除に至る、全てを一人でやっている。
海外に研修に行けば、行った日数だけ収入に穴があく。
 それでも、弟子をとったり、支店を増やそうとは全く思わない。(正確にはセンスがないと言うべきか)
職人が電卓を叩きながら仕事をしたら、それはもう職人ではなく商人だろう。

 このご時勢、如何にして効率よく儲けるか、それを達成したものが絶対的な勝者のように祭り上げる風潮があるが、人生には思わぬ、そして望まぬアクシデントが付きものだ。
1度でも「〜×ゼロ」になれば、それまで1億あっても10億あっても、一瞬にしてゼロになってしまうことがある。
 実際にテレビで大口叩いていた者が、数日後にお縄を頂戴している事も少なくない。
利益を追求し続ける生き方も、実に大変なものだろう。

 私は不器用で、足し算の人生しか送れない。
その代わり、例えゼロを足しても、ゼロになることはない。
決っして倍増することはないが、学問し成長した分だけ、着実に上積みされていく。
 
 今となっては、足し算の人生で良かったと思っている。

 
ニックネーム    at 00:24 | 今週のぼやき

2007年10月15日

指導者

 スポーツの世界では、「一流選手が一流の指導者になるとは限らない」と言われている。
 しかし、プロ野球や相撲協会のように、昨日まで現役でプレーしていた選手が、今日から監督や親方として、チームや部屋の指揮をとらせてしまうところもある。
 私が在籍していたJリーグは、プロチームの監督になるための資格、「S級ライセンス」を習得するまで数年かかる。
 どんな功績を残した選手でも扱いは等しく、講習内容も戦術面のみならず、選手のフィジカル・メンタルコントロールなど、あらゆることを学び、指導者として必要な要素を叩き込まれる。

 そして、試験で成績を残さなければ、プロチームの監督には成れないのである。
聞いた話では、欧州のサッカー界ではプロの監督になるのに、プロ選手の経験がない者は最低7年、経験者でも5年の月日を要するそうだ。
これは良き指導者になるには、一筋縄ではいかず、相当の時間が掛かるという事を端的に示している。

 今月、ヤクルトでプレイングマネージャーを勤められた方が引退された。
彼の能力と実績からすると、なんとなく花道が寂しくなってしまった気がする。
 内情は分からないが、本当に彼を大事に思うのであれば、球団は監督のオファーを出すタイミングを、もっと慎重に見極めるべきだったのではないかと思う。

 一方、相撲界も、親方になるための訓練機関を設けて、そこで合格した者だけが年寄り株を購入できるようにしてもよいのではないだろうか。
先代たちから受け継がれてきた、伝統的な稽古スタイルを継承するのは大切だが、もっと最新の医科学的な根拠を基にした、安全で効率的な稽古方法も織り交ぜてもよいと思う。
 そうすれば、故障によって夢半ばで、足を洗う力士の数も減るだろう。

  各スポーツ協会は、指導者育成の重要性と難しさを認識し、適当な教育機関を設けて、指導者へのライセンス発行と更新を徹底するべきだろう。
ニックネーム    at 01:22 | 今週のぼやき

2007年10月09日

スタンダードな力

 
 私にとって医学書を読んでいる時間が、一番リラックスするときであり、漠然とした不安が掻き消される、至福の時でもある。
 世界中、どこへ行っても医学書を持参している。
夢は、まだ読んでいない7冊の医学書を、1か月かけて海外のビーチで読み狂うことだ。
 

 仕事が終わってから、行きつけのカフェでちょろっと酒を呑みながら、重要な文に黄色のマーカーで線を引きつつ、勉強しているのがたまらなく心地よい。
 カップルが集う洒落た店で、恍惚と解剖学書を眺めているのは、相当気味悪く思われているだろう。

 これまでに医学書店が開けるほど、医学書を買い漁ってきたが、滅多に心躍るような本に出会うことはない。
私が気に入っている8割の本は、海外の研究者が書いたものだが、残念なことに、素晴らしい海外の医学書が、日本語に翻訳されるケースは少ない。
 
 どんな本も、1回読んだだけでは漠然としか理解できず、仮に、「よし!わかった!」とその時は合点がいっても、翌朝になると3割くらいしか覚えていないもので、すぐに実践で活かす事など出来ない。
 時々、自分のオツムの出来に不満を感じるが、何年か経って読み返すと、スッと頭に浸透してくるものだ。
 さらに何年かして読み返すと、書いてあることが3次元でイメージできるようになり、自分の経験を加味して、新たな理論を構築することができるようになる。

 スランプであってもコツコツと続けていると、確実にそれは貯蓄されていて、忘れた頃に閃きを生んだり、バラバラだった知識が繋がることがある。


 ステージをあげるためには、基礎を何度も何度も、行き来することが大切だ。 
基礎的な知識や理論、根拠がいい加減だと、患者への言葉が説得力を持たないし、セッションの出来もコンスタントでなくなる。
 スタンダードな力が高めれば、体調や気分の良し悪しに影響されず、患者との相性にも左右されることもなくなる。
 
 勉強が出来ているときは、仕事を仕事と思わずライフワークとして楽しめるが、執筆などに追われて、勉強が思うように進まないと、仕事がライスワークになってしまい、辛く感じてしまうものだ。

 今年の7月から1日の枠数を減らしたのに、ついオファーを受けてしまい、以前と何ら変わらず、自分の時間がない日々が続いている。うぅ・・・。
 
ニックネーム    at 21:18 | 今週のぼやき

2007年10月05日

筋量とパフォーマンス

 過去に数名のPRIDEファイターのパーソナルトレーナーを受け持った。
試合会場には、人間離れした外国人選手が所狭しといたが、ひとつ気づいた事がある。
それは、チャンピオンクラスの選手に、胸筋や上腕の筋肉が発達しすぎている選手は滅多にいないということ。

 上半身の筋肉が発達していると、如何にも強そうに映るが、重量が増すためにスピードと持久力が低下してしまう傾向にある。
筋肉を肥大させるには、高重量でトレーニングしなければならないが、負荷が高くなればなるほど、動作速度が低下するため、高速で動かすための神経系が発達しない。
 筋肉が肥大して力は向上するが、それは低速での運動時に限られた能力である、高速運動時には、筋トレで養った筋力は発揮できない。

 力がついてもスピードが低下すると、結果的にパワーも低下してしまう。(パワー=スピード×力)

 コンマ1秒が勝敗を分けるスポーツの世界においては、スピードが命。
やたらに筋肉をつけても、それを活かしきる電気系統(神経系)とコアの安定・支持力を向上させなければ、軽自動車のシャーシーに、ポルシェのエンジンを搭載するのと同じことになってしまい、ポテンシャルを発揮できないばかりか、頻繁に障害を起こすようになる。
 
 プロ野球の世界にも約1名、やたらマッチョになったはいいが、パフォーマンスが低下し、怪我ばかりして、どうにもならない数億円プレーヤーがいる。

 
ニックネーム    at 00:04 | 今週のぼやき

2007年10月02日

受容

 腰痛経験者は、激しい痛みが腰を襲うことを恐れながら暮らしている。
私も現役の頃に、6回ぎっくり腰を経験したが、その痛みといったら形容し難いものがある。
ぎっくり腰になると、3〜5日間は寝返りはもちろんのこと、深呼吸も出来なくってしまうのだ。

 大抵、激しい腰痛を経験すると、腰周辺の筋膜と筋肉が板状に固まってしまい、「筋スパズム」と呼ばれる状態になる。
筋スパズムを起こした部位は、曲げることも伸ばすこともできなくなってしまう。
一部の組織の機能低下を代償するために、他の部位に過剰な負担を強いるので、機能的な問題が全身に飛び火していく。
 
 一度損傷を受けた組織は変性を起こし、耐久性が低下し、僅かな刺激に対しても過敏に反応するようになる。
 何でもない作業で、ひどく痛がる患者に対して、周囲の人々は少し懐疑的になっていき、家族でさえも段々と理解を示さなくなっていく。
 やがて「俺だって、腰が痛いときはあるけど、そんな大袈裟にはしないよ」などと非難し、患者が職場や家庭内で、孤立してしまうこともしばしあり、患者には心身への二重苦となる。

 慢性患者は情動的になり、判断能力が鈍っていることもある。
腰痛で命を絶つことを考えた患者に、私は何人も接してきた。
 
 個人的には、「ストレスが腰痛の直接的な原因である」という意見に賛成したくないが、腰痛に対する過度の不安と、恐怖心を払拭するためのメンタルケアが、大変重要だと思っている。
 重い慢性腰痛の治療は、患者の人格を尊重し、受け入れ、訴えている痛みを認めることから始まる。


  
 
  
 

 
 
 
ニックネーム    at 00:39 | 今週のぼやき

2007年09月27日

効率的な脂肪燃焼運動

 10〜20代の頃は、夜の炭水化物の摂取を控えれば、体重と供に腹の脂肪も落ちたが、30歳を超えてからは、なかなか思うように減ってくれなくなる。
 それどころか、2〜3日外食が続くと、あっという間に下っ腹やわき腹の脂肪が増す。

 定説どおり、人間は25歳をピークにして、緩やかに基礎代謝が低下し始めるという事を実感するのだ。

 カロリー消費に大きな影響を及ぼす、下肢の筋量だけは極力落とさぬようにと、嫌いな筋トレを週1のペースで続けている。
 さらに、毎朝起床後に、何も食べずにヴァ−ムだけ飲んで、1時間弱、心拍計を気にしながら、脂肪燃焼のためのジョギングをしている。
 空腹で走るのは、血中の遊離脂肪酸と脂肪から、効率よくエネルギーを使うためである。(人によっては、低血糖症を起こしてしまうので、バナナを1本食べてからでも良い)

 脂肪を効率よく燃やすためには、運動強度のコントロールが大切で、最大心拍数の40〜50%の間に収まる強度で、20分間以上有酸素的な運動が良いとされている。
途中休憩を挟んでも効果は変わらない。
  
念のために、最大心拍数と目標心拍数の公式を載せておく。
 
最大心拍数=220−年齢

目標心拍数の求め方
(220−年齢−安静時の心拍数)×(目標心拍数×0.01)+安静時の心拍数

例 年齢30歳 安静時の心拍数70 目標心拍数60%
(220−30−70)×0.6+70=142

例 年齢50歳 安静時の心拍数65 目標心拍数40%
(220−50−65)×0.5+65=約117

フィットネスレベルを強化したければ60〜70% 
心肺機能の強化ならば70%〜 となる。

 このように、目的に対する適切な運動強度を知らないと、せっかくの努力が別の効果をもたらしてしまうことになる。

 フィットネスジムのスタジオで、毎日のようにクラスに参加している主婦が、なぜか一向に痩せないケースが多々ある。
そのクラスの運動強度が、その人の脂肪燃焼レベルを超えていることが考えられる。

 脂肪燃焼の運動レベルは、主観的に息切れせずに会話ができ、汗がじとっと滲み出る程度で、決して強度的に厳しいものではない。
ニックネーム    at 23:48 | 今週のぼやき

2007年09月08日

しびれる国

 昨今、凶悪な犯罪が増加し、日本の安全神話が崩壊しつつあるようだ。

 しかし、治安が悪くなったとはいえ、ブラジルのサンパウロに1年ほど住んでいた自分には、まだまだ安全な国だと感じる。
 
 サンパウロでは、道を歩くときに、いつも背後を意識しながら歩いていたが、滞在中に2回銃を突きつけらた。
 1回は、選手4名と車で帰宅する途中、大通りでタイヤがパンクしてしまい、脇に停車してタイヤを交換し終え、「さぁ、出発だ」というときに後方でサイレンが鳴った。
「マロ、手挙げて車から降りろ!」と選手が怒鳴った。(2ドアで私は助手席に座っていた)

 振り向くと全員両手を頭の上に置いて、尋常ではない表情をしていた。
私は何が起きているのか把握できず、のろのろとドアを開けて出た瞬間、こめかみに銃口が当たっていた。
 そーっと目線を後ろに移すと、一人の警官は床に伏せたまま銃を私に向けていて、もう一人はパトカーのドアの隙間から、私を同じく狙っていた。

 車から全員降ろされ、映画でよくあるシーンだが、車に両手を置けと命令された。
ちょっとでも反抗したら、尻をおもいっきり蹴飛ばされた。
全身隈なく探られた後、窃盗犯ではないことがわかり、「行け!」と車に戻ることを許可されたのだが、乱暴な扱いをしたことに対して、一言も謝罪はしなかった。
 ブラジルでは、警官があっという間に発砲することがあり、私がぐずぐずと車から出ないので、みんな打たれるのではないかと、相当焦っていたようだ(笑)

 もう1つの経験は、夜、家の50m手前で3人組の男に銃とナイフを突き付けられ、「でかいの!金を出せ!」と小金を取られたことだ。
自分より小さい軟弱な奴にやられたことが悔しくて、速効、家に戻って台所から包丁2本を持ち、なぜか上半身裸で一心不乱に後を追った。(八つ墓村の洞窟のシーンに近い)
 結局、3人組を見つけることは出来なかったが、もし見つけていたら間違いなく、今頃向こうの刑務所で大男たちに「掘られる」毎日を過ごしていただろう。(ブラジルには死刑制度がない)

 ブラジルは全ての面でぶっ飛んでいるが、それでも人間が本当に温かく親切で、治安の悪さを補って有り余る、形容し難い素晴らしさがある。
私にとっては、最もしびれる国であり、第2の故郷なのだ。
 
 

 

 
 
ニックネーム    at 18:54 | 今週のぼやき

2007年09月08日

執筆

 今、来年出版される2冊の「腰痛本」を書いている。
1冊は日常における腰痛の仕組みをテーマにした新書本(集英社)で、もう1冊は、腰痛患者の機能回復を目的とした、特殊なコアエクササイズとストレッチを収めた、DVD付の実用書である。

 DVDのコンテンツは、米国の腰痛研究者・科学者たちが推奨する、科学的根拠に基づいた最新の腰痛改善プログラムで、「腰部を護る呼吸法」など運動レベルの低い方でも実践できるようになっている。

 新書本を書き始めて1年近く経過したが、今まで丸ごと3回は書き直した。
ちょっとうんざりしてきているが、どうしても頭でっかちで専門書のようになってしまう。
 
 私がやりたい事は、海外の科学者たちや研究者たちが、何年も費やして明らかにした有難い研究結果を、一般の人にわかりやすく紹介し、広めていくことである。
 しかし、これには著者の理解度が相当なレベルに達している必要があり、下手すると、ただの医学書になってしまい、一部の人しか興味をもってもらえない本になるだろう。
医学書と実用書の間をとった、親しみやすい腰痛本に仕上げるのは難しい。
 
 「よし!やっと終わった!」と、小躍りして読み返せば、マスターベーション的な文章になっている箇所を見つけ、自己嫌悪に陥りながら修正する毎日である。

 あぁ、いつになったら自分の手を離れるのやら…。
ニックネーム    at 01:48 | 今週のぼやき

2007年08月21日

animal planet

昨今、下らない番組が多すぎるので、ほとんどTVをつけることはないが、時間があるときは、スカパーの「National Geographic」、「Discovry Channel」、「animal Planet」といった、ドキュメンタリー番組を観ている。
 別に「動物オタク」ではないのだが、動物を題材にした番組を観ていると、学ぶべき点と多々ある。
 例えば、現代の社会や親子の関係に欠落している要素や、本来、生き物としてあるべきライフスタイルに気付かされるのである。
 
 30歳になっても、親元でご飯を食べさせてもらっているライオンはいないし、幼い子供を放置して、父母が同時に狩に出掛けてしまう(人間の場合は職場)こともない。(高等哺乳類に限っての話だが)
 また、子供が心配だからといって、全てのリスクを排除しようと過保護、過干渉になることはない。(反対に、老後の世話をしてもらうために、子供をつくる動物も存在しない)
 どんな生き物でも、親の役割は1日も早く子供を自立させることであり、それが達成し子供が巣立った後は、一人(少数)で生きていくのだ。
 
 動物の世界には厳然たる秩序があり、何世代に渡り受け継がれてきた本能に基づいて、理にかなった子育てや、無駄のない暮らし方をしている。
 
 しかし、我々人間はどうだろう。
他の動物よりも頭脳が発達した分、余計なことばかり仕出かす。
歴史的にみれば、時に動物以下の愚行をはたらくこともある。

 高等哺乳類の社会規範や子育ては、退廃し続ける日本の社会と親子の関係を、抜本的に改善するための、ひとつの指標になると思う。
 
 是非、子供には馬鹿ばかしいバラエティー番組や、意味のないお笑い番組を見せるよりも、アニマルプラネットのようなシンプルな番組をみせて頂きたいものである。
 
ニックネーム    at 13:19 | 今週のぼやき

2007年08月09日

スポーツ文化

今日はチャンピオンズリーグの第2予選。
結果は4対0でレッドブルの快勝。
恒もフル出場し、快活な動きをみせた。いつもクライアントの試合や舞台を観るときに、パフォーマンスのチェックと、アクシデントがないようにと気がきではない。
写真はレッドブルスタジアムの最上階にあるVIPラウンジ。
4名のシェフが腕を振るい、飲食の全てがフリー。私はシャンパン5杯とワイン3杯を飲み干した。
日本のプロスポーツ界では、スポンサーや選手の家族に対して、ここまで贅沢な待遇は考えられない。本当に感心させられる。
南米や欧州のサポーターにとって、自分が応援するクラブは、人生を共にする伴侶であり、生活の一部なのだ。スポーツの歴史と、それを支える人々の情熱は、日本とは根底から違う。現場レベルの工夫と努力だけで、彼等に勝つことは非常に難しい。

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ニックネーム    at 17:13 | 今週のぼやき

2007年08月07日

ザルツブルグ

8月5日から13日までザルツブルグに滞在する。
今回で3度目。初回は2月初旬に来たのだが、寒いわ、暗いわ、毎日雨降りで、あまりいい印象がなかった。しかし、2度目の5月から気候がガラリと変わり、最高に過ごしやすい天気が続いている。
今回は音楽祭の真っ只中で、街中が大変賑わっている。欧州に来るたびに、個々が自立した、大人の社会に居心地の良さを覚え、本気で移住を考えてしまう。

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ニックネーム    at 20:00 | 今週のぼやき

2007年08月01日

惚れる男

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惚れるような男。
滅多にいるものではないが、そんな男と2年前、10年ぶりに再会した。
彼とは、ユース時代に全日本クラブ選手権の決勝で戦った時と、プロになってからの2年目、甲子園球場で行われたガンバとのプレシーズンマッチで顔を合わせたことしかなかった。
  まともに会話をしたのは甲子園のときで、遠くから「マロー!」と声を掛けられ、誰だか分からずに近づいて行ったら、宮本恒靖という男だった。実質的には初対面だったが、実に爽やかな好青年という印象が残っている。
  それから10年の月日が経ち、私がJリーグのセカンドキャリア講師として、ガンバにお邪魔した際に、彼と再会する機会を得た。講演を終えて、階段の手すりに寄り掛かりながら、恒と20分くらいサッカーの将来について色々な話をした。
  子供の頃、日本代表のキャプテンといったら、雲の上の遠い存在だったが、実際に同期の男がその存在になって目の前に立っていると、何だか不思議な感じがした。それから4ヵ月後の、世界クラブ選手権決勝の夜に、恒から「解説が終わったら2人で飯を食わない?」と唐突に電話があった。
  同じチームメートだったわけでも、今まで連絡を取り合ってきたわけでもないのに、いきなり深夜2人で夕食とは、なかなかおもしろい奴である。
  わたしは自分から率先して、他人の身体を診たいと思うことは滅多にないが、天皇杯での彼のプレーをTVで観て、走るフォームがとても気になっていた。年明けすぐに、レッドブルに移籍するとメールで知らされていたので、大晦日の決勝戦前夜、ちょいと奮起して、彼に身体のスクリーニングをしたいと申し込んでみた。恒は快く承諾し、2時間ほど彼の部屋で検査と治療を行った。
 
 それ以来、ランダムに様子を見に行くようになったのだが、毎回、彼の優しさと心配りには頭が下がる。
 こちらにギャランティーを払っているにも拘らず、「マロは疲れてんだから、少し休んでな。」、「どこか観光に行ってリフレッシュしてきなよ。」と、彼の身体を癒しに行っている立場の私に、休養することを勧めてくるのだ。
  そして、わたしが一番尊敬していることは、彼は本当に子煩悩な父親で、いつも奥さんのことを大切に扱っていることだ。
  思い通りにはいかない世界に属しているのに、彼の機嫌はいつも変わらない。
 そして、言動と行動に、僅かなギャップもない男。
  一度でも彼に接したことがある人なら、何かサポートしてあげたくなってしまうだろう。
ニックネーム    at 00:00 | 今週のぼやき

2007年08月01日

Maro'sの由来

  Maro’sが代官山にスタジオを構えて、今月で5周年を迎える。
今まで取材を受けるたびに、「マロッズってどういう意味なんですか?」と質問されてきた。
  Maro’sの名づけ親は女優の藤山直美さんで、ロンドンの「Harro’s」にちなんで付けたそうである。


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  彼女とは、私の掛け出しの頃ころからのお付き合いで、最初にお目にかかってから7〜8年になる。
  今でも「お〜らぁ、お前!さっきから痛い言うてんのに、なに嬉しそう顔してんねん!」とどやされる。
  どこまでも自分自身に厳しく、公演中は余計な付き合いを全て排除して、明日の舞台に備えるプロフェッショナルさ、そして神輿に担がれることを絶対に善しとしない生き様は、私にとって手本そのものであり、また最高のお姉さんでもある。
さて、「Maro」はサッカー関係者の中で呼ばれている、私のニックネームなのだが、彼らに「伊藤和磨です」と本名を名乗っても、誰のことだか分からない人も多い。
身内は「和磨」と呼び、仕事関係は「伊藤さん」、そしてサッカー関係者と外国人は「Maro」と、呼ばれた名前によって、携帯のグループ分けのように相手が自分にとって、どういう関係に方かが瞬時に判別できるわけだ。
Maro’sの最初のお客さんは、西麻布にある「オヒョイズ」の看板スタッフである宮崎哲男さん、そして宮崎さんの紹介から俳優の藤村俊二さんへと繋がり、そこから青山界隈に口コミで一気に広がっていった。
  2年間は、車と電車でクライアントさんの自宅に出張していたが、2002年に代官山に拠点を置き、沢山の方の支援を頂いて今日に至っている。
 
  Maro’sは、トリートメントルーム、トレーニングルーム、カーディオルームの狭い3部屋で構成されている。
  この3部屋は、メディカルとフィットネスを融合させることを目的とした、最小のモデルルームであり、私の学びの部屋である。
  整形外科医なら診察だけを行い、治療院なら代替療法的な治療を、そしてトレーナーはエクササイズだけを担当するようなやり方では、分野間に大きなクレバスが生じてしまい、患者がこの溝に落ちてしまうことになる。
本来、これらの異なった分野が、一つのコンセプトを基に首尾一貫して繋がっているべきなのに、現実にはバラバラに存在している。
  だから、紹介で行っても相手に一から説明しなければならず、同じことの繰り返しになってしまう。
  本来、一人の患者に対して、各分野の専門家が忌憚のない意見を交わし、バランスのとれた治療プログラムを作成し、患者が高いQOLを獲得するまで、多角的にサポートしていくべきなのだが、現実にはそれぞれのプライドと、レベルのばらつき等によって、実現することは難しい。

  近い将来、様々な分野の優秀な専門家たちとコラボレートし、慢性腰痛や頚肩部痛に対する、客観性と妥当性のある治療プログラムを作成し、多くの医療機関やフィットネスクラブの定番プログラムとして、実施されるようにしたいと考えている。

  一つの分野を極めるだけでも、人生2回分以上の時間を要するのに、整形外科、理学療法、フィットネスの3つの分野を、まとめて学ぼうとすることは、とても愚かなことかもしれないが、常に全体を見通した上で、自分の役割や立ち位置を理解しながら、仕事や勉強をしていたいのだ。
 
  最後に、私の向かっている先にあるものは、9年間の義務教育に「日常の予防医学」と「作法」の時間を導入させ、次世代を担う子どもたちの身体を守ることである。

  それにしても、物事を極めるのに人生は短すぎる。
ニックネーム    at 00:00 | 今週のぼやき